ゲームでお金稼ぎができると聞いて始めたら、タスクバーに小さな英雄たちが住み着いた 作:きのこ大三元
ゴールドは、気づけば少しずつ貯まっていた。
敵を倒すたびに増える、小さな数字。
宝箱ほど派手ではない。レベルアップほど分かりやすく嬉しいわけでもない。けれど、画面のどこかで確実に増えている。
最初のうちは、それが何に使えるのかもよく分かっていなかった。
装備を拾う。
スキルを振る。
宝箱を開ける。
そのあたりに気を取られていた俺は、ゴールドという数字をただの所持金として眺めていた。
けれど、画面の別の項目に目を向けると、そこにはルーンと書かれていた。
ルーン。
ファンタジーではよく見る言葉だ。
古代文字だったり、魔法の刻印だったり、能力を強化する何かだったりする。
つまり、たぶん強くなるやつだ。
俺はそう雑に理解して、ルーンのメニューを開いた。
表示された画面は、ステータスやスキル画面に少し似ていた。
いくつかの項目があり、その先にまだ暗くなっている項目が続いている。
ゴールドを使って1つずつ解放していくタイプらしい。
こういう画面を見ると、少しだけわくわくする。
まだ開いていない場所がある。
そこに何があるのか分からない。
分からないから、先に進めたくなる。
ゲームは、未開放の灰色を見せるのがうまい。
ただ、何も考えずに開放するのは少し怖い。
俺は、前に見たレンジャーおすすめの記事を思い出した。
そこには、スキルや装備の話だけでなく、ルーンについても少し書かれていた気がする。
細かい内容までは覚えていない。
けれど、1つだけ印象に残っていた言葉がある。
まずは仲間を増やすことが最優先。
仲間。
つまり、2人目の英雄だ。
今のタスクバーには、レンジャーが1人で走っている。
弓を構え、敵を撃ち、宝箱を拾い、レベルを上げる。
それはそれで頑張っている。
かなり頑張っている。
だが、1人は1人だ。
敵が増えれば手数が足りない。
硬い相手が出れば削るのに時間がかかる。
もし前で耐えてくれる仲間がいたら。
もし回復してくれる仲間がいたら。
もし横から一緒に攻撃してくれる仲間がいたら。
それだけで、ずいぶん楽になる気がする。
やはり数は正義。
ゲームでも現実でも、だいたい数は強い。
俺はルーン画面を眺める。
項目は下へ続いていた。
どうやら、いくつか解放していくと、その先に仲間の開放があるらしい。
なるほど。
まずはここを目指せばいいのか。
目標ができると、急に分かりやすくなる。
俺は手元のゴールドを確認した。
最初の開放に必要なのは、100ゴールド。
まだ優しい。
敵を倒しているうちに、自然と貯まっていた額だ。
俺は迷わずクリックした。
ぽちり。
ルーンの1つが明るくなる。
何かが強くなったらしい。
たぶん。
細かい効果はよく分からない。
けれど、灰色だった場所が明るくなるだけで、進んだ気分になる。
次の項目を見る。
300ゴールド。
さっきよりは高い。
けれど、まだ払えない額ではない。
俺は少しだけ迷ってから、もう1つ解放した。
ぽちり。
また1つ、ルーンが明るくなる。
画面の下の方へ、道が伸びる。
その先に、仲間の解放らしき項目が見えた。
お。
もうすぐじゃないか。
俺は少し前のめりになった。
レンジャー1人で進めていたタスクバーに、2人目が加わる。
それは、かなり大きな変化のはずだった。
今までは、金髪エルフが1人で草原を駆けていた。
だが、そこにもう1人加われば、画面の下は一気に賑やかになる。
1人で撃つより、2人で戦った方が強い。
1人で倒すより、2人で倒した方が早い。
当たり前だ。
数は正義である。
俺は勢いのまま、仲間解放の手前にある項目を確認した。
必要ゴールド。
1,000。
……1,000。
さっきまで100とか300だっただろう。
俺は画面を見つめた。
急に要求量が上がった。
もちろん、ゲームとしては自然なのだと思う。
仲間が増えるのだから、簡単に解放できすぎても困るのだろう。少し周回させて、ゴールドを貯めさせて、ようやく届くくらいの位置に置いてある。
分かる。
理屈は分かる。
けれど、始めたばかりの俺には、その1,000ゴールドが妙に遠く見えた。
さっきまで100で喜んでいた初心者に、いきなり1,000を要求する。
なかなか容赦がない。
俺はタスクバーのレンジャーを見る。
彼女は相変わらず、1人で敵を撃っている。
スライムを撃つ。
ゴブリンを撃つ。
ステージボスを撃つ。
ゴールドが少しずつ増える。
少しずつ。
本当に少しずつ。
仲間を増やすためには、まずこの1,000ゴールドを貯めなければならない。
つまり、周回だ。
放置ゲームらしくなってきた。
俺は少しだけ作業に戻った。
文章を書きながら、時々タスクバーを見る。
レンジャーが走っている。
敵を倒している。
ゴールドが増えている。
宝箱が落ちている。
開ける。
白い装備。
装備できるなら装備する。
できないなら、あとで考える。
また作業に戻る。
そして、またタスクバーを見る。
この繰り返しだった。
ただ、目標があると、同じ周回でも少し違う。
今までは、なんとなく敵を倒し、なんとなく宝箱を開けていた。
だが今は、1,000ゴールドという分かりやすい数字がある。
あと少し。
まだ足りない。
もう少し。
また足りない。
そうやって数字を眺めていると、レンジャーの戦いにも妙な意味が生まれてくる。
1体倒せば、仲間に近づく。
宝箱を開ければ、何かの足しになるかもしれない。
ステージを進めれば、ゴールドの入りも少し良くなるかもしれない。
レンジャーは何も知らない顔で矢を放ち続けている。
もし彼女に意思があったなら、こう思っていたかもしれない。
マスター。
仲間が欲しいなら、もう少しちゃんと見てください。
もちろん、この時の俺にはそんな声は聞こえない。
ただ、画面下の小さな金髪エルフが、今日も真面目に働いているのが見えるだけだ。
しばらく周回した。
1-1。
1-2。
1-3。
進めるところまで進め、時々戻り、また敵を倒す。
気づけば、ゴールドの数字が目標に近づいていた。
900を超える。
あと少し。
950。
もう少し。
980。
宝箱が落ちる。
中身を見る。
白い。
今はそれよりゴールドだ。
そして、ついに数字が届いた。
1,000ゴールド。
俺は少しだけ達成感を覚えた。
たかがゲーム内通貨である。
しかも序盤の1,000ゴールドだ。
後から考えれば、きっと大した額ではないのだろう。
けれど、この時の俺には大きな節目だった。
ようやく仲間に手が届く。
俺はルーン画面を開き、1,000ゴールドの項目を選択した。
ぽちり。
ゴールドが消える。
ルーンが明るくなる。
道が開く。
そして、仲間の解放に関する案内が表示された。
編成タブから選択できます。
おお。
ついに来たか。
俺はすぐに編成タブを開いた。
そこには、今使っているレンジャーの枠と、追加できるらしい仲間の枠が表示されていた。
2人目。
ついに、レンジャーの隣に誰かを並べられる。
ナイトか。
プリーストか。
ソーサラーか。
誰を選ぶべきか。
この時の俺は、少しだけわくわくしていた。
1人で戦っていたタスクバーに、ようやく仲間が増える。
ここから本当の冒険が始まる。
そんな気さえしていた。
だが、画面はそこで終わらなかった。
仲間を選ぼうとした俺の前に、もう1つの表示が現れる。
必要ゴールド。
500。
……500。
俺はしばらく画面を見つめた。
今、1,000ゴールド払ったばかりなのだが。
やっと貯めた。
やっと解放した。
これで仲間が増えると思った。
だが、実際には違った。
ルーンで開いたのは、仲間を増やすための権利だった。
そして本当に仲間を迎えるには、さらに500ゴールドが必要らしい。
なるほど。
なるほど?
俺は小さく息を吐いた。
ゲームは、こういうところがうまい。
あと少しで届くと思わせて、もう1段階置いてくる。
扉を開けたら、その先に受付がある。
受付に行ったら、今度は手数料が必要になる。
ファンタジーの世界なのに、妙に現実的だ。
タスクバーの中では、レンジャーがまた矢を放っていた。
彼女はまだ1人だ。
仲間はまだいない。
だが、もう遠くはない。
あと500ゴールド。
そう思えば、さっきの1,000ゴールドよりは軽く感じる。
いや、軽く感じるだけで、今はほとんど残っていない。
また周回である。
俺は編成タブを閉じ、タスクバーのレンジャーを見た。
金髪エルフは、何も知らない顔で草原を走っている。
マスターが1,000ゴールドを払って、さらに500ゴールドを要求され、少しだけ遠い目をしていることなど、たぶん知らない。
それでも彼女は矢を放つ。
敵を倒す。
ゴールドを拾う。
2人目の仲間のために。
まだ見ぬ誰かのために。
俺は少しだけ笑って、もう一度ステージを進めた。
やはり数は正義。
だが、正義にはゴールドがかかる。
タスクバーの小さな英雄たちが3人になるには、まだ少しだけ時間が必要だった。