きっと長い人生でもこんなに大事な話というのはそうそうないであろうし、こんなに大事な話をすべき場所はどんなところなのかと問われると、それもまた答え難いというところがあるというもの。
「せっかくなら、怪物祭の後に行った個室のお店にしませんか?実は意外と気に入ってたんですよ、あのお店」
そう言ってグイグイと手を引っ張っていく彼女、珍しく先に手を取ったのは彼女の方だった。陽が沈む手前の人通りがより多くなるこの時間帯、けれど彼女はスイスイと道を進んで行く。こちらが転んでしまわないかと心配になるくらい軽々とした足取り、今日も彼女は美しかった。
「正直に言いますと、浮かれています」
「……浮かれて、くれるんですか?オレはてっきりその、嫌がりはせずとも、動揺してるものかと」
「動揺はしましたよ、私もまさか1発当たりとは今日の今日まで思いもしませんでしたから。普通に想定外です」
「その割には、オレの方がよっぽど動揺してるような……」
「そうですね〜、あなたのそこまでオロオロとした姿は初めて見たかもしれません。新鮮ですね」
「や、それはだって……むぐっ」
部屋に着いて、対面に座った彼女は、それ以上の言葉を発しようとした口を塞ぐようにして唇に指を当てがう。悪戯な笑みの彼女、思わず顔が熱くなる。
「何度も言いましたけど、あの件について謝罪も何もいりません。そもそも私が怒ってもいないのに子供が出来たことを謝らないでください、まるで私にだけ責任がないみたいじゃないですか。別に悪いことでもないんですし」
「……いや、責任は流石にオレにあるんじゃ」
「フレイヤ様直々に、責任は私にあると言われましたが?」
「え、なんで……?」
「言いたくありません」
「え、ほんとになんで???」
「言いません、けど責任は私にあります。飲み込んでください」
「え、えぇ……」
ちょっと理不尽なその言い分、けれど言ったら聞かない人だ。言いたくないことは言わない、だからこれはもう飲み込むしかない。よくは分からないけれどこの結果を彼女は悪いことだとは考えていなくて、何故かこの責任は神視点だと自分ではなく彼女にあるらしくて、自分はまあそれを飲みこむしかない。そういうこと。
「もしかして子供に憧れがあったりしました……?それともフレイヤ様がとても喜ばれていたりとか」
「……別に間違ってはいませんけど、その理由に頷きたくはないです」
「???」
「え、なんで今日に限ってそんなに鈍感なんですか?いつもはあれだけ前のめりに来るのに……」
「前のめりと言われましても……オレとしてはその、ここには沙汰を受けに来たと言いますか。ロキは割と前向きな未来を話してくれましたけど、基本的にはヘイズさんがどう考えているかにもよりますし。こうなった以上、いつものようにオレの気持ちだけを押し付けるのは違うと思ってます」
「………なる、ほど。ああ、それを言われると確かに……あなたの立場からしてみれば、そうなりますか」
今回の件について、彼にしてみればヘイズがどのような反応をするのか全く分からない。想像もつかない。どうやら悪いようには思っていないようだが、だからと言ってその後の行動が予想できるものではない。
例えば子供については喜んでいたとしても、それは必ずしも夫婦になることとは直結しない。女神フレイヤが喜んでいる、だから嬉しい。それだけの話。……そんな可能性も存在する。
最悪の可能性から最高の可能性まで、無数の予想できる未来が存在し、それに対して彼には選ぶ権利が存在しない。望む未来はあったとしても、責任が自分にあると思っている以上は、それを望む権利が自分にはないと思っているのだろう。
故に、沙汰を待つ。
ヘイズがどのような未来を望んでいるのか、全てはそれを聞いてからでなければ彼は動けない。いつものように前のめりに自分の心を伝えることも出来ない。婚姻前の女性を、それも交際を断られていたり女性を、過程はどうあれ孕ませたのだから。相手が死ねと言えば死ぬ、それくらいの覚悟を持って彼はここにやって来た。
「くぅ……これはちょっと想定外です、てっきりいつものノリで行けるかと思ったんですけど。思った以上に彼が責任感じてました。そういえば基本的に真面目でしたね、この人」
「?」
「え、これもしかしてそういう意味なんですか?フレイヤ様の言う責任って、これも含めてなんですか?私から言わないといけないんですか?え、ほんとに?流石にその勇気は準備してきてないですけど?」
「……顔が赤いですけど、大丈夫です?室温少し下げましょうか?」
「大丈夫です……」
「そ、そうですか」
男は度胸、けれど女も度胸。誰しも度胸。
それでも度胸には準備がいる。
この準備は本当にこれっぽっちもしていない。
こればかりは察しろとも言い難い、というかそれを言ってしまえば女として以前に人間として最低である。まあそれ以前に、そんな軟弱な女でなどありたくはない。ここで決して他者任せにすることなく、自分の意思を貫いてこそ女神の眷属として相応しいだろう。
「え、ええと……先ずですね、その、ええと……………何処から話したらいいですかね」
「一先ずフレイヤ様との話で決まったことからはどうでしょうか」
「そ、そうですね。そういえばそのあたりについてまだ話していませんでした」
会話をするにしても冷静さは必要、一瞬頭の中が真っ白になりかけたところを彼に救われる。なかなか格好はつかないもの、一朝一夕ではなかなか。
「えー、先ずですね……フレイヤ様が家を一軒用意して下さいました。それとフレイヤ・ファミリアから家事手伝いと緊急時の備えとして"満たす煤者達"から人を派遣して下さるとのことです」
「手厚いですね、とても頼もしく思います。これなら何があっても大丈夫そうですね」
「そうですね、私が抜けている間は洗礼がこれまでの通りに出来なくなるのは申し訳ないのですが……」
「必要ならオレが穴埋めしますよ」
「え?」
「指導役の問題は前にヘイズさんも話してたじゃないですか、オレもそれくらいは出来ますよ。まあそれについては素直に受けたい人がどれくらい居るかの話にはなりますし、フレイヤ様とロキにも許可を貰わないといけませんけど」
「い、いえ、それはむしろ助かります」
「ヘイズさんが抜けることで生じる穴はオレが出来る限り埋めます、ロキからも遠征には行かなくて良いと言われていますし。だからヘイズさんは気にせずお腹の子のことを考えて下さい」
「そ、そうですか……」
ふむ、頼もしい。
洗礼の質が落ちることについてはヘイズも責任を感じていたところで、それについては本当にどうしたものかと思っていた。それこそ定期的に拠点に戻ってそれくらいの仕事はしようかと思っていたくらい。そうでもなければ悩んで逆にストレスになりそうだったし。
「むぅ、ちょっとスマートでかっこいいじゃないですか」
「え?ごめんなさい、聞こえませんでした」
「いえ、なんでも。……とは言え、一日中引きこもっているのも良くないので、私もこの機会に色々と始めてみようと思いまして。具体的には子育てと出産介助の勉強などを」
「それはとても良いことだと思います」
「可能性は微妙ですけど、今後ファミリアの中でも活かせる可能性があるかもしれないので。最低限の知識はありますけど、やはり学びが浅いので」
「何か進展とかあったんですか?ファミリアの方は」
「そちらは特に何も……」
「そ、そうですか」
動かなければ何も起きない、待っていても何も得られない。――などということを最も言い難い女、ヘイズ・ベルベットはこの件に関しては誰にも口を出す資格がない。なにせ切欠は普通に偶然だったのだから。
とまあ、それはさておき。
「現状はそんな感じで、特に不自由はなさそうなのですが……ええと、ええ、肝心の今後の話です」
「はい」
そこそこ話をして、頭も落ち着いてきた。
いやはや、自分はここまで乙女らしい女だったかと思うような有様であるが、そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。今はこの仮初の余裕を保つのに精一杯なのだから。
「……あ、あなたは、どうしたいですか?」
――ヒヨった。
こんなところをヘルンに見られたら間違いなく呆れ顔どころか軽蔑顔さえされかねないような日和り具合である。いやでも話の流れではなかったというか組み立てに困ったというか言い訳ならいくらでも出てくるというか。
「オレの希望は……言うまでもないでしょう。出会った時から今日まで、そこだけは一度もブレてません。ヘイズさんと一緒にいたい」
「っ」
「ただ、それでもオレの希望よりも優先すべきはヘイズさんの人生です。ヘイズさんがこれから生きていく上で、不要ということであれば素直に身を引きます。これも不要かもしれませんが養育費も含めて、自分なりのやり方でヘイズさんとその子の役に立つつもりです」
「や、その……」
「自分とヘイズさんの子がこの世に生まれる、それだけで信じられないような話です。そしてその子を生きた状態で一目でも見ることが出来る、つい少し前まで死ぬ一歩手前だった身にとってはもう本当に……なんと言うべきか」
「あうあう……」
なんだかナイーブになっているなぁ、もう既に諦めモードで元気がないなぁ……と思っていたが、どうやらそれ以上にこの事実に感動しているという側面が強いらしい。いやまあそれもそうか、自分もまあそれなりに嬉しいのだから、彼はそれ以上に嬉しいに決まっている。だから覚悟も決まっている。
――ただ、どんどんとこちらの話をしにくくなるだけで。なんだか自分の責任から逃げるほど状況が悪くなっているだけで。
「わ、私としてはですね、今後も一緒に居てもいい……というか。なんなら子育てをですね、手伝って欲しいなぁとか、ええ、思ったりしてですね……」
「え……い、いいんですか?そんな」
「いや、良いに決まってるじゃないですか。仮にも貴方の子なんですし……そ、それに?やっぱり子供には父親も必要と言いますか」
「……ありがとうございます、その子の力になれるように頑張ります。まさか父親として名乗ることまで許して貰えるなんて」
「う〜ん……!!!」
違う違う!そうじゃ、そうじゃない!
けれど今のは確かに自分の言い方が悪かった、まるで平均的なフレイヤ・ファミリア女性団員のような言い分であった。これではいけませんね。
「そ、それこそ頂いた家は広過ぎるので!別にあなたが暮らすくらいは問題ないと言いますか……!」
「そこまでいいんですか!?!?」
「う〜ん……!!!」
どうしてこういう言い方しかできないのか。
呆れるほどに愚かな立ち振る舞い、けれど口を出てしまうのはこんな情けのない言葉ばかり。この機は逃せないというのに、逃したら普通にフレイヤ様からもお叱りを頂く案件だというのに。そもそも失敗なんて自分自身が絶対にしたくないというのに。絶対に失敗が許されない場所だと分かっているはずなのに。
「っ……!!」
ヘイズ・ベルベットは立ち上がる。歩いて向かう先は座っていた彼の真横、対面ではなく直ぐ横に。
……そうだ、こんなところに居たから悪いのだ。これからの自分の立ち位置は"ここ"ではなく、"そこ"なのだから。
そして余計なことを考えるから悪い、余計な余裕を自分に与えるからこんなことになる。追い詰めるべきは彼ではなく自分の方だ。言葉で何を言っても言い訳のできない状況を、行動で作り出すしかない。
いつだってそうだった、自分は言葉ではなく行動で結果を示してきたはずだ。だから今日だって変わらない。後のことなんて考えず、とにかく前へ前へと走る。それだけ。
「ヘイズさん?どうしたんです……?」
「黙ってください、悪いのは全部私です」
「え、え……?」
「そうですよ、悪いのは私です。なにもかも中途半端にしてきた癖に、ここぞという時に謎に勢いに乗ってしまって。でも仕方ないじゃないですか、そうしたくなっちゃったんですから。嫉妬しちゃったんですから」
「な、なんの話ですか?」
「動かないでください」
「え……」
「動かないでください。そのまま、何があってもです。動いたら許しませんから、いいですね」
「は、はぁ……」
「では、いざ」
「!?」
どこの世界に『いざ』などと言って"初キス"を行う女性がいるのか、コイツである。武士か。あまりにもあまりにも、雰囲気がない。何故もう少しロマンティックな雰囲気作りが出来なかったのか、彼女は今後数十年それに後悔することだろう。ヘルンが見ていたら間違いなく頭を抱える案件であるに違いない。
――だが、間違いはない。
言葉ではどうしても伝わらなかった心音を伝えるには、もうこれしかなかった。自分の逃げ道を完全に塞ぐ方法も、これしかなかった。
「……!?っ!?」
「ふ、ふふ……これでもう何も言い訳できませんね、私。あはは、やっちゃった……」
「へ、へへ、ヘイズさん!?こ、これは一体!?」
「ええい、うるさいですね。いい加減に察して下さいよ、はいブチュー」
「雰囲気とか!?……んぐっ」
壁際に追い詰め、膝上に乗り、そのまま頬に手を添えてブチュー。そこには風情も情緒もない、ただの勢いだけである。
同じレベルでも筋力ではヘイズに敵わない、そもそも本気で抵抗する意味などない。不慣れで舌も入ることはなく、ただ唇を重ねるだけ。けれどそれは貪るようで、喘ぐような声と息継ぎの音だけが互いの口から微かに漏れる。自然と流れる唾液は上から下へ、女から男へと注ぎ込まれ、当然ながらに苦しいのは男の方。引き離した瞬間にツーっと垂れた白銀の糸は、顔を赤く染めた彼の顔に触れ落ちる。
「わかりました……?」
「……本当、なんですか?」
「本当ですよ、私は負けたんです。7年にも渡る猛アタックの末に、遂に陥落したんですよ。やってくれましたね」
「いや、でも……いつから」
「強化種と遭遇する2日くらい前とか」
「な、なんかありましたっけ」
「あなたがあのクロエとかいう黒髪の猫人と喋ってました」
「普通に喋ってただけだと思うんですけど……」
「嫉妬しました」
「え……」
「その時までは私のような変な女に縛られず、貴方は普通の女性と普通に幸せになった方が良いと本気で振ろうとさえ思っていましたが……実際にそうなる光景を微かにでも現実で垣間見た瞬間に反転しました。残念でしたね、もうおしまいです。貴方は踏んではいけない地雷を踏んだんです。もう私のものですから、誰にも渡しません」
「………っ」
そうして本日3度目のブチュー。最早ここまでいくと勢いではなく欲なのではないかと思うが、まあ欲である。
これまで立場や状況やプライドで表に出すことの出来なかった感情を、ようやく剥き出しにすることが出来るようになった。その点に関しては彼とは真逆であり、だからこそ決壊したダムのようにそれは溢れ出す。ちゅっちゅくちゅっちゅく、目と目を合わせて。
「好き」
「……!?」
「好きになっちゃった、あなたのこと」
「え、あ……う……」
「ずるいです、こんなの避けようがない。いつでも私のことを守ろうとしてくれて、ずっと側に寄り添ってくれて、何があっても味方で居てくれて……せめて見目が悪いとか変な癖を持ってるとか欠点があれば良いのに、年々カッコよく成長して、他の女性の目まで集め始めて」
「や、そんなつもりは……」
「誰にでも優しいですし……」
「そ、それもヘイズさんに似合う自分になろうとした故で……本当のところ自分の周りの人間以外はどうでもいいというか」
「簡単に自分の周りに入れる癖に」
「そっ、そんなことは……」
「本当は何回か交際まで申し込まれてる癖に」
「な、なんでそれを……ちゃ、ちゃんと断ってますよ!?ほんとに!」
「私のなのに……」
「っ」
2人きりの時、周りに誰もいない時、なんだか普段の彼女とは違う少し開放的な様子になることはあったけれど。これはこれでまた違うというか、なんならこれが本質というか、これが今の彼女の本質というか。
いつもはグイグイと押している方が押されていて、立場が完全に逆転してしまった。嫉妬によって我を失ってヘルンの首に手をかけたこともあるけれど、この嫉妬はまたそれとは種類が違う。
「あ、えっと……もしかして結構、ヘイズさんのこと困らせてました?よね……ヘイズさんの性格を考えると、相当に悩ませてしまったとか」
「はい」
「いや、その……今考えると当たり前なんですけど、全然表に出してくれなかったので。ああいや、怪物祭の後にここに来た時にはもうその片鱗が見えてたのか。そんなことあり得ないとばかり思っていて全然考え付かなかった……」
「ん……ちゅっ、ぅ……」
「あ、あの……そんな首筋を吸われると、痕が……ぅう」
「んふふ〜、これで明日からは他の女が近寄りませんね〜。けど心配なのでもっと付けちゃいます、泥棒猫なんて何処にでもいますから」
「〜〜っ!?」
奥歯を噛み締める。
自身の最後の理性を引っ張り出す。
自分の中の男を振るわせる。
「…………へ、ヘイズさん!」
これ以上はダメだと、彼女の肩を掴んで向き直る。
押し倒されたままではない、しっかりと身体を持ち上げて対等に、目と目を合わせて。
「これ以上は、その」
「…………駄目、なんですか?」
「いえ、しっかりとケジメを付けてから」
「!」
クソ真面目だと言われたっていい、空気が読めていないと言われたっていい。それでもケジメだけは付けなければならない、半端なまま進みたくはない。この恋は思い出になるけれど、なるからこそ美しく最後を締めたい。それはただの我儘ではあるけれど、特別なものだからこそだ。
そしてこれから先を歩むためにも……
「好きです、ヘイズさん」
「っ……!」
「あの頃からオレの気持ちは変わっていない……むしろあの頃より今の方がずっと強い。オレはあの日あの時一目見て惚れてしまった貴女を、今でも毎日一目惚れしてる!」
「ぅぁ……」
相も変わらず直球ど真ん中ストレート。それしか能がないのではなく、それこそが誠意であると思っている男は止まらない。誠意とは無縁の場所で生き続けて来たからこそ、人一倍そういう生き方に憧れがある。彼の在り方はそれ故のところが大きい、それは分かっている。
「あ、あの……1つ、いいですか……?」
「もちろん」
「私のどこが、その……」
「顔!!」
「顔!?」
「スタイル!!」
「身体!?」
「特に人間性!!」
「1番自信のないところ!?」
恐る恐るといった風で聞いた質問に対して、打つけられたのはあまりにも嘘偽りのない正直な回答。けれど今日この場においては、もう嘘偽りはこれっぽっちもない。そんな不誠実はこの場には存在しない。
「いいえ、オレはヘイズさんの人間性が大好きです」
「私の底意地の悪さを知っていてそれを言っているのなら、相当に趣味が悪いと思いますけど」
「はい、オレは趣味が悪いです」
「言っちゃった!!ついに言いましたよこの男!!」
「けど、オレはそんなヘイズさんの人間性が大好きなんですよ!高潔であろうという強い意志とドロドロとした負の感情が超絶限界バトル叩きつけまくってるような大嵐渦巻いている精神性と炸裂したような魂が!その下地には確かに生来の優しさと温和さが敷いてあるところも理想の人間と言いますか、あまりにも人間らしいと言いますか……!」
「お、おぉ……想像以上の熱量に少し引いてる私です……」
それはこれまで見たこともないような彼の熱量、いや本音。あまりに失礼故に言うことのできなかった心の底であり、彼自信の薄汚い部分。
「自分の心の内に巣食う闇と常に戦い続け、負けることもありながら捨てることのない優しさ。ですが、だからこそヘイズさんは世界一優しい」
「わ、訳が分からないのですが……」
「単に他者に優しくすることと、自分のことで精一杯な状況にも関わらず他者に優しさを向けること。これは決して同じではありません。後者の方がより力の要る行為であることは言うまでもない」
「………」
「ヘイズさんほど自身の闇と戦っている人もそう居ません、そしてその激しい戦いの最中でも理想の自分になろうと更に手を伸ばし続ける強い人でもあります」
「そ、それはその、欲深いというのでは……」
「欲深さの何が悪いんですか!それが悪しきものならばまだしも!その欲深さも大好きなんです!」
「あの……その理論を展開されると本当に何も言い返せないのですが……」
「ヘイズさんの全てが好きです!運命を感じました!あまりに好みの女性を見つけて、その女性が自身の矛盾と戦いながらも仲間を守るためにオレの目の前に立ち塞がったあの瞬間!オレは雷に撃たれたような心地でした!」
「ほ、ほんとに私の全部が好きだったんですね……」
「……当時のオレにとっては周囲に人間味のある人間なんてほぼ居ませんでしたから。その上でオラリオに来て初めて認識した人格がヘイズさんだったので。あまりにも脳が焼かれたんです」
「初めて認識した人間が私……自分で言うのもなんですけど、災難すぎません?」
「それから先も焼かれっぱなしです!あまりに美しく複雑で混沌とした人間模様をたった1人の身体の内に抱えているヘイズさんはもう、どうしようもなく眩し過ぎて……!!」
「———奇跡的な変態だったんですね、本当に」
「奇跡的な変態……」
人間の変態性など色とりどりではあるけれど、彼のそれはあまりにもあまりにも独特なもので。同時にヘイズ・ベルベットという人間があまりにも刺さり易い人物でもあったということ。それこそ特攻なんてレベルではない。初めて認識した人間に一目惚れをしたようなものだ、脳が焼野原を通り越して大砂漠。狂わされてしまった。
彼の存在がヘイズ・ベルベットという人間にとってあまりにも都合が良過ぎる存在であったように、彼にとってもまたヘイズ・ベルベットはあまりにも都合が良過ぎる存在であった。正に運命と言ってもいいほどに。
「これでもう、疑う余地はないと思います……これがオレがこれまでヘイズさんに隠してきた全てです。ヘイズさんのことが好きな、本当の理由です」
「いえ、貴方が私のことを好きだという事実について疑ったことはもう6年くらい無いですけどね」
「——引かれましたか?」
「今更この程度で引くわけないというか、7年付き纏って来た事実はこれ以上に重いというのが分からないんですかね。なんかもう一周回って冷静になって来ちゃいましたよ」
「オレは愚かな男です、ヘイズさんに見合っているかと言われれば今でも自信がありません。ですがそれでも、今日この日だけは、恥ずかしげもなく申し込ませていただきます……!」
「390回近く恥ずかしげもなく申し込まれてきましたけど?愚かな人ってことも知ってますし、もうそろそろ自信持ってもよくないです?自己評価低いのか私の評価が高過ぎるのか分からなくなってきましたよ」
ヘイズも段々と冷静になって来て、得意のツッコミが光出す。ムードも普段通りに戻りはじめた。本当に雰囲気作りが下手な男である。
「……そんなところも好きなんですけどね、今は」
「ぅっ……」
そして、それを見越してこうして雰囲気を取り戻してあげる優しい女。
本当に仕方のない男である。けれど今はそんなバカな男が愛おしい。そんなバカなところが愛おしい。そう思わせられる、そう思ってしまうようにされてしまった。呆れてしまうけれど、そんな自分も今は嫌いではない。
「で、ですからオレと……!」
「ハサ」
「っ!?」
「結婚しましょうか、私と」
「っ……………………………………お、お願い……………しま、す……」
「ふふ、やった♪」
「……」
WINNER ヘイズ・ベルベット。
この恋はカッコよくなんか終わらない、最後をしめるのも彼自身ではない。此度の勝利者はヘイズの方。そして恐らくこれから先も……
「これから"一生"、よろしくお願いしますね?旦那様♪」
「は、はい……こちらこそ……」
きっと彼は、これから先もずっとこうして尻に敷かれ続けるし、これから先もずっとこうして先手を打たれる。その証拠にほら……もう押し倒されて接吻の雨霰。
必ずしもしっかりとケジメを付ける必要などないのだ。ようやく心を開放できた女の子は、今はとにかくなりふり構わず感情をぶつけたいだけなのだから。そういう女心を学ぶのはこれからで、一生をかけて学んでいくこと。
生涯を共にするというのは、そういうことなのだ。