火拳のエースは魔神王を志す   作:みるちー

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其ノ六 ~闇に吞まれし怪物~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルモア島に上陸した私達は、とりあえず島の中心に向かって歩を進めていた。濃密な魔力が島の奥から発せられているからだ。

 

 その道すがら、様々な資材を採取してはスカルの持つ麻袋に詰め込んだ。熱を吸収して周囲を凍てつかせる華に、不気味な紫色に発光する苔。ぎょろりと大きな目玉が付いた甲羅を持つ蟹に、吸い込まれるような漆黒に染まった野生の麦…等々普通の人間が見たら恐れ慄くような素材ばかりだ。

 が、私からすれば見慣れたものばかり。どれも適切な加工を施すことによって、益を齎してくれる優れものである。華は解熱剤になるし、苔は抗生物質を生み出す。蟹の甲羅は巨人族の鉱物化する肉体にも勝る強度を持ち、麦は見た目に反して栄養価の高い保存食になる。

 どれも海を旅する海賊にとって宝同然の価値を持つものだ。実際最初こそ気味悪がっていたデュースとスカルは、その価値を教えてやるとコロッと態度を変えてあちこち漁るようになった。

 

 

 

 そんなことをしながら歩くこと数時間。私達はついに戒禁の主と遭遇した。

 

「ボオォォッ…! ボッ! ボオッ!」

 

「…何だ……? こいつ…」

 

 さしものエースも言葉を失ってしまったようだ。その存在を見上げ、呆然と立ち尽くしている。

 

 化け物…。そいつはそう形容するしかない容貌の生き物だった。

 下半身は辛うじて人間の原型を留めているものの、それ以外はまるきり怪物だ。岩壁のように筋肉が膨れ上がった上半身は、黄土色と緑色が中途半端に混じり合った気味の悪い色をしていて、胸や腹の部分に顔らしき部位が4つ浮き出ている。丸太のような腕の先にある手も異常で、指先からさらに小さな手のひらが生えて、何かを感じ取るかのように指をぴくぴくと動かしていた。

 そして首から上には、恐らくかつてこの人間の顔だったであろう肉の塊が付いているが、どろりと泥のように変形してしまっていて最早どんな顔だったのかは分からない。唸り声を発しているのは今や胸や腹の部分に生えた4つの異形の顔だ。

 

「メラ、こいつはいったい…?」

「前に言ったでしょう、デュース。戒禁は魔神王様の断片であり強大な闇の力。器に満たない者がそれを取り込めば内側から呑まれ、自壊する。あれはその成れの果てよ」

 

 デュース、そしてスカルも人間がいたずらに闇に触れた末路を目にしてごくりと唾を飲む。

 

 さしずめ魔神もどきといったところか。

 下半身に辛うじて残っているボロボロの服から察するに、恐らくはこの人間も元は海賊だったのだろう。

 補給のためか略奪のためか、とにかくこの島に立ち寄ったところ偶然戒禁を発見してしまい、それが何だか分からずに取り込んでしまったといったところか。

 分不相応な力を持った代償は重い、とはまさしくこういうことだ。ズボンのホルスターに収められた傷だらけの(ピストル)が悲し気に揺れている。

 

 まぁでも、この男には悪いが私達にとっては好都合だ。

 誰かに宿った戒禁を回収する場合、本人の同意があるか戦闘不能状態であるかのどちらかの条件が必要になる。あの様子だと意思疎通なんてできそうにないし、必然的に倒してしまうしかない。

 『慈愛』の戒禁を持ったばかりのエースにとってなかなか良い訓練相手だ。思う存分力を振るって慣れることができる。デュースとスカルにとっても良い修練になるだろう。仮にも魔神王を目指すと豪語している海賊団。これくらいの障壁は乗り越えてもらわなければ。

 

 

「…というわけで私は手伝わないから。貴方達、頑張りなさい」

 

「「「へ?」」」

 

 空中で足を組んで座り、リラックスした体勢になる私。それに驚いたのかエース達三人は一斉に私の方に振り向いて素っ頓狂な声を出した。

 

「ブオォォッ!!」

「ぐはっ!?」

 

 その瞬間、魔神もどきの怪物は動き出した。4つの頭から雄たけびを上げ、ドスドスと獣のようにこちらへ突進してきた。

 ぐっと拳を握りしめた怪物は、手始めに一番近くにいたエースを殴りつける。攻撃をもろに喰らったエースは吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられその木はバキバキと折れる。

 

「エースっ! うおっ!?」

「グブッ、ブボオッ!!」

 

 次に狙われたのはデュースだ。怪物がもう片方の拳をデュース目掛けて振り下ろし、デュースは左に跳ぶことで間一髪かわす。

 デュースはその隙を突いてサーベルで攻撃するも、効果なし。硬い皮膚に刃が弾かれてしまった。

 

「どりゃあっ!!」

 

 次に攻撃を繰り出したのはスカルだ。攻防の最中、いつの間にか怪物の後ろに回り込んだようで、両手に持った斧を振り下ろして不意打ちを喰らわせた。が、これも効果なし。斧は少しだけ怪物の肉に食い込んだものの、隆々の筋肉に阻まれて致命傷には至らなかった。

 

「痛ってぇ…。くそ、あいつ何で火の俺に攻撃できるんだ?」

「自分の能力を過信しない。相手の力を妨害する魔力なんていくらでもあるのよ」

 

 エースは自分に攻撃が当たったことに驚いているようだ。エースはメラメラの実の能力で身体を火に変え、大抵の攻撃はいなすことができる。自然系(ロギア)と呼ばれるこの力で、エースはこれまでほぼすべての敵の攻撃を無効化してきた。だからこそあの怪物に平然と殴り飛ばされたことが不思議なのだろう。

 だが、どんな能力も絶対ではない。実際私がいたブリタニアでは、相手の魔力を防いだり発生そのものを阻害してしまう力の使い手が大勢いた。力を過信しているとそういう手合いと出くわした時に致命的な隙を晒しかねない。やはり今ここであの魔神もどきと戦うことは良い経験になりそうだ。

 

「ほら、仲間が必死に戦っているのに休んでていいのかしら? 船長さん?」

「…へっ、上等だ! いくぜ!」

 

 私が煽るように声をかけると、エースの目付きが変わった。闘志に火がついたらしい。

 右手に炎を宿し、怪物へ突撃していった。私はひらひらと手を振ってその背を見送り、観戦を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エース! そっちに行ったぞ!」

「おう! くらえ、”獄炎(ヘルブレイズ)”っ!」

 

「スカル! もっと砂を巻き上げろ! 奴を撹乱するんだ!」

「了解です! デューの旦那!」

 

 戦いが始まって数分。始めこそ異形の怪物を相手取る戸惑いもあって苦戦していた三人だが、今ではかなり有利に戦闘を進めていた。

 個々の力が優れていることはもちろんだが、目を見張るべきはその連携だ。頭脳と観察力に優れたデュースを司令塔に、単純なパワーで勝る怪物を上手く追いつめている。

 

 あの魔神もどきが持つ4つの顔には目や耳がない。大きな口と鼻らしき器官があるだけだ。その様と怪物を動きを観察して、デュースは奴が嗅覚でこちらを認識しているとすぐに見破った。そのため足元の砂や土を巻き上げて匂いを隠し、怪物の認識能力を奪った上で一方的に攻撃を仕掛けている。

 その上で攻撃する場所も巧い。魔神もどきの肉体の硬さに普通の攻撃が通らないと見るや否や、関節やわき腹など比較的皮膚や筋肉が薄いところを狙って攻撃している。さすがにそこを守るだけの防御力は持っていないようで、デュースのサーベルやスカルの斧によって斬り裂かれ、決して少なくないダメージが刻み込まれていた。

 

「ブオォォッ!! オオォォンッ!!」

 

「ちっ、炎は効かねぇのか!?」

 

 だが、魔神もどきもそこそこ手強く、そう簡単に勝たせてくれる相手ではないようだ。身体全体から闇を放出して衝撃波を作り、デュースとスカルを弾き飛ばした。エースが放った”獄炎(ヘルブレイズ)”はその前に直撃したものの、魔神もどきは何てことのないように払いのけてしまう。

 どうやらあの不気味な色に変色した肌は、熱に対して強い耐性があるらしい。これまでスペード海賊団の大きな火力を担ってきたエースにとって相性の悪い相手というわけだ。

 

「ブブブブ……ンゴォアッ!!!」

 

_”毒唾(ヴェノムスピット)”_

_”氷結停止(フローズンブレス)”_

 

「なっ!?」

「ぐはっ!」

 

 三人の攻撃から逃れた魔神もどきは、今度はこちらの番と言わんばかりに反撃に転じた。4つの頭をぐにぐにと結合させ、2つにしたかと思うとそれぞれ属性の違うブレスを吐き出した。スカルには毒、デュースには氷だ。不意を突かれて正面からくらってしまった二人は、吹き飛ばされて私の方へ飛んでくる。

 

「はい、お疲れ様。二人ともなかなかの健闘ぶりだったわよ」

 

 私は身体に纏っている闇を2つの大きな手の形に変えると、飛んでくる二人を受け止めた。ぼすっ、とクッションに身体を預けたかのように二人の身体が闇に包まれる。

 

「メラ…。わるい、助かった」

「ハァ…ハァ…。デューの旦那、大丈夫ですかい?」

 

「二人ともかなり消耗しているみたいね。ゆっくり休んで」

 

 先程の攻撃はそんなに強力な魔力攻撃ではなかったため、二人は軽傷である。しかし、少なくない疲労とダメージを溜め込んでいるため、この辺りで戦線離脱した方が良いだろう。

 

 デュースとスカルの想像以上の実力に私は密かに驚き、喜びを感じていた。スペード海賊団で強いのはエースだけではない。二人はそのことを証明するような戦いをしてくれたと思う。

 あの魔神もどきは動きを見る限り、少なくとも闘級1万以上はある怪物だ。魔力も持たない人間が立ち向かうなど本来自殺行為。

 だが二人はそんな奴を相手に、知恵と戦略を駆使して善戦していた。しかもその戦いで受けた傷も極めて軽傷。私が知っている人間より遥かに強く、非凡である証拠だ。十戒の皆にも見せてあげたいくらいである。ガラン辺りなら大爆笑して賞賛してくれる気がする。

 

「だ、だがメラ…。エースを一人で戦わせるわけには…」

「大丈夫よ。奴さんも相当ダメージを負っているから。もう十分エースだけでも倒せる範囲ね」

 

 デュースは重い身体を持ち上げて何とか戦いに戻ろうとしていた。魔神もどきはサーベルや斧でつけられた傷を忽ち再生し、見かけ上は無傷のように見える。そのせいかデュースは劣勢であると感じているのだろう。

 だが心配には及ばない。魔神の身体は確かに致命傷レベルの傷も瞬時に再生してしまう生命力を持っているが、不死身ではないため肉体にダメージは蓄積されている。見た目では分かりにくいだけで、魔神もどきはデュースやスカルと同じくらい消耗しているのだ。その影響で幾分か動きも鈍くなっている。恐らくエース一人でも十分勝ち切れる範囲だ。

 

 といっても、奴の熱に対する耐性は健在だ。いつも通りメラメラの実の能力や”獄炎(ヘルブレイズ)”を使ったところで勝機は薄いだろう。エースが勝つにはそれ以外の力を発揮する必要がある。

 

 

「……うし、試してみっか」

 

 エースもそのことに思い至っていたらしい。ぽつりと呟くと腰にぶら下げている短剣に手を伸ばし、抜いた。鞘からキラリと光る銀色の刃が現れる。

 この島のことを調べる最中、露店で売られていたところを購入した何の変哲もない短剣だ。特に目立った装飾もなく、ナイフよりは少し大きい程度のサイズの剣。実戦で使うには少しもの足りないが、基本的に素手で戦うエースにはこれくらい取り回しやすいサイズが好ましい。

 

 エースはその剣を握り、静かに目を閉じた。空気が変わり、エースの周りにだけ凪が訪れたように静かになる。

 

「ムボオォォッ!!」

 

 魔神もどきはその変化に気づかなかったらしい。咆哮を上げて拳を振り上げ、エースに突進していく。

 その判断が命取りになった。

 

 

 

 

「っ__!!」

 

 エースが目を見開くと、『慈愛』の戒禁の力が解放された。エースの瞳が漆黒に染まり、額には魔神族特有の黒い渦のような紋章が現れる。

 

_ズバンッ!!!_

 

 その攻撃は一瞬だった。瞬きをした次の瞬間には、エースは魔神もどきの正面から背後へ移動していた。その一瞬で斬撃を放ったらしく、魔神もどきの丸太のような腕が肩から綺麗に切断されていた。あの鋼鉄のような硬さを持っていた皮膚や筋肉が一刀両断である。

 

「うおぉぉ! すごいですよエース船長!」

「ふぅん…。まぁ、現状では良い方ね」

 

 その剣技にスカルは大興奮。涙まで流して飛び上がって感激している。

 一方で私は、感心はしたもののちょっと引いて見ていた。メリオダスの剣技を使ったわけだが、まだまだ無駄が多く粗削りな部分がある。よく見ると関係のない周囲の木や石まで斬って破壊しているのだ。完全に力を使いこなすにはまだまだ時間がかかりそうである。

 

「ブンゴォアッ!!!」

 

_”絶望の毒(デスペアー・ヴェノム)”_

 

 今の斬撃に激昂した魔神もどきは、より強力な魔力攻撃を放ってエースを狙った。スカルにくらわせたものよりももっと強力な毒液である。

 触れれば間違いなくただでは済まない毒。それを前に、エースは冷静に再び剣を構えた。

 

 

「__”全反撃(フルカウンター)”!」

 

「グボォッ!?」

 

 そしてその剣を振るうと、あろうことかエースに向かっていた毒液はその規模を倍以上に大きくして魔神もどきに跳ね返った。魔神もどきは反応できず、自分が放った毒液を浴びて皮膚がどろどろに溶けてしまう。

 『慈愛』の元の持ち主であるメリオダスが得意としていた技、”全反撃(フルカウンター)”だ。自身に向けられたあらゆる魔力を倍以上にして跳ね返すことができる。

 自分の攻撃が通らないのなら相手の技を利用してしまえば良い。メリオダスの力を上手く使いこなし、活用することでエースは不利な相手にも勝利することができた。

 

「終わりだ! ”火拳”っ!!」

 

 あとは簡単だ。熱耐性を持っていた皮膚を失って魔神もどきは無防備な状態。そこへエースの得意技を叩きつければ炎に焼かれ、怪物はあっけなく倒れてしまう。轟々と燃える炎が怪物を炭へと変えていく。私がくいっと人差し指を動かせば、その炭からふわりと紫色の宝玉が出現した。

 

「エース…! やったな!」

「うおぉっ! 船長!」

 

 『無欲』の戒禁、回収完了だ。

 

 

 

 

 

 

 

 






・メラスキュラ
 十戒の一人、”信仰”のメラスキュラに成り代わり転生した人。
 スペード海賊団の船員。エースの魔神王への道の、案内役兼師匠的ポジ。
 仲間達の成長のため、今回は傍観に徹した。エースだけではなくデュースやスカルも底知れない可能性を秘めていることが分かって嬉しく思っている。

・エース
 海賊王を超えるため、”魔神王”になる男。『慈愛』の戒禁を所持している。
 日々強くなることで戒禁の力を引き出し、メリオダスの力も使用できるようになっている。しかし、まだまだ未熟でメラスキュラから見れば本物には遠く及ばない。

・デュース&スカル
 エースの仲間。スペード海賊団の船員。
 デュースはスペード海賊団の頭脳役であり、サーベルを使用して戦う。スカルは斧が得物で、体格を活かしたパワーで戦うタイプ。
 普段からエースの無茶に付き合っているため、戦闘能力がそれなりに磨かれている。



・魔神もどき
 元は人間の海賊だった男。偶然にも『無欲』の戒禁を発見し、闇に吸い込まれるように魅入られ、取り込んでしまった。
 適合する器ではなかったため異形の怪物になり果て、呪いと瘴気を振り撒く化け物になってしまった。闘級は1万1000。



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