薬屋のひとりごと〜南方将は西国の血を引く男〜 作:花札こいこい
久方ぶりに我が主人「梨花様」の側にいるからか彼女に名を生きる意味を与えられた時を思い出す。梨花様は安心しているのか深い眠りについている
「このままでいれば・・・。」
と一言口にする朱雀だがそれはきっと許されないだろう、梨花様の父君も主上もお前の血は後に残すべきだと言われているのだ、私の血などどうでも良いと言っているのに高官の武官だけでなく高官の文官であっても妾探しだと妓楼に連れて行かされ高級妓女を何人も紹介される。拒否しているのに
「何が不満だ?」
とまるでこちらが悪いかのように言われる、逃げれば翌日二日分の妓楼巡りに連れて行かされるそれが梨花様の耳に届けば今度は梨花様のご機嫌をとるために奔走するのは私であるというのに、自らの「四方将」という立場も高官には高官なのだが常に戦いの最前線にいる我らと戦場にすらいない武官ではやはりあらゆる価値観が違うのだろう、だからか朱雀は心の中では高官は暇なのだと解釈している。
「もう役目は終えたと思っていたのに。」
彼女は妃として後宮管理者の壬氏殿に推薦され上級妃として後宮に召し上げられた。自分の中では護衛をしていた期間は短かったなと思う、また側に仕えることはもうないと理解していたからかこうして再びお側にいることに少しだけまだ役目があるのだとそれが何故かうれしい。今の梨花様を見てそんな発言は不謹慎だから声に出しては言えない。また彼女が広い空を飛び立てるようにその傷ついた羽を休ませるために私はここにいるのだ
「す・・・く。」
梨花様が小さく声を出す
「はい。」
何を命じられても言いように膝をつき直し梨花様の命を聞く体制をとる、すると梨花様は片手を私の方に出すそれは幼い梨花様が体調の悪いときに私に握っていてと差し出すそれだった
「・・・。」
「だ・・・め?」
「分かりました。」
袖に自分の掌を隠し元々細く小さな梨花様の掌を受け入れる
「あ・・た・・・。」
「梨花様、体温が低いですね。寒くはないですか?」
「へ・・・き。」
「もう夜明けですね。」
窓の外は少しだけ明るくなっていて
「ご朝食をご用意しますね。」
「もう・・・こ。」
「もう少しだけですよ?」
こくりと頷く梨花様は嬉しそうだから
「少しずつ良くなりましょう。」
とはやることはないと告げる
チュンチュン
小鳥の囀りが聞こえ朱雀は
「ご朝食の用意をいたしますので少々お待ち下さい。」
梨花様の掌を床に戻して厨房に向かうと侍女は朱雀に対して恐怖があるのか距離をとる下女は彼が厨房でみせた掃除スキルの高さに有能なのだと理解できたのか
「おはようございます。」
と挨拶をするそんな下女には
「おはようございます。」
彼も挨拶を返す
「梨花様のお食事ですか?」
「はい。」
昨日の作り置きした重湯を温めなおして皿に盛り茶も用意すれば梨花妃の寝室に戻る
「お待たせしました。」
梨花妃の寝室に薬師殿もいて
「おはようございます。」
「おはようございます。」
「壬氏様に頼み蒸気風呂を作ってもらいますので・・・。」
「発汗を促し身体に蓄積された毒を排出するためですね?」
「はい、そうです。」
「梨花様、ご朝食です。」
(蒸気風呂と言っただけでその作用を理解してくれるとは。)
「医学の知識があるのですね?」
「何年か前に一年ほど西国に留学し医学を学びましたから多少の知識はあります。」
「そうなのですね。」
「蒸気風呂の建築を手伝ってきましょうか?」
「いえ、そちらは壬氏様にお任せしましょう。貴方には梨花様が口にするお食事の全ての管理をお願いしたいです。知識があり最適な食事を要してくれる方は貴重ですので。」
「承知です。」
「・・・く。」
「はい。お待たせしました。」
(宦官も留学するんだな。)
ゆっくりと匙から流れる重湯を口にする梨花妃
「食事が終わり次第清拭しましょう。」
「では、湯と手ぬぐいを用意します、清拭の後は茶と軽食をご用意しますね。」
「お願いします。」
「失礼いたします。」
食器を厨房に置いて湯と手ぬぐいを持ってくる朱雀が
「何かありましたらお呼びください、厨房におりますので。」
といい寝室を出るとそこは侍女と猫猫だけになる、昨日の朱雀の殺気により侍女は完全に彼が怖いのだろう朱雀がいるときは梨花妃の近くにいようとはしない、そしてその殺気に平然としていた猫猫も怖いのか指示は聞くようになった
カチャリ
食器を綺麗に洗い乾かすと
「出がらしでも良いか。」
梨花のために用意した茶の出がらしを茶器に淹れると飲むそこに
「あのう。」
「なにか?」
数名の下女が厨房にきて
「荷物がきているのですが私達だけでは運べなさそうで、手伝っていただきたいのですが・・・。」
「承知です。どこにあるのでしょう?」
「ありがとうございます。こちらです。」
門扉の前には大きめの荷物があり
(ここに置くか?普通。)
と常識を疑うだが
(ああ、俺がいるから此処までにするように指示があったのかもしれないな。)
後宮なら宦官の服を着ていれば女官には宦官に見える、女官が外を知らないからなのだが外に出ることもある宦官はさすがに「朱雀」と呼ばれていれば自分が宦官ではないと知り得てしまうだろうと配慮されているので信用には誠実に答えようと思う彼は
「これを何処に置けばよいので?」
「こちらの・・・。」
「分かりました。」
下女は一つの荷物を二人で運ぶようでだが朱雀は女二人で持つ荷物を三個ほど持ち上げる
「「へ?」」
下女は驚くいくら宦官でもそんなに持てるものなのかと
「このくらいなら一人でもいけますね。重いようなら置いておいてくだされば一人で片付けておきますよ?」
「あっはい。」
「持ってきた宦官も二人だったのに力持ちなんですね。」
掃除スキルだけでなく料理もでき穏やかな雰囲気も相まって下女達には梨花様が気を許す相手と評価されてた朱雀全ての荷物を運び終われば
「「ありがとうございます。」」
下女達は手伝ってくれた朱雀に感謝すると二階から
「梨花様の清拭が終わりました。」
侍女の声がすると
「分かりました。」
茶と繊維質の豊富な果物のすりおろしを持って二階の寝室に向かう
「失礼いたします。」
梨花が体を拭いてもらえさっぱりしたような表情をしていたので
「梨花様。果物をご用意しました。」
口にする気があるような梨花の唇に匙を近づければ彼女はゆっくりと嚥下する
「・・・しい。」
「お口に合いましたか?」
「う・・・ん。」
「茶もありますよ?」
茶器に注いだ茶を匙ですくいそれも唇の近づけこくりと飲む
「疲れましたか?」
「へい・・・き。」
「そうですか、梨花様?」
「おはな・・・し・・・いの。」
「なんのお話しをしましょうか?」
昨日していたように梨花の床の傍らに座り大切な梨花に話しかける
「すざ・・・のおは・・・なし。」
「私のですか?そうですね・・・。」
話の種に悩む朱雀だが
「梨花様。申し訳ありません梨花様が聞きたくなるような話の種がありません。」
「東の・・・。」
「ああ、遠征時の話ですか?」
「う・・・ん。」
「そうですね、私と年が余り変わらない者が勲功を上げたので、褒美を主上から賜り中級妃を下賜されましたね。」
「そう・・・なの・・・すざ・・・は?」
「私がですか?あのくらいは当たり前ですので主上もわざわざ褒美とはしないでしょう。」
「お父様・・・は?用意・・・の?」
「私より梨花様のご心配をなさっていましたよ。梨花様は下賜されたいと思いますか?」
「誰に・・・されるの?」
「梨花様のお父上に貴女様の下賜を願われました。ですが私は、貴女様の意思を尊重します。」
「わた・・・し。」
「今は下賜よりも梨花様のご体調が優先ですので頭の隅にあるくらいで構いません。」
「・・・。」
「住み慣れた後宮の方がよいのかもしれませんし、貴女様が上級妃に召し上げられたのは皇帝を思う気持ちが強いからという理由だと伺いました。そこまで想われる主上が貴女様を手放すことはないでしょう。」
「すざ・・・は・・・妓女を、・・・妻にするの?」
「いいえ、身請けはしません。私は梨花様にお仕えするのです。妻がいればそちらに時間を割かなければなりません、この命は梨花様のために存在しその役目を果たして死ねばよいのです。」
「・・・。」
「梨花様は・・・、いえ、なんでもありません。」
それから数日後
壬氏に頼んだ蒸気風呂が完成したので早速使うことに梨花と数名の侍女が風呂に猫猫は火の管理を、朱雀は脱水症状を起こさないように水分の準備をそれぞれする。十分な汗をかけば風呂から出て朱雀が用意した水分を補給するそれが何日か続けば病人食でなく普通に近い食事を食することができ痩せ細くなった梨花も少しずつ肉がついてきてさらに数日後歩けるようにもなり、一人で庭を散策できるようにもなった。
「罵倒されると思ったが妃に相応しい器量だな。」
と猫猫は自尊心はあるが傲慢ではないと彼女を評価した。それと同時期にあの宦官は水晶宮からいなくなることが多くなったまるでもうお役御免になったかのようでそんなある日に
「ねえ。」
「はい?」
梨花が猫猫に声をかける
「私はもう子は成せないのかしら?」
「分かりません。試してみればよいかと。」
「子の成せない女では下賜されても嬉しくなんてないわね。」
「下賜?」
「私の独り言。ずっと好きな人がいるの。その人は強くて優しくてかっこよくて人の痛みに寄り添えてでも鈍感で気持ちを伝えてもね、貴女は妃になるのだからと。彼には私は主人の梨花様ですって、私は彼のただ一人の妻でいたいのに彼はそんな恐れ多いと拒むの。」
「梨花様はその彼に下賜されたいのですか?」
「そうなれば彼の側に居れるでしょう?後宮に召し上げられるまでは彼が側にいることが私には当たり前で、何かあっても彼が護ってくれることが当たり前だった。だから、その当たり前がどれだけ私を支えてくれていたのかを今回嫌というほど分かったの。この気持ちは一度は諦めたけどでもやっぱり私は彼の最愛になりたいの。」
「・・・。」
「だから貴女にお願いしたいの。」
「何をでしょうか?」
「貴女は妓楼の薬屋なのだと聞いたわ、妓女をよく知っているでしょう?」
「はい。」
「妓女はどうやって男性の心を得るの?私にも同じことはできる?」
「・・・。」
「妓楼巡りに連れて行かされても、私のところに戻りたいと思われるように、私が良いと言ってもらえるように努力したいの。」
「では・・・。お耳を。」
「ええ。」
「~というものがあります。」
「!」
猫猫が耳打ちすると梨花は驚きながら自身の胸元を見る
「・・・。」
胸元に手を当て猫猫が知る秘術を頭の中にいれるが刺激的だったのか茹でられたかのような赤い頭と顔の梨花に
「「梨花様・・・?」」
数人の侍女は何故そうなったのかが理解できないようで首をかしげる
「朱雀を呼んで。」
「はい。」
一人の侍女が朱雀を呼びに行き少し経てば
「失礼します。何でしょうか?梨花様。」
彼は現れる
「貴女達は下がって。」
「ですが!」
「朱雀と話したいの。」
「分かりました。」
侍女は全員下がる
「朱雀。」
「はい。」
「前に話していた下賜の話をしたいの。」
「・・・はい。」
「私は貴方に下賜されたい。でも、可哀想だからなんて理由は嫌よ。私は、貴方を男性として愛しているから貴方の一番特別な
「それで良いのですか?」
「それでではないわ、それが良いの。」
「今の暮らしを棄てても良いと?」
「貴方がいない暮らしなら棄ててもいいの。後宮に召し上げられる前に聞いたわ、お父様も主上も貴方の血は後に残すべきなのだと言っていることをだから朱雀、貴方が私に尽くしてくれるから私も貴方に尽くしたいの。」
「・・・。」
「もし、もしね、私がもう子が成せない体になってしまっているなら少しだけ貴方の妻でいさせてくれたら妾にも何も言わない。貴方の子供の成長を見させてくれるだけで良いから・・・。」
そう告げる梨花の声は震えていてそんなことは嫌だと思っているのにそう言うことで要らないと言われ棄てられないようにという彼女が最も耐えられない状況にならないようにする布石のようで、そんな彼女に朱雀は
「覚えていますか?」
「何を?」
涙ぐむ声で聞き返す
「梨花様に私がどうせ飽きて棄てるのだろうと言ったとき梨花様は信じてくれるまで毎日私のところに来て話をすると言われたことを。」
「覚えてるわ、お礼をするから屋敷に来てとも言って今思えば朱雀は嫌々だった。」
「あの時が初めてです。私が人を信用してもいいのかと迷った瞬間は。」
「そうだったの?」
「はい、そして貴女は私に名を価値をくださったのです。」
「指切りをして朱雀、貴方は茘国最強の武官になった。」
「武官になった時に決めていました。貴女様が私に何かを望む限りそれを差し出そうと、そして今貴女様は私を望んでくださる。本当はもっと早く貴女から告げられた想いに答えるべきだったのに貴女が皇帝の妃になるなんて理由で自らの想いに蓋をして要らないと強がり・・・。」
「!」
梨花は驚いて大きく目を見開く
「でも、もう蓋をしなくて良いんだ、だから・・・。」
椅子に座る梨花に一歩二歩と朱雀は近づき膝をつき告げる
「明日、主上に謁見するのでその際に賢妃である貴女様を下賜していただけるように願い出る。許されるまで時間がかかるかもしれないがそれでも必ず貴女を迎えに来るからそれまで待っていてくれるか?梨花。」
「・・・ぁ、朱雀。」
言葉が出なくなるほど梨花は歓喜極まりでも最愛の彼の名を呼ぶそれで満足したのか朱雀は
「俺は遠回りしすぎたな。」
と苦笑する
「ふふっ、そんなことないわ。」
微笑む彼女はいまだかつて見たことのない優しい瞳で彼を見る
「朱雀?私が後宮を出たら覚悟してね。」
「何を?」
「内緒。」
「?」
内緒にされるものが分からない朱雀だがいつか分かるだろうと追求はせずそのまま水晶宮を出る
翌日宮廷の執務室
主上の周囲には何人かの腹心達がいて
「朱雀。」
「はっ。」
「朕が即位してからのそなたに功績として褒美を与える、何を望む?」
「それは妃の下賜でもでしょうか?」
「構わぬ。」
主上の構わぬと言う発言で腹心達はざわつくそれでも朱雀は淡々と
「では、上級妃である賢妃梨花妃の下賜を願いでます。」
「ふむ、上級妃をな。」
「賢妃は皇族の縁戚で朱雀は宮廷の守護者ですが、仮に下賜を認めれば賢妃の一族が発言力を増してしまいますぞ主上!」
「私は主上からの許しを得て下賜を願い出ているのです。貴方方に野次を飛ばされるいわれはありませんが?」
朱雀が少しだけ睨めば腹心達は主上に視線を送るがその腹心より信頼されている存在が朱雀だ。
「よかろう。賢妃梨花妃を「四方将」が一人「南方将」朱雀に下賜する。」
「ありがたき幸せに存じます。」
「主上、正気ですか!」
「朱雀の日頃の功績ならばむしろ妃の下賜だけでは足りないだろう。」
「賢妃の下賜だけで十分であります。」
「そなたもついに妻を迎えるのだ。事前に玄武か白虎に夫としての心得を学ばねばな。」
「お心遣い感謝します。」
「後宮は壬氏に任せている。後はそちらに任せよ。」
「はっ。」
朱雀が出て行った執務室では主上に発言の撤回を求める腹心達だが主上は朱雀への恩義と彼をこの先も手中に置くために賢妃の下賜が一番最適解だと諭し渋々腹心達は了承し、その日の夕刻に後宮水晶宮にて
「梨花妃。貴女の下賜が決まりました。」
「朱雀でしょう?」
「ええ。ですが園遊会が近いためどこの部署も人手が足りず園遊会後の下賜になるかもしれませんのでそれをご承知していただきたいのです。」
「出て行くだけでしたら人手はいりませんよ?」
「一応、上級妃が後宮を出ると言うことは簡単ではないので・・・。」
「分かりました。」
「すみません。」
壬氏達が宮を出れば梨花は小声で
「今年の冬は朱雀と越せるのね。」
と何年か振りの彼との年越しに目を輝かせていた
こうして夏から少しずつ秋へと季節は進んでいくのだ。
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