ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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17.戦前には罵り合え

 それは正しく天才であった。

 

 否、天才という言葉さえ生温い。

 

 殺戮の女神として数多の殺人鬼を生み出し見てきたけれど、数多の才能を目にして育んできたけれど、その"子供"の持つ素質を目にした瞬間に女神は『恐怖』した。

 

 

 

 ……そう、恐怖したのだ。

 

 震え上がった、意識が抜けた、身体が強張った。

 

 そして、口元が弧を描いた。

 

 それは普段のような偽りや役割を完全に忘れて、考える余裕さえも忘れて、全知の全てを行使してさえも頭の中が真っ赤に染まった。瞬時に頭に血が昇り、ひと時のうちに舌が渇き、身体の震えを抑えるようにして腕を抑える。

 

 

 

 

 

 ――ああ、この子こそが"私"の眷属だ。

 

 

 

 

 それは確信だった。

 

 ただ血を与えたというだけの話ではない、ただ力を与えたというだけの子供ではない。魂として、そして存在として、分身として、この子供こそが真なる殺戮の女神の眷属。この世で後にも先にも確実に唯一と言っていいほどに出現することのないであろう運命。それにこの幼い時期に出会えた奇跡。

 

 

 

 

 ——けれど、それは幸福な出会いではあるまい。

 

 

 殺戮の女神と、殺戮の眷属。

 

 

 仲良く楽しく殺戮を楽しむ?

 

 

 まさか、そんなことは決してあり得ない。

 

 

 

 

 分かるとも、その瞳に宿る殺意が。

 見えるとも、背負っている殺意の威が。

 感じるとも、なにせ同じ殺意を抱いている。

 

 

 自分がこの子供を殺したくて殺したくて仕方がないように、きっとこの子供もまた自分を殺したくて殺したくして仕方がないはずだ。物心つく前の赤子でさえ女神を退けるほどの殺意を打つけてくるのだから、果たしてこれが順当に成長してしまえば一体どうなってしまうのか。

 

 

 殺戮を謳歌するのは自分だけでいい。

 

 殺戮を楽しむものを殺戮したい。

 

 自身が殺戮されるなど以ての外。

 

 

 

 ――だから育てよう。

 

 自身の最善を尽くそう。

 

 敢えて手放して、未知を身につけさせて。

 

 それからもう一度出会おう。

 

 そうしてその時に、ようやく殺し合おう。

 

 

 

 それは神という無限の超常存在であっても、間違いなくこの時にしか経験することの出来ないであろう最高の快楽。だからこそそれは最高の舞台を用意しなければならない。最高の準備と最高のステージを用意して、神生に永久に焼き付く程の快楽を刻まなければならない。

 

 

 これは愛だ。

 

 "私"はあの子を愛している。

 

 初めて人間に愛情を抱いた。

 

 狂おしいほどの愛情だ。

 

 胸が焦げるほどの純愛だ。

 

 愛している。

 

 愛している。

 

 愛している。

 

 愛しているから殺したい。

 

 殺したくて仕方がない。

 

 陵辱したい。

 

 略奪したい。

 

 破壊したい。

 

 溶け合いたい。

 

 

 役割演技など、もうどうでもいい。闇派閥も暗殺業も全て投げ捨てていい。これより残りの下界での時間の全てを、この子を殺すためだけに使おう。そうして命を奪ったら、そのまま魂まで奪い取ってしまおう。それから天界に還って、今度は本当に自分の手で彼と殺し合うのだ。

 

 

 永遠に。

 

 永久に。

 

 永劫に。

 

 幾度も。

 

 繰り返し。

 

 終わりなく。

 

 止めどなく。

 

 無限に。

 

 際限なく。

 

 

 ああ、狂っている。ああ、狂ってしまった。私は今どうしようもなく狂わされている。女神でさえも狂わされる"愛"とは本当にどうしようもないほどに悍ましくて、けれど女神でさえも浸ってしまうほどに心地が良い。これは最早"恋"でさえあるのかもしれない。

 

 

 だから、そうだ。

 

 存分に嬲り合おうじゃないか。

 

 この世が滅びる、その瞬間まで。

 

 ただそれだけを夢見て、今日までを積み上げてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他者の命を奪うことに罪悪感などない。

 

 それはとうに切り捨てた感情であり、こんな人間が永久に自覚してはならないものだと理解しているから。それに罪悪感を抱くことは自己を否定どころか破壊する行為であり、同時に自身の周囲を汚す行為であるからだ。

 

 故に既にどうしようもない程に血に塗れた自身は確実に地獄へ導かれる罪人であることからさえも目を背けて、太々しく、そして図々しくこの世にのさばるしかない。この罪悪から逃れることなど出来ず、清算することなど出来ようはずもないのだから。開き直り、手にかけた命さえ記憶から抹消し、まるで罪など犯したこともないような真っ白な人間を装いながら生きていくしかない。

 

 罪人は幸福になってはいけないのか。

 

 殺人を犯した者は生涯苦しむべきなのか。

 

 悪という泥は2度と拭うことが出来ないのか。

 

 その倫理を戦争や環境を含めた全ての殺人を犯した者達に適用すべきなのか。その線引きはどうするのか。それを誰が決めて、誰が罰し赦すのか。

 

 永久に答えの出るはずなどないそんな話に向き合わないと決めた。全ての倫理を無視して他者の死肉の上であっても自分だけは幸福になると決めた。どれほどの死者達から憎まれ恨まれようとも、彼等の怨念や生きた痕跡ごと踏み躙ることを決めた。

 

 それがこの人生の前提だ。

 

 

 

「罪なき人を殺した、罪ある人を殺した。人らしい者も、到底に人とは思えないイカれた奴等も殺しまくった……100人でも1000人でも、命を奪うことに歯止めはない。オレは自分の幸福のために他人から奪うことを決めた」

 

 

 

「バケ……モ……」

 

 

「好きに言え」

 

 

 解体する。人体を。

 闇派閥や暗殺者を殺す時に徹底すべき事柄を、淡々と成す。武装や爆薬を起動させる前に手足を切り飛ばすか首を落とす、その程度のことを行うだけ。

 

 忍んでも仕掛けても、人間である以上は限界がある。それは肉体的な限界であり思考的な限界だ。彼にはそれが分かる。知っているのでもなく,理解しているのでもなく、見れば分かる。想像出来る。思考より先に印象が答えを出す。積み重ねと才能が頭を回すより先に答えを出すのだ、目の前の存在の殺し方を。

 

 

「数日前からの前哨戦も含めて42人……あと何人隠してるんです?主神さま」

 

 

「なんだ、言葉を交わす暇さえなく殺されるのかと思ってたんだけどナ。少しは丸くなったかい、私の愛しい眷属」

 

 

「殺した瞬間に恩恵を失って殺し返されるだけでしょう、死ぬつもりはないすから」

 

 

「だったらどうして一人で来た、お前にはいくらだって逃げる手段はあったろう?」

 

 

「そうすね、逃げる手段はありました。守る手段がなかったというだけで」

 

 

「あはっ♪」

 

 

 

 ――神々の容姿は変わらない。

 

 何年経とうとも彼等は決して老いることなく、多くの場合において雰囲気も衣服も変えることはない。これは彼等の趣向でもあるのだろうが、どちらかと言えば不変の性質によるものなのだろう。

 

 その点で言えば『女神セクメト』の特徴は、自身を"雌獅子"のように着飾っている点だろう。

 

 神々特有の露出度の高い、ほぼ水着のような衣服はさておき。対照的に頭部を帯布でこれでもかというほどに包み、獅子の目を影の中に隠しているその姿は正しく闇世で獲物を狙う捕食者のよう。

 単なる付属品のように見える獅子の耳と獅子の尾は当然のように動き、美しい肢体は猫のように柔軟だ。

 

 

 ……美しい女神だ、それは断言出来る。

 

 

 個人的な感想を述べるのであれば、美の女神にも引けを取らない。豊穣による美しさではなく、血肉の美しさに類されるものであるだろうが。毒薔薇という例えさえ甘過ぎるものであるが、それでも。

 

 

 

「……ああ、その眼だ」

 

「っ」

 

「粘つくほどの殺意と欲情が煮詰まった視線……私の肉体を滅茶苦茶に抉り出した後、無我夢中で貪り喰らう欲を隠さないケダモノの瞳」

 

「……」

 

「私もお前のその瞳にずっと欲情していたのサ。その性欲に身を捧げて、気が狂うほどに殺されたかった。その殺意に心を捧げて、気が狂うほどに殺したかった。お前の瞳を抉り出して、引き裂き剥き出しにした子宮で舐め回すんだ。何度その想像で自分を慰めたことか」

 

「ちょっと特殊性癖すぎる、本当にやめてほしい」

 

「初恋の相手からの告白だろ、喜ぶべきところじゃないカ♪」

 

「そこはもしかしたら否定できないかもしれないすけど、今は他に好きな人が居るんで。あと別に欲情してないすから、オレどっちかと言うと少し"ふくよか"なくらいが好きなんで」

 

 

 

 

「……あの薄汚いブタのことか」

 

 

 

「あ"ぁ?」

 

 

 

 空気が冷える、という言葉があるが。その瞬間に世界を支配したのは絶対零度の完全凍結。極僅かな音1つさえも許されることのない、その場に居合わせるだけで死を体感させられるような瞬間冷却。

 

 

 

「――そうだ。私に1つだけ想定外があったとすれば、あのクソ女だ」

 

「?」

 

「お前がオラリオ側に寝返ることは元より想定出来ていたことだった。生まれつき正義感の種が魂魄に根付いていたお前は、どれだけ人格を削ろうともオラリオの冒険者と闇派閥の蛮行を見れば間違いなく感化される。そんなことは分かっていた」

 

「……分かっていた上で差し出したんですか」

 

「そうさ、全ては今日この日を迎えるために。必要なら定期的にステイタスの更新をしてやろうとも思っていた」

 

「……」

 

「全てが私の想定通りに進んでいれば、私とお前はこの日に何の憂いもなく笑顔で殺し合えた。そのまま天界へ昇ってもなお、永劫に互いの殺戮のを楽しむことができた筈だった。お前にとって何の憂いもなく、今日この日が最善の最期になるはずだった。――あの女さえ居なければ!!!!」

 

 

 遠慮もない、という言葉さえ生温い。

 優雅さのカケラもない怒りに任せた神威の圧、怒鳴り散らすような大嵐。普通の人間であればそれだけで気絶してしまうような破壊力。それを真正面から受けて顔を顰めるだけで済んでいる方も異様なのだが、あの女神セクメトがここまで感情を露わにしたことこそが天界の神々にとっては異様なことである。

 

 

「なぜあの女を選んだ!どうしてあの女に惚れた!!私への愛を捨てたのか!あの程度の女の何が!!何が私より良いというのカ!!ハサ!!」

 

 

「……自分を立てるために他者を貶す言動。そういうところですよ、セクメト様」

 

 

「こんな言動をお前以外の奴に見せるものカ!!」

 

 

「それはちょっとキュンときますけどね」

 

 

「ならば私を求めろ!私だけを愛せ!!私だけを見ろ!!お前はこの私だけを見ていればいい、それ以外の全てについて目を向ける必要などない!……この私をお前にくれてやると言っているのに、お前は何が不満なんだ!」

 

 

 

 

 

 

「オレの"女神"をブタ呼ばわりしたこと」

 

 

 

 

「お前の女神は私だろうガァァァアアア!!!!!」

 

 

 

 

 互いに互いの地雷を踏み合う、そんな地獄絵図。

 濃密な殺意と隠すことのない神威が植物からさえも命を奪う剛圧となって放たれる。感情を奪われ人としての意思さえも奪われた筈のセクメトの側近達であっても、これに耐えることなどできるはずもなく意識を奪われる。

 

 人は神威には逆らえないという常識、しかしそれはあくまでも常識の範囲の話だ。Lv.7を超えるような怪物達はその範疇ではなかったし、特定のスキルや才能は神威どころか権能たる魅了さえも弾いてしまう。

 

 ――そして、その神威に対して殺意を打つけるというのもまた防衛手段の1つであるということがここに証明された。まあそれもイカれた水準の話だが。

 

 真に怒り狂った相手に上司の命令が効かないように、友人の宥めが通じないように、神父の言葉が聞こえないように。神の言葉でさえも必ずしも人間を支配できる訳ではない。少なくとも愛した人間を家畜扱いしたような存在に、服従する理屈などあるはずもない。

 

 

 

「……望み通り殺してやるよ、クソ女神。ただし死ぬのはアンタだけだ。その願いも望みも企みも、まとめてクズ箱にダンクシュートしてやる」

 

 

「ロキから碌でもない言葉ばかり覚えさせられたカ……!お前は絶対にここで殺す!そしてお前の魂を強引に天界へと持ち帰る!泣こうが喚こうが関係ない!無理矢理にでも私の伴侶にしてやろうサ!」

 

 

 

 周囲には絶対に見せることのない互いの醜い表情、中指を立て合う下品な輩。けれどそこには何故か愛が混在しているのだから不思議な話である。

 

 ……まあこうなることが分かっていたからこそ、今この場は互いの2人のみしか居ないのだが。居ない場を作ったのだが。わざと誰も介在させなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7年前の大抗争は、ヘイズ・ベルベットにとっては正に自身の存在意義を突き付けられてしまった時期でもある。

 

 "強靭な勇士"となるために才能のない身でありながらも地獄のような闘争の日々を繰り返していた当時11歳の彼女は、芽生えてしまった治療師としての才能が本格的に開花してしまったことにむしろ絶望した。

 

 "勇士"としてではなく"治療師"として生きることを求められ、その成果をあまりに大きく出してしまい、才能が芽生える前よりも夢から離れてしまうという最悪の展開。同い年であり、一度は殺意さえ向けてしまったヘルンが女神の娘として確かな存在価値を確立しているにも関わらず、自分だけは求めていた何もかもが手から離れていくという現実。

 

 救えば救うほどに、活躍すればするほどに、求めていたものに届かなくなる。羨望と称賛と感謝は煩わしく、視線と嫉妬と妄想が自身の在り方を問いかける。

 

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――

 

 私は絶対に"勇士"になるのだ。

 

 

 ヘルンという特殊な才能の持ち主を見て絶望してからは、自身より弱い存在を見て逃避することさえも出来なくなって。逃げ道が何処にもなくなって。その幼い精神は日々ヒビ割れていくが、決して修復されることはないという悪循環。

 

 治療師として完成されていくスキル、それ以上に伸びることのなくなったステータス、自身を取り残して飛躍していく周囲の者達。夢の中でさえ、誰もが『諦めろ』と指を刺す。

 

 

 

 ――彼と出会ったのは、そんな頃のことだった。

 

 

 

 

「フレイヤさま?……だれのこと?」

 

「なっ、見ていなかったんですか!?さっきもここに居たじゃないですか!あの美しい銀髪の……!」

 

「……おもいだした」

 

「お、思い出したって……あの美しい姿を一目見ての感想がそれなんですか?信じられません」

 

「うつくしいの?」

 

「は?」

 

「あれが、"うつくしい"なの?」

 

「っ……」

 

 

 美醜の認識はそれこそ人による。けれど美の女神という存在はそのような認識さえも超越した存在であり、誰しもがその美に酔いしれる。それは人間どころか神々も、モンスターでさえも例外はなく、どうしようもない絶対の美。

 

 そのはずだったのに、その少年は違った。

 

 

「へぇ、そう……けれど、それも当然かしらね」

 

「当然、ですか……?」

 

「あの子は恐らく"神威"や"魅了"に対する耐性のために、認識を弄られている。それも教育的にだけじゃなく、脳から物理的にも」

 

「脳、から……」

 

「セクメトのファミリアは幼い頃から毒を与えて耐性を付けさせているそうだもの。あれほどの才能を抱えている子供を見つけたら、まあそれくらいはするでしょう」

 

 

 美しいものを美しいと認識できない、偉大な存在を偉大と認識できない、毒を飲んでも効かないし、痛みを与えても反応は鈍い。人間としての機能を弄られ、意思ある人間ではなく殺しの道具として仕立て上げられる。

 彼はそんな暗殺ファミリアの中でも"最高傑作"になる予定であった子供だった。

 

 

「あんなに汚れた魂、私はあまり興味はないのだけど……ヘイズ、あなたはどうしたいの?」

 

「私が、ですか……?」

 

「よく分からないけれど、あの子に付き纏われて困っているのでしょう?本当に嫌なら遠ざけるというのも1つの手よ」

 

「……」

 

 

 そんな神によって造られた人間に、女神フレイヤは興味がない。薄汚れて手垢だらけの魂を抱き込むつもりもない。そして彼にもまたその気がないのなら、目に映る場所に置いておく意味もない。

 むしろどのような経緯があれど、セクメトの手先であることに変わりはない。不安定な精神状態のヘイズに更なる悪影響を与える存在になるのであれば、早々に切り捨てた方が良い。それは当然の判断。

 

 ――けれど。

 

 

「……遠ざけないでください」

 

「!」

 

「あの子は、私を助けてくれました。確かに怪しいところはありますけど、その恩を返さないうちに不義理なことはしたくないです」

 

「……そう、分かったわ」

 

 

 幼いヘイズが選んだのは、助けられた恩を返す道。女神の眷属として相応しい自分であるために、誠実であろうとするために、そのリスクを背負いこむという判断。

 自分のことだけで精一杯な精神状態であったにも関わらず、ヘイズは彼を受け入れたのだ。それが全ての始まり。

 

 

 

 

 

 

「……まあ結果的に、それで救われたのは私の方だったんですけどねー」

 

「まあそうね」

 

「むぅ、ヘルンが私の何を知ってるんですかー」

 

「あなたが事あるごとに彼に自分から会いに行ってること」

 

「はー?行ってませんけどー」

 

「怠惰なあなたが休みの日は必ず出掛けてるのに?」

 

「勤勉ですねー」

 

「最近よく休みを取るようになったわよね、あれだけ熱心にフレイヤ様のためにって仕事してたのに」

 

「フレイヤ様のためにも、もっと色々と手を広げないといけませんからー。団員達の今だけでなく、これからのことも考えないとー」

 

「………」

 

 

 のらりくらりとそう宣うヘイズの対面に座って、ヘルンは訝しげな瞳を向けることをやめない。

 子供の頃はもう少し熱意と焦燥感に満ちた慌しく見ていられない少女であったはずだが、今では生来の気質であったろう怠惰でのんびりとした気質が出て来た彼女。それでもこうして微妙に小賢しいところは変わっていない。

 

 ……それも彼と居る時だけはまた少し違った一面を見せるのだが。それこそ普段の間伸びした言葉遣いが減って、大人ぶったというか、お姉さんぶるというか。

 

 

「それで聞いてくださいよヘルンー。なんか最近、ハサがファミリアにも帰ってきてないらしいんですよー。なんか一人でダンジョンに潜るとか言ってたみたいでー、私そんな話これっぽっちも聞いてないんですよー?」

 

「知らないわよ、彼にもそういう時くらいあるでしょ」

 

「あんなに私とダンジョンに行きたいとか言っておいて、酷くないですかー?それにこんな遠征の直前くらいの時期に誰にも言わず……うぅん?」

 

「……誰にも言わずに?ロキ・ファミリアの遠征直前のこの時期に、数日間も単独でダンジョンに?」

 

「そうなんですよー、だから怪しいんですー。彼はそこまで強さに興味はないはずですしー、私にさえ言わないなんてこれまで殆どありませんでしたしー」

 

「……」

 

 

 おっと?いつものふざけた惚気混じりの相談かと思っていたら、意外と怪しそうな案件なのでは?そう思い至ってヘルンは色々と納得する。

 今日の仕事をほっぽり出して、急にこうして呼び付けたのは何故かと思ったところなのだが……ヘイズが何を考え、何を求めているのか。付き合いの長いヘルンは直ぐに理解した。これは決して単なる愚痴や、サボりなのではないのだと。

 

 

「……待って、すぐにシル様に聞いてみる」

 

「私の思い至る場所は全部探したことも伝えてくださいねー、一応18階層にも今朝に聞き込みはしてきましたー」

 

「滅茶苦茶しっかり探してるじゃない……」

 

「それなのに見つからないんですー」

 

「まったく……それならそうと最初から言えばいいじゃない。ほんと見栄っ張りというか素直じゃないというか」

 

「早くしてくださいー」

 

「はいはい……」

 

 

 こんな呑気な顔をしながら、見当たらない彼を探してあっちこっちを走り回っていたのであろう。大切な相手ならばもっと堂々とすればいいのにとヘルンは思うのだが、まあそれが出来るのならヘイズ・ベルベットはここまで拗れた人間にはならなかったわけで。

 自己の理想と現実に挟まれて勝手にグズグズになっていくのが彼女であり、その度に女神フレイヤや彼に支えられたり愛でられたりして立ち直るのも彼女。

 

 ――どうせ今も外見は平気に見せていても、内心はぐちゃぐちゃになっているのだろうなと予想しながらも、ヘルンは敢えてそれ以上には踏み込まない。

 

 なにせヘルンとヘイズはよく似ている。それを自覚もしている。だから同じ立場になった時に、相手にして欲しいこともして欲しくないこともなんとなく共感できる。触れて欲しい部分も、触れて欲しくない部分も。

 

 

「………」

 

「?」

 

「………『心当たりを"つついてみる"』そうよ」

 

「つつく?」

 

「ええ、まあ……どちらにしても彼があなたに黙って行動してる時は大抵アレな時でしょうし。あなたもこんな所に居ないで"準備"してきたら?」

 

「!」

 

「今言えるのはこんなところ。部屋に戻るのなら着いて行くけど?」

 

「担いでいくので問題なっしんぐでーす!」

 

「それはやめて!!」

 

 

 こういう時のヘイズは何を言っても言うことを聞くことはない。そんなことも分かっているのでヘルンは抵抗しながらもそのまま無理矢理に担がれていく。

 もう逃げられまい、どうせこのままズルズルとこの案件にも首を突っ込まされることになるのだ。明らかに面倒というか、大事になることが確定している案件に。

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