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『無欲』の戒禁を手に入れてから3日。スペード海賊団はエルモア島を離れ、次の目的地に向けて順調に航海を続けている。
_ギィィ…_
そんな中、私はピース・オブ・スパディル号の医務室の扉を開けた。木が軋む音と共に外の光が部屋に差し込む。
医務室に置かれたベッドの上には一人の男が倒れていた。デュースだ。彼は仰向けの体勢で倒れていて、腕を目元に当て少し呼吸が荒くなっている。深く吸って、吐く。まるで何かを落ち着かせるように頻りにその動作を繰り返していた。
「デュース、気分はどう?」
「……あぁ、メラか」
「食事を持ってきたけど、食べられるかしら?」
「いや…今はそんな気分じゃねぇな……」
「そう」
どことなく生気のない声で話すデュース。私は持ってきた消化に良さそうな食事を、ベッドの近くの棚の上に置いた。せめて水だけはと差し出すと喉は渇いていたらしい。デュースは少しだけ身体を起こし、コップの水を二口程飲んでまた横になった。私はそのコップも棚の上に置き、再びデュースに声をかける。
「じゃ、また取り込みましょうか♪
「お前は鬼かっ!!」
私が『無欲』の戒禁を手に出現させると、デュースは勢いよく飛び起きた。
ついさっきまでの弱っていた姿はどこへやら。くわっと険しい顔になって私を怒鳴る。
「まさにそいつのせいでこんなことになってんだろうが! ちったぁ労われ!」
「何よ。怒鳴るくらいには元気あるんじゃない」
デュースが思いの外元気なので私もしんみりした雰囲気を出すのをやめた。足を組み、リラックスした体勢でふわりと宙に浮かぶ。
「それに貴方が言ったんでしょう? この戒禁を俺に取り込ませてほしいって。あの時の威勢はどこに行ったのよ」
「それはそうなんだがよ…」
デュースはため息をついてぼすっとベッドに座った。
エルモア島での戦いが終わった後、手に入れた戒禁をどうするのかという問題が浮上した。スカルやミハールは適合できなかった者の末路がどうなるのかを知って遠慮してしまうし、エースはもうすでに『慈愛』を所有している。その力も出しきっていないのに2つ目を取り込むのはさすがにダメだ。
とりあえず保留にするという方向で話がまとまりかけていたところ、立候補したのがデュースだった。
「『エースを隣で支えると決めたからには同じ土俵に立ちたい』、だったかしら。力強い演説に思わず胸が熱くなっちゃったのよ、副船長さん?」
「やめろ、今となっては少し早まっちまったかと後悔してるんだ…。くそ、やっぱりあいつのようにはいかないか」
「いや、私から見れば貴方も十分超人の域に入っているから安心なさい」
あっさり『慈愛』に適合したエースに比べ、デュースは『無欲』を取り込み切れなかったことにやるせなさを感じているようだが、そもそも比べる相手がおかしい。
何度も繰り返しているように、魔神王様の力そのものである戒禁は本来人間が取り込めるものではない。エルモア島で怪物になり果てていた男のように、内側から喰い尽されてしまうのが普通だ。戒禁をあっさりものにしてしまったエースはもちろん、拒絶反応があるとはいえ戒禁を身体に入れて原形を保てているデュースも十分人間の域を越えている。
それに回を重ねるごとに少しずつ拒絶反応も小さくなっている。この分ならあと2,3回出し入れすればデュースも完全に戒禁を取り込むことができるだろう。冷静沈着なデュースは魔力の扱いに長けていそうだし、もしかしたらエースをも越える闇の使い手になれるかもしれない。
「お~い! デュース、メラ! 見えてきたぞ!」
噂をすれば何とやら、エースの大声が聞こえてきた。甲板で叫んで私達を呼んでいるらしい。
「ほら、行きましょう」
「あぁ…」
私が声をかけると、デュースは重い腰を上げてベッドから立ち上がった。
・
・
・
「”導きの灯”?」
「ええ、そうです。あの灯台の光が示す先に”
ぺらりと本のページを捲りながらミハールが話す。
スパディル号の前方に見える何の変哲もない灯台。あれが3日間この船が目指し続けた目的地だ。あちこち寄り道をした私達だが、ついに
「
「そうです、デューの旦那。海流に乗って運河を渡る、まさに命懸けの突入でさぁ」
ちなみにスカルの情報によれば、この突入に半数以上の船が失敗し、脱落してしまうらしい。海流を上手くとらえることができず、岩壁に叩きつけられて悲惨な最期を迎えてしまうのだとか。
「へへっ、いよいよ
しかし、エースは一切恐怖心を抱いていなかった。まだ見ぬ冒険に心を躍らせているようで、口角が自然と上がっている。そんな船長の姿を見てか、船の中の緊張が少し和らいだ気がした。
「…よし、エース。進水式でもやるか」
「おっ、いいな!」
ふっと静かに笑ったデュースが提案し、エースが賛同した。スカルとミハールも同様だ。
”進水式”という耳慣れない単語に私が首を傾げていると、デュースが甲板の隅に置いてあった空の樽を引っ張ってきて、私達の中心に置いた。
「…俺はブラッグメンを越える冒険記を書くため」
そして片足を上げたかと思うと、樽の上にとんと置いた。自分の夢を改めて誓うように呟きながら。
「俺は魔神王!」
それにエースも続く。いつものように溌溂とした声で叫び、どかっと樽の上に足を置く。
「私は世界中の子ども達に学びを届けるため…」
「俺は世界一の情報屋になるために」
ミハールとスカルも同じように夢を語りながら樽の上に足を置いた。
残るは私だけ。とりあえず彼らの真似をしてとんと樽に足を置く。
「私は…」
そこまで言いかけてふと気づいた。私の夢って何だろうか?
そういえば私は特に目的もなくこの船に乗っているのだった。元居たブリタニアから遥か未来に飛ばされるというわけの分からない事態になって、人間のくせに魔神王になると豪語するエースが面白くて、それでこの男の行く末が見てみたくて乗船を承諾したんだっけ。
私は皆のように心から叶えたいと思う夢を持っていない。それは何だか寂しいような気がした。成り行きとはいえ私だって彼らの仲間。荒波や苦難を乗り越える時、胸を張って誇れるような何かを持っていたい。
「私は……」
けれどそう簡単に夢なんて浮かんでこない。何かを言おうとしてもすぐに言葉に詰まってしまう。
困り果てた私は隣に立つエースの顔を見た。なかなか言葉を発さない私に彼は不思議そうな顔をしている。
『…メラ、お前はすげぇよ』
「………あ」
そんなエースの顔を見て、私はふとメリオダスのことを思い出した。いつか彼がぽつりと、絞り出すような声で私を褒めてくれた時のことだ。
ブリタニアに住む皆が幸せになるために私があちこち走り回っていた頃、メリオダスは私の目を真っ直ぐ見て褒めてくれた。
この時のことを思い出して、私はストンと腑に落ちた。悩む必要なんてなかった。私の答えは何百年も前から決まっていたのだ。
「…私は貴方達の行く末を見届けるため」
「…見届ける?」
私が言った言葉にデュースが首を傾げた。その姿を見て私はくすりと笑う。分からないだろう、でもそれでいい。
私の一番大切なものは昔からずっと同じだ。メリオダス、ゼルドリス、十戒の皆、魔神王様…、あの時代のブリタニアに生きていた皆が私の宝物だった。今は皆いなくなってしまったけど、世界が変わったわけではないのならきっとまた会える方法はある。それこそ”死者の都”で再会という手もあるかもしれない。
その時に皆に聞かせてあげるのだ。私達の時代よりも遥か未来、こんなに面白い人間達がいたことを。人間でありながら時を越えて魔神王となった男が、その後どんな生涯を歩んだのか。
きっと皆驚くだろう。ガランは大笑いするだろうし、メリオダスやゼルドリスはポカンとした顔になるに違いない。いつもクールなモンスピートが呆けた顔になるかもしれない。
何百年先になるか分からないが、いつか皆と再会してそんな顔を見るのが私の夢だ。
「…へへっ。よし、野郎共! 駆け上がるぞ! この海の頂までっ!!」
「「「おうっ!!」」」
私達は勇んで樽を蹴り壊し、
・メラスキュラ
十戒の一人、”信仰”のメラスキュラに成り代わり転生した人。
スペード海賊団の船員。エースの魔神王への道の、案内役兼師匠的ポジ。
夢はエース達のことをかつての同胞に語ること。この話を肴に皆と美味しいお酒を飲む日を楽しみにしている。
・エース
海賊王を超えるため、”魔神王”になる男。『慈愛』の戒禁を所持している。
いよいよ
原作よりも一段と晴れ晴れとした表情。
・デュース
エースの最初の仲間でスペード海賊団の副船長兼船医。
エースを隣で支えるため、『無欲』の戒禁を取り込むことを決意。エースほどすんなり適合できていないが、それでも十分素質がある。