ゲームでお金稼ぎができると聞いて始めたら、タスクバーに小さな英雄たちが住み着いた 作:きのこ大三元
最初の宝箱から出てきたのは、白い装備だった。
名前を見ても、強いのか弱いのか分からない。
レアリティを見る。
白。
つまり、ノーマル。
まあ、最初だしな。
俺はそう思いながら、少しだけ肩の力を抜いた。
1-1で落ちた宝箱から、いきなり高額アイテムが出るとは思っていない。思ってはいないが、宝箱というものは、開ける前に少しだけ夢を見せてくる。
色付きの装備が出るかもしれない。
レンジャーにぴったりの弓が出るかもしれない。
もしかしたら、Steamマーケットに出せるものが出るかもしれない。
その「もしかしたら」が、箱を開ける指を少しだけ楽しくさせる。
だが、現実は白かった。
白い武器。
白い防具。
白い何か。
大金への道は、どうやらかなり地味な色から始まるらしい。
レンジャーは、すでに次のステージへ進んでいた。
草原の上を、小さな金髪エルフが走っていく。緑の軽装に、大きな弓。敵が現れるたびに距離を取り、矢を放ち、近づかれる前に倒していく。
1-2。
1-3。
ステージが進むたびに、敵は少しずつ変わっていく。
スライムのような敵。
ゴブリンのような敵。
少し硬そうな敵。
けれど、序盤のレンジャーは危なげなく矢を放ち続けた。
そして、ステージボスを倒すたびに、宝箱が落ちる。
思っていたより、宝箱は出る。
少なくとも、この時はそう感じた。
後に、宝箱が前より落ちづらくなった気がする、と首を傾げることになるのだが、この頃の俺はまだ知らない。落ちた箱を素直に喜び、開けて、中身を見て、また少し首を傾げていた。
宝箱を開ける。
白い。
また開ける。
白い。
もう一度開ける。
やっぱり白い。
分かってはいる。
序盤の通常ステージだ。
そう簡単に良いものが出るわけがない。
それでも、箱を開ける瞬間だけは楽しい。
俺は出てきた装備を眺めながら、レンジャーの装備画面を開いた。
そこで、最初に思った。
空欄が多い。
メイン武器。
サブ武器。
ヘルメット。
アーマー。
グローブ。
ブーツ。
アミュレット。
イヤリング。
リング。
ブレスレット。
装備欄には、いくつもの枠がある。
けれど、始めたばかりのレンジャーは、当然ながらほとんど何も持っていない。装備欄はすかすかで、見ているだけで少し落ち着かない。
強い装備かどうかを選ぶ段階ではない。
まずは、何かを装備させる段階だった。
俺は、装備できるものを片っ端からつけていくことにした。
細かいステータスの比較など、まだ早い。
攻撃力が上がるなら持たせる。
防御が上がるなら着せる。
体力なのか、命中なのか、攻撃速度なのか、よく分からない数字が増えていても、とりあえず今よりは強いはずだ。
白い弓を持たせる。
白いヘルメットをつける。
白いアーマーを着せる。
白いグローブをつける。
白いブーツを履かせる。
白、白、白、白。
画面の中の装備欄が、少しずつ白で埋まっていく。
レアリティとしてはノーマルばかりだ。
特別感はない。
強そうな名前でもない。
それでも、空欄が埋まるだけで、妙な満足感があった。
最初は何もない部屋に、とりあえず安い家具を置いていく感覚に近い。
高級ではない。
おしゃれでもない。
けれど、床に直座りするよりはずっといい。
装備欄も、それと同じだった。
何もないよりはいい。
まずは全部埋める。
良いものが出たら、後で入れ替えればいい。
そう思うと、ノーマル装備でも悪くない気がしてきた。
実際、レンジャーは少し強くなったように見えた。
矢を放つ。
敵が倒れる。
ステージボスの体力が削れる。
どれくらい変わったのかは分からない。
けれど、装備をつけたのだから強くなっているはずだ。
この「はずだ」は、序盤の俺にとってかなり大事だった。
ところが、宝箱から出る装備が、全部レンジャーに使えるわけではない。
何個目かの箱から、剣が出た。
名前はいかにも序盤の武器という感じで、攻撃力も低い。けれど、今のレンジャーが使っている弓とは違う武器だった。
装備できるのか?
そう思って選択してみる。
装備できない。
よく見ると、職業の条件が書かれていた。
ナイト専用。
……ナイト専用。
俺は画面の中の金髪エルフを見る。
当然だが、彼女はレンジャーである。
ナイトではない。
装備できるはずがない。
なるほど。
武器には職業制限があるのか。
考えてみれば当たり前だ。弓使いが大剣を振り回しても困るし、魔法使いが斧を持っても困る。職業ごとに得意な武器が分かれている方が、ゲームとしては自然だ。
ただ、最初の俺は、宝箱から出たものを何でも今いるキャラに持たせればいいと思っていた。
その雑な理解に、「ナイト専用」という表示が現実を突きつけてくる。
使えない装備も出る。
今の自分には意味のない武器もある。
そして、そういう装備が出た時に考えることは決まっていた。
これ、どうするんだ?
売るのか。
残すのか。
後でナイトを使うかもしれないから取っておくのか。
それとも、どうせノーマルだから処理してしまうのか。
まだ分からないことだらけだった。
防具の方は、もう少し分かりやすかった。
ヘルメット、アーマー、グローブ、ブーツ。
このあたりは、武器ほど職業制限がきつくないらしい。少なくとも、レンジャーに装備できるものがいくつかあった。
もちろん、職業との相性はあるのだろう。
体力が上がるもの。
防御が上がるもの。
命中に関係しそうなもの。
攻撃速度に関係しそうなもの。
どれを優先するべきかは、まだ分からない。
だが、空欄よりはいい。
何もつけていないよりは、何かをつけていた方がいい。
序盤の俺は、そのくらいの判断で十分だった。
メイン武器と防具は、意外とすぐに埋まっていった。
白い弓。
白い防具。
白い手袋。
白い靴。
どれもノーマルばかりではあるが、装備欄が埋まっていくのは楽しい。
ただ、サブ武器は少し違った。
メイン武器や防具ほど、ぽんぽん出てこない。
宝箱をいくつか開けても、出てくるのはだいたいメイン武器か防具か、誰か別の職業用の武器だった。サブ武器の枠は、空いたままこちらを見ている。
そして、もっと出ないのがアクセサリーだった。
アミュレット。
イヤリング。
リング。
ブレスレット。
装備欄には、確かに枠がある。
あるのに、中身がまるで手に入らない。
体感では、特別な宝箱からしか出ないんじゃないかと思うくらい、見かけなかった。
もちろん、この時の俺はまだ、アクトボスの宝箱のこともよく分かっていない。
通常ステージを進め、落ちた箱を開け、白い装備に一喜一憂しているだけの初心者だ。
だからアクセサリー欄は、当然のように空いている。
空いているのに、存在感だけはある。
サブ武器とアクセサリーの空欄は、妙に目についた。
埋まらない場所があると、余計に埋めたくなる。
そういうところまで、ゲームはよくできている。
何個目かの宝箱を開けようとした時だった。
画面が、一瞬だけ止まった。
止まった、と言っても本当に一瞬だ。
クリックしたあと、箱が開くまでに少し間があった。ほんのわずかな遅れ。気にしなければ見逃す程度の固まり方だったと思う。
けれど、気になった。
あれ?
今、少し固まったか?
俺は首を傾げる。
ゲーム自体が重いのか。
Steam側の通信なのか。
宝箱を開ける時に、どこかのサーバーとやり取りしているのか。
それとも、ただ自分のPCが一瞬だけ機嫌を悪くしただけなのか。
分からない。
けれど、箱は少し遅れて開いた。
中身は白い装備だった。
結局ノーマルかい。
少し固まった分だけ、期待した気持ちを返してほしい。
俺はそんなことを思いながら、インベントリに並ぶ装備を眺めた。
序盤の弓。
レンジャーには装備できないナイト専用の剣。
少しだけ防御が上がる防具。
数字の意味がまだよく分からない装備。
どれも、いかにも最初の装備という感じだ。
これ、本当に売れるのか?
思わず、そんな疑問が浮かんだ。
ゲームでお金稼ぎができる。
その言葉に釣られて始めたはずなのに、目の前に並んでいるのは白いノーマル装備ばかりである。
誰かがこれを買うのだろうか。
買うとして、いくらになるのだろうか。
そもそも、マーケットに出せるのだろうか。
少なくとも、海外FPSの高額スキンとはかなり遠い場所にいる気がした。
そりゃそうだ。
1-1や1-2で落ちた白い装備が、いきなり大金になるわけがない。
そんなことは分かっている。
分かっているのだが、宝箱を開ける前だけは、やはり少しだけ期待してしまう。
次は色付きが出るかもしれない。
次はレンジャー用の弓が出るかもしれない。
次はサブ武器が出るかもしれない。
次は、もしかしたらアクセサリーが出るかもしれない。
次は、もしかしたら売れるかもしれない。
その「もしかしたら」が、宝箱を開けさせる。
レンジャーは次のステージへ進んでいた。
草原の敵は、少しずつ変わっていく。
スライムやゴブリンに混ざって、少し硬い敵も出てくる。
それでも、序盤のレンジャーは危なげなく矢を放ち続けた。
装備をつけたからだろうか。
最初よりも、少し頼もしく見える。
いや、たぶん気のせいも混じっている。
けれど、気のせいでもいい。
空っぽだった装備欄に、宝箱から出た装備をつける。そのたびに、少しずつ自分のレンジャーになっていくような気がした。
まだ、ただのゲームキャラだ。
小さなドット絵の金髪エルフ。
画面下で勝手に走り、敵を倒し、宝箱を拾ってくる放置ゲームのユニット。
それ以上ではない。
けれど、宝箱が落ちるたびに、俺は少し手を止めるようになっていた。
開ける。
見る。
白い。
装備できるなら装備する。
装備できないなら少し悩む。
売れるのかと首を傾げる。
そしてまた、次の箱を待つ。
そんなことを繰り返しているうちに、画面の端で小さな光が弾けた。
レンジャーの頭上に、レベルアップの表示が出る。
お。
レベルが上がった。
経験値が貯まればレベルが上がる。
当たり前のことだが、やはり最初は嬉しい。
そして、レベルアップと同時に、別の表示が目に入った。
レンジャーのアイコンの右上に、小さな赤い丸がついている。
いかにも、何かありますよ、と言いたげな通知だった。
宝箱。
装備。
そして今度は、レベルアップ。
どうやら次は、スキルを触る番らしい。