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「…………」
「なぁ、デュース。メラスキュラのやつ大丈夫か? もう1時間もあの状態なんだが」
「…仕方ねぇよ。彼女の話が本当だとしたらとんでもねぇ事態だ。にわかには信じ難ぇがな…」
見知らぬ土地で最初に出会った人間であるエースとデュース。その二人から話を聞いてみたところ、どうやら私の想像以上に深刻な事態に陥っているようだ。頭が理解を拒み、しばし放心状態になってしまう。膝に顔を埋めて丸くなり、ふよふよと空中に漂って現実逃避中だ。二人をほったらかしにしているのは申し訳ないがもう少し待ってほしい。この状況を受け入れきれなくて頭がパンクしそうだ。
「…ねぇ、デュースといったかしら。もう一度情報を整理させてちょうだい…」
「あ、あぁ。構わねぇぜ」
水色の髪でマスクを付けている青年、デュース。私は顔を少し起こし、消え入りそうな声で彼に話しかけた。デュースは私の顔を見てびくりと反応し、気まずそうな引きつった表情で答える。きっと今の私は見るに堪えないひどい顔をしているのだろう。大方血の気の引いた死人のような顔といったところか。焦燥感や喪失感で体温が急激に失われているのが分かる。
魔神王直属の精鋭部隊、”十戒”の一員である『信仰』のメラスキュラともあろう者が、何とも無様なことだ。
「ここは”
「ああ、そうだ」
”
彼らの口から発せられるのはどれも私の聞き馴染みのない言葉ばかりだった。逆に私が持っている言葉や常識も彼らにとっては馴染みのないものだという。世界には壮大な海が広がっていて、人々はそこに点在する島で暮らしている。移動手段は船を使った航海のみ。ブリタニアのような広大な大地があるという話は聞いたこともないそうだ。
「女神族、妖精族、巨人族…、魔神族。これらの種族についても貴方達はまったく知らない…」
「ああ、一応巨人族はいるらしいんだが、少なくともこの
「ジジィから国引き伝説の話を聞いたからいるのは間違いねぇよ。だが、お前の言う魔力だったか? 大地や鉱物の力を操るという話は聞いたことねぇな」
ブリタニアでは誰もが知っている五大種族。そのことも彼らは知らないという。
さらには私達が当たり前のように行使している魔力、そのことも二人はまったく知らなかった。
そして最も衝撃的だったのは…
「デュース、貴方言っていたわね。心当たりがないこともないと。話して」
「ああ…。あんたの言うブリタニアのことかどうかは分からねぇが、同じ名前の遥か昔に滅びた古代文明の話を聞いたことがあるんだ。何人もの冒険家や探検家がその痕跡を発見していて、本にも残ってる」
ペラペラとページをめくり、デュースが見せてくれたのは”ブラッグメン”という彼の愛読書。大昔の探検家が残した日誌をまとめた本らしい。その本には長い航海の中で、まったく未知の技術で作られた道具を発見した記録が載っているそうだ。
割ると中から見たこともない生き物が飛び出してくる琥珀に、傷や病をたちまち治したり発火や凍結といった自然現象を引き起こす宝珠…。”女神の琥珀”や”呪言の玉”、あるいはそれに準じた魔道具のことだろう。
ここまでの話をまとめると……
「ブリタニアは遥か昔に滅びた大地であり文明…。私は何らかの要因で遥か未来にやってきた可能性が高いというわけね…」
「ああ…。確証も証拠もないが、そう考えると辻褄が合う」
私はハァとため息をつき、再び顔を膝に埋めた。二人と情報を擦り合わせて辿り着いた仮説、それが今の私が置かれている状況だ。
つまりもうここには何もないのだ。私が夢見た理想のブリタニアも、メリオダスやゼルドリスをはじめとした
どうしてこんなことに…、私が何か悪いことをしただろうか?
確かに私は十戒の一人に数えられる身として、人間や他種族の者を何人か殺したりしてきた。しかしそれは任務の範疇の話であって、私情で誰かを傷つけることはしていなかったはずだ。こんなわけの分からない事態に陥る程の大罪は犯していないはずなのに…。
絶望に喪失感、孤独…。
様々な負の感情が襲ってきていっそ乾いた笑いが出てきた。さしずめ私は
「お、おい。大丈夫か?」
「……ごめんなさい。少し一人にさせて」
デュースが私を心配して肩に手を置いてくれた。私はその手を振り払い、ふらふらと砂浜の端へ移動する。
今の私は思考や感情がぐちゃぐちゃになって情緒が荒れている状態だ。彼には悪いが、少し整理する時間が欲しい。
「あっ、おい…」
「一人になりたいってんだろ、そっとしといてやれよ。それよりこの島を探検するぞデュース! 何か見つかるかもしれねぇ!」
「エース…。そうだな、そうするか」
身体を丸めて地面に横たわる私。
エースのデュースの話し声が遠くに聞こえた。
・
・
・
ようやく心が落ち着いてきた頃、どっぷり日が暮れて夜になっていた。
エースとデュースは砂浜で焚き火を焚き、キャンプファイヤーをしている。火の周りに大きな魚や貝といった獲物を突き刺していて、夕食をとっているようだ。私はふよふよと彼らの方へ近づいていった。
「おう、メラスキュラ! 気分はどうだ?」
「おかげさまで少し落ち着いたわ。お気遣いありがと」
頬をハムスターのように膨らませて魚を頬張っていたエースが声をかけてくれた。私も彼らに倣って焚き火の側にちょこんと座る。
そこへデュースが私の分の飲み物も手渡してくれた。樽のようなデザインのグラス。これはブリタニアの頃と大きく変わっていないようで、少し安心感を覚える。
「ごめんなさいね。私ばっかり話を聞いて、貴方達のことをほったらかしにしてしまったわ」
「いや、俺の方こそすまなかった。お前の気持ちも考えず、無神経に喋り過ぎちまったな」
「ふふ、貴方は悪くないわデュース。私が望んだことだもの」
グラスを傾け、ごくりと一口いただく。中身はただの水だが、不純物がまったく含まれていなくてとても美味しい。ブリタニアで飲んでいたものとほとんど同じものだ。時間がどれだけ進もうと、自然由来のものはそう簡単に変わることがないらしい。
「じゃあ今度は貴方達の番ね。私に聞きたいことがあったんでしょう?」
「ああ、そうだ。俺達はこの島に”帰らずの秘宝”って宝があると聞いてきたんだが、心当たりはねぇか?」
「? ”帰らずの秘宝”?」
私が首を傾げると、デュースが補足説明をしてくれた。
実はこの島、周辺に住む人々の間であの海賊王すら手に入れられなかったとてつもない宝が眠っていると噂されている島なのだそうだ。嘘か真かその宝はワンピースにも引けを取らない代物であり、手に入れようとする者は例外なく帰らぬ人になっていったという曰く付き。いつしかそのあるかどうかも分からない宝は”帰らずの秘宝”と呼ばれるようになり、エースとデュースはその真偽を確かめるためにやって来たのだという。
「なるほどね…。で、どうだったの? 昼間、この島を探検していたでしょ?」
「それがまったくの梨の礫だ。草木が広がるばかりで宝らしい宝なんてありはしなかった。生き物が一匹も見当たらないってのはかなり不気味だが、それ以外はただの島だな」
彼らが調べ回ったところ、この島にあっためぼしいものは私だけだったようだ。
デュースは私に何か心当たりがないかと尋ねる。
「…と、悪い。こんなこと聞かれてもお前が知ってるわけねぇよな」
「……いえ、一応あるわ。これが宝と呼べるものかは分からないけど」
デュースの問いに私は顎に手を当てて考えて、あることに思い至った。この島にはもう一つ、私の他に存在していたものがある。
「ジカイ……」
「うおっ!? 何だそりゃ?」
「紫の…宝玉か?」
手のひらを上に向け、呪文を唱える。すると私が回収していた『慈愛』の戒禁が出現し、手のひらの上で浮かぶ。
二人は突然現れた戒禁に興味津々だ。エースはきらきらと目を子供のように輝かせ、デュースは様々な角度から戒禁を観察し、分析している。
「これは”戒禁”と呼ばれる力よ。私達十戒のメンバーが主たる魔神王様から賜った特別な力なの」
「十戒…、確か魔神族って種族の中でも特に上位の力を持った奴らで構成された精鋭部隊だったか…」
「ええ。これは魔神王様の力の一部を分割したもの、いわば魔神王様そのものなの。取り込んだ者に強大な闇と破壊の力の恩恵を授けるわ。もっとも、戒禁の主に相応しい器でなければ忽ち自壊してしまうでしょうけど」
文字通り時代を変えたという人物の海賊王ですら手に入れられなかった宝で、ひとつなぎの大秘宝と呼ばれるワンピースにすら比肩するという代物。”帰らずの秘宝”とはこの『慈愛』の戒禁のことではないかと当たりを付けた。ものにできれば世界を掌握できる宝と言えなくもない。ものにできればの話だが。
「…なあ、メラスキュラ」
「ん? 何かしら?」
デュースに戒禁のことを説明していると、不意にエースが声をかけてきた。さっきの子供のようにはしゃいでいた様子から一変、心なしかかなり真剣な面持ちになっている。
「さっきからお前が言ってる”魔神王”ってのはどんなやつなんだ?」
「あら、妙なところが気になるのね」
暫定帰らずの秘宝の正体である戒禁に食いつくのかと思いきや、エースは魔神王様の方に興味があるようだ。どういう心境なのかは知らないが、表情から察するに恐らく彼にとって重要なことなのだろう。
「そうねぇ…」
私は思い出すようにゆっくりと、魔神王様のことを語り始めた…。
・メラスキュラ
十戒の一人、”信仰”のメラスキュラに成り代わり転生した人。
実はブリタニアから遥か未来の世界に飛ばされていたことが判明した。理由はよく分かっていない。
孤立無援の状態でちょっと精神が不安定気味。エースに魔神王のことを語り始める。
・エース
まだデュースと出会って間もない頃のエース。ストライカーで二人旅をしていてスペード海賊団もまだ結成していない。
海賊王を超えるという目標を胸に掲げ、メラメラと燃えていた頃。メラスキュラが言及した”魔神王”という存在に反応し、その詳細を尋ねている。
・デュース
シクシス島の出会いで、エースが海賊王の息子であることを知っている。エースが魔神王というワードに反応したのはそのためであると何となく察しがついている人。
ブリタニアについては遥か昔に滅んだ古代文明として知っている。そのことからメラスキュラが遥か過去からの漂流者であることを推察した。にわかには信じ難いが、状況証拠からその可能性しかないと踏んでいる。