薬屋のひとりごと〜南方将は西国の血を引く男〜 作:花札こいこい
「緑青館」から屋敷に帰宅した朱雀に最近雇った使用人が
「旦那様。夕刻に大旦那様が来られるとのことです。」
「承知した、大旦那様の分も食事を用意してくれ。」
「かしこまりました。」
大旦那様とは梨花の父君で使用人は梨花の実家からあるいは信用できる者を基準に精査して選りすぐった。自分がいないときに梨花の力になれるように、命を奪われることがないようにここが一番安全だと梨花が安心できるようにとそれこそ朱雀が最も重視することだからだ
夕刻
大旦那様は数人の供を連れて朱雀の屋敷を訪れる。玄関先で朱雀は彼らを迎え食堂に案内する
「ふむ、屋敷は人となりが出るな。」
「そうでしょうか?」
「調度品は機能的で無駄がないだが一つ一つに品がある。それこそお前の屋敷らしさが出ている。」
「ありがとうございます。今日はまた何かご用がありましたか?」
「そうだ。後宮で「賢妃」は下賜されて「淑妃」が南の離宮に移るそうだ。」
「「賢妃」は承知しておりますが「淑妃」もですか?」
「高官が娘を入内させる話は聞いたか?」
「はい、高官からではなく梨花様から伺いました。」
「梨花からか?」
「はい。「淑妃」が隠れ寵妃だとも伺いました。東宮時代から唯一連れ添った妃の位を下げることを拒んだ結果と言うことですね?」
「そうだろうな、お前は理解が早くて察してくれるから助かる。」
「一族の中から新たな妃を擁立するのでしたら杏を選ぶべきではありません。あの方が愛するのは「国母」の自分ですから。」
「そうか、適任は居ないか。」
「後宮に一族の妃は居なくとも私と梨花様が婚姻を結び子ができれば今以上の権力を持てるのではないですか?」
「権力より今は普段から顔を見に来れる孫が欲しくてな、じじ様と呼ばせて可愛がりたいのだ。お前と梨花の子だからな、きっと聡明で賢く強く優しい子になるぞ。」
「旦那様のご期待に添えるように努力します。」
「ははっ。頼むぞ?」
「食事は食べられますか?」
「ああ、義理の息子の屋敷での食事は初めてだな。」
「私がこの屋敷を得ても奥様に食事くらいたまにはこちらに来なさいと言われていまいしたので、お世話になりました。」
「あれもお前を気に入っているからな、最近はどちらの性別の子でも使える食器やらなんやらと買いだめしているんだ。私の相手すらしないんだぞ?」
「旦那様も奥様には敵いませんね。」
「全くだ。」
「失礼します。お食事をお持ちしました。」
「ああ。旦那様、酒は呑まれますか?」
「では、一献いただこうか。」
「失礼します。」
梨花の父の持つグラスに酒を注ぐ朱雀に
「ほう?香りの良い酒だな。」
「人気のある酒らしくなかなか手に入らないらしいのですが運良く手に入ったので食前酒にちょうど良いかと。」
「確かにたまには趣の違う酒も良いな。」
「旦那様は酒豪ですし、簡単に手に入るものでは満足されないと思いましたから、気に入っていただいて何よりです。」
「私の好みを熟知していることもお前の評価が高い証拠だな。」
「長くお世話になりましたから、このくらいのことはいたしますよ。」
「ああ、長かったな。梨花がお前を見つけてもう十数年か。」
「ええ、あの時梨花様をお手をとったから今の私がいます。とらない選択肢を選んでいたらきっと価値のない人間のままだったと思います。この歳まで生きれなかったでしょうし。」
「お前が何より梨花を大切にしてくれることは感謝しかない。」
「梨花様や旦那様、奥様からいただいた信頼を裏切るつもりはありません。」
「誠実で何かあればすぐ梨花のために動いてくれるお前が居てくれるから梨花も私もあれも安心していれるのだ。だから、これからも梨花を頼む。」
「この命は梨花様をお守りするために存在し、梨花様がこの世を去るときに私も死に死後の世界でもお守りすることが私が梨花様にできる恩返しです。」
「死してもなお守るとは さすが「南方将」朱雀だ。ほかの男ではここまで信頼できないのだからな。」
「精進します。食事が冷める前に食べましょう。」
「ああ、そうだな。」
たわいない会話をしながら朱雀と梨花の父は食事をとる数刻後
「今日はありがとう、すまんな朱雀。」
「いえ、少しでも旦那様のお役に立てたなら光栄です。」
「ははっ、ではな。」
「はい。何かありましたら何なりと。」
義父の背が見えなくなるまで見送った朱雀は屋敷に戻る
風呂にて
体を洗い広々とした浴槽に入ると普段より今日は心身が疲れているなと判断して
「妓楼に行かされるといつも疲れる。」
ひとりごとを呟く朱雀は
(今日のことが梨花様のお耳に入ったらどうなるだろうか、機嫌を損ねるのは分かっているが
梨花の味方という点で彼女達は信頼できるし、武官の妻の先輩として教えを請うのも問題は無いただ問題はその彼女達の夫達だ
(何かにつけて根掘り葉掘り聞いてくるだろうな。まあ、夫の動向を悟れるあの二人がいれば怖いことはない。)
そう結論づけて朱雀は
「ふぅ。」
と大きく息を吐くあと数日で最愛の女性を迎えられる、その為の準備は全て完了し後は迎えるだけ彼女が来たら何もない庭に何を植えるか相談して二人が思い描く庭にすることが今一番の楽しみなことだからかそれを想像するだけで心が温かくなる
(梨花様はどんな花を植えたいと言われるだろうか?どんな花でも用意するつもりではあるが・・・。)
「南方将」朱雀としてでなく、ただの一人の男の朱雀として妻である彼女を護る、それは体だけではなく心も、自らの全てで彼女の全てを護りたいのだ
「梨花様が望むものは何でも用意するのだ。梨花様がこの屋敷を気に入ってくれるように。」
自分自身に誓いのように言葉にした朱雀は気を引き締めて浴槽を出る手拭いで体を拭いて髪を乾かし風呂に入る前に用意した水を飲みそのまま隣にある寝室に向かう
この屋敷は国一の武官である「四方将」の屋敷らしく広々としていてる。各部屋も広く寝室も一人で寝るには広すぎる程だが置かれている寝台は一人以上で寝ても問題ないくらいに広い、また大きな衣装箪笥がいくつもある。大きな衣装箪笥は梨花の服をしまう箪笥であり寝台も梨花と共用にすることを前提に新しく買い換えたものだ。
寝室で寝る前に寝台横の明かりを灯す軍略の書物を読むのが朱雀の一日の最後の日課であるが
怒濤の一日だったからか明かりは灯すが寝台に寝そべる朱雀は
「今日は疲れたな。」
普段とは違う疲れ方をしたからか眠気が一気に襲ってきたことと事前準備が全て完了した安心感からか朱雀は
「梨花様。」
と最愛の
水晶宮にて
調度品は全て片づけられて寝室には部屋に備え付けられた寝台と簡易の灯りだけがある中で梨花は寝台の中で
(あと数日でここを出るけど、何にも心残りはないわね。朱雀が待っているのだもの、あの温かくて優しい朱雀のその胸板に全てを預けられる。後宮では私の下賜は知れ渡っているし、少し前に下賜された中級妃がいて下賜なんて可哀想だと言われていたらしいけれど・・・。愛がない下賜は哀れだと思うけれど愛されている下賜なら哀れなんて言われたくない。)
上級妃としてこの後宮に入内して主上のお手付きになっても梨花は朱雀を思っていた。「四方将」の武勇伝はこの後宮でも耳に入る、それを聞くたびに朱雀との距離があると本心は悲しくて寂しくて主上のお通りが無いときは寝台ではなく椅子で朱雀を思い彼の無事を願っていたから、何故椅子なのかそれは一族の為に入内をしたから体は捧げれない。だが、心なら捧げられると彼女が唯一抵抗していたことの証明だったのだ
「朱雀は私を迎える準備をしているのかしら?」
後宮に思い残すことがないからか、待ち望んでいた朱雀の妻になれるからか言葉になるのは朱雀への愛で
「どうか、私に朱雀の子を宿らせて下さい。妾に朱雀を渡したくない妾を作らせたくない。」
自身の腹をさすり願うものは女性ならば誰しもが願う些細なものだが、梨花は毒白粉に冒されていた自分には子を成す力が無くなったのかそれだけが唯一自分を不安で覆い心を薄暗くさせるものであり、もしそうであるなら朱雀に子を残せと言う多くの者は妻が駄目なら妾だと言い出すだろう、そうなったときに朱雀にも必要ないと言われることがあれば自分は立ち直れない。子を宿せない妻だと周囲に冷たい目で見られたら、朱雀の妻である自分より妾が朱雀の愛情を得るなんて耐えられない。以前朱雀にはそれでもいいと言ったが本心ではない、自分だけが朱雀から愛され子を産み二人で育てる。その些細な幸せを奪わないでと
「朱雀、会いたい。」
良くも悪くもこの不安は朱雀だけが取り除けるのだ。だから梨花は強く彼を望む。彼を想っている時には捨てられる恐怖より彼の言葉と行動が自分は愛されていると思わせてくれるから、梨花は最愛の
「迎えに行く。」
という言葉を胸に抱きながら彼女も眠りにつく、二人が身も心も寄り添えるまであと数日。
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