【完結】ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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20.事情聴取

 

 

「………………………………ほんとに、妊娠しています」

 

 

 

 

 

「あ〜………は、ははは〜………」

 

 

 

 

 

「ヘイズが、妊娠???」

 

「……私もここまで動揺したのは久しぶりよ、本当に」

 

 

 

 ここはディアンケヒト・ファミリアの中でも防音設備がしっかりと成された個室であり、この中で行われる会話は決して外部には漏れないと約束した上での空間。

 

 診断をしたのはアミッド・テアサナーレ。

 

 話を聞くのは馴染みのヘルンと、主神であるフレイヤに挟まれた状態で目を逸らしているヘイズ・ベルベット。

 

 アミッドも含めてその表情は驚愕に満ちており、凄まじく鋭い視線が3つも突き刺さり、ヘイズは非常に居心地悪そうに身を丸めていた。

 

 

 

「……私より先に貴女が、という思いもありますが。いえ、むしろこの点においては貴女に勝てるのではと思っていたので思いの外ショックが大きいのですが。それは今は置いておくとして」

 

 

「ノーコメントで〜……」

 

 

「一先ず母子共に状態に問題はありません、流石に母体が頑丈なだけあります。……が、当然ながら暫くは仕事もダンジョンも控えて下さい。過剰なストレスもよくありません。まあそんなことも言っていられない状況でしょうけど」

 

 

「「そうね」」

 

 

「ひぇっ……」

 

 

 

 母体もお腹の中の子も問題ないのなら、何を容赦する必要があるというのか。こちとら言ってやりたいことならいくらでもあるのだ。そしてそれはアミッドも同じである。喉元まで出掛かっている指摘がいくらでもあるのだ。

 ……それでも最初に口火を切ったのは、当然に主神である女神フレイヤから。

 

 

「ヘイズ?いつから彼とそんな関係だったのかしら?私はなにも聞いていないのだけど、まさか部屋に連れ込んでいたのはそのためだったの?」

 

 

「ち、違います!本当に違うんですよフレイヤ様ぁ!」

 

 

「じゃあいつなの!?いつやったの!?言いなさい!」

 

 

「ヘルンも必死過ぎませんか……」

 

 

 しかしそれは誰しもが知りたいところだろう。

 側から見れば健全な関係、なんなら結果的には恋愛関係ではなく姉弟関係辺りに落ち着くのではないかと賭けをしていた者達だっていたはずである。それなのに妊娠などと、何段飛ばしの話だというのか。全知の神と言えど、こればかりは分からない。

 

 

「最初は、その〜……ダンジョンの中で奇妙な強化種と出会いまして〜……」

 

 

「強化種?」

 

 

「フレイヤ様にも報告した死体の王花(タイタン・アルム)の変異体ですね〜、それが地中を掘り進んで中層まで来ちゃってまして〜」

 

 

「成り行きで彼と対処する羽目になったと……」

 

 

「死体の王花!?深層のモンスターではありませんか!?よくそんなものを……」

 

 

「逃げ道もなかったので、かなり長期戦になりましたけどね〜……まあ問題はその耐久性より、厄介な粉の方でして」

 

 

「粉?」

 

 

 植物系のモンスターは毒や寄生を行使することが多いとは聞くが、この強化種はそれとはまた異なった特徴を持っていた。ハサとヘイズがダンジョンの中で偶然に遭遇してしまったそれ、必死になって倒したそれ、そして此度の件について全ての原因となったそれ。

 

 

 

「…………強烈な興奮剤だったんです」

 

 

 

「「「あ〜……」」」

 

 

 

 そういうこともある。

 むしろない方がおかしい。

 だってダンジョンだもの。

 

 

 

「私はまあ自分で対抗できましたけど、彼は流石に花粉に対する対策は出来なかったみたいでして〜……割と我を失ってしまったと言いますか……」

 

 

「……それで?」

 

 

「その、えっと。最初は手とか胸でしてあげてたんですけど……私を汚さないために必死に自分を維持しようと足掻いてる姿を見てたら、なんというか、こう……」

 

 

「こう?」

 

 

 

「受け入れちゃった…………みたいな………」

 

 

 

「「「………」」」

 

 

 

「わ、私も完全にはレジスト出来てなかったみたいでしてー……あはは」

 

 

 

 仕方ないですね、手で我慢して下さいね?なんて最初は始まったのだろうが、それが次第に盛り上がってしまって、あとは流れで……というのがあの日に起きたことだと、ヘイズは気まずそうに説明する。

 

 まあ、まあ、確かにそういうことなら、そういうことが起きてしまっても仕方ないのかもしれない。それで1発当たりをしてしまったのなら、まあそれも運命なのだろう。誰が責めるでも責められるでもという話でもない、そういうこともあるという話。敢えて言うならダンジョンのせい、モンスターのせいだ。

 

 

 

 

 

 ――本当にそれだけなのなら。

 

 

 

 

 

「ダウト!!!それは嘘よ!!」

 

 

「うぇえ!?」

 

 

 しかしヘルンは見逃さなかった。

 彼女の語ったその話の、奇妙な違和感を。

 

 

「その話には無理があるわ!なぜなら貴女がレジスト出来る程度の興奮剤であるのなら、貴女の魔法で彼を治療することも出来たはず!少なくとも緩和くらいは!」

 

「た、確かに……」

 

 

 

「そ、それはその……出来なかったんです!もちろん試しましたよー!」

 

 

 

「それは嘘ね」

 

 

「フレイヤ様ぁ〜!?」

 

 

 神に嘘は通用しない。

 真っ先に放たれたその指摘に、一気に情勢は傾く。

 

 

「じゃあ私からも。ヘイズ、それでも貴女は本当にレジストには失敗したんじゃない?貴女自身も興奮剤の影響を受けてしまった、違う?」

 

「そ、そうなんですー!それは本当なんですよー!私の意思で彼を受け入れたわけではなくてー!途中から突然レジスト出来なくなってしまってー!」

 

 

 

 

「まさか"経口接種"なんてしてないわよね?」

 

 

 

 

「………」

 

 

 

「……………ヘイズ?」

 

 

 

「………」

 

 

 

「手や胸でしていたのなら、当然そういうことにもなるでしょうけど……興奮剤とは別に、普通に盛り上がってしまったんじゃなくて?」

 

「それは、医療従事者としてあるまじき判断です……」

 

「友人のこんな話を聞きたくなかった……」

 

 

「………」

 

 

 ヘイズの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 つまりはこの女、そもそも普通に嫌がっていなかったというか。割とノリノリだった可能性が浮上してきた。普段はあれだけ澄ました顔をしていながら。やーです、とか言いながら。とんでもないエロ女だった可能性が出てきた。

 

 

「ねえヘイズ、あなた本当にその一回だけ?」

 

「それは本当です!本当にその日だけです!それ以降は一度もありませんから!」

 

 

 

「その日だけですか、つまりダンジョンから出た後はどうなんでしょう?」

 

 

 

「………」

 

 

「………ヘイズ?嘘よね?」

 

 

「………」

 

 

「興奮剤が切れるまで宿泊施設で、かしら」

 

 

「………」

 

 

 

 

「………淫乱」

 

 

 

「ヘルン!?それは酷くないですか!?仮にも馴染みある友人に対してそれは流石に酷くないですか!?全部あの変な強化種のせいなんですからね!?」

 

「今更だけれど、あの子が結婚に拘っていたのはそういうことだったのかしら……」

 

「そういえば少し前までは『好きです、付き合ってください』程度だったような……ヘイズ自身も『なんで結婚?』とか言ってたわよね」

 

「そう考えると健気ですね、シていた時の記憶は殆ど無かったでしょうに……」

 

「針の筵……!!」

 

 

 とは言えだ。

 危険日だと分かっていたはずなのに興奮剤の混じった体液を互いに交換し続けていたと?馬鹿なのかコイツは?いや馬鹿になってしまったのだろう、もうそうとしか思えない。そう思いたい。それは1発命中もするだろう、1発ではないのだから。

 

 

「フレイヤ様、私も1つ気になっていたことがあります」

 

「あら、なにかしら『戦場の聖女』」

 

 

「あ、待ってください。本当にやめてください、アミッド。もう余計なこと言わないでください、これ以上は私の社会的地位が本当に死にます」

 

「そんなものもう無いわよ」

 

 

「私が気になることはですね……ヘイズ、あなた実はそれ以降も彼のことを誘っていませんか?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

 あらゆる方面からあらゆる角度で刺される可哀想な少女。ひとえにそれもヘイズの過去の行動のせいなのだが。

 少なくとも自分より先に幸せになったヘイズに対して、アミッドの容赦はない。ずっと気になっていたことについて、ずっと口にすることを我慢していた件について、もうぶっちゃけた。

 

 

「な、なな、何を根拠にそんな……!!」

 

 

「貴女、治療魔法を悪用して体型を弄ってますよね?妊娠のせいだけじゃないですよね?」

 

 

「ひんっ」

 

 

 隠し通せるわけがなかった。

 オラリオNo.1の治療魔法の使い手を相手に。

 

 

「なっ!?そんなことができるんですか!?『戦場の聖女』!?」

 

「可能です、特に彼女のような常日頃から自身を対象とした治療魔法を行使している人間にとっては造作もないことでしょう。配分を部分的に弄るだけですから。私もダイエットに……それはいいとして。——ヘルンさんも異様に思えませんでしたか?私も久しぶりに彼女を見ましたが、その変わりぶりには驚きました」

 

「た、確かに……最近になって異様に大きくなった胸と尻!それなのに何故か変わらないウエスト!2度目の成長期でも来ていたのかと思っていたけど!!」

 

「時期外れの成長期ではとても説明の出来ない急激な変化です。単に太っただけなら、普段の彼女であれば直ぐに元の体型に戻すでしょう」

 

「この卑怯者……」

 

「マジのドン引きやめてください……」

 

「そういえば確かに彼は、細い女性よりふくよかな女性の方が好きだと言っていたわね。それをヘイズが知らないはずがないわ」

 

「うぅっ……」

 

 

 自身の体型を彼の好みに合わせて変えていた、これを言い逃れができなくなったというその事実はあまりに深くヘイズの心に突き刺さる。逃げ道など元よりなかったが、それでもここまで暴かれるのはダメージが大きい。それも愛しい女神の目の前で、その女神の手によって。

 

 

「信っじられない!なにが『やーです』よ!もうバリバリ大好きじゃない!結婚どころか子供まで産む気満々じゃないのよ!」

 

「や!ほんと子供が出来てるとは思わなかったんですって!そこまでするつもりも無かったですし!ただの気の迷いで!」

 

「いえ、ですが……どちらにせよ、こうなってしまった以上は責任を取るしかないのでは」

 

「私が責任取る側ですか!?」

 

「彼の性格を考えると、最後まで抵抗はしていたんでしょうし。普通に考えて意識があるにも関わらず行為に持ち込んだ貴女の方に過失があるんじゃないかしら。力量差があるなら別だけど、筋力ならむしろ貴女の方が強いでしょうし」

 

「それを言われるとぐうの音も出ませんけど……!」

 

「むしろ子供まで作っておいて、これまで通りの関係に戻るつもり?もうそろそろ腹を括りなさいよ、情けない。これから母親になる女がイジイジイジイジと」

 

「あ!その言葉めちゃくちゃ効きますよ、ヘルン!すごく死にたくなります!」

 

「軽々しく"死にたい"などと言わないでください、子供が聞いていますよ」

 

「うぐっ」

 

 

 ボッコボコ、ボッコボコである。

 もうこれ以上がないというほどにヘイズ・ベルベットは殴られている。これは過去のどの洗礼における攻撃よりも苛烈なのではないかと一瞬考えてしまうほどにダメージが大きい。泣きそうである、というか泣く、これは泣く。

 

 

 

「うぅ〜…………し、仕方ないじゃないですかぁ、好きになっちゃったんですからぁ……」

 

 

「「「!」」」

 

 

 

 本音が溢れる。

 

 

 

「わ、私だって色々考えたんですよぅ……やっぱりフレイヤ様を1番に考えていたいですし、彼にはもっと普通の人と幸せになって欲しかったですし、一度はちゃんと身を引いて距離を取ろうと思ったのに……」

 

 

「そう……」

 

 

「彼からダンジョンに誘われる前に、彼とあの猫人の店員が妙に親しげに話してるのを見てしまって……なんだかもう頭の中がぐちゃぐちゃになってしまって……」

 

 

「あぁ……まあ、あの2人の関係性はまた特殊だものね……」

 

 

「その流れで興奮剤事件ですか……」

 

 

「嫉妬と独占欲、ね」

 

 

「どんな私を見せても失望せずに好意を向け続けてくれた彼が今更他の女性に取られるなんて無理です、耐えられません、想像するだけで胸が痛いです。彼が他の女性と親しくしているだけで身体が強張ります。気付いたらそんな自分になってました。もう引き返せないと、その時にようやく気付いたんです……」

 

 

 ヘイズ・ベルベットは自身でも自覚しているとおり、決して綺麗な聖人というわけではない。心の中は常に嫉妬と妥協と劣等感でドロドロで、なかなか危うい精神状態で成り立っている。

 そしてそんな彼女を支えている柱の中には間違いなく彼の存在があって、それは彼女自身が感じていたよりも太く根深いものになっていたということ。

 

 その柱をなんとか諦めようとしていたけれど、実際に外される可能性を目に見せられてしまった瞬間に全てが裏返ってしまった。なんとも人間らしい話である。そんな最中にこれ以上のない据え膳を出されてしまったなら、手を出してしまうのもまた人間。絶対に手放したくないものを引き留める手段が目の前に転がってきたのなら、みっともなくも手を伸ばしてしまうのが人。

 

 

「……はぁ、なるほど。最近なんだか妙に余裕があるとは思っていたけれど、それは既成事実を作れたからだったのね」

 

 

「ヘルン?なんで追い討ちをかけるんですか?わたし泣いてるんですよ?見えてます?」

 

 

「それでも"そういう仲"になる決断だけが出来ず、まるで無かったように振る舞っているうちにズルズルと不安になってしまい、2回目を煽っていたわけですか……」

 

 

「アミッド?私この前あなたの無茶振り依頼にも付き合いましたよね?もう少し手心があってもよくないですか?今日の聖女ぶり薄くありませんか?」

 

 

「ふふ、なら良かったじゃない。これで強制的に恋仲を通り越して夫婦関係、まさかここまできて腹を括れないなんてことはないわよね?」

 

 

「あっ、はい……」

 

 

 これまで何度も絶好球を空振りするどころか見逃し三振してきたヘイズ、それもフレイヤが知らないうちに。そして到来した最大にして最後になる可能性さえ秘めた特大の棒球。これを見送ることだけは絶対に許さないという釘が、満面の笑みと威圧と共にヘイズの頭に突き刺さる。

 

 実際フレイヤの言う通り、これでもうヘイズは悩む余地さえなくなったのだ。選べる道など1つしかない。色々なものを諦めて、夢に描いた幸福を妥協して、その中で現実的な幸福を自らの手で作り上げていく。

 

 ……などという言い方をすれば悪い話のようにも聞こえるが、実際にはそれは最上級の幸福と言ってもいい。

 

 夢にまで見た自分にはなれなかったけれど、愛した人間と心を通わせ、子を授かり、憧れた女神の庇護の元で生きていくことが出来るのだから。それは数多の人間が憧れる人生であり、求めても得られない者の方が余程多い価値のある夢だ。

 

 

「さて、そうなると……ヘルン、家を1つ購入してきて頂戴。それと侍女の手配ね」

 

「承知しました、直ぐに手配します」

 

 

「家を一軒!?そ、それは流石に申し訳ないといいますか……!」

 

 

「何を言っているの、ヘイズ。あなたは本当に珍しく子を宿すことができた私の眷属、この波を広げるためにも協力は惜しまないわ」

 

「そ、それは嬉しいですが……」

 

 

「それと本音を言えば、貴女達の子供に興味津々なの」

 

「フレイヤ様のそんな溌剌とした笑み初めて見ました……」

 

「ふふ、今から楽しみね。この後のロキとの紛争も楽しみなくらい。――"戦場の聖女"、ヘイズとお腹の子の健康管理と検診は貴女にお願いしたいわ。どうか無事に出産まで協力して頂戴」

 

「勿論です、協力させて頂きます。元気な子を産みましょうね、ヘイズさん」

 

「あ、はい………あれ?今なんか紛争とか言いませんでした?」

 

 

 なお、この後のフレイヤによるヘイズ宅への通い詰めの頻度は尋常なものではなかった。それによるヘイズの幸福指数もまた指数関数的に上昇していったことも言うまでもない。

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