ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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13.本業:殺し屋さん

「さあ行きましょう!すぐ行きましょう!元気よく行きましょう!いえーい!!ベートさん見てるー!?ヘイズさん今日も可愛いー!!」

 

 

「うっぜ……」

 

「少しの休息で人間はここまで変わるものなのか、ウィリディス」

 

「いえ、まあ、その……ハサさんの場合は休息より、新しく加わった人の影響が大きいんじゃないかなと」

 

 

「はいはい、あまり騒がないでください。私はこの人を見張ってるので道中戦闘はお願いします」

 

 

「……まあいいか」

 

 

 どうしてフレイヤ・ファミリアがここに?フレイヤ・ファミリアの眷属なんかと共闘なんざ巫山戯るな、部外者はさっさとここから消えろ。

 ――というような事が喉の辺りまで出かかるベート・ローガであるが、しかしその相手があの有名なヘイズ・ベルベットとなると話が別である。もちろんそれはハサの想い人という意味で。

 

 具体的に言うと、そんな言葉を吐いてしまえば次の瞬間に喉元にナイフを突き付けられることが分かっている。なんならこのイかれた男には普通に前科が何犯もある。ヘイズ・ベルベットの悪口だけは言ってはならないという暗黙の了解がオラリオに存在しているのは、そのためだ。

 

 ……まあ実力は申し分ないし、治療師としての力量など異次元の領域。それに彼女も気質自体はフレイヤの眷属の中ではまともであり、ハサンが関わる案件ならば普通に常識人。ここで無碍にすることの意味は本当にどこにもない。

 

 それに彼女が居るだけで、あれだけ疲労していたバカが元気になったのだ。もうそれだけで十分だろう。余計なことを考える必要もない。受け入れるだけでいいのだ。

 

 

 

「……ところでさっきから誰かに尾行されてるんですけど、どうします?殺してきましょうか?」

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

 

 バッと反射的にヘイズとベートが振り向く。

 Lv.5の獣人の耳と鼻、それでも気付けなかったそれに直前までふざけ倒していたこの男は気付いていたという。であればそれはどんな理屈なのか、考えることさえアホらしい。

 

 

「尾行、というのはどういうことだ?首狩骸、そのような気配は無かったが」

 

「風向きと距離的に気付くわけないので仕方ないですよ、フィルヴィスさん。でいいんですよね?」

 

「ああ……ならば何故お前はそれに気付くことが出来た?この狼人でさえ気付かなかったことだろう」

 

「なんか音の反響がおかしかったんで」

 

「反響……?」

 

「割と人間の身体って音を吸収するんですよ、こんな狭い通路ですから。何処かに1人居たら微妙に反響が変わります。ほら、分かります?」

 

 

 パンッ!!と手を叩いて彼は大きな音を響かせるが、それによる音の聞き分けなど出来るはずもない。

 大量の人間が居るのならまだしも、1人居るだけでの違いなど誰が分かるというのか。そもそもコイツは何故それが分かるのか。訓練されたからである。そして天才だったからである。以上。

 

 

「ん?」

 

「今度はなんだ」

 

「尾行してた人間が急に消えました、不思議な話もあるものですね。突然その場から消失しました、魔法か何かですかね」

 

「……」

 

「チッ……まあいい、気付いたらまた教えろ。次は問答無用で殺していい」

 

「そうですね、そうします。どうもこっちの会話は筒抜けっぽいので。風向きは意識したはずなんですけどね、次は感知した瞬間に首を飛ばします」

 

「ひぇっ……」

 

「………」

 

 

 あまりにも暗殺者としての才能に満ち溢れ過ぎたハサ・ファーティマは、尾行や潜伏といった行為に対しては無類の眼を持っている。粗探しが上手いと言うべきか。自分が上手く出来過ぎるが故に、それ以下の行為が目に付く。

 

 ヘイズはよく知っている。

 

 彼の強さは対人に特化したものであり、凶悪とまで言えるほどの才能があるからこそ成り立っているものだと。アミッド・テアサナーレが人を癒すために生まれてきたのだとすれば、彼は人を殺すために生まれてきたと言っても過言ではない。

 

 そうでもなければ何度も送り込まれているセクメト・ファミリアの暗殺者達を、漏れることなく繰り返し鏖殺することなど出来るはずもない。彼はあの歴史ある暗殺者集団の中でさえ例のない類の鬼才であった、それこそセクメトが必死に刺客を送り続けたほどに。

 

 そんな彼に尾行をするなど、もし周囲に他の人間が居なければ問答無用でナイフを突き立てられていたに違いない。そして、そうして他者の命を奪うことをヘイズは否定しない。……アミッドならば止めていただろうが、自分がそれを止めることはない。そんな資格はないし、そんな危険を負わせるつもりもないから。

 

 

「そ、そろそろ24階層ですけど」

 

「何も考えずに突っ込みます?ベートさん」

 

「……うだうだ考えても仕方ねぇ、最短距離で正面から行く。テメェは好きにしろ、余計な指示なんか必要ねぇだろ」

 

「そういうことなら……ヘイズさんはこのままレフィーヤさん達と一緒に、多分そこに怪我人がいる可能性が高いので」

 

「はぁ、まあいいですけど……魔法だけかけときますよ、何が起きるか分からないので。止めるのは心臓までで、それ以外は近くにいないと調整出来ませんから」

 

「助かります」

 

 

 別に24階層に誰かを助けにきたわけではなく、ただ彼が死なないように見張りに来ただけであるためヘイズは渋々と頷くが。まあ怪我人を前にしたらどうせ治してしまうとハサはよく知っているので、満面の笑みで彼女を見送る。

 

 そもそも24階層で何が起きているのか分からない。あの奇妙な緑色のモンスターがいる可能性と、怪人と呼ばれた奇怪な存在が現れる可能性が高いというだけの話。

 

 ただそれでも、結局この便利な駒は適当に遊ばせておけば仕事をする。ベートもそれをよく分かっている。放っておけばいいのだ、それで何かしらやる。

 

 

「っ、見えた……!突っ込むぞ!」

 

「うわ、なんですかあの緑色の壁……」

 

 

「先に侵入してますね、それじゃ」

 

 

「軽っ!?しかも躊躇なく入っていきましたよ!?大丈夫なんですかハサさん!?」

 

「大丈夫ですよ、どうせいつでもこっちに助けを出せるよう窺ってる筈ですから」

 

 

 これまたヘイズは知っている。少なくとも自分が危険に遭遇する可能性がある時、彼が本当に側を離れることはない。常にこっちを見守っているし、助ける気満々の姿勢でそこにいる。彼にとって1番はヘイズの安全であり、それと同時並行で2番目以降を守ろうとする。

 それについてもヘイズは、まあ好きにすればいいという立場である。もう付き合いも長いのだから、いい加減に慣れてしまった。最後には上手くやるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ……などという思いとは裏腹に、それでは足りないというのが此度のハサ・ファーティマの考えである。

 

 少なくともそれは、突入した直後に見つけた、とある集団の存在を確認した瞬間に確定した。

 

 

 

 鏖殺すると。

 

 

 

 24階層に出現した緑肉の小迷宮、その中にはアイズと同じく調査依頼を受けたヘルメス・ファミリアの団員達がいた。そして彼等はその最中で奇妙な集団と緑色のモンスター達に襲われ、自身を爆弾とすることさえも厭わない狂気的な勢いに今にも呑まれそうになっていた。

 

 

 ……が、まあそれはどうでもいい。

 

 

 問題はその自身さえも動く爆弾として利用する、弱者であっても強者に一矢を報いらせる戦い方のほう。そんなことをする者達は限られているし、まあもう見た瞬間に雰囲気で分かる。彼等は殺さなければならない者達だ。他でもない彼等のために。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 その集団の首魁たる男に腹部を突き刺され倒れ伏していたヘルメス・ファミリア団長のアスフィ・アル・アンドロメダは。目の前のその光景に眼を疑ったというよりは、自身が何らかの魔法や薬品で幻術にでもかかったのだと思考した。

 

 なにせそれは、それほどに奇怪な現象。

 

 モンスターも人間も、一瞬時が止まったかのように停止したかと思えば、例外なくその首が落ちた。

 

 言葉も表情も消え、突然にボタボタと頭が落ち転がる。遅れて身体も横たわり、赤黒い水溜りが緑の床面を覆うようにして広がっていく。そんな悪夢のような光景、それが幻でなければなんだというのか。

 

 

 

「確か……オリヴァスとか言ったっけ、そこのおじさん。昔見た」

 

 

「っ、貴様はまさか……セクメトの!?」

 

 

 

 

【告死】

 

 

 

 

「「っ」」

 

 

 

 それは付与魔法の詠唱、たった一言の宣言。

 

 定めた存在に死を齎す。

 

 覆ることのない絶対的な死の宣告。

 

 その通告を知っている、嫌というほどに。如何なる護りを固めようとも、命の核に届くその一撃を。"闇派閥"であった者達はよく知っている。闇夜から聞こえる死神の声を。

 

 

 

「くっ、とはいえ貴様はそこの女と同じLv.4!今の私に敵う道理などない!恐るるに足らぬとはこのこと……!」

 

 

 

「昔から思ってたけど。アンタ、もう少し感情抑えて生きた方がいいよ」

 

 

 

「なに……?」

 

 

 

「心が弱者だ」

 

 

 

「…………は」

 

 

 

 それは別に何ら不思議なことでもない、特殊なことが起きた訳でもない。そもそも最初から見えていなかった相手、それが最後まで見えなかったというだけのこと。

 天地が逆さに、そのまま回り、浮き上がるような浮遊感。回る世界の中で視界に映ったのは自身の身体、頭部を失い呆然とする壊れた人形。

 

 

 

「馬鹿、な……今の私はLv.5相当の……これほど容易く……」

 

 

「心が追い付いてないんだよ、肉体に」

 

 

「ふざ、けるな……なぜ、なぜ見えないのだ……!」

 

 

「見えないっていうか、見せてない」

 

 

「貴様っ……!」

 

 

「それじゃ」

 

 

「やめっ……!!」

 

 

 

 宙を舞う頭部に、逆手でナイフを振り下ろす。

 穿たれたそれは生物の脳における最重要部を正確に貫き、如何に不死に近い生命体であっても知的能力を破壊するに十分な崩壊がそこに生じた。

 

 ――見えない、見せていない、見ようとしていない、見るつもりがない、見ることができない。

 

 それは決して物理的な話ではなく、精神的なもの。

 

 単純な速度の話ではなく、認識、警戒、知識、集中、疾患、そういった人間としての構造の話。

 

 狂った人間というのは欠けている、万全ではない、故に穴がある。暗殺者を使役する側である彼等が最も弱いのは、そういった穴を決して見逃すことのない暗殺者当人達であるというのだから皮肉な話だろう。

 

 精神的に不安定で集中力が続かず、思い込みが激しく認識が正常ではない。瞬き1つでさえ隙と捉える幽鬼を前に、人間の正常な機能さえ利用する殺人鬼を前に、こうなることは当然の話だったというだけのこと。

 数多の闇派閥が当時この首狩骸に殺されまくったことから、結局のところオリヴァスという闇派閥の幹部は何も学んでいなかったということ。それだけだ。

 

 

「"首苅骸"……」

 

「ああ、ヘルメス・ファミリアの……回復薬、使ってください。死者は1人ですか?」

 

「……ええ、そうです」

 

「取り敢えず治療が終わったら逃げた方がいいですよ、ここ文字通りに敵の腹の中なので。あ、道はそこを真っ直ぐ、突き当たりの壁を爆破すれば出れます。そもそもよく足を踏み入れようと思いましたね、こんなところ」

 

「依頼、でしたから……」

 

「そうすか、入口付近にヘイズさんが居ると思うので治療して貰ってください。そのまま彼女と共に外へ退避を」

 

「"女神の黄金"まで居るんですか!?」

 

「ほら、早く早く。話してる時間も勿体無いです、次の瞬間には数百体に囲まれたりしますよ」

 

「っ……」

 

 

 それは脅しの側面のある言葉ではあるけれど、同時に決して否定出来ない場所なのだからアスフィは青褪める。自分だけならまだしも、ここにはLv.2程度しかない眷属だっている。彼は直接的には言わなかったが、『よくそんな者達を連れてこんな所に入って来たな、殺したかったのか?』と思われているのは間違いない。

 如何にも危ういこの空間、実力の伴わない眷属は外で見張りをさせておくべきだった。団長としての信頼を切ってでも。結果的にこうして足手纏いにしてしまったのは、リーダーとしての落ち度に他ならない。

 

 

「全員撤退します!!今直ぐに走って!!」

 

「なっ、おいアスフィ!剣姫はどうするんだ!今も逸れたままで何処に行ったのかも……!」

 

 

「あー、後はオレがやっとくんでいいっすよ?ほら、帰った帰った」

 

 

「っ……剣姫を頼む!!」

 

 

「はいはい」

 

 

 撤退の判断と同時に凄まじい勢いで支度をし始めたその練度はとても素晴らしいものであるが、心が優し過ぎるというのも非常時には欠点だ。自分の身の丈に合わないものにまで手を伸ばしてしまう、伸ばさないといけないと思い込んでしまう。それが死と失敗に直結していると分かっていても。

 

 1人2人ならまだしも、それが集団ともなれば正直なところ……現状、邪魔でしかない。よくもまあアイズは他所のファミリア相手とは言え、全員の同行を許したものだ。身の丈に合わない場所に踏み込んでいると分かっていただろうに。

 

 

「さて。アイズが早いか、ベートさん達がここに辿り着くのが早いか……まあ普通に考えたら」

 

 

 

 

 ――――――――――ッ!!!!!!

 

 

 

 

「ん、そうきたか……」

 

 

 

 鼓膜を揺らすような強烈な叫声、それは人のものではない。モンスターの号令、この空間そのものに対する呼び掛け。緑の肉壁は蠢き、その内部に潜めていた種を急激に成長させる。

 

 

「おぉ、やっぱりこれもモンスターだったのか」

 

 

 ここはダンジョンの食糧庫(パントリー)の中心部、大主柱だけは周囲の肉壁に侵されておらず元の形を保っていたが。それに巻き付くように巨大な蔦が存在していた。しかしそれもまた先程の号令に呼応して動き始め、巨大な花弁を開かせる。

 これまで見て来た植物型モンスターが可愛く見えるほどの巨大な体躯、17層の階層主ゴライアスよりも遥かに大きな全長。それが2本。

 

 そして同時に天井から降り注ぎ始める大量の蔦、いうまでもなくその1本1本が例のモンスターである。数は容易く百を超えるか?数えることさえ馬鹿らしくなるような量であることだけは確かだ。

 

 

「んー……まあ別にまともに相手をする必要はないんだろうが、問題は食糧庫か。まさか枯れるなんてことはないとしても、流石に大主柱が壊れるようことがあると付近が完全に崩落するだろうし」

 

 

 周囲には視界いっぱいのモンスター、壮観である。360℃とは言わずとも、何処に首を動かしてもモンスター。普通に考えて、まあこれは死ぬだろう。どうやっても生き残ることなど出来るはずもない。誰だって絶望する、自分だって絶望する。こんなもの逃げ出すことさえ出来ないだろうと、当たり前のようにそう思う。

 

 ……事前情報がなければ。

 

 そう、もうコイツのことは知っている。何に反応するのかも、何によって敵を認識しているのかも、もう分かっている。植物型らしく目が存在しないことも、鼻さえも存在しないことも、もう割れている。

 

 

「足音、衣擦れ、声……魔法も使わず、魔石も持っていない敵の位置を把握している方法は音だ。テイマーが居ないなら尚更。だったら"音を消せばいい"」

 

 

 消して殺せばいい。

 そんなもの、暗殺を生業とする者にとっては日常だ。

 

 

「さて、時間はかなりかかるだろうけど……チマチマと殺していきますか」

 

 

 二度目は必ず完封する。

 相手が人間ならばまだしも、モンスターであるのならそれが可能である。それこそがハサがダンジョンに潜る上で徹底している、彼の個人的な思想の1つでもあった。

 

 ……なお、この後のヘイズの反応については何も考えていないものとする。

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