薬屋のひとりごと〜南方将は西国の血を引く男〜 作:花札こいこい
「貴方は今日から朱雀よ、私の朱雀。だから私のそばにいてね。」
「御意。梨花様。」
水晶宮梨花妃の寝室
「・・。朱雀。」
梨花妃の隣には皇帝の吾子である東宮が苦しそうに荒い呼吸を立てているそして梨花妃もまた苦しげにしている
「医官は?」
「はい。賢妃。」
医官でも対処の術がない。ただうなだれるだけ、こんな時彼なら私も吾子も救えるでも彼はここには入れない
「・・っ。」
今なら分かる私自身がどれだけ彼に助けられていたのかを、ここは主上の後宮だ。宦官になる以外に男は入れない。不思議な話だ。助けられない者がここに居て助けられる者がここにいないのだ
「っ。」
「梨花様。宮の外に貴妃が・・。」
「・・。」
立ち上がることもままならないが吾子の為に母である私ができることはする、この子は私にしか守れない
ほぼ全ての気力を振り絞り立ち上がり宮の外に出るそこには梨花妃と同じく主上の後宮で公主を産んだ四夫人の一人、貴妃である玉葉妃がいるげっそりとした梨花妃は玉葉妃に平手打ちを食らわせるそんな場面をある下女が見ていた噂話に興味を持った彼女は誰も気付けなかった真相をただの一瞬で理解したのだ
「なにか書くものがあれば・・。」
その呟きは誰にも聞かれずに風に舞い消えた
後宮管理者の壬氏は貴妃と賢妃の諍いをなだめようとしても母である二人の妃は我が子のためにかたくなに譲らない数時間後その場は収まったがその後しばらくして翡翠宮には公主の笑い声が水晶宮では梨花妃の慟哭が響いた東宮が身罷れたのだ。泣き崩れる梨花妃を慰める者はいない一方で翡翠宮ではとある下女が招かれていた、おしろいは毒だと文で教えたその下女は薬屋で翡翠宮の毒味役の侍女となった
翡翠宮に皇帝のお通りがあった日に薬師の侍女猫猫は帝に賢妃を診てくれといわれるそれは治せと同義だ断れない猫猫は翌日水晶宮に赴いた
「梨花様にこんなものを食べろというの?」
「豪華なものしか梨花様はお食べにならないわ!」
水晶宮の侍女達は猫猫を拒絶して自分達が正しいと信じ切っている結局今まで食べていたものも胃腸も弱った今では傷口に塩を塗るようなもので食べれない食べれなければ猫猫のせいにする悪循環なのも分からない、猫猫が梨花妃を診れるように壬氏が計ればそのときにまだおしろいを塗られていた事実が浮かびとにかく毒の排出をさせるために画策するが梨花妃は猫猫はもちろん侍女にも体に触れられることを拒み唇に匙が触れることも嫌がるまるで
「生きていたくない。」
と残り少ない気力で訴えるのだ
「はあ。」
この状態がもう二週間は続いている猫猫も梨花妃もあと何日生きれるかも分からないそんな時壬氏が高順とともに宦官を連れてきた。やつれきった猫猫は訝しげに誰ですかと壬氏に聞くと壬氏は
「帝と梨花妃の父君が彼ならばという者だ。」
その宦官は顔を隠していて怪しいだろと警戒する猫猫に
「梨花様。お久しゅうございます。」
「!」
その声は柔らかく優しさが言葉一つ一つに秘められているようで
「侍女頭をここに連れてきてくださいますか?」
「は、はい。」
猫猫には高圧的な侍女達も応じた暫くすれば
「なんです?」
と侍女頭が現れる彼女は宦官を見ただけで
「貴女達は下がりなさい。」
侍女を下がらせると一室には猫猫と壬氏と高順に梨花妃、侍女頭そして宦官だけになった
「なぜ貴方がここにいるの?」
(知り合いなのか?)
猫猫は割り込むことはせずにこの状況を冷静に判断できるように俯瞰する
「す・・ざ・・」
梨花妃が何かを口にするそれは猫猫が知る拒絶反応ではない気がする
「はい。梨花様。」
当たり前のように梨花の傍で当たり前のように彼女の言葉に耳を貸すその宦官は
「あ・・が・・わ・・。」
何を言いたいのかすらも分からない言葉を紡ぐ梨花に憤ることもなく唇の動きで彼女の言葉を想いを自分に落とし込むように頷いている
「し・・に。」
「梨花様、貴女様にとって東宮を失うことが耐えられない苦痛であっていても、生きる気力を奪う理由になっていても私は梨花様に生きていてほしいのです。梨花様を失うくらいなら宦官になって水晶宮専属の医官としてお支えしましょう、東宮を失い哀しむ貴女がいるように貴女を失えば哀しむ者がいるのです。」
まくし立てるような言い方ではなく一言一言をゆっくりでも確かに梨花妃に届くようにとその言葉たちは嘘偽りもなく哀れんだ同情でもない心の底からの想いなのだろう、東宮がいなくなった今、梨花妃の心の支えといえるものは存在しないことも全て知り得てその上で彼は来たのだ。世界でただ一人の自分に名と生きる意味をくれた恩人が今以上これ以上に大切な人を失うことがないようにその為ならば自分が犠牲になり彼女の盾となることも厭わないとその言葉を聞いた梨花は我が子がこの世を去った時より大粒の涙をこぼしながら微かに動く手を朱雀に伸ばす、妃に触れられるのは帝だけだ、だから朱雀はそっと袖に手を隠し直接梨花妃に触れないようにしてその手を受け入れる。幼い頃に触れたお姫様の梨花様は自分を見つけてからすっかり帝の寵愛を得るための講義より朱雀を見ていることが多くなり一族の繁栄を得ることと愛する我が娘の恋を天秤にかけることを梨花の父は悩んだ。だが、朱雀が
「梨花様の幸せを考えれば一介の武官の自分の妻より帝の后の方がよほど相応しく梨花様のためになる。」
自分は梨花様の護衛で対等である必要はないと、そもそも武官として様々な修行をさせてもらっている身で当主の一人娘を娶るのは不敬です。と丁重に断り自分にはそのような関係の相手は要らないですと言ったそれも本心だが梨花に仕え支えることが何よりも大切な朱雀には興味のないもので高官が女遊びを覚えろと妓楼に連れて行かれてもそこに居る妓女と話すこともなく息抜きというものもない、こんを詰めるなと言われてもその数日後には部下を死なせない為に医学の知識を得たいので武官として貯めた銀で医療の発展した西国に留学してもよいかと伺いを立てて半年だけならば良いという許しを得て留学したのだが武術の才能だけでなく医学を学ぶ姿勢に感心した留学先がなかなか返してはくれず結局一年以上経って何時でも顔を出しなさいこちらはいつでも歓迎するからと茘国に牽制までしてきた。それのほどの逸材だということは茘国の中枢にいる者は皆知り得ているだからこそ異国の相貌の朱雀が皇族の外戚の護衛と現帝の護衛も任されているのだ。寡黙でありながら温厚で礼儀正しい彼だが、相手が礼節を持たなければそれに相応しい毅然とした対応をする。武官でありながら文官としてもその才覚を見せる、それは帝にとって味方であればこれほど心強い者はない。梨花妃を診るように指示した猫猫がなんの治療も出来ていないと壬氏から聞けば帝も妃でいさせることもないかと判断するだろうと、その時誰かに下賜という形で後宮を出られる梨花妃の父は長く東に遠征に出ていて東宮の薨御を知り得たのがいましがたの朱雀を自室に呼び
「頼む。朱雀、梨花を下賜していただけるように主上に願い出てくれ、お前にとって梨花が妻として必要でなくとも梨花にはお前が必要なんだ。私とて親だ、梨花が一人で苦痛を強いられているのは耐えれない・・。」
「なれば私が宦官として水晶宮に仕えればよいのではないですか?手術は禁止になりましたが宦官であれば主上も上級妃の宮に専属の医官がいてもそれを問題とはしないでしょう。」
淡々と宦官になるもいとわないと朱雀は言葉にする。いつもなら優しく穏やかな寡黙さが今はただ自分がいない間に大切な梨花が絶望の淵にいるそれなのに誰も彼女を救おうとしないことへの苛立ちを隠さない。否、隠すつもりもないのだと朱雀には梨花という存在が総てなのだ、梨花が泣けば彼女の傍でその涙を拭って事情を聞く梨花に非があるときは
「それは駄目ですよ。」
となぜそれが駄目なのか感情があふれている梨花を諭し一緒に謝りに行きましょう、と和解できるようにし、反対に相手に非があるならその相手を目上でも論破して謝罪させる。誰であっても嘘をつかない誠実な彼だからこそ梨花がその父が一族の者が皇族の外戚の護衛ひいては皇帝の衛を任じ護られるそれは茘国で名持ちの家の出身ではなくとも、ましてや異国の血の強い容姿の朱雀が今の立場にいることこそ茘国が朱雀という存在を認めている動かない証明なのだ。
少しの回想は終わり場は水晶宮の梨花妃の寝室で
「私のただ一つの願いを聞いて下さいますか?梨花様。」
朱雀は梨花に尋ねる細やかな願いを、それが自分の妻としてなのかあるいは主上の后としてなのかどちらであろうとも朱雀にはただ梨花様が生きていてくれれば良いと。後宮に召し上げられてからは梨花は幼い頃から彼がいるから大丈夫だと無条件で信じられたことがそれがどれほど自分を支えてくれていたのかその大きさを今身をもって知り得ただから
「う・・・ん・・・。す・・・く。」
自分でも嫌になるくらいに言葉が続かなくて苦しくてでもそんな自分を支えると言ってくれる、待ってくれる彼は助けてと言えば助けてくれる距離にいてくれるから袖越しの彼のぬくもりに泣いているのに安堵ができてそんな自分の心の内を知られているのか
「今の梨花様がお口にできるようなお食事をご用意します。少し時間がかかりますのでその間に薬師殿に診ていただきましょう、よろしいですか?」
声にしようとしてもでないから代わりに頷く梨花に
「では、薬師殿お願いします。」
そう伝え朱雀は自身の片手に添えられた梨花の手のひらを彼女の体に添えると
「侍女頭殿、厨房をお借りしますがよろしいですか?」
「私の質問に答えなさい!」
憤る彼女だが
「話なら梨花様のお食事の後でならばお受けいたします。」
「答えないなら貸さないわ!」
「何を言わせたいのですか?」
「梨花様は下賜でもされるのかしら?もしそうならば一族から新たな妃を召し上げるのでしょう?」
「例えそのような対応がされても妃に召し上げるのは貴女ではないでしょうね。」
「!」
(うわっ、こいつ高貴なお方相手に・・・)
猫猫は袖で顔を隠して表情を悟られないようにするが壬氏達は内心できっぱりと言い放つ朱雀には好感が持てるようで
「侍女頭殿。梨花妃の回復が優先でしょう。」
「・・・っ。なんで、いつも。」
人の感情の機微に疎い猫猫には侍女頭の言葉はいつも梨花妃が優先されることを憂いているからの言葉だろうと考えた。侍女頭である杏には妃になれる家柄でありながら従姉妹の梨花の侍女頭にされ主人の梨花妃は「国母」になれる東宮を産むが東宮は薨去し、梨花もまたいつそうなってもおかしくない状況であった嫌いな梨花を蹴落とせるまたとないチャンスだとしていたのにこの目の前にいる男には梨花妃を救う術がある。もう数え切れないほどこの男が梨花を護るところを見ているのだ、「国母」に相応しいと自負のある杏は朱雀が自身を軽ろんじて侮辱されていると
勘違いをしている実際は「国母」になどなれない、彼女が愛するのは「国母」の自分だからと見透かされているそれが分からないだから朱雀は梨花と杏に対する対応を変えているのだ。
「それでは、一度失礼いたします。」
朱雀は一礼して梨花の寝室から出て一階の厨房に向かう厨房は使っていないのかほこりまみれで先ずはこの厨房を使えるようにしなければならないなととりあえず腕をまくり締め切られた窓と扉を開ける。あの場は下がった侍女達と水晶宮の下女が厨房からの物音を聞きそこに顔を出すと先ほどの宦官が掃除をしていているのだ侍女は何様だと顔をしかめるが下女はその掃除のスキルに驚いていた動きに無駄がないだけでなく効率的で掃除担当の下女も感嘆する
「こんなものか。」
それほど時間もかからず掃除が終わり水晶宮に持参した食材を広げるとにかく体に栄養を与えなければならないがそれだけでなくとも今の梨花にはそれに見合う量は厳しく嚥下するにも体力を使うだろうから栄養価の豊富な雑穀を重湯にするそしてそれを一回の量を少なくして何回かに分けれるようにと作り始める
その頃梨花妃の寝室では猫猫が梨花を診察していた
(あんなに拒んでいたのにあの宦官の言うことは素直に聞けるのか。)
「体を拭きましょう梨花様。よろしいですか?」
「・・・え。」
「おい。手拭いとお湯を持ってこい。」
「なんで翡翠宮の侍女に命令されなきゃいけないのよ。」
朱雀と杏そして壬氏達が部屋を出たので侍女が何人か戻ってきたその侍女達に猫猫は指示を出すがそれをやはり侍女は聞かない、もう侍女と呼ぶのもおこがましい。翡翠宮なら全員で団結して主人である玉葉妃を支えるのに此処では主人の梨花妃の助けになるように動かないのかそんなだからあの宦官が来てくれるまで梨花妃は頑なに全てを拒んでいたんだろうがと内心水晶宮の侍女は当てにならないと見限る猫猫は仕方なく自分一人でやるかと部屋を出ようと戸に手を伸ばそうとするとそこにあの宦官が手拭いと湯涌を用意していた
「えっ?」
「必要でしょうからご用意したのですが・・・。」
(こいつできすぎだろう。何で宦官なんだよ。)
「あ・・ありがとうございます。」
「翡翠宮の侍女が率先して水晶宮の梨花様のお役に立てているのに水晶宮の侍女には自分達が梨花様の侍女だという矜持もないのですか?」
「なんですって!お父様に言いつけてやる!」
(まあ、こいつは梨花様の知り合いらしいからこうなる。)
侍女なのになにもしなければいる意味もない無駄な存在だと言われたことに侍女は苛立ったようで豪語する。だが、茘国でそれなりに地位のあるのだろうそのお父様が最高位の武官である「四方将」の一角でさらにその中で最強と評価される「南方将」である朱雀に謝罪を要求できる程の要職ならば尚のことそれが間違いだと諫められるだろうにとそれすら分からないような者ばかりを杏は選んでいたのかと朱雀は呆れ果てるしかない
「厨房に居りますので清拭が終わり次第声をかけてください、食事を持って参ります。」
「胃腸が弱っているから・・・。」
「ええ。なので重湯を回数を食べれるように小分けにして作りましたので、それと身体の毒を排出させる為に茶も用意しましたので薬師殿。介添えをよろしくお願いします。」
「す・・ざ・・は?」
「清拭が終わり、食事をお持ちするまでお待ちくださいますか?」
朱雀がいないと不安になるのか梨花の瞳は大きく揺らぐそんな彼女の心を察したのか
「梨花様、ご心配なされないでください。私は貴女様の声の届く此処におりますから。」
「こ・・・こ。」
「梨花様。」
幼い子に諭すような声で朱雀は今はまだ駄目ですよと優しい瞳で梨花を見る
「・・・。」
ぷくりと頬を膨らませる梨花
「可愛らしいお顔をされても駄目ですよ。」
「!・・・はい。」
朱雀に可愛いなんて初めて言われた梨花は驚きながらでも返事をしてしまう
「では、薬師殿。よろしくお願いいたします。」
(妃に可愛いといえるとはなかなかに肝が据わってるよなこいつ、だけどそれが嫌味や下心に聞こえないだから梨花様は嫌な顔をしないし嫌とも言わない。本当に何者なんだ?この宦官・・・)
朱雀の後ろ姿を見ながら猫猫は思う間違いなく梨花妃はあの宦官が来て変わった生きたいと思えるようになったのだ、だから早く清拭を終わらせてあの宦官を梨花妃のそばにいさせることで体調を回復させれるようにそうでなければ翡翠宮に戻れない。梨花妃の清拭をしながら猫猫はある疑問を梨花に訊ねる
「梨花様?あの宦官は梨花様のお知り合いですか?」
「そ・・・う。」
「梨花様は彼を信頼しているのですね、私では動かせなった梨花様のお心を言葉だけで動かしたのですから。」
「・・・い・・・こと。」
「早く良くなりましょう。」
清拭が終わったので猫猫は厨房に向かい
「梨花様の清拭が終わりました。」
「承知しました。」
朱雀は木製の茶碗に重湯と味の薄い茶を用意していたそれを見た猫猫は疑問に思う
「何故木製の茶碗なんですか?」
「銀にしないことですか?」
「毒を入れるとは思いませんが毒味の意味がないでしょう?」
「確かに銀ならば見ただけで毒かどうかの判断はできます。でも銀は熱を通しやすい、熱いものに対して今の梨花様の舌では火傷の危険もありますから、木製の茶碗と匙ならある程度熱に強く触る感覚も柔らかいでしょう?食事に抵抗感を感じないようにするためにも使える気は使っておきたいのです。」
(嫌、そこまで使えるのか普通?高順様もだが宦官にしておくには勿体ない気遣いだな。)
梨花妃の寝室に戻りながらそんな他愛もない会話する朱雀と猫猫が入室する朱雀が作ったものは猫猫が最初に持ってきた病人食と同じだと侍女は露骨に嫌な顔をして拒否しようと茶碗をひっくり返そうとするが朱雀が来たことに気づいた梨花が起き上がろうとするが起き上がれず寝床から落ちかけるその一瞬でそれを察した朱雀は膳を片手で持ちもう片方の手で梨花の体を支える
「梨花様。起き上がれるようになるにはまだ早いですよ、お運びしますからお待ち下さい。」
「・・・っ。」
自分を片手で支えしまう朱雀の頼もしさは何年経っても変わらずむしろ増していると思う梨花は自身に添えられた片腕にもたれかかる
「どうなさいました?」
「い・・・て。」
「はい。私は此処におりますよ。薬師殿、少し手を貸していただけますか?」
「はい。」
水晶宮の侍女ではなく猫猫に手を借りる朱雀の言葉には
「あなた方に助けは請わない。」
と言うはっきりとした拒絶で言葉は優しくとも声音は厳しい。普段の温厚な朱雀ならばまずしない対応で後宮という閉鎖された世界で自分達の親の立場を振りかざすその割には主人の役に立たない侍女等梨花を何よりも尊ぶ朱雀から見れば始末してもかまわない存在だ。許しさえあれば今この場で斬首するのだが、さすがに梨花の前で人を殺める真似はしない梨花を寝かせて嚥下しやすいように首を枕で少し高くする。朱雀の持つ膳を猫猫が受け取るが梨花は朱雀にしてほしいようでじっと朱雀を見つめる猫猫も生きる希望を見いだした梨花の想いは尊重するべきと考えたのか朱雀に
「梨花様は貴方が良いそうです。」
と口にする根負けした朱雀が
「承知しました。」
と応える、茶碗と匙を猫猫から託され床に腰掛け梨花の口元に匙を近づける
「こ・・・れ・・・な。」
「雑穀を煮出して出た上ずみで重湯というものです。梨花様のお好きな蟹で少しだけ香りをつけていますよ。」
匙から流された重湯は自分の好物の匂いがして加えて朱雀が作ったものだ梨花には食べないという選択肢はない
「お・・・し・・・。」
「もう少し食べれるようになったら今度は梨花様が体調を悪くしたときによくお作りした蟹雑炊を作りますので、ですから今はこれを少しずつ何時でも食べれるように作り置きしましたから気兼ねなくお食べください。」
「う...ん。」
少量の重湯が無くなれば朱雀は食器を片付けようと立ち上がる、梨花は少しだけ自身の頭を動かそうとするだから
「梨花様?なんでしょう?」
その行動が幼い頃から弱った梨花が己の意思を伝える前に出るものと知り得ていた朱雀が梨花の口元に耳を近づけて何を伝えたいのかを知れるようにすれば梨花は小さな声でだが
「は…や、も…。」
「早く戻って……でしょうか?」
こくりと頷けば
「分かりました、少しだけお待ち下さい。」
戸の前で一礼し部屋から出る朱雀を梨花の瞳は追いかけていただが目障りな宦官が居なくなり侍女達はこぞって
「あの宦官は何様?梨花様にあんな庶民が食べるようなものを……。」
「梨花様が嫌がらないからって!」
「や……て。」
「梨花様!」
「おい。」
「「!」」
「お前たちは分からないのか?あの宦官が来なければ梨花様はいつ死んでもおかしくない状況だった、お前らで梨花様を救えたのか。」
猫猫は毅然と言い切る侍女が主を殺すなど有り得ない不甲斐ない侍女達にどうのこうのと言える資格など無いのにその上それが理解できないから質が悪い自分達のすることこそが正しい。正しい知識と経験があれば東宮は薨去せず梨花妃もこんな状況にはならなかった、そして水晶宮の侍女達が自分達の尻拭いをあの宦官にさせることもなかったんだと我が身可愛さでいる侍女に言うだがそんな考えすらない水晶宮の侍女には
「なんですって!」
「翡翠宮の侍女が水晶宮のやり方に口を出さないでちょうだい!」
「へぇ?主を追いつめ殺すのが水晶宮のやり方か?」
猫猫は哀れんだ目で彼女らを見るもう救いようが無い
「梨花様ぁ。」
自分達は悪くないですよねと梨花に泣きつく侍女だが
「いい加減にしろ!」
猫猫は少し大きな声で怒鳴るそれとほぼ同時に
ばんっ
閉められていた扉が大きな音を立てて開くそこにはあの宦官が顔は見えないのに明らかに纏っていた雰囲気が変わり梨花を優しく包むような穏やかなものでなく冷たく残酷な触れたもの総てを切り裂くようなまるで殺人者のようで別人としか思えないそれ、世間知らずのお嬢様達が幾度もの修羅場をくぐり抜けた「四方将」が放つ僅かな殺気に怯え竦むなんて子供でも分かるような簡単な話なはずだが
「あ…」
がくがくと膝が嗤い立てなくなる瞳からは大粒の恐怖の涙が出て本能が殺されると
「た……け」
這いつくばりながらただ朱雀から離れようとする中には失禁する者も
「この部屋から出ろ。梨花様のお命を貴様らに預けるなど御免こうむる。」
殺気を緩め淡々と侍女を言葉で脅す、これでもまた完全な殺意ではないのに侍女達は「出ろ。」という朱雀からの命令に従う、だが従いたくても恐怖でまともに身体が動かない
「早く出ていけ。」
四度目はないと警告するように朱雀が言えば水晶宮の侍女達は全員が梨花妃の寝室を出る部屋を出る前と今で変化した雰囲気に猫猫も驚くがあの侍女達に任せれば梨花が死ぬそんなこと朱雀は認めない殺されるなら関わらせなければいい、使えない侍女十人と知識がある一人選ぶなら知識のある一人だそれで足りないなら自分が補填すれば問題などないそのために主上の後宮に武官の自分が男としての力を一時的に失くす薬を飲んで宦官のふりをしてここにいるのだから全てはただ一人の主人「梨花様」のため
「す・・・。」
「はい、梨花様。」
「こ・・・いてね。」
「承知しました。部屋の掃除をしながらでもよろしいですか?」
「・・・ん。」
「薬師殿。」
「はい。」
「先程僅かでも殺気を放ってしまい申し訳ありません。体調に不調を感じられたらお休みください。」
「大丈夫です、あの侍女達では何を言っても無駄だといなくなってもらった方が梨花様のための判断でしょう?」
「はい。」
(即答かい。)
部屋の掃除をする朱雀をずっと見ている梨花を猫猫は
(お姫様であろう梨花様がここまで信用している、ただの主人と使用人ではないな。)
「何か言いたそうですね。」
「!死を待っていた梨花様を言葉だけで生きたいと思わせれるようにできる者がいると思わなかったので・・・。」
「・・・。私が最優先したいのは梨花様です、でもそれだけを許されていなく結局お一人でお辛い目に合われさらに梨花様が一人の孤独を知ってしまった。だから許される限りお側に仕えるそれが私にできる梨花様への贖罪です。」
掃除を終え朱雀は梨花の床の近くに腰を下ろす。その仕草はいつもそうしていたかのようで
「お休みなされませ。此処におりますから。」
その言葉は彼が水晶宮に来たときにまとっていた穏やかで安らぎを与える雰囲気そのもので安心したのか梨花は久方ぶりにうとうとと眠くなる
「良い夢を。」
梨花が朱雀を見つけてから朱雀は邸にいるときは必ず就寝前に彼女にそう言っていた。年を経るにつれそれがなくなり寂しいと感じる梨花は体調が悪いときにだけ今のように寝付くまで側にいてとわがままを言った最初は
「貴女は主上の妃になるのですから。」
それは駄目ですよと暗に言われただから不安だから朱雀にいてほしいのだと更にわがままを言いお付きの侍女にも
「朱雀がいてくれた方が安心できる。朱雀は私にひどいことなんてしない。」
果てには父の前でも同じことを彼に全幅の信頼を寄せているからの言葉と同時に梨花に何かすれば朱雀が敵になると一族は判断し梨花が良いなら良いと告げるが本当に良いのかと渋る朱雀に
「お前なら良い。」
家柄のない自分がこの国の姫といってもいい家柄の梨花にここまでなぜ信用されるのか理解ができなかったが彼は梨花に数え切れないほどの恩義を感じているだから生きる意味をくれた恩人が望んでいるのだとなら望まれている限り自らを梨花に差し出すと決めている。この国で育ちの良い娘は夫に尽くすが当然のことだが梨花には側に朱雀がいることが当たり前でいつか朱雀がと心の底で思っていた。帝は皇族として尊敬しているだけど心を満たす相手ではなかった妃は何人もいるでも朱雀の妻という立場は一人しかいないのだから、梨花にとって特別な朱雀を軍部の高官はお前は女遊びをしても許されると妓楼に連れて行き妓女を妾として身請けしろと迫るが朱雀は頑なに今は武官として精進したいと断る。だが、問題はその後それを何処からか知り得た梨花が拗ねてしまうのでそうなると朱雀は梨花の機嫌をとるために一日を梨花と過ごす彼女が願うものを用意して彼女がしたいことをする一度だけ朱雀に膝枕をしたいと言われたがそれだけはしてはいけないものですと断固として朱雀が首を縦に振らなかった
「分かったわ。」
とその場では諦めた梨花だがとある日庭で武術の稽古をしていた朱雀が少しだけ仮眠をとろうと彼が自由に使えと言われている東屋で横になっていた、僅かに人の気配がして誰かがなにか自分に用があるのかもしれないと起き上がろうとして何か柔らかいものに触れた触感がしてまだ寝ぼけているなと感じたのだが頭の上の方から
「まだ寝ていて。」
と言われた
「何…が…、」
「起きちゃだめ。」
「梨花……さ?」
そこで初めて梨花が居るのだと察した朱雀は完全に目が覚めたでも頭上から聞こえる梨花の声と頭に感じる柔らかなものの正体を彼が認識するまでのほんの数秒間の合間だけだが彼が初めて見る梨花の表情がそこにあったのだ
「梨花様。私に膝枕などして梨花様が何故そのようなお顔をなさるのか理由が分かりません。」
「したいって言ったのに駄目って朱雀が言うから朱雀が寝ている間にするしかないって思ったんだもの、朱雀は何時も私を護ってくれているのに私が朱雀に何も出来ないのは嫌なの。」
「貴女様は主上の……」
「唯の梨花ならなにかさせてくれるの?」
「唯の梨花様にはならないでしょう。」
「何もさせてくれないならずっと膝枕するわ。」
「卑しい出自の私に何を求めておられるのです?」
「!朱雀。」
「はい。」
「卑しい出自なんて言わないで、貴方は朱雀。この国で最も強く優しい
「貴女様が望むものなど私は持ち合わせていません。」
「何も無くて良いの貴方以外要らない。」
梨花は瞳を潤ませて頬に赤みが出ていた其れは育ちの良い彼女が知る限りの愛の言葉だ。家柄が合えば許されただろうその