世界から忘れられた僕と誰にも見えない彼女の世界救済物語   作:ヒナまつり

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消失と運命

 

 息をして、ただ時間と共に変わっていく空を眺めて息を吐く。

 

 そんなことを何回かした後、僕はゆっくりとまた夕焼けに染まっていく都市の喧騒の中へ歩き始めた。

 

 目的はない、でも足を止めることだけは出来なかった。だって、今の僕には記憶も生きるための場所もないから。

 

 それが、何故かは分からなかった。ただ、何処かの小さな家の中で目が覚めたその時から僕には何もなかったんだ。

 

 身分も、誰かであるかも…なにも。だから、ただ歩き続けるしかなかった。きっと、何処かにある筈の答えを探すために、都市を…未知に溢れる世界を。

 

 音を立てながら早い速度で動く色んな色の乗り物や、それを躱すための回り道、僕と同じようで違う笑い合う者達…色んなものを見て。

 

 でも、何処にも僕と同じようなものはなくて歩き疲れた僕は似て非なる者達が集まって歩く道の真ん中で立ち尽くした。

 

 喧騒だけが、僕を包んで見たくない現実に目を閉じてそのまま寝てしまおうと思っていた…その時、僕は助けを求めるかのように叫ぶ声が聞こえた気がした。

 

 周りの音の方が煩い筈なのに、どうしてか僕はそれに気がついて、運命に導かれるように道行く者達を掻き分けながらその声のもとへ走って…そこで僕はやっと僕と同じ、何かを失った人を見つけた。

 

 「ねぇ、なんでよ!私はここにいるの…!誰か、誰か見つけてよ!誰か、私を見てよ…っ!」

 

 その人は、思わず目を引いてしまいそうな程綺麗なのに誰にも見つからなくて、周りにこっちを見てよと叫んでいるのに誰の興味も引けなくて…きっと僕と同じ孤独を背負っていた。

 

 だから、僕は勇気を出して一歩を踏み出してその人の泣きそうになっている手を取った。なんて伝えれば良いのか分からなかったけれど、やっと会えた僕と同じ人だったから。

 

 「えっと、見つけた…よ?だから泣かないで」

 

 「えっ…?貴方、私が見えるの…?本当に?本当の、本当に…っ!?」

 

 未知と恐怖で満ちていた都市の中に花が咲くように、彼女は笑顔を浮かべて…寂しさを紛らわせるように強く、強く僕の手を握る。僕も、その手を握り返して彼女が欲しいだろう言葉を返した。

 

 「うん、見えるよ。本当の本当?…だよ」

 

 「ふふっ、何で少し疑問系なのよ…ぐすっ、でも…でも、ありがとう。君のお陰で、少しだけ安心できた…。もう、誰にも見えないのかと、思ってた。このまま、一人で生きないと行けないんだって…絶望してたの。だから、ね…ありがとう」

 

 そう言いながら、彼女は雫を溢していく。それが僕には何か分からなくて、ただ…綺麗な彼女の顔が汚れていくのは見てられなくてその雫を拭った。

 

 「もう、くすぐったいわ…でも、嬉しい。ひとりぼっちってこんなに苦しいものだったのね…。ねぇ、君は何で私を見つけれたの…?他の人は誰も、見てくれなかったのに」

 

 当然の疑問だ。でも、僕は今の状況を彼女に伝えて良いのか少しだけ不安になった。

 

 だって、彼女はきっとまだ苦しい中にいて…きっと僕のことを話せば彼女の悩みを増やしてしまうから。だから、どうにか逃れるために目を反らして見た。

 

 けれど、彼女はただ不思議そうに綺麗な瞳で僕を見つめて僕も魅了されたかのようにその目を見つめてしまって、ポツリポツリと僕は口を溢した。

 

 「きっと、僕と君が同じだから…かな」

 

 「同じ…?えっと、ごめんなさい…抽象的過ぎて分からないわ」

 

 「えと、その僕も君と同じ…失ったものなんだ。君は他人からの瞳を。僕は他人からの記憶と僕自身の記憶を。だから、きっと君を見つけれた…と思う」

 

 そう伝えた時、彼女は更に瞳に雫を溜めた。…やっぱり僕の言葉が彼女を傷つけてしまった。そう思ったのに、彼女が溢した言葉は想像とは違くて、熱と共に僕の身体の中にスルリと潜り込んでくる。

 

 「そう、そうなのね…きっと辛かったでしょう?苦しかったでしょう?記憶を失った訳じゃなかったけど、私も辛かったから…少しだけ君の気持ちが分かる気がするの。だから、もう大丈夫よ。私は忘れない。君が私を見つけてくれたみたいに、記憶するわ、例え君がまた記憶を失っても…私が」

 

 寄り添うように、包み込むように彼女の言葉が僕の心の隙間に落ちて、僕も雫を溢す。

 

 そして、今まで無視しようと隠していたチクチクとした痛みも溢れて、でも彼女の熱に絆されて消えていく。

 

 それだけで、僕はここまで足を止めなくて良かったとそう思えて僕らは抱えていた苦しさを紛らわせるように二人で声を漏らした。

 

 それから、少しだけ経って僕らは落ち着いた。その時には、空は彼女の髪のように闇に染まって白く輝く欠片だけが僕らを照らしていた。

 

 「ふふっ、これはね夜って言うのよ。それであれは、星で…あっちが月ね。綺麗でしょ?」

 

 楽しそうに、僕に教えてくれる彼女は何て言えば良いのか分からない程に魅力的で、夜空のように輝く瞳を思わず僕は綺麗だとそう言いたくなって、彼女の言葉に続くように溢した。

 

 「うん、綺麗。君みたいで…綺麗だ、よ?どうしたの?」

 

 「い、いえ…な、何でもないわ…。もう、記憶を失ってるのよ…?知ってるわけないの、だから興奮しないで私ぃ!」

 

 こそこそと、顔を夕焼けのように染めて彼女は呟く。その声が僕には届かなくて、それが少し嫌で僕は距離を詰める。

 

 「わっ、ど…どうしたの?」

 

 「…聞こえないのは、嫌だから。また、一人に戻ったみたいで…。だから、近付いたの」

 

 「…そう、そうよね。大丈夫、私は君を一人にしないわ!私もあんな思いをするのは嫌だもの。だから、安心して?」

 

 優しく、僕の頭を撫でながら彼女は輝く太陽のような笑みを浮かべてから僕の手を取って急に走り出す。

 

 僕はその光に見惚れて、その足取りを追った。

 

 喧騒を抜け、人混みを抜け…遠く遠く走る。つかれても息が切れても。それに、僕には今さっきみたいに目的はない。

 

 でも、彼女がいる。それだけで僕は何処か満足で彼女が止まるまで僕は足を動かした。

 

 そして、息も堪え堪えで僕らは倒れるように少しだけ高くにある草むらに寝っ転がった。

 

 「はぁ…はぁ、ふふっ。ここならもっと綺麗に空が見えるわ!どう?もっと、もぉーと!綺麗でしょ?」

 

 無邪気に、彼女は笑う。僕もそれにつられて笑みを溢し、光り輝く星達に手を伸ばして答えた。

 

 「うん、凄く…綺麗。見惚れちゃうぐらい、ねぇ…君の名前は何て言うの…?」

 

 「…そっか。うん、私の名前ね…私は東雲 希実しののめ のぞみ。君は?」

 

 「…僕は」

 

 必死に思い出そうとする。でも、僕の頭には今日からの思い出しかなくて…だから、今日の出来事で一番好きだった物を名前にしようと目の前に浮かぶ景色を貰った。

 

 「月夜野 空つきよの そら。これが、今の僕が一番好きなものだから。これが、名前」

 

 僕の答えに希実は嬉しそうに僕の手を取って微笑んだ。そして、明日を眺めながら次の話をした。

 

 「いい名前ね。…ねぇ、これからどうしようかしら?空の記憶探しでもする?それとも、今日みたいに空の好きなものを増やしていこうかしら」

 

 「…希実はそれでいいの?希実がしたいこととか…」

 

 「ふふっ、したいことかぁ。じゃあやっぱり空の好きなものを増やしたいわね。それで、この世界を好きになって欲しいわ。それで、明日が楽しみで寝れないぐらいになって欲しいの」

 

 楽しそうに笑いながら希実は希望を綴る。それは、僕一人では出来ないことで、でも希実が居るから僕も希望を持つことが出来た。だから、僕もしたいことを言おうとして…言えなかった。

 

 □□が、現れたから。夜空に現れた空間の狭間と言えば良いのかよく分からない門から…泣き叫ぶ□□が。

 

 言葉で表すことの出来ない程に巨大で歪なソレは、現実を貪るように粒子と化した世界を呑み込んでいく。

 

 なのに、僕ら以外はソレが見えていないようで、遠く離れた喧騒は何時もと変わらず鳴り響く。

 

 「な、何よあれ…。いったい何が、起きてるのよ…!」

 

 希実も、それについて知らないみたいで僕を握る手が震え始めた。

 

 きっと、怖いんだろう。普通なら…なのに、僕は恐怖を感じれなかった。

 

 あれに、何処か懐かしさというか…僕達との同一性を見つけてしまったから。

 

 そう、だってあれは泣いている。何かを求めるように泣いているんだ。自分を見つけてくれるのを待っていた希実のように、キッカケを探していた僕のように。

 

 だから、僕はソレに手を伸ばそうとした。

 

 「…ダメ!空、逃げるわよ…!あれは、普通じゃないの!ほら…早く!」

 

 けれど、その手は希実の手によって引き戻されて僕はソレが、泣きながら世界を食らっていくのを振り替えることしか出来なかった。

 

 そうして、僕らはソレから逃れるかのようにまた走ってやっと希実が止まったのは大きな大きな家の前だった。

 

 「はぁ、はぁ…なんで、なんであれに手を伸ばしたの…?アレが、もし私達を襲ってきたら…私達は死んでいたのよ─?」

 

 信じられない、そう言うように恐怖を織り混ぜた瞳で希実は僕を見つめる。

 

 でも、僕はその瞳に答えを出すことが出来なかった。だって、これは感覚的なものなのだ。説明できるものじゃない。そもそも僕の考えが正しいものではないのかもしれないから。

 

 だから、僕は沈黙することしか出来なかった。

 

 それを、希実がどう解釈したのかは分からない。でも、彼女は一息ついてから僕を抱き締めた。

 

 「ごめんなさい。少し、感情的になりすぎたわ。空にはきっと、分からないかもしれないけれど…アレはこの世界に居る筈の物じゃないの。見た目はこの世界の鯨に少しだけ似てたけど…あんな怪物は存在しない筈なのよ」

 

 「そう…なんだ」

 

 震える身体で、希実は自分に言い聞かすように呟く。…信じたくないのだろう、あんなものがこの世界に居ることを。だから、僕は小さく言葉を返すことしか出来なかった。

 

 でも、僕にはこの目でみたあの景色を…あの叫ぶような声を幻とは思えなかった。それに…アレを見てから、僕の心の奥底で熱が集まるのを感じたんだ。

 

 それが何かはまだ分からない。けれど、あれと同じようなものとまた会えたら今度はもっと分かる気もしたから、僕は震える希実を抱き締めて安心させてから、答えられなかった望みを溢した。

 

 「…ねぇ、希実?明日は、もっと綺麗なものを探しにいこう?今日のことは、少しだけ忘れて。だって、僕らもアレも誰にも分からないんだから…ね?」

 

 「…そうね。えぇ、そうしましょ…」

 

 希実は小さくそう答えて、まだ少しだけ震える身体で建物に入っていく。僕もそれに習って付いていこうとして、ふと後ろを振り返った。

 

 そして、僕はその日にまた一つの新しい運命に出会うのだった─。

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