薬屋のひとりごと〜南方将は西国の血を引く男〜 作:花札こいこい
後数ヶ月で秋の園遊会が開催されるということで上級妃「賢妃」の下賜はそれほど話題にはならないと高を括っていた主上の腹心達だが武官の中ではたちまちに女性が苦手な「南方将」朱雀が上級妃を下賜されると言う話は瞬く間に広がり一体どんな妃なんだろうかという話題は既に武官の中ではすでに浸透済みであった。
鍛錬場
園遊会で演舞を披露する武官達は皆汗を流していた一年に二度しかない晴れの舞台で名だたる高官も普段はお目にかからない女官も多くいるのだ、自らを売り込む絶好の出世の
「「南方将」!演舞の指導をしてもらえませんか?」
「「南方将」!私にもお願いします!」
「少しだけならば・・・。」
「「ありがとうございます!」」
「重心はぶらさず、ゆっくりと腰は下ろし・・・。」
「はい!」
「その剣だと重くて体の
「なるほど!分かりました。」
それを遠見から見ていた玄武と青龍が
「あやつはこの大変な時期に武官の面倒も見るとは順調なのか私生活は?」
「逆に自暴自棄になっているのかもしれんぞ。」
「自暴自棄があんなに丁寧に稽古をつけるはずないだろう。まぁ、園遊会が終わりしだい根掘り葉掘り聞くつもりだ。はっはっは。」
玄武の豪快な笑い声が聞こえた朱雀は今は遠慮されているが「賢妃」を下賜されれば毎日あれやこれや聞かれると察し
(悪寒が・・・。)
ぶるりと震えあがる
「嗚呼、そうだ。朱雀!青龍!こちらにこい。」
「はい。何でしょうか?」
「何だ。」
「今回の園遊会は上級妃がそろい踏みで護衛に対象が増える。主上と王弟と皇太后を朱雀が、上級妃は私と青龍そして白虎の三人で護衛するようにと依頼がきたのでそのように。」
「承知しました。」
「了解だ。」
「すまんなぁ?朱雀よ。最愛の「賢妃」を護れないなぁ?」
玄武は早くも親戚のおじさんのようにからかうかのように言うが
「「園遊会」までの話だ。」
朱雀はひらりと躱して
「玄武殿は妻を護らなくていいのですか?」
「結婚当時は護りたいと思っていたのだが今は尻に敷かれているからか護らせてくださいだな。」
「玄武殿もご苦労があるのですね。」
「うむ。結婚生活はいつも波瀾万丈だ。」
「空気を読めないだけだろう。」
「青龍よ?この上なく馬鹿にしてるだろ?」
「別に・・・。」
「白虎殿がそろそろ帰京する時間では?」
「そうだな。白虎のやつも驚くぞ?朱雀に妻ができるのだからな、「四方将」も青龍以外が妻帯者だ。」
「気が早いだろ、まだ下賜されてないんだからな。」
「はやる気持ちは分かるが男はどっしりと構えていないと妻は不安になる。」
「では玄武殿はどっしり構えていなかったのですね。」
「朱雀、お前はそういうことを言うのか?武器が身を抉るように心を抉らないでくれ。結構に痛い。」
「先程からかわれたのでお返しを。」
「おーい!」
「おおっ!白虎よ!」
馬に乗り鍛錬場を目指していた白虎が片手を上げて仲間達に手を振るそんな彼に玄武は手を振り返す、朱雀は一礼し青龍はふんと素っ気ない態度でいる
「久しぶりだな。」
「ああ、今年の春の園遊会は要人が少ないからと帰京しなかったからな。」
「白虎殿。お変わりなく。」
「おう!朱雀。お前・・・見ない間に何かあったのか?」
「まぁ・・・。」
「聞け!白虎!こやつは主上に妃の下賜を願い出て認められたのだ!」
「玄武殿?貴方のことではないのにそれほど誇らしげなのは何故ですか?」
「誇らしいに決まっている!我々はこの国一の武人である「四方将」であり、その仲間が人生の門出を迎えるんだ。お前は相手には困らないと思っていたがまさかこんなに早く結婚するとは思っていなかったからな。つい、いやぁ最近涙腺が弱くなって涙が・・・。」
「それは老化だ。」
「青龍えぐいな。」
「あえて何も言いません。」
「お前達もいずれ通る道だ。人生の先輩の扱いで妻子の扱いが分かる。」
「それは・・・、そうかもしれない。」
目頭の熱い玄武は目頭を押さえて白虎はうんうんと頷いて朱雀と青龍に目上を敬えと暗に伝える。朱雀は最年少で礼儀正しく基本的に年長者の玄武の言うことは聞くし、白虎の索敵のその精度の高さを知り得ているので自分にできないと白虎にも敬意を払っているだが、問題は青龍だ、彼の苛烈な性格上目上でも邪魔をするなら敵だという戦闘狂なのでなかなか恐れずに接してくれる者がほんの一握りしかいないその一握りが「四方将」のほかの三人なのだ。
三ヶ月ほどが経ち園遊会が始まると武官と文官は気に入った女官に簪を渡す。女官も簪の意味を知る故に少しでも将来が有望そうな官に愛想良く接することで簪をもらえるようにと画策する
「ねえ!あの紅い髪の方が「南方将」朱雀様なのかしら?」
「なんてお優しそうなお方なんでしょう。」
「はあ、あの方に簪を貰いたいわ!」
遠目に見る朱雀はその紅い髪とすらりとした長身で女官は心奪われ動けなくなる。そこに上級妃「賢妃」梨花妃が朱雀は声をかける
「久しぶりね、朱雀。」
「梨花様もお変わりないご様子に安堵しております。」
「護衛は?」
「上級妃は青龍殿、白虎殿、玄武殿で護衛をし主上と王弟に皇太后の護衛が私です。」
「朱雀が護衛をしてくれたら良かったのに・・・。」
「仕方ありません、今回の園遊会は上級妃が揃うので念には念を入れておきたいのでしょう。」
「私は貴方に下賜されるのに・・・。」
「梨花様、私のことは侍女には話したのですか?」
「いいえ?貴方のことを話したら皆貴方からの簪をもらいに行くわよ?」
「簪は用意していないので送れませんよ。」
「貴方らしい。」
ふふっと微笑む彼女の肩の荷が下りたようだと朱雀も安心する
そのうちに主上と皇太后と上級妃が揃う「賢妃」の下賜はまだ後宮ではそれほどの話題にはなってはいないのだが武官は簪を女官達に渡しつつ「賢妃」を探す主上達の為に用意された一段高い物見台その四方には膝をつきいつ何かあっても良いようにと「四方将」が揃う
武官による演舞や音楽 踊り手の舞などが披露されれば招待を受けた主上達に食事が用意される
(あの薬師殿は毒味役なのか。)
と朱雀は初めて知ったのだが、ぐいぐいと毒味をする彼女に
(毒が薬のようだな。)
と評価する朱雀以外も威勢の良い毒味がいると若い武官は面白そうに見物しているややあきれている「四方将」だが里樹妃の箸が止まるのを見た朱雀は何かあったのかと少しだけ警戒する暫くして翡翠宮の毒味役が
「これ毒です。」
一言だけ告げてすぐにその場を立ち去る「貴妃」が反応すると主上が
「朱雀。様子を見てまいれ。そなたが戻るまでは白虎に代理を任せる。」
「御意。」
毒味役を追いかける朱雀。女性の歩幅と男性の歩幅では余程のことがなければ男性の方が広くましてや足早なら尚更だ、毒味役に追いつき
「水飲み場までもつか?」
「・・・?」
「もつなら頷け。」
毒味役は頷く
「無理はするなよ。」
おそらく一番近い水飲み場に着けば毒味役が口の中のものを吐き出す、容態が変化しても対応が出来る距離で彼女を見るといっても嘔吐している所は見ていない。見るものではないし見てもらいたいものでもないからだ、暫くの後こほっと小さな咳をした毒味役に彼は
「平気か?」
「・・・はい。」
「体調に変化はあるか?」
「大丈夫です。毒と判断したので嚥下はしていませんから。」
「そうか。」
「貴方、水晶宮で・・・。」
「ああ、その節は梨花様がお世話になった。」
「宦官ではないのにどうやって後宮に?」
「主上の許しで一時的に男の
「そこまでするのは梨花様が主人だからですか?」
(上級妃の侍女なら知り得ていると思ったが存外広まらなかったんだな。)
「今だけですよ。」
「はい?どういう意味ですか?」
「「貴妃」の一人勝ちでしょうから。」
「玉葉様が?」
「おい!薬屋!大丈夫か!」
「壬氏様。」
「管理者である壬氏様が来られたのでしたらあとはお願いしてもよろしいですか?」
「ああ、主上達の護衛に戻って構いませんので。」
「よろしくお願いいたします。」
「あの、壬氏様あの宦官のふりをしていた者はいったい?」
「お前なら良いか。あの者は茘国が誇る四人の武官「四方将」の最年少で最強の男、名は朱雀
この園遊会後「賢妃」を下賜される。」
「梨花様が下賜?なら、あの時梨花様が言っていた独り言の相手というのは・・・。」
「独り言?」
「あっ、いえ何でもありません。ところで何故壬氏様が?」
「大臣が本当に毒なのかと飲んでしびれているんだ心配するだろう。」
「毒味の意味ありますそれ?」
「とにかくこい!」
「壬氏様ちょっと?」
宮廷の医官の処方した薬で胃がひっくり返るくらいの吐き気に毒味役は先程よりも嘔吐がしている吐ききれば途中で合流した高順と壬氏に「徳妃」里樹妃と毒味役を連れてきてほしいという何故か分からないが彼女に言うことには意味があると知り得ている二人は疑うことなく「徳妃」と毒味役を連れてくる
「何でしょうか?壬氏様。」
「徳妃」里樹妃は普段と変わらない態度だが腕をさすっているだから毒味役猫猫は里樹妃の腕を自分の方へ引っ張ると赤い湿疹が出ている左腕が見える驚いた里樹妃に金剛宮の毒味役、壬氏そして高順はそれは何だと言いたげに猫猫を見る猫猫は
「魚介が食べれないのですね。」
と里樹妃に訊ねるとこくりと里樹妃が頷く
「体が受け付けないものを食べれば体が拒否反応を出します、今回は蕁麻疹で済みましたが場合によっては死に至ります。食べれないと知りながら食べさせるのは毒を盛るのと同じです。誤って食べてしまった場合の対処法を木簡に書いておきましたのでゆめゆめ忘れぬように。」
猫猫の圧に毒味役はこくこくと涙目になりながら頷き反省したのか里樹妃の後ろで小さくなっている。二人をそのまま金剛宮に返して壬氏と高順は猫猫に
「何者かが里樹妃に毒薬を盛ろうとした。そう捉えていいのか?」
と訊ねるので
「他の皿に入っていなければそうでしょうね。」
とあくまでもの仮説を立てる
「・・・。」
その頃の鍛錬場では
「見たか?「賢妃」を。」
「ああ、とんでもないくらいに上品な女性だったな。「南方将」が羨ましいよ、女性が苦手でも美しい女性には好意を抱くんだな。」
「知らないのかお前?「南方将」はその昔「賢妃」の護衛をしていた側近だったらしい。」
「入内で二人は引き裂かれたのかね?」
「この
「やめておけ、こんな話をしていると「南方将」に知られたら首がはねられるぞ。」
寡黙な朱雀は余り自分のことを話さない会話をするのは「四方将」か主上か宮廷の高官か、数えるくらいにしかいないので部下達は彼らが話していたことを聞くか想像でしか「南方将」を語れない。そうであっても朱雀に同情するしかない、優れた才能を持ち「南方将」と称される朱雀に下賜するのは子を身籠もれるかも分からない
翌日の昼頃
翡翠宮
猫猫は自分の部屋で遅い起床をした。昨日ほかの侍女達に
「「毒を飲んだのだからゆっくりしていなさい。」」
と言われたのでこの時間に起きたのだ
身支度を整え猫猫は主人である玉葉妃の元へ行く
「猫猫大丈夫なの?」
「はい、問題ありません。」
「あら?そばかす・・・。」
「落ち着かないのでこのままでの良いですか?」
「ええ、いいわ。高順が話があると来ているのだけど・・・。」
「どちらの部屋に?」
「応接間よ。」
「ありがとうございます。」
一礼して応接間に向かえばそこに両手で何かを持っている高順がいる。それを見た猫猫は
(何を持ってきたんだ?)
傍目には分からいような浅い呼吸をして
「お待たせしました高順様。」
彼が持ってた事件の真相を見極めようとしたのだった
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