ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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これをやりたいがために書き始めました。





19.大事故

「あーあ、言わんこっちゃないニャ」

 

 

 

「「!?」」

 

 

 

 

「こうなることはおミャー以外の全員が分かってたのに、当人だけが分かってないんだから……あー、やだやだ。こんなところ絶対に来たくなんてなかったのに」

 

 

 

 

「……クロエ姉さん?なんで」

 

 

「クロエ……!」

 

 

 

 絆の力を利用しておきながら、絆の力を使われることを想定していなかった訳ではない。当然それはしていたし、だからこそ対策もしていた。

 

 この本命の日に可能な限りの利用可能な勢力を使い切りオラリオに襲撃を仕掛けさせたし、それは一人の眷属を目的とするには神々さえも想像が難しいほどの大規模なもの。加えて本命と思わせられるような仮初の目的と策もまた用意した。

 普通であればそちらに目を向ける、そちらには闇派閥の思惑も混ぜたのだから勇者であっても容易くは見抜けまい。むしろ闇派閥の残滓を嗅ぎ付けてしまったからこそ、彼等は思考を深め過ぎる。そこまで想定してこの日に臨んでいる。所詮はハサを殺すことが出来る程度の時間を稼げれば良かったのだし。

 

 

「……なるほどナ。その点、確かにお前にだけはその可能性があった。私への忌避感から現れることはないと踏んでいたが、そこまでハサのことを気に入っていたカ」

 

 

「んー……どっちかって言うと、ミャーも本当はここに来るつもりはなかったというか。セクメト様の前に顔出すなんて考えもしたくなかったというか」

 

 

「だったら、どうして……」

 

 

「んー……」

 

 

 木にぶら下がりながら姿を現したものの、決して近付こうとしないクロエ・ロロのその様子からしても、彼女の言葉には確かに嘘はないらしい。

 頬を掻きながら気まずそうに目を逸らす彼女、そんな彼女の思惑がハサにもセクメトにも分からない。来たくないのに現れた彼女、そこまでして助けたいとは思っていなかったのに助けに現れた彼女。その理由は……

 

 

「多分セクメト様も無意識に目を逸らしてたんじゃないかニャー……っていうか。ここまでハサに執着してるなら、神様でも目を背けたくなるのかニャーっていうか」

 

 

「……なんの話をしている」

 

 

「ハサもほんと、そろそろ自覚すべきニャ。おミャーは鈍感過ぎるところがあるニャ」

 

 

「……なんの話ですか?」

 

 

 この女神にしてこの眷属あり、どれだけ諍い合っていても似ているところは似ている。それこそクロエの視点から見た2人は、敵対関係であっても同じ顔をしているのだから不思議なモノだ。

 これが本当に単なる親子関係であるのなら、本当に悪徳の介在しない眷属と主神の関係だっだのなら、それなりに良い組み合わせになれていたと思うのに。

 

 

 ――けれどそうはならなかったからこそ、今がある。

 

 こういうことが、起こり得る。

 

 

 

 

 

「2人とも、"あの子"の本気を舐め過ぎニャ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――ッ!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 クロエ・ロロがしたこと、それはハサを見つけた瞬間に空に浮かぶ魔道具を起動すること。ただそれだけ。

 

 これほどに広大な山地。

 

 クロエは最初からハサがセクメトに呼ばれた場所は分かっていたが、それでも山々と森林が人の目で見渡すことなど出来る筈もないほどに複雑な自然の迷宮。特にセクメト・ファミリアが各地に展開しているこの状況で、正確にハサの居場所を掴むことは獣人であっても容易いことではない。

 

 だから合図は、その魔道具。

 

 "彼女"はそれを合図にして、"馬鹿げた"ことをする。

 

 そうするように、言われていた。

 

 

 

 

「「なっ……」」

 

 

 

 

 着弾。

 

 そう表現する以外にない。

 

 落石どころの話ではなく、それはまるで隕石のよう。周囲の木々を吹き飛ばして、大穴を作り出す。その余波を受けて強化種の1体が吹き飛んだ。完全な不意打ちであるので、それは当然のことだ。

 

 ただ問題は……着弾したその物体が、弾丸でも岩石でも爆薬でもなく。

 

 

 

 1人の人間であるということ。

 

 

 

 

 

 

 

「やっっっっっっっっーーーーーと見つけたぁぁああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「貴様っ……!!」

 

 

「へ、ヘイズさん!?」

 

 

 

 

 ズタボロになった衣服、血飛沫に塗れた身体、奇妙な方向に捻じ曲がった腕。けれどそれが歪な音を立てながらも自動的に治っていく姿は、そんなことが出来るのは、この世界広しと言えど1人だけ。彼女1人しか存在しない。

 

 ヘイズ・ベルベット。

 

 一際大きな山の上から尋常ならざる勢いで投げ付けられた彼女は、それでも絶対に死ぬことはないという確信を持ってこの場に現れた。というかその滅茶苦茶な作戦を遂行した。

 

 

 

「【ゼオ・グルヴェイグ】!!」

 

 

「っ」

 

 

「なっ、貴様……!!」

 

 

 

 そこらの回復薬であっても完全に治すのは困難なはずの傷達が、まるで時間が巻き戻るように治っていく。どころか血を失ったことによる顔色の悪さも、魔法効果に伴っている造血効果によって回復し始めた。

 

 ……セクメトの計画が崩れていく。

 

 元よりクロエには釘を刺しておいたはずだ、この件について口外をすればニョルズ・ファミリアを襲撃すると。だからこんなことはあり得ない筈だった。来たとしてもクロエが単体で現れる程度だと、そのはずだった。

 

 

 

「クロエ、貴様……!ニョルズがどうなってもいいのか!」

 

 

「やー、ミャーも口外をするつもりなんてなかったというか……」

 

 

「ならばこれはどういうことだ!お前がここまで考えの至らない愚か者だとは……!」

 

 

「いや、だって……シルとこの女からあそこまで問い詰められたら、セクメト様より普通に怖かったから……それにニョルズ様のことも守ってくれるって言ってたし」

 

 

「シル……?」

 

 

 

 それは聞けば納得できる単純な話。

 

 どれだけ相手に脅しをかけたとしても、それと同じくらいの脅しを他者からかけられていたら?正面の相手にナイフを突きつけられたとして、後方の相手からも銃を突きつけられていたら?

 

 そんなもの、よりマシな方を取るに決まっている。

 

 

 

「残念だけれど……その子はもう私にとっても手放せない子なの。持っていってしまっては困るわ、セクメト」

 

 

「っ、フレイヤ……!?なぜお前がここに!?お前はハサにそこまでの興味を抱いてはいなかったはず……!」

 

 

「私はね。けど、私の眷属は別」

 

 

「……!」

 

 

 

 女神フレイヤ。その姿を見た瞬間に襲いかかったLv.4の泥人形と強化種が、瞬き1つのうちに肉片に変わる。彼女の背後から現れた大男、姿を見た瞬間に何もかもを察する。セクメトの思惑は今この瞬間に完全に潰えてしまったのだと。

 

 

「な、何故ダ……なぜハサ1人のために、お前と猛者まで動く!今頃オラリオにも火の手が!」

 

 

「単純な話よ。オラリオよりもその子の方が優先度が高かった」

 

 

「なっ……」

 

 

「というより、可愛い眷属の想いを優先した。――ヘイズが珍しく私にあれだけお願いをしに来たのだもの、成長を感じて嬉しさを覚えるのも親として当然の感情……まあ子供達を道具としてしか見ていなかった貴女には永久に分からないことでしょうけど」

 

 

「っ、ヘイズ・ベルベット……!!!」

 

 

「ヘイズのあの子への感情の重さを、"あなた達"は見誤った。ヘイズはあの子の様子のおかしさをとうに見抜いて気付いていて、私に助力を求めることも、オッタルを脅してでも動かすことを躊躇わなかった。……あなたはその可能性から目を背けたのよ、"恋"故に」

 

 

「……!!」

 

 

 それは女神セクメトが最初の最初からずっと隠すことができずに曝け出してしまっていた"嫉妬"。隠し切ることのできなかったヘイズ・ベルベットに対する激情。完璧に見えたこの計画に大きな穴として残ってしまった、感情による歪み。

 

 セクメトは計画の段階から既に、ヘイズ・ベルベットを見下していた。ヘイズ・ベルベットの行動予測について過小評価し、彼女によるハサへの感情を低く見積もっていた。

 

 狂信者と呼ばれるほどの彼女が、まさかハサに対してそこまで大きな感情を抱くことはないと。まさかフレイヤやファミリアを巻き込んで動くことはないと。そもそもこの件に気付く訳がない。そんな現実はあり得ないし、取るに足る存在でもない。ハサが彼女を巻き込まないように動くことだけは否定できないが、それにしても計算に入れる必要もないと。

 

 そう自分の都合のいい思考に甘えた。

 

 自身にとって初めてとも言える激情に、振り回された。

 

 あの女より自分の方が強くハサを想っていると、そう願い、そう思い込んでしまった。

 

 

 

「何事も想定通りにはいかないもんですね、セクメト様」

 

 

「……私を殺すのか、ハサ」

 

 

「勝負はオレの負けです、そこは認めます。まあそうなることは最初から分かってたことですけど」

 

 

「分かってた?」

 

 

「オレがセクメト様の裏を掻くのはまず間違いなく出来ないので、何をやろうとも準備万端な貴女に勝てるはずがない。だから他の誰かがセクメト様の想定外の動きをして助けてくれないかなって思ってました。オレは素直に踊るので、誰か察してください……って奴です。変に画策しても罠を増やすだけでしょうし」

 

 

「お前ナ……」

 

 

「カッコつかないすよね、これがオレの限界です。だから負けたのはオレです。……ただそれでも、やっぱりセクメト様はオレが殺しますよ。これまでのケジメと、まあ、フレイヤ様に殺されるよりは納得できるかなって」

 

 

「――そう、だナ」

 

 

 

 神殺しという禁忌、けれどそれは神側に納得が無い場合の話に過ぎない。それでも子供達にやらせるくらいならば、普通は神々の手で処断を下す。それがどのような理由があったとしても、禁忌であることに間違いはないからだ。

 

 だがそれも、殺戮の女神ならば違う。

 

 彼女にとって死とは日常。

 

 殺すことは決して悪ではなく、侮辱でもない。

 

 それが愛した相手の手によるものとなれば。尚更に。

 

 

 

「……まあ、死んだ後くらいなら付き合いますよ」

 

 

「っ」

 

 

「今世はヘイズさんが居るので無理すけど、そっちに行った時にはまた拾ってください。セクメト様が2度と悪いこと出来ないよう、そんなことをする暇もなくなるように、遊んであげますから」

 

 

「……本気カ?」

 

 

「セクメト様は下界に居てはならない存在だと思いますし、普通に悪質で迷惑な存在ですし、他者の人生を弄びまくった悪神ですから、今だって変わらず殺してやりたいと思いますけど……別に嫌いって言ったことは一度もないすよね?」

 

 

「ハサ……」

 

 

「何もかもセクメト様の思い通りになると思って貰っても困りますけど、どれだけカスでも嫌いにはなれないんで。次に会う時までにはもう少し可愛げを身に付けておいて下さいよ」

 

 

「……は?可愛げ?」

 

 

「え、出来ないんすか?」

 

 

「くっ……いいだろう、次に顔を合わせた時には一瞬で陥落してやる。その時には他の女のことなど思い出せなくなるほど私に夢中にさせてみせるからナ……!本当の私はお前が吹き飛ぶくらい美しいんダ!覚悟しておけ!」

 

 

「ええ。楽しみにしてますよ、"オレの神様"」

 

 

「……っ」

 

 

 ハサ・ファーティマにとっての主神は、あまり喜ばしいことではないかもしれないけれど、それでも女神セクメトとしか言いようがない。この後にどの神の恩恵を背負うことになったとしても、その事実が消えることはない。

 

 ハサ・ファーティマはこれから先も他者の命を奪い続けるだろう。殺戮という概念から永久に逃れられることはない。地獄というものがあるのなら問答無用で落とされ、天国というものがあるのなら一切の侵入を拒絶される。

 

 そうして数多の神々にさえも見捨てられることになったとしても、彼女だけは確実に拾い上げると言い切れる。女神セクメトだけは、その殺戮に満ちた人生を、どのような形であれ踏破した彼を称賛する。血と臓物に汚れた魂を、死と憎悪に塗れたその姿を、今目の前で浮かべている愛憎に満ちた表情で迷うことなく抱き寄せるだろう。

 

 だから彼は言うのだ。

 

 女神セクメトは間違いなく地上に居てはならない存在ではあるが、決して憎んでいるわけではないと。殺さなければならないと確信しているが、消したいわけではないと。

 

 その関係性をなんと表すればいいのか。

 

 言葉にする必要もあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず、一回殺しますね」

 

 

「え?……がふっ!?」

 

 

 1人の男が放物線を描いて飛んでいく。

 

 なんでもない少女の平手打ち。

 

 Lv.5の平手打ち。

 

 生じた音は凄まじい。

 

 

 

「ハ、ハサぁぁあ!!?なにしてるニャ!あいつはいま恩恵ないから本気で死ぬニャ!」

 

「大丈夫ですよ、回復魔法はかけてますし」

 

「即死したら意味ないニャ!」

 

 

 これまでの人生において常に背負い続けていた恩恵を失った男には、今はもう銃弾を見切る目も速度も何もない。なんとか即死せずには済んだものの、それは当然ながら大ダメージである。なんなら今日1で死に近付いた。

 

 なんとか着弾する前にクロエがキャッチに成功したものの、あまりにもあまりな扱いである。怒られる理由は普通に分かるけど。怒られるべきだとは思うけど。即座に回復するから大丈夫だとは分かるけど。それにしても。

 

 

「や、ほんと……すいませんでした……」

 

 

「何が悪かったか分かってます?」

 

 

「……?」

 

 

「はいバシーン」

 

 

「ぐふぉぁっ!?」

 

 

「ハサぁぁあ!!!!」

 

 

 なんでここまで怒られるのか、どうも当人はあまりよく分かっていないらしいが。いやなんで分からないんだよ、それは追加で殴られるだろ。クロエは我が弟のことながら普通にドン引きした。

 

 

「1つ。また私の身の安全を考えて1人で行動しましたよね?巻き込まないように、相談さえしませんでしたよね?そういうの私が嫌がってること知ってましたよね?」

 

 

「は、はい……」

 

 

「2つ。死ぬ可能性が高い局面に挑むにも関わらず、自分の命より他者の命を優先しましたよね?その必要ありました?それで他の街が襲われたとしても、別にあなたの責任じゃないですよね?オラリオ全体で取り組むべき問題ですよね?なんで1人で抱え込もうとしてるんです?」

 

 

「や、それは……セクメト様はオレに……」

 

 

「3つ!………………普段あれだけ私を口説いておきながら、随分と女神セクメトに御執心じゃないですか」

 

 

「……………」

 

 

「しかも?なにやら勝手に妙な約束までしていたようじゃないですか。なんでしたっけ?死んだ後に?ええ?」

 

 

「そ、の、それは……」

 

 

「このことは全てロキ・ファミリアの方々にもお話ししますので」

 

 

「そ、それだけは勘弁を……!!」

 

 

「大丈夫ですよ〜、安心してください。――他の誰よりも私が激怒していると確信しているので」

 

 

「ぁ……」

 

 

 

 それはフレイヤを侮辱された時の怒り方とはまた違うというか、過激さの方向性が違うというか。破裂するような怒りではなく、淡々とナイフで突き刺してくるタイプの怒り。怒り狂うではなく、あまりにも理性的に。徹底的に心を殺しに来ている時の姿である。

 

 

「うわぁ……まあでも流石に今回はハサが悪い、アイツはそろそろ懲りた方がいいニャ」

 

 

「そうだねー、まあ私達の分はヘイズさんが怒ってくれてるし。あとは任せちゃってもいいんじゃないかな?」

 

 

「……うわぁっ!?シルいつの間にいたニャ!?っていうかフレイヤ様は!?」

 

 

「もう帰っちゃったよ?団長さんは周囲の残党狩りだって♪」

 

 

「ぜ、全然気付かなかったニャ……」

 

 

 今回の一件、シル・フローヴァは事件の始まりから敵の狙いがオラリオではないことを悟っていた。

 というのも同僚であるクロエの様子が少し妙であったし、数日に渡ってハサ・ファーティマの姿を見掛けなかった。その上でヘイズが必死に探し回っている状況で、つまりはロキ・ファミリアでさえも彼の居場所を把握出来ていなかったということ。

 

 そして実際に生じたオラリオへの襲撃、その敵軍の中に混じっていた暗殺者の姿。その練度からしてもセクメト・ファミリアが関わっていることは言うまでもない。

 

 ならばこれはハサ・ファーティマと女神セクメトに関係するものであると、恐らく勇者やロキもまた予想だけは出来ていただろう。問題は居処の手掛かりが全く無かったというだけで。

 

 

「まあでも。これでようやく、セクメト様との関係も切れ……たのかなぁ?」

 

「全然切れてない、むしろより強くした感がある。ほんっとに馬鹿、馬鹿野郎ニャ」

 

「んー、こればっかりは私も甘く見てたかなぁ。けど仕方ないよね。セクメト様にとっての運命でもあったなら、ハサさんにとっても避けられない運命だったんだろうし」

 

「セクメト様の運命の相手になるなんて……前世でどんな悪業をしたのやら」

 

「……悪徳を司る神も、それに呼応する人間も、どうやっても生まれてきてしまうから。むしろそれを引き受けてくれてありがたいくらいじゃないかな?それともクロエがハサさんと代わる?」

 

「絶っっっっっっ対に嫌ニャァ!!」

 

 

 ――それに正直な話をしてしまえば、女神セクメトの気持ちが少しだけ分かってしまった。彼女がヘイズに対して抱いていた嫉妬も、それ故に完璧に仕上げたはずの計画に大穴が空いてしまっていたことについても、他人事とは思えなかった。

 

 あの殺戮の女神でさえ、恋をしたのだ。そうして恋に狂い、普段ならば絶対にしない行動と間違いをした。最後には失恋をしてしまったけれど、満足することは出来なかったけれど、それでも納得することはできたように見えた。

 

 

「羨ましいなぁ……」

 

 

「……シル?」

 

 

 きっと彼女は約束通り、再び顔を合わせるその日まで、必死になって努力をするのだろう。未知の存在しない退屈な天界で、それでも退屈することなく夢中になる。それはあまりにも幸福なことだ。

 どれだけ求めても手に入ることのない者も居るというのに、彼女はそれを手に入れたのだから。どんな形にせよ。

 

 

 

「うっ……」

 

 

「ヘ、ヘイズさん!?」

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

 

 そんな話をしていた最中、それまで延々と説教を続けていたヘイズが突然に蹲って膝を折る。

 

 慌てて立ち上がるハサ。

 

 慌てたのはシルもまたそうだ。

 

 

 

「ヘイズさん!?どうしたんすか!?」

 

「ハサさん!いったい何が……!?」

 

「わ、分からないんです!いきなり苦しそうに嗚咽し始めて……!」

 

「まさか、毒ニャ!?セクメト様のおきみやげ!?」

 

「だったら恩恵のないオレが先に死んでるはずですから!」

 

「だったらどうして……!ヘイズさん!」

 

 

 

「……ただの、体調不良ですよー」

 

 

 

「っ!!」

 

 

 そういえば、と思い出す。

 

 最近になってヘイズは定期的に自身の体調不良を訴えていた。別にただの体調不良だからと彼女自身は言っていたが、そもそもLv.5の眷属が体調不良を引き起こすということが異常だということに気付くべきだったのだ。

 

 怪我とは無縁、恩恵と耐異常、そして医学的な知識を持つ彼女。そんな彼女がここまでになるほどの病か怪我、そんなものがあるとでも言うのか。

 

 

 

 ――しかしその正体について、シルはこの瞬間に漸く悟ることができた。

 

 

 見て、診て、視て、確信した。

 

 

 

 何故これまで気付かなかったのか。

 

 何故これまで気付けなかったのか。

 

 もっと早くに気付いていれば、多くのことが変わっていたかもしれない。もっとしっかり見ていれば、簡単に気付けたことでもあった。これについて本当に心の底からこれまでの自身を恥じるしかない。

 

 自分はここまで愛する眷属を見ていなかったのかと。

 

 シルと女神は本気で自身に失望した。

 

 そうせざるを得ないほどのことが、彼女の身には起きていたのだ。

 

 取り返しのつかない、どうしようもないことが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………妊娠してる」

 

 

 

 

 

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