「…………」
「ハサ、聞いて。私もLv.6になった」
「…………おめでとう」
「なんでそんなにボロボロなの……?」
「Lv.5に、なったことが、バレて……」
「うん」
「遊ばれた……」
「誰に?」
「都市最強……」
「………」
全身はしっかりと治療されているものの、精神的なものがゴッソリと消耗させられてファミリア拠点に返還された可哀想な男。Lv.5になって誰より喜ぶのが本人でなく、どころか同じファミリアの団員でもなく、他ファミリアの幹部陣なのだから巫山戯た話である。
「……猛者がそこまでするほど、ハサは強いの?」
「待って、アイズ待て、剣構えるのやめて。ほんと無理だから、無理無理無理、もうそんな気力これっぽっちも残ってないから」
「私も試したい」
「オレは試したくない……」
「Lv.6になった私の実力、知りたくないの?」
「興味ない……」
「むぅ……猛者はよくて私は駄目なの?」
「普通にどっちも嫌だからね?断れるなら断ってるからね?」
今朝はもうそのまま帰ってくる予定だったのに。玄関の扉を開けようとしたその瞬間、背後からゴキゴキと首を鳴らしながら、ヘイズを猫のように吊るして持ってきたオッタル。しかも『ヘイズの魔法を使えば貴様のスキルを常時発動出来ると聞いた』などという必死に隠していた事実まで既に知られていて。
同時にその背後には明らかに瞳孔を開き、若干ではあるが口角が上がっているアレンも居たのだから、もう確実な死を覚悟するしかなかった。ヘイズがあまりにも可哀想なものを見る目でこちらを見ていたのも忘れていない。
「ずるい、ハサはずるい、私も猛者と戦いたい」
「オレは別に戦いたくない……」
「だからハサは私と戦うべき」
「どういう理屈……?」
「偶には私の我儘を聞いてもいい」
「偶に……?」
「偶に」
「ほう、言い切るか。良い度胸だ」
偶にじゃないだろう、この前だって遠征の中で何度無理を言われて隊列を変えたと思っているのか。小さくとも我儘なら何度も何度も聞いている。それでも足りないと申したのかこの女は、良い度胸をしている。甘やかされて育てられたに違いない。誰だこんなに甘やかしたのは。オレ達だ。
「取り敢えず今日のところは本当に勘弁してください……どうぞダンジョンにでも行けコラ」
「わかった、帰って来たら戦って」
「人の話聞いてた?」
「じゃあね」
そのままトタタっと走っていく彼女、この歳になってもいまだに情緒は昔のままだというのか。今日1日はもうこのまま放っておいて欲しいというのに、なんなら1日このまま寝込んでいたいというのに。そうは許してくれないらしい。
――だとしたらまあ、せめて夜までは眠っていたい。戦闘なんてこれっぽっちもしたくない。ナイフさえも握りたくない。もうずっとこのまま――
「おいハサン!暇ならテメェも来い!24階層までアイズを追うぞ!!」
「アイズゥゥゥゥゥウウウウ!!!!!!!」
「うおっ」
ほんの2時間も経たずに巻き込まれた日には、流石の彼もブチギレた。そんな珍しい彼の反応に、流石のベートも一瞬だけ動揺したらしい。
何が起きたのかと言われれば、どうやらダンジョンに潜ったアイズが何らかの依頼を受けて24階層に向かったらしい。そしてどうやらその依頼というものが非常に厄介な案件だったらしく、そして思っていた以上に大規模な大事件だったらしく。
その上でロキが言うには、その依頼は例のリヴィラの街で起きたモンスター大量発生に関するものと関係している可能性が高いらしい。それ故に協力しているディオニュソス・ファミリアの眷属とも協力してこの件には当たることに決めたとかなんとか……
「知るかぁぁあ!!」
「ひぇっ」
「オイ落ち着け、何があったらテメェがそこまで取り乱すことがあんだ」
「こっちは早朝からオッタルさんとアレンさんに拷問紛いの殺し合いを散々させられてるんすよ!?その上でダンジョン24階層の調査!?碌に寝てないのにヤバそうな案件に突っ込まれてるんすよ!?普通に死ぬが!?」
「ご、拷問紛いの殺し合い……」
「………………着くまで休んどけ」
「ベートさんが優しい!?」
「……」
「ん?ああ、どうも、お見苦しいところを。ハサ・ファーティマです、見知らぬエルフさん」
「……なぜこの勢いで普通に挨拶ができる」
「ハサさんなんかもう壊れてませんか……?」
ロキ・ファミリアからはベート・ローガ、レフィーヤ・フィリディス。ディオニュソス・ファミリアからはフィルヴィス・シャリア。そこに突然にぶっ込まれたハサ・ファーティマ。
ファミリア内に今動かせる精鋭がこれだけしかいなかったのだから仕方ないし、取り敢えず突っ込んでおけば何かしら働くハサンを放っておくことなど出来るはずもあるまい。いつものように雑にパーティに突っ込むのである。
「じゃあ道中の戦闘は任せます……」
「は、はい……」
「……まあ、構わないが」
「コイツがこんだけ他人に任せるのはマジで珍しいな……」
それもそのはず。身体的な疲労はなくとも、精神的な疲労こそが危険であるということを彼はよく知っている。故に必要なのは精神的な回復、集中力の回復。その思想はヘイズと共に戦闘を続けていれば誰にでも分かることだ。
どうやったところで戦う必要があることは目に見えている、そこはもう覚悟を決めている。であれば今はともかく、自分を休めることだ。道中戦闘などしている暇はない、これは彼なりの自主管理。
「ということでオレはこのまま寝るので、リヴィラの街で情報を集め終わったらまた起こしてください。30分も眠れば多少はマシになると思うので」
「……おう」
「い、行ってきます」
「徹底しているな、本当に」
1分でも寝る、5分でも寝る、1時間寝たいけど我儘は言わない。しかしその短時間の睡眠であっても意味はある。18階層の草原に辿り着いた瞬間に寝そべり、その一言を残して睡眠に入る。その速さは随一だ、訓練もされている。
取り敢えずアイズはあとで必ず1発引っ叩くと、そしてその後にじっくりしっかりと眠ると。そう心に決めた。いくらなんでも振り回し過ぎである、彼女もそろそろ恋人が出来てもおかしくない良い年になるのだからもう少し慎みを持ち始めてもいい頃なのではないか?……なんて愚痴を頭の中で反芻させながら深い深い熟睡の底へ落ちようとして。
「――うわ、本当に居た」
「え……!?」
飛び起きた。
「なっ、なんで"ヘイズさん"がここに……!?」
「なんでもなにも、先日の一件で治療した冒険者達から治療費を取りに来ていただけです。タダで助けるとは誰も言ってませんし」
「ちゃっかりしてる……」
「それより、あの狼人から聞いた時にはまさかそんな偶然があるものかと思いましたが……本当に貴方まで来ていたなんて。最近の私たちの遭遇率妙に高くないですか?」
「オレは嬉し過ぎて疲れが全て吹き飛びましたけど……」
「疲れ?…………ふむ」
ヘイズ・ベルベット、今回は本当に偶然の再会。というかまさか互いに思っていなかった。昨日の今日で、なんなら今日の今日で、相手がダンジョンに向かうことになるなど。そんなことはまさかあり得ないだろうと。あり得てしまった。
しかし先日の一件はヘイズの私的な治療であり、そこから代金を頂くことは正当であり、基本的に稼ぎがそれほどない彼女としては捨て置くことは勿体ない話。
なにせヘイズは将来のためにしっかりと貯金をしている。無駄に使うつもりもなければ、回収出来るものを放っておくこともしない。金があれば何があっても生きていけるのだし。
……まあついでに傷の悪化している者が居ないかも確認するという理由もないこともないかもしれないが。
「相変わらず厄介ごとに巻き込まれているんですね」
「今回はアイズに巻き込まれたんですけどね……」
「まともに戦えるんですか?顔色が普通に悪いですけど」
「いや無理です、だから睡眠をしようと思ってて……」
「ああ、なるほど……それなら少しは助けになれるかもしれませんね」
「助けですか?」
「ええ、流石にその厄介ごとに首を突っ込むのは勘弁ですけど……これくらいならサービスの範疇、というか今朝の謝礼の範囲内でしょうから」
「んっ!?」
寝転がる彼の隣に腰を下ろすと、彼女はその頭部を両手でそっと持ち上げて、流れるように自分の膝を差し入れる。そのまま何が起きているのか分からないといった様子の男の目を掌で覆うと、低出力の治療魔法を使いながら髪を撫で始める。
……そう、これは俗に言う"膝枕"である。
「精神力の消耗とは言いますが、まあぶっちゃけ過剰なストレスによる疲労なので。単に眠るよりストレスを取り除いてから眠った方が回復も早いわけです」
「ヘイズさんの太腿やわらかっ……」
「殴りますよ?聞いてます?」
「す、すごい、見上げると視界が1/3もない……」
「はやく寝なさい」
「あ、なんとなくヘイズさんの心臓の音とかも聞こえる気が……」
「死んでください」
「むがっ!?」
余計なことを言うな、余計なことに気を取られるな、というか普通に恥ずかしいから2度と口を開くな。こちらも気恥ずかしさを我慢してやってあげているというのに、腹の音まで聞かれてしまえば本当に八裂きにするしかなくなる。
……まあこの男が静かになる方法など分かりきっているので、取り敢えず膝と胸でサンドイッチするかのようにして顔を潰した。これで余計なことは言わなくなるだろう、単純な男である。その行動の方が恥ずかしいのではないかと言われたらヘイズとて黙るしかないが、それを指摘する者はここに居ないのでセーフということで。
「……危うく気絶するところでした」
「すれば良いじゃないですか、お仲間が来たら起こしてあげますから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。本音を言えばこのご褒美をもっと記憶と脳に焼き付けておきたいんですけど」
「それはまたの機会にしてください、本当に死にますよ。このまま荒事になんて臨んだら」
「え、またしてくれるんですか?」
「それは……まあ、貴方の頑張り次第で考えてあげないこともないですけど」
「なら頑張ります、どうもあの時の怪人関係っぽいので。取り敢えず生きて帰ることを最優先ですけどね」
「……そうですか」
「では、お膝借りますね。おやすみなさい」
その一言を残して、すー、すー、と静かな寝息を立て始めたその切り替えは称賛できるものだが、その寝顔を見つめるヘイズからしてみれば色々と思うところはある。よくもまあ死にたくないと言うくせに、こうもヤバい案件ばかりに付き合わされているのか。
まあロキ・ファミリア自体が実質的な世界の脅威に対する尖兵隊のような役割を担っているのだから仕方ないことではあるのだが。その上で彼は雑に使っても良い便利な駒として取り敢えず突っ込んでおく役割を担ってしまうのだから、当然の話ではあるのだが。
「――流石に肩入れし過ぎですよ、私」
今更な話である。
それが分かっていても、だ。
「…………………………………………………………ああもう、分かりましたよ。私も着いていけばいいんでしょう、どうせこのまま帰っても予定なんて碌に無いんですから。どうせ気になって仕事が手に付かなくなるに決まってます、分かってますよ。遠征の時でさえそうなんですから」
先日の遠征の時だって、第一報として大怪我をした彼の姿があったと聞いた時には血の気が引いた。けれど、だからこそ自分が動くべきではないと戒めた。自分ではなくアミッドが診るべきだと、その方が生存する可能性が高いと、そう考えたから。
……しかし、それでも動揺した。
自分が思っていた以上に。
その後に如何にも元気な姿で、真っ先に自分の所に来た時には、安堵の感情を表に出さないことに必死だった。流石に人前でそんなものを出すことはしない、してはならない。
「弟を心配する姉というのはこういう感覚なんでしょうね……そもそもどうしてロキ・ファミリアに入ってしまったのか。あのままフレイヤ様の元に私が連れていくべきでした、当時の自分を殴りたい……」
もしそんな選択をしていたら、自分達の関係性も今とは少しだけ変わった形になっていたかもしれない。それこそ本当に姉と弟のような、そんな関係になれていたかもしれない。
ではどちらが良かったのかと問われればまた困るところなのだが、とにかく自分が彼に対して死んで欲しくないと思っている事だけはどうしようもない事実だ。そこは隠しようもなく認めるしかない。
「……私と居る時だけはLv.6級になれるんですから。私が隣に居ることが1番安全なんですし、仕方ないですよね」
相変わらず美しい18階層の景色を見ながら、膝の上で静かに眠る彼の頭を撫でる。ここまで無防備な姿を見せてくれるのは信頼故で、きっと他の人間にはそうそう見せてくれないものだ。
「はぁ、私も最近はそんなに体調が良くないんですけど……まあ気にするほどのものでもないですが。ほんと、あんまり私の心を乱さないで欲しいです」
じーっと寝顔を見つめる。確かに青年らしくなってきたが、まだまだ幼さが残ったという風貌。容姿が悪くないことは知っていたが、なるほどこうして改めて見てみれば確かに世間的にはそこそこ通用はするのだろう。問題は別に彼自身にそんな気など毛頭ないことか。
もう5年もすればそれはもう頼り甲斐のある立派な男性になるのだろう。きっとその時には冒険者としてもトップクラスの実力者になっているはずだ、彼にはそれだけの才能がある。そして自分が彼の隣で支え続ければ、もしかしたら頂点にまで手が届くかもしれない。それは流石に入れ込み過ぎた考えかもしれないが、それでも隣に居るとそう感じてしまう。
「……そういう形もあるんですかね。私1人では何も出来なくても、彼と一緒ならもしかしたら」
あのどう足掻いても手が届くことはないと思わされる幹部達さえも打倒することが……?
「――いえ、そんなことをしてもなんの意味もないですね。私はそんな形で何かを手に入れたいとは思いませんし、私の欲に彼を利用したいとも思わない。私はもう散々助けられたんですから、今は彼を助ける側でいたい」
ロキ・ファミリアではなく、フレイヤ・ファミリアとしてでもなく、ただ1人の人間として。
これは全てを女神に捧げたはずの自分が、未だに唯一手放すことの出来ない思いと感情。決して女神に捧げることなど出来るはずもない、弱かった自分の罪。どうしようもなく半端な自分が、それでも手放してはならない責務。
「貴方が自分の在りたい貴方のままで居られるように……私には他に何が出来るんでしょうね」
風の音に消えていくそんな呟きは、誰の耳に入ることもない。発した本人以外が知る必要もない、小さな独白だ。