数の暴力といえば聞こえはいいが、それが成り立つのは1つ1つの兵の実力が最低限でも対象の消耗に役立てる場合だけである。つまりその総数と力量が対象の体力を削るに十分な場合にのみ成立する言葉であり、もしそこに及ばなかったのであれば……それは"烏合の衆"へと成り果てる。
【告死】
「っ……」
女神セクメトは今日という日のためにあらゆる策を弄している。
いくら離れていたとしても、彼の背中に刻まれた恩恵はロキではなく自分のもの。であれば恩恵の昇華についても神の勘も含めて察することが出来るし、彼がLv.5になったであろうことも知ってはいた。
「――これほどとは」
それでも彼の実力をしっかりと把握出来ていたのかと言われれば、決してそうではない。なにせ彼の実力というのはオラリオにどれほどスパイを送り込んだとしても殆ど情報を集めることができないものだったからだ。
解き放ったモンスター達が激毒を刃物に塗り付けた暗殺者達と共に一斉に彼へと襲い掛かる。
しかし次の瞬間には男の姿はそこから完全に消失していて、一拍置いてその場の全ての首が跳ね飛ぶ。
この山林という地形には数多の罠を仕掛けてあるが、その上であっても地の利があるのは彼の方。高速移動も立体機動も隠蔽遮蔽も、あらゆる能力において彼を上回る手駒というものが存在しない。するはずがない。しないからこそ惹かれたのだ。
……しかしそれにしても。
それにしてもセクメトは笑みを作れない。
他の冒険者達のように彼は地上で訓練のようなことは滅多にしない。ダンジョンに頻繁に潜るわけでもなく、ダンジョンの中で彼を尾行すれば即始末される。故に、そもそもの戦闘している様を見られる機会が少なく、スタンスとして強くなることより恋愛を優先しているため、『才能任せの強さ』+α程度に想定するしかなかった。
もちろん大間違いである。
ロキ・ファミリアの遠征の中で酷使されまくり、フレイヤ・ファミリアの洗礼で喧嘩を売られまくり、なぜか知り合った武神タケミカヅチから色々と変な技を教えてもらいながら、日々ヘイズ・ベルベットに相応しい男になるよう懸命に生きていた彼は……対人戦闘であれば既にLv.5上位相当の身体能力を持っていたオリヴァス・アクトさえも一方的に惨殺し得る。
「こうなると用意した策の7つは無意味カ……!」
セクメトは走る。
滅多にそのような姿を見せない彼女ではあるが、ことこの場においてはそれは必要な手段。
女神セクメトをここで確実に討ち取ることを目的としている彼は絶対に追い掛ける必要があり、同時に戦力がまだある状態でセクメトを殺害して恩恵を失うわけにはいかない。事前にこちらの戦力の半分はセクメト以外の神の恩恵を背負わせているし、そんなことは彼だって予測できている。
つまりただ走っているだけで、僅かながらでも彼の行動を制限できる。ならばこうする他あるまい。それがたとえ女神として少しばかりみっともない姿であったとしても、だ。
「それにしても……………怪物メ」
仕掛けられた罠が作動し、崖の上から落下してきた巨岩を瞬時に粉々に破壊するバケモノ。既に100近い頭部がこの山林に転がっているが、それも仕方ない。
隠れていても埋もれていても容赦なく見つけ出され、鏖殺されている。一定の範囲内に近付いた瞬間に探知されて殺される、追い付かれても殺される、逃げようと音を立てれば殺される。緑を塗り潰すような赤、紅、アカ。
潰れた策が7つなどと、本当はそんな生優しい程度の話であるはずがない。実際のところは既に用意していた総数の4割以上が吹き飛んでいる。アレはそれほどに桁違いの"殺人鬼"へと成り果てている。それはセクメトにとって好ましい想定外であり、好ましくない想定外でもあった。
「だが、これなら……!!」
――だとしても、この展開も当然にセクメトの頭の中にはあった。用意しておいた策の中に、最悪と思われるこの状況を想定したものが幾つか。故に切札とも呼べるその内の1つを切る。
近付けば殺されるのであれば、近付かなければいい。
遠距離攻撃、それを複数種類。
魔法、弓、投石、砲台、爆薬、バリスタ……その上で神の知識を利用して作らせた最新の狙撃銃。この狙撃銃を本命として、他の遠距離攻撃の中に紛れ込ませる。当たればLv.5の眷属とは言え、確実に貫通するような威力を持つ代物。
……加えて、こちらの殺意に反応することを想定して自我を完全に奪った狙撃手も用意した。設定した対象に機械的に引鉄を引くように調教した人形、これならいくら彼でも反応することなどできまい。
どれほど優秀な暗殺者であろうと限度というものがある。これはその際たるもの。第6感まで含めて対策した上で放つ必殺の一撃、こんなものに対策など存在しない。足の1本でも奪えれば、一気に潰れたはずの策が息を吹き返す。それだけで形勢が逆転する。1発当たれば良いのだ、本当にそれだけでいい。
――――――チュンッ!
「…………は?」
甲高い音と共に、銃弾が弾かれた。
彼が手に持つ、そのナイフによって。
「――いや、待て、待て、待て待て!!それはおかしい!!おかしいだろう!!!いま何をやっタ!!お前は!!」
「反射で落とした」
「反射……」
「飛んでる虫を反射的に叩き落とすみたいな」
「狙撃銃の弾速だ!!!あり得ない!!」
「でもアレンさんの攻撃よりは遅いし……」
「っ……!」
フレイヤ・ファミリアLv.6、アレン・フローメル。
オラリオ最速と謳われる彼の最高速度はLv.5相当の能力を持っていても視認するのは困難であり、当然ながらそれは弾丸の速度と比較できるほどのイカれたものだ。
そんな彼と何度か手合わせをする中で、視認出来ないのなら反射で対応すればいいのではないかと。その末に身に付けたのがこの擬似自動反撃。
事前に思考に反撃対象を設定し、そのまま意識を沈める。最中は思考が停止するというデメリットはあるものの、感知した攻撃を最速で迎撃できるよう定着させた。慣れた今では瞬間的な短時間であってもそれを行使できる。
どれほどの爆音の中であっても視認出来るのなら、それは無意味だ。なんなら発射音だけでなく空気を切る音さえ完全に誤魔化さなければ、視界外であっても回避は可能。
「頭がおかしいのかオラリオは!!」
などと言っているうちに、一瞬姿が掻き消えたかと思えば、直後に飛んだ遠方の狙撃手の首。これでまたもや策の1つが潰えた。
「くっ」
しかしそうは言っても、依然として有利はセクメトにある。なにせセクメトが自害を行えば、その時点で目の前の怪物は単なる人間に成り下がる。そうなれば確実に殺すことが出来るし、共に天界へ還るというセクメトの目的も果たせる。
それを恐れているからこそ彼はセクメトを手にかけず周囲の戦力を削ることに注力していて、この膠着状態が維持されている。そしてそれをしない理由は単にセクメトが自分の手で彼を殺したいと欲している以外にない。
セクメトがどのラインで諦めて自害するか、セクメトが自害し恩恵を失った状態でも生き残れる程度まで残党の数を減らすことができるのか。両者の勝利条件はその間で揺れている。だからセクメトは逃げ続けるし、彼は鏖殺し続ける。既にセクメトさえも残存戦力の状態が曖昧になってきた頃合。全てはセクメトのプライドと妥協の引っ張り合いに掛かっている。
「まだ居るのか……いつまで鬼ごっこすればいいんです、主神様」
「はっ!私を捕縛したところで意味はないがナ……!」
「どうせ体内に連鎖式の爆薬でも仕込んでるんだろ、それも時限式の。アンタを拘束した瞬間に起爆、放っていても起爆。連鎖式にすることでアンタが消えた後にも爆破が継続して、恩恵を失ったオレも御陀仏……そんなところ?」
「……!?」
「アンタを殺せない、アンタを見失えない、アンタに触れられない、アンタを捕まえられない……前提条件だけでオレはここまで縛られてる」
「っ、そうだ!お前の命は既に私が握っている!」
「まだ逃げるって選択肢はあるけど」
「そんなことをしてみろ!この戦力のまま付近の集落を消炭にしてやる!」
「生き汚い……」
人間程度が考えることなど全知の神の前では無に等しい、そんなことは言われなくとも分かっている。だからこそ人間側に出来ることは、そうして用意された箱庭の中でどれほど想定外を成せるかだ。意思の力をもって真正面から箱庭ごと破壊できるかどうかだ。
殺戮の女神の試練。
ならば答えは"殺戮"以外にあるはずもない。
「っ、はぁ………」
「クハッ!ようやく消耗してきたカ!だがまだだ、まだこちらには数多の手札がある!」
「どうせ使い切るんだからさっさと出せよ……何時間引き延ばすんです?いい加減に雑魚ばかりで飽きてきたんすけど」
「これを見てもそう言えるカ!」
そうしてセクメトが大きく手を振り上げると、彼女の後方の方から勢いよく鉄格子が開く轟音が3つした。同時に響き渡る肉体が砕け散る音がいくつか。
嫌な予感がしてそそくさと隠れ始めた女神セクメトは、まあそういうところは可愛げがあるのかもしれないが。この時点で展開は予想できる。
「強化種……」
凄まじい勢いでこちらへ向かって走り寄る3体のモンスター、それぞれが姿形の異なる別種。今日という日のために地上でこれでもかと探して来たのだろう、それはまあ確かに間違いではない。
……だが地上で猛威を振るう強力なモンスターであっても、ダンジョンの深層では腐るほど蔓延っているというのが現実だ。そんなものが今更にどの程度の役に立つというのか。
「今だ!!お前達!!」
「……っ、それはまた豪胆な作戦すね」
なるほど、どうやら女神セクメトはこちらの願いを聞いてくれたらしい。どうせ戦力も手札も使い尽くすことになるのだから、この時点で全てを注ぎ込む。
それは正直なところ、ハサが1番やって欲しくなかったことだ。だから敢えて言葉にして挑発したのだが、こう見えても彼女はそこまで頭に血が昇ってはいなかったのだろう。的確にその選択をしてきた。
【ワーム・チェーン】
「!?……なんだ、この魔法!?いや呪詛か!?」
「掛かったな!!ハサ!!」
その上で、当然のようにあると警戒していた位置誘導。しかしどれほど警戒していても神の頭脳を相手には意味がなかったらしく、その上でハサでは絶対に気付くことができないタイプの罠が起動する。
呪詛というだけで希少にも拘らず、それは設置型の呪詛。立ち入った者に対して凶悪なまでに敏捷ステイタスを低下させるという単純な能力であると同時に、設置範囲に対象者を縛る効果さえ併せ持っているワーム・チェーン。
分類で言えば『罠系』というより『封印系』という表現の方が近いであろうそれは、当然ながら過去に発現例が殆どないほどの超レア呪詛。
運良くそんな人材を引いた?そんなはずがあるまい。引くまで引いただけだ、くじ引きを。
「っ、こんなことのために何人の人生を狂わせた……!!」
「その問いに意味はあるか!?アハハッ!」
「ぐっ……」
瞬間、右の脹脛に風穴が空く。
付近の存在は全て始末していたと思っていたが、どうやら狙撃手を"増援"という形で後方から呼び付けていたらしい。敏捷ステイタスがこれほどまでに下げられた中で狙撃に対応するのは、如何にハサであろうと困難である。
その上で迫り来る強化種が3体。
そして武装に毒や呪詛をこれでもかと塗りたくった、新たな暗殺者達。加えて足元に浮かび始めた追加の魔法陣、恐らくまた別の効果の魔法の標的にされ始めている。攻撃魔法であろうとデバフ魔法であろうと、これ以上の負債は許容できない。
「『――鴉の宣告、断罪の銀、骸は嗤う』」
「なに……?」
ハサ・ファーティマの決断は早かった。
自身の不利を悟った瞬間に、詠唱に意識を切り替える。
「『無とは闇、終は夜。白月の糸は指先に触れず、只其の煌を喰らうのみ』」
「っ、殺せ!!今直ぐにだ!!魔法を完成させるな!!やれ!!撃ちまくれ!!」
狙撃銃による銃弾について、完全な回避については諦めた。致命傷になるものだけを防ぎ、それ以外はスキルによって痛覚を遮断して受ける。
最も速い狼型の強化種がこの場に到達し、その強牙を突き立てる。しかしそれについても自身の左腕に魔法を纏わせ、ズタズタに引き裂かれることを前提に、喉奥に向けて手刀を突き込んだ。
「『慈悲は亡い、次代も無い、只管に霧散しろ。死を此処に告げる、永劫の滅は絶えず此処に在る』」
「殺せぇぇぇええええ!!!!!!!!!!!」
『【アーズ・ラ・イェル】』
起こした行動は、ただ手に持ったナイフを地面に突き刺しただけ。ただそれだけの単純な行動。
けれどその瞬間に彼を取り巻いていた呪詛はガラスのように砕け散り、発動を前にした魔法陣は崩れ去り、速度を取り戻した男によって寸前まで迫っていたあらゆる存在の命が抉り出される。
白と黒の2色の光がナイフに巻き付く。
触れた瞬間に周囲の凡ゆる存在が砕け散る。
彼の持っている魔法など、この2つの『付与魔法』しかない。けれどこの2つで彼は完結している。
——凡ゆる護りを、破壊する。
「呪詛の、強制解除……いや破壊……?」
「付与魔法アーズ・ラ・イェル、武器に魔法や呪詛を破壊する効果を付与する。付与魔法サバフ、武器に切断属性を付与する。そしてこの2つはどちらも対象とした武装が小さいほど効力を増す」
「たった1本の、そんな小さな武装で……なお抗うか!」
「今更だろ」
致命傷になり得る弾丸は全て落としたが、脚部を抜かれたことで機動力は失った。失血も多く、長時間の戦闘は困難となる。なんなら持ち込んでいた回復薬の類は鞄ごと狙撃でぶち抜かれているので、下半身を滴り落ちる溢れ液程度しか後はない。
既に魔法もスキルもお披露目してしまっている。唯一まだ使っていないスキルもあるが、これは今回は日の目を見ることはないだろう。
なんなら付与魔法アーズ・ラ・イェルは、凶悪なまでにこちらの魔力も体力も食らい尽くす。元より長期戦闘は望めないのに、制限時間は縮まる一方。
「……だがまだこちらには強化種以外のモンスターも、生き残りの眷属達もいる。そうでなくともこのままお前を放置しているだけで話は終わる」
「そんな決着がお好みすか」
「ならここで私が下界を去れば、恩恵を失ったお前はその怪我で死ぬ。どちらにしてもお前の負けだ」
「………」
「回復しきれないダメージを負う、若しくは回復薬を失う。お前の敗北条件はそこだったのサ、そしてお前はそれを見誤った」
「見誤ってねぇよ、最初から分かってたわ」
「結果は変わらないサ」
「……っ」
パチンッと響き渡るセクメトの指音。
同時に現れたのは、たった1人の眷属。
それまで姿形どころか気配さえ察知させなかった一人。
「この子が今のウチの長。お前が抜けた後に徹底的に作り上げた、お前には劣る程度の殺戮人形達の最後の生き残り。完成形。……Lv.4、"泥人形"」
「Lv.4……!?」
「お前には劣る、だが手傷を負ったお前となら戦える。少なくとも片足を失い、強化種を2体も残せたこの状況であれば……お前がその2体に気を取られている隙に、お前を殺すことくらいはできる」
「その人形、薬なり酒なり使って無理矢理脳の制限を外してるだろ。殺人人形とは言い得て妙、暗殺者ではないことが重要ってか」
「当然だろう、暗殺でお前に敵うわけがないのだから。最初からお前にぶつけるのは暗殺者ではなく狂戦士だと決めていた。追い詰めたお前にぶつけるために温存し続けていた」
「っ」
大したことない、それほどの危機的な状況ではない、この程度はどうということはない。魔法も呪詛も装甲も関係ない、だからこそ美の女神の眷属達はこの危険なアトラクションに目を付けて楽しんでいた。それに比べればこの程度のことは大したものではない。
……この人形さえいなければ。
「ーーぁ」
「こっ、の……!!」
ああなるほど、と。
その動きを見ただけで直ぐに分かった。
この人形こそが女神の切札、ただハサ・ファーティマを殺すために作り上げられた存在。暗殺者を殺す術を仕込まれ、けれどまた別系統の暗殺の術を仕込まれて、恐らくテイマーの素質さえも植え付けられている人形。
ハサの知らない技術、ハサが身に付けなかった技術、ハサが捨てた技術、そういったものをセクメトによって徹底的に。同時に強化種2体を操るのではなく、上手く利用し、殺させず、けれど隙を見逃さず、差し込むように、遮るように……単独の暗殺者であれば決して通用することのない在り方。それこそモンスターと共に戦うことを前提にしたような……
「っ、この強化種達はコイツの……!?」
「そうだ、いまさら気づいたカ!!泥人形と3体のモンスターはこれまで共に戦い続けた仲……!お前達が"絆"と呼ぶモノがコイツ等にはあるのサ……!!」
「ぐぅっ!?」
「たった一人でコイツ等に勝てるカ?小さき力を結集し、強き力に抗うロキのファミリアに身を移したお前ガ!お前達が最も信を置く"絆の力"に抗うことができるのカ!?あっははははは!」
「ちっくしょう……!!」
……ふざけた話だ。
けれどなるほど、これ以上に効果的な策もあるまい。
強き力を参考にするのは当然だ。
その力の強さを知っているからこそ、脅威に感じる。
モンスターと人間の信頼関係、存在するはずのないそれが彼等には確かに存在している。多少の利用価値や不純な思惑があったとしても、それでも彼等は確かに協力している。信頼をもって、仲間に命を預けている。
殺せない、殺せない、刃が届かない。
その動きを知っている。
幾度も幾度もダンジョンの中で見ている。
ゴライアスを、
アンフィスバエナを、
バロールを、
弱き力を集い、より強き存在を打倒するその姿を。
何度も何度も目に焼き付けている。
【……本当に、一人で行く気ニャ?】
右肩にモンスターの長牙が突き刺さった瞬間、姉の呟いたその言葉が脳裏に反響する。
それ以外に選択などなかったとしても、結果として一人で来たことが間違いであったということは確かだと。そう再度納得する。
一人で赴いたことを利用されることは想定していたが、こんな利用のされ方をするとは夢にも思わなかった。あの女神セクメトが"絆の力"を切札にするなどと、今この瞬間でさえも信じられない。
だからこそ、それは隙だった。
「っ……!?」
「動くなよ、ハサ」
「ここで、神威……!?」
「今のお前になら効くだろう?……動くナ、そのままお前はここで殺されるんだ」
「なりふり、構わない……っすね……」
「ああ、どうせ天界に還るんダ。帰った後も、世界の終わりまでお前と二人きり……ならば見栄も外聞も気にする必要などないだろう?増援も来ない、別口でオラリオにも戦力を傾けている」
神威に対して抵抗する力は、既に残っていない。神の言葉に反抗することなど出来る筈もなく、指先1つまで動かすことが出来なくなる。泥人形もモンスターも、警戒をしながらも身を引いた。
神威に反応しないモンスター、絆と言いつつもきっと彼等も頭の方を薬などで弄られているのだろう。聞いて呆れる話であるが、その上で3者の間だけでは確かな信頼関係を築かせていそうだから文句も言えない。
……血が止まらない。
Lv.5の眷属であっても失血死は免れない、雑多な切り傷ならば治るが貫通するような風穴を空けられてしまえばどうしようもない。なんならその雑多な切り傷もまた、毒が塗られていたり、呪詛がかかっていたり、普通ではない傷跡……時間が経つほどにパフォーマンスは低下し、意識は朦朧としていく。死へと近づいていく。どうしようもない死へと。
「たが、最後は私の手で殺してやろう。……クロスボウで頭を射抜いてやる」
「……神が直接下界の子供を殺すのってありなんすか?」
「間接的にこれだけ殺しまくっているのに今更ダロウ?」
「なるほど、そりゃ確かに……」
――まあ、別に今からでも殺し返せるのだが。
死物狂いで走り出し、強引にこのナイフをあの女神の胸元に突き立てることは出来る。出来ないことはない。
問題はそうして女神セクメトを殺したところで、こちらの勝利条件は満たせないというところだろう。恩恵を失った瞬間に失血死するし、仮に生き残っても制御を失った強化種達に殺される。
そして結果は何も変わらない。こちらが死んでも女神セクメトは下界を去るし、あちらを殺してもこちらが天界に昇るだけ。何も変わらないし、何も変えられない。
無駄な抵抗、これ以上に相応しい言葉もない。
やはり最初から無謀だったのだろうか。
本気になった神々と対峙するなどと。
やはりそう上手い話はなかったのだろうか。
積み重ねたものが奇跡を起こすなどと。
そんなことは起こり得ない。
現実というのは、どうしようもなく現実で。
残酷に、当たり前のようにしかならない。
ならばもう、最後を綺麗に飾るしかないのだろう。
殺戮の眷属は、最後までそれらしく。
可能な限りの命を奪って消える。
この場の全ての命を喰らい尽くして、
この場の全ての魂を破壊して、消える。
それこそが女神セクメトの、相応しい眷属としての在り方……なら。
「あーあ、言わんこっちゃないニャ」