ゲームでお金稼ぎができると聞いて始めたら、タスクバーに小さな英雄たちが住み着いた 作:きのこ大三元
5月30日。
リリースから2日目のことだった。
仕事を終えて帰ってきた俺は、いつものようにPCを起動した。
特別な予定があったわけではない。少し調べ物をして、動画でも流しながら、気になっていたゲームを触る。そんな、よくある夜のはずだった。
けれど、その日は少しだけ違った。
ゲームでお金稼ぎができるらしい。
その言葉が、頭の片隅に残っていた。
もちろん、そんなにうまい話があるとは思っていない。
無料で始めたゲームを少し触っただけで、いきなり大金が入ってくる。そんな都合のいい話が転がっているなら、誰も苦労はしない。
けれど、ゲーム内アイテムに現実の値段がつく世界があることくらいは知っていた。
世の中には、海外のFPSでナイフや銃のスキンが、とんでもない金額で取引されたという話もある。数万円どころではなく、ものによっては数百万円、さらにその上までいくこともあるらしい。
ああいう話を聞くと、少しだけ夢を見てしまう。
自分にも、何かすごいアイテムが落ちるのではないか。
運が良ければ、ちょっと得をするくらいはあるのではないか。
もちろん、現実はそう甘くない。
だが、最初にゲームを始める理由としては、それくらいの下心があってもいいだろう。
俺はSteamを開き、検索欄にゲーム名を打ち込んだ。
『タスクバーヒーロー』。
表示されたストアページには、基本プレイ無料の文字がある。
無料。
この言葉は強い。
たとえ売上0円で終わったとしても、最初に払うものはない。まあ、後に課金することになるのだが、この時の俺はまだそれを知らない。
紹介文を軽く読む。
タスクバー上で動く放置RPG。
英雄たちが自動で戦い、アイテムを拾い、成長していく。
拾った装備の一部はSteamマーケットで取引可能。
そのあたりの文章を見ただけで、十分だった。
俺はインストールボタンを押した。
容量はそれほど重くなかった。
すぐにダウンロードが終わり、ライブラリに追加される。
起動。
画面が立ち上がる。
最初に現れたのは、派手なムービーでも、壮大な世界地図でもなかった。
焚き火の前に並ぶ、小さなドット絵の英雄たちだった。
ナイト。
レンジャー。
ソーサラー。
プリースト。
ハンター。
スレイヤー。
確か、そんな感じの6人だったと思う。
ただし、全員を自由に選べるわけではない。
よく見ると、そのうち何人かにはロックがかかっていた。
つまり、DLC。
なるほど。
無料で始められるが、英雄が全員無料とは言っていない。
俺は少し笑った。
まあ、そういうものだ。
基本プレイ無料のゲームで、最初から全部使える方が珍しい。むしろ、この時点では特に不満もなかった。とりあえず無料で触ってみて、面白ければ後で考えればいい。
問題は、誰を選ぶかだった。
ナイト。
レンジャー。
ソーサラー。
ぱっと見で分かりやすいのは、そのあたりだ。
ナイトは堅そうだ。前に立って守る役なのだろう。
ソーサラーは魔法で敵を焼くタイプに見える。
そしてレンジャーは、弓を持った遠距離職だった。
俺は少しだけ攻略情報を見た。
始めたばかりのゲームで、何も分からずに選ぶのは怖い。後で取り返しがつくのかどうかも分からない。だから、軽く検索して、誰が使いやすいのかを確認する。
その時、レンジャーが強い、という話を見た。
遠距離で安定する。
序盤を進めやすい。
おすすめ。
その程度の言葉だったと思う。
けれど、初心者にはそれで十分だ。
俺はレンジャーを選んだ。
焚き火の前に立っていた小さな英雄が、こちらに向き直る。
金髪のロングヘア。
尖ったエルフ耳。
緑を基調にした軽装。
革の防具。
そして、大きな弓。
ドット絵なので細かいところまで見えるわけではない。けれど、立ち絵の印象はかなりはっきりしていた。
青緑色の瞳。
弓を引くためのしなやかな腕。
ファンタジーの森から出てきたような、いかにもレンジャーらしい姿。
そして、胸元の主張が思ったより強い。
金髪エルフのレンジャー。
しかも可愛い。
これは、選ぶ理由として十分だった。
俺は画面の前で、少しだけ頷いた。
強いらしい。
可愛い。
なら問題ない。
そうして、俺の最初の英雄は決まった。
ゲームが始まる。
ステージは1-1。
最初の草原だった。
タスクバーの上に、小さな横長の世界が現れる。
レンジャーが走り出す。
画面下の、普段ならアプリのアイコンが並んでいる場所。
そこに草が生え、道が伸び、敵が現れる。
スライムのような小さな敵。
ゴブリンのような雑魚敵。
レンジャーは近づかれる前に弓を構え、矢を放つ。
敵の体力が減る。
消える。
ゴールドが増える。
経験値が入る。
おお。
ちゃんと戦っている。
俺は少し感心した。
画面いっぱいに広がるRPGではない。派手な3Dアクションでもない。タスクバーの上で、小さなキャラが左右に動き、敵を倒しているだけだ。
けれど、それが思っていたより楽しい。
作業中に横で動かしておくには、ちょうどいい大きさだった。
邪魔にならない。
でも、視界の端に入る。
完全に隠れているわけではないから、つい見てしまう。
レンジャーが矢を放つ。
敵が倒れる。
数字が増える。
それだけなのに、なんとなく目で追ってしまう。
放置ゲームは不思議だ。
操作している時間より、見ている時間の方が長い。
それなのに、何もしていないわけではない気がする。
自分が直接戦っているわけではないのに、敵が倒れると少し嬉しい。
ゴールドが増えると、少し得をした気になる。
経験値が入ると、次のレベルが気になる。
小さな数字が積み上がっていくのを眺めているだけで、なぜか満足感がある。
1-1の敵は弱かった。
当然だ。
最初のステージでいきなり詰むゲームだったら、それはそれで困る。
レンジャーは危なげなく敵を倒していく。
距離を取り、矢を放ち、近づかれる前に処理する。
小さなドット絵なのに、役割は分かりやすかった。
前に出て殴るのではない。
遠くから倒す。
それだけで、レンジャーという職業の方向性が伝わってくる。
しばらく進むと、少し大きめの敵が現れた。
ステージボス。
最初の門番のような存在だろう。
俺は少しだけ身構えた。
とはいえ、1-1である。
レンジャーはいつも通り弓を構え、矢を放つ。
ボスの体力バーが削れていく。
少し硬い。
けれど、それだけだった。
何発か矢を受けると、ステージボスはそのまま倒れた。
勝利。
画面の中で、レンジャーが立っている。
そして、その足元に宝箱が落ちた。
宝箱。
俺は思わず、背筋を少し伸ばした。
ゲームでお金稼ぎができる。
その言葉が、また頭の中をよぎる。
もちろん、最初のステージで落ちた宝箱に、いきなり価値のある装備が入っているとは思っていない。
思っていない。
思っていないのだが。
それでも、宝箱というものは、人を期待させる。
何が入っているか分からない。
どんな色の装備が出るか分からない。
もしかしたら、少し良いものが出るかもしれない。
もしかしたら、売れるものが出るかもしれない。
その「もしかしたら」が、箱を開ける手を止めさせない。
俺は宝箱をクリックした。
ぱかり、と箱が開く。
中から装備が出る。
白い。
見たことのない名前の、低レベル装備だった。
まあ、最初だしな。
俺はそう思いながらも、少しだけ笑ってしまった。
大金への道は、どうやら白い装備から始まるらしい。
レンジャーは次のステージへ進んでいく。
タスクバーの中では、相変わらず小さな草原が流れている。
敵が出る。
矢が飛ぶ。
ゴールドが増える。
経験値が増える。
そして、俺はもう一度宝箱の中身を見る。
使えるのか。
装備できるのか。
売れるのか。
何も分からない。
けれど、この時の俺には、まだそれでよかった。
レンジャーは、ただのゲームキャラだった。
画面下で勝手に走る、小さな金髪エルフ。
可愛いし、強いらしいし、宝箱を拾ってくる。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
後に、プリーストが加わること。
ハンターが加わること。
ヘル2-4で何度も止められること。
15.5%のクリティカルに祈ること。
そして、タスクバーの小さな英雄たちから目が離せなくなること。
この時の俺は、まだ何も知らない。
ただ、最初の宝箱を開けて、白い装備を眺めていた。
ゲームでお金稼ぎができるかもしれない。
そんな淡い期待は、まだ消えていなかった。
むしろ、始まったばかりだった。
このSSの構想を考えているとに、二つめのアルカナ等級が出てきました!
しかもプリーストのサブ武器枠です!
装飾して、やっと2-4を突破できそうです…