「もう怒る気力もあらへんわ」
「こんだけボコボコにしといてどの口が……」
「アホやアホやとは思っとったけど、セクメトの誘いに正面から乗じて、死にかけて、神殺しをした挙句に死後の約束まで取り付けて、そこに加えて他所の子を孕ませた?……アカン、まだ殴り足りん気がしてきたわ」
「マジで反省してます、すいませんでした……」
「ったく、まあ仕方ないとは思っとるけどな。子供達の中にはどうしてもそういう特定の神と相性が良過ぎる奴がおる。そういうのはどうやっても引き離せん、結果だけ見たらまだマシな方や。子供の話は一旦置いとくで」
「………」
女神セクメトが天界に還ったことにより、神の恩恵を失ったハサ。そんな彼はこれ幸いと引っ掴まれ、ロキによる折檻を受けている真っ最中。吊るされてハリセンでぶっ叩かれている。……まあ優しい折檻と言えるだろう。音は凄まじいが、そこまで痛いわけではないのだし。
「まあ、なんて言うか、セクメト様をこの手で殺すことだけはオレの人生の中で絶対に避けては通れない事だと思ってたし。対峙するのも確定した運命だと思ってたから。多分誰に何を言われてもオレは行ってたと思う」
「………」
「物心ついて最初の記憶がセクメト様への殺意だったからさ、オレにとっては人生の根底みたいなものだし。ヘイズさんと出会うまでは、本当にセクメト様のこと以外どうでも良かったから。……今世で相手にできない分、死後くらいは付き合ってあげないと。友達とか居なさそうだし」
「………まったく、アホな子を持つと親も大変や」
これ以上は何を言っても無駄、子供達にはそういうところがある。これだけは譲れないもの、これだけは折ることのできないもの。ハサ・ファーティマにとってのそれが女神セクメトであった、これはそれだけの話だ。
まあセクメトにとってはともかく、ハサにとっての彼女への想いは恋愛のそれというよりは親愛に近いのだろうが。そこはもう当人達にしか分からない感覚。他者が口を出すべきことでもあるまい。
故にロキが言及すべきは、彼のこれからについてである。そこだけは今の親代わりであるロキが、存分に口を出していい場所だ。むしろその点については嬉しさすらあることは隠せない。
「セクメトのことはもうええわ。……そんで?"女神の黄金"とは話したんか?今後のこととか」
「いや、まだ。今はアミッドさんのところで検診を受けてるところだろうから、その間にオレはこうやってロキに釈明をしてるって感じ。終わったらフレイヤ様とここに来るはずだよ」
「そか、まあ想定外の展開やけど悪い話やないわな。無理矢理に襲ったとかならまだしも、話を聞く限りは事故みたいなもんなんやろ?その後も仲良うしとったみたいやし」
「正直あの時の記憶は朧げで、次の日に2人で目を覚ましたことくらいしか覚えてないんだけどね。昨日のことは忘れてください事故です、で終わらされた話だし。その後もヘイズさんがいつも通り過ぎて、とにかく事実だけ受け止めてたんだけど……」
「おおう……今更ハサが強化種討伐を報告せんかった理由が分かったわ」
「一応今のところ、『また後で今後のことを話しましょうね』とは言ってはくれてる。話し合いの余地はありそうな感じ」
「なら大丈夫やろ、女の勘やけどな」
「ロキにもあるんだ、女の勘」
「殺したろかほんまクソボケカス」
まあここで敢えて言うつもりはないが、これまでの話を総合すればロキだって分かる。あの女、やっぱり満更でもなかったんじゃないかと。口には出さないけれど。
「取り敢えず、もうしばらく遠征には行かんでええわ。適当に依頼こなして金稼いどけ」
「え、いいの?」
「そもそも遠征はもう明日やで?ハサが居らん前提で話は進めとるし、これから父親になるような奴を危険な場所に連れて行くわけにもいかんやろ」
「それは助かるけど……」
「……そうでなくとも、ハサが遠征にあんま乗り気やなかったのは分かっとったしな。あの子と結ばれた以上、もう行く意味もないやろし」
「……ありがとう」
それについては元よりヘイズにも語っていたことだ。ハサの何よりの目的はヘイズであり、遠征はヘイズの隣に立つに相応しい実力を身に付けるための手段に過ぎない。それでも死ぬ可能性が高いために控えたいというのが本音だったが、ロキ達への恩を返すためにもこれまで欠かさず参加はしていた。
……そしてそんなことは当然、ロキも気付いていた訳だ。
「これまではハサに甘えとったけど、状況も変わったし。もしフィン達がやらかしても、ハサが居ればフレイヤに協力を頼んで深層でも救出しに行ける芽もある。……そもそも、やる気ない奴を連れてく方が危険やし?」
「はは、それは確かに。――実はこのまま恩恵も刻み直さずにいようかな、とも思ったんだよ。セクメト様を送り返せた時点で、オレの人生の課題は終わったんだし」
「………」
「けどまあ、セクメト様の眷属だったのと同時に、オレがロキに育てられた子供であることも事実だからさ。やっぱりロキの恩恵も背負いたいって思ったんだよね。それでようやく胸を張って向き合えるような気もして」
「……アホゥ、恩恵なんかなくてもハサはウチの子や」
「そう言ってくれるのは分かってたけどね、それでもだよ」
ファミリアの中で1人だけ主神のものではない恩恵を背負っている、その事実に何も思わないはずがない。その事実を周囲が知らないからと言って、自身の捉え方が変わるわけではない。勝手に感じる孤独感、勝手に抱く疎外感、実のところハサもそれを抱えていた。
だから胸を張ってロキの子だと言えることは、恩恵を背負うことによって引き寄せられる厄介を飲み込んででも価値のあることだと彼は思った。これで漸く自分は本当にこのファミリアの一員になれるのだと、そう決めた。
「アホやなぁ、ほんまアホや、アホアホ。フレイヤのところに行った方が安泰やったやろうに、なんで2回選べる機会があって、2回ともウチを選ぶねん。ほんまアホやな、ハサ」
「セクメト様がロキくらい真剣に人間に向き合ってくれてたなら言うことなしだったよ。後にも先にも、出会った瞬間に頭に手刀振り下ろしてきた神なんてロキだけだったし」
「そら子供があんな目しとったら頭殴るわ」
「あ、ついでにステイタス更新もしてよ。レベル上がってない?」
「そないにポンポン上がったらアイズが今度こそ泣くやろ、上げれても上げるかい」
「新しいスキルとか」
「ない」
「それは残念」
「どうせ碌でもないスキルか魔法しか生えてこんのやし、何もないくらいが丁度ええわ」
「すごい酷いこと言われてる」
「不死殺しのスキルが生えるような奴は黙ってお父さんしとけばええねん、碌でもないんやから。何を殺す気やねん」
「セクメト様のせいじゃない?」
「セクメト殺す前から生えとったやろがい」
「オレは悪くない、これはセクメト様のせい」
「通るか、そんな言い訳」
そんな雑多な会話をしているうちに、恩恵の刻みが終わる。再び全身に蘇る活力、そして実感するロキの眷属になったという感覚。何も変わっていないようで、何かが変わったという確信。それは悲しいことでもあり、喜ぶべきことでもある。
「とりあえず……あの子と話だけ付けてこいな。その後はファミリア内で公表して、遠征前の景気付けに宴会でも開こうや」
「遠征前に酒を飲ませるなんて、酷い主神もいるね」
「飲むのはウチだけやからセーフ」
「それでもガレスさんは飲むだろうなぁ。――このことを聞いたら、みんなどんな反応すると思う?」
「茫然と祝福、どっちかやろな。ウチとしてはリヴェリアの反応が楽しみや。自分のことに焦るんか、アイズのことで焦るんか。結婚飛び越えて子供やからな、勢いあまってアイズの見合い話を探し始めるまである」
「なんかリヴェリアさん、子育てでロキに張り合ってる節あるんだよね。比べるまでもなくロキの方がカスなのに」
「なんやと、愛情たっぷりに育てたやろがい」
「子供にギャンブルのイカサマを仕込む親を胸張って称賛出来る感性までは身に付かなかったよ」
「それはすまんやん」
「すげえやこの神、全然反省してない。孫とは触れ合えないと思えよ」
「それはマジですまんやん、頼むから許してくれ、それは本気で耐えられん」
「今からもう不安すぎる……」
ハサとしては正直、親としてロキに言葉で言うほどの不満はなかった。何もかも称賛はできないが、彼女で良かったと言える面も多くある。
――が、それはそれとして自分の子のこととなると話は別である。ロキのような性格に育ってほしくはないというか、酒とギャンブルにハマるような人間になって欲しくないというか……
「絶対ロキ構い倒すし……だからフィンさん達に早めに結婚して先に子供作ってて欲しかったのに……」
「ついにウチのファミリアにもベビーラッシュが来るかぁ!?」
「次点の候補すらいないじゃん……なんて悲しいファミリアなんだ」
大手ファミリアの眷属、ダンジョン狂いでなかなか結婚とかしない問題。だからこそゼウスとヘラの時のように、生まれた子供は猫可愛がりされるのだが。
そう考えると今回の子供もロキとフレイヤの間の子、平穏な人生というのは既にもう難しいのかもしれない。
「……なーんて話をしとったんやけどな、ウチそないに子育てアカンかったかなぁ」
「まあ酒とギャンブルに関わらせたくないというのは親として当然の考えじゃないかしら。私もヘイズの子にロキを近付けたくはないのだし」
「それこそウチの台詞や!勝手に家まで用意しよって!しかもチャッカリ自分んとこの拠点に近い位置に!」
「あら、貴女のファミリアに家事の手伝いや医療知識を持っている"手の空いた"眷属が居たかしら。どう考えても私の方があの子達の生活に貢献できると思うのだけど?ヘイズもそれを望んでいるんじゃないかしら?」
「ぐぬぬ……」
「それにチャッカリを言うなら、貴女こそ抜け駆けしてるじゃない。私が彼と交渉する隙すらなく勝手に恩恵を刻んで」
「それこそハサが望んだことや〜!ウチとあの子の絆を一朝一夕の交渉なんかで覆せるわけないやろがい!ざまぁー!」
「くっ……」
「貴女達ね……」
話の種になっている2人はここには居ない、彼等は2人っきりで大切な話をしに行った。何処に行ったのか、どういう関係になるのか、どんな形に着地するのか。それについては流石に神々が関与するところではない。
――とは言え、その結論を聞く瞬間までソワソワして仕方がないというところもまた事実。それ故に女神フレイヤと女神ロキは、こうしてロキの私室で酒を嗜みながらも言葉のドッジボールに勤しむ。
ちなみにこの場に女神ヘファイストスが呼ばれている理由は、本当に緩衝材以外の理由はない。まあ結婚式を開くともなればヘファイストス・ファミリアの力を借りることにもなるのだし、早めに巻き込んでおいたという理由もあるにはあるが。それよりも常識神が欲しかったのだ。こうして普段の諍いや関係を忘れて、主神ではなく親として語り合うためには。
「にしても……まさか本当にこうなるとは私も思わなかったわ。難しい恋だとは思っていたけど、頑張れば実るものなのね」
「……実際、その辺どうなん?フレイヤ」
「そうね……もしヘイズが本当に私のことしか見えていない狂信者だったら、この結果はあり得なかった」
「え、違うの?」
「いや狂信者やろ、十分に」
「そうでもないわ、あの子は誰よりも人間らしい。だから私以外のモノが目に入ってしまうし、苦悩する。目の前で泣いている子供がいれば手を差し伸べてしまうし、怒りや嫉妬で頭が真っ白になって我を失うこともあれば、容易い道に心惹かれてつい手を伸ばしてしまうこともある。……だからこそ、人並みの幸福を手に入れられる」
「……なるほどなぁ」
欲深い、それは決して悪いことではない。
ヘイズ・ベルベットはなによりも女神フレイヤの特別になることを求めていたが、彼女自身にその素質はなかった。それでも争い続け、妥協を重ね、ようやく今の自身を築き上げたが、それでもかつての欲を捨て去ることは出来ていない。
彼女の人生はその繰り返しだ。
欲深く求め、自身に相応しい地点で妥協する。
ただその地点は十分に幸福な部類。
今回もそうだ、彼女の人生という大きな尺度においての妥協点。女神の伴侶や最愛の勇士になりたいという欲求は叶わないが、夫妻や妻子という形で長く女神の力になることはできる。そしてそれはきっと、他の多くの団員達よりも十分以上に幸福な立ち位置。
「あの子は人間だから、自分に好意を伝えてくれる命の恩人を無情に切れなかった。そして自分に好意を持つ彼を傲慢にも無意識に自分のモノだと思い始めた。都合良く支えとして利用しながら、気付かぬうちに自分の屋台骨に組み込んでしまった。……優柔不断で、甘くて、自分勝手で、図々しく、卑怯で、愚かで、弱い」
「大事なことね」
「そう、その弱さこそが此度の成就の要因。どちらかと言えば、その弱さがなかったのは彼の方ね。彼は人間らしく振る舞ってはいたけれど、目線の先にはヘイズとセクメトのことしか無かったもの」
「十分に浮気な気もするけどな」
「ふふ、だからあの子が死後をセクメトに約束したのを見て私は少しだけ安心したわ。ここでセクメトを切り捨てて全てをヘイズに捧げるようだったら、彼は最悪の局面でヘイズのためなら自分の子供さえ切り捨てられる人間ということだもの。……けど彼もまた優柔不断な人間だった、人間になれていた」
だから心から祝福ができる。
殺戮人形と狂信者の婚姻ではなく、人間と人間の婚姻なのだから。生まれてくる子供もきっと、人間らしい残念さを持ち合わせた愛おしい存在に違いない。
「――ところで、そんな2人の子の所属先についてなのだけど」
「「当然私よ(ウチや)」」
「これに関しては出掛ける前に2人から私に揃って伝えてきたわ」
「「え」」
なんでそんな大事なことを他所の主神であるヘファイストスに?
しかも2人揃ってとはどういうこと?
ヘイズはフレイヤに。
ハサはロキに。
それ故に対立するのが当然の流れでは?
若しくはどちらかが裏切った?そうなるとハサが裏切っている可能性の方が当然に高いのだが、いやしかしフレイヤ・ファミリアで本当に子育てなんかをしたいだろうか。そんなことはあり得ないとロキも胸を張って断言できる。
となると一体?
「『それは自分達が決めることではなく、将来的に子供自身が決めること』……だそうよ?」
「「…………」」
ぐうの音も出ない。
恐らくその意見を出したのはハサで、ヘイズはそれに同調した形なのだろうが。そこで同調できるというだけで、あの2人の関係はもう何も心配する必要はないのだろう。生まれた瞬間から人生が詰むセクメト・ファミリアを知っていたからこその言葉、判断能力のない時点の子供に神と契約などさせるものかという当然の考え。
もう立派な親のようなことを言い始めて。
必死になっていた自分達が恥ずかしいくらい。
「けど貴女達も大変ね。洗礼の要と、便利な人材をそれぞれ失って。暫くは苦悩の連続よ」
「……別に苦悩なんてしないわ、洗礼はあの子達が自主的にやっている事だもの。ヘイズが居なければ居ないなりに調整するでしょうし、それが出来ないような子は早めに脱落した方がいい。それにストレスにならない範囲でなら働くことも許可しているし、その辺りの見極めもヘルンがやってくれるでしょう」
「ハサの方は……まあ確かに便利な人材やけど。フィンも『最近頼り過ぎて全体的に雑な動きが増えてきたから、次の遠征はハサを外してみたい』って言うとったし、丁度ええんやない。指導役も出来るし、単独で待機戦力として十分やし、他の方面で働いてくれればええわ」
「あ、そう……」
「そもそも探索や仕事をさせるくらいなら、1人だけとは言わず3人4人と子供をつくって欲しいわ。養育費ならいくらでも出すから」
「せやせや。永久にイチャイチャしとればええねん、子供の面倒くらいマジでいくらでも見るし。そうなれば他の子達も影響されて結婚し始めるかもしれんしなぁ、子供なんて居れば居るだけええんやから」
「まあ放っておいても3人くらいなら育てちゃいそうよね、あの子達……」
「目指せ野球チームや!」
「試合が出来るくらいでもいいわよ」
「いくら彼女が頑丈でも限度があるわよ……」
浮かれている、けれどそれも仕方がない。こんなにも楽しく希望に満ちた話も、最近はなかなか無かったのだから。人間が死ぬ話ばかりで、産まれる話というのは暗黒期から殆どなかった。
なんなら浮かれているのはロキやフレイヤだけでなく、療養中は知り合いの神々も顔を見に来るまである。それは民達の間ではよく見る光景で、何処かで子供が生まれると聞けば色々な神々が顔を見に来るというのはよくある話だ。それは神々の習性と言ってもいいのかもしれない。
――あのセクメトでさえ、出産には必ず立ち会っていたのだから。どのような経緯があれど、どのような思惑があれど、神は人の誕生を喜ぶものなのだ。