その日は朝帰りを……ということは流石になく。
なんならそんなことは許されておらず。
翌日に遠征が差し迫ったロキ・ファミリアと、暗殺者襲来に伴うオラリオの復興、それと女神フレイヤの趣味等。まあ色々と重なって、とりあえず今夜だけは普通に帰って来いやと念を押されてしまったのだから仕方ない。
「えー、ということで……この度セクメト様の恩恵が外れまして、正式にロキの眷属になることになりました。ハサです、改めてよろしくお願いします」
「「「は!?」」」
「それと、なんやかんやあってフレイヤ・ファミリアのヘイズ・ベルベットさんと結婚することになりました。正式な公表は後日になりますが、一先ず報告だけ」
「「「はぁっ!?!?」」」
「最後に、えーと………現在、ヘイズさんのお腹の中には子供がいます。オレの子です。以上です」
「「「はぁぁあっっつ!?!?!?」」」
食堂がどよめく。
なんなら事前に話を聞いていたはずのフィンでさえ、改めて『なんで???』となっている有様。他の団員達からすればそれどころではあるまい。大混乱、大困惑、リヴェリアは珍しく普通にグラスを落とした。
「待てぇええい!待て待て待つ!待つっす!!3つのニュースが全部訳わからない上にまったく頭に入ってこないっす!」
「お、今日も元気ですね、ラウルさん」
「はい!まずハサ!ロキの正式な眷属ってどういうこと!?どういう話なの!?そこから説明しなさい!」
「や、オレ元々セクメト・ファミリアに居たんすけど。セクメト様に無断で抜け出して来たんで、改宗出来てなかったんすよ。そこをアイテムで無理矢理に更新してたんすけど、今回の騒動でセクメト様を殺したんで。晴れて正式にロキの眷属になれたって感じです」
「そんなあっさり言う話ですか!?セクメト・ファミリアに居て!?しかもその神セクメトを殺した!?ここ数日なにをしていたのかと思えば……!」
「危うく殺される寸前でヘイズさんに助けてもらったんですけどね、割と本気で危なかったです」
「また当たり前のように死にかけてる!?」
大きくため息を吐くロキ、改めて話を聞いて頭痛を堪えるような姿勢をするフィン、これには流石にガレスも呆れ果てていた。呪武器を持つセクメト・ファミリアに単身で挑むなど、そんなことガレスだって進んでやりたくはない。しかも普通に禁忌とされる神殺しをしてしまっているし。そんなサラッと話せることでもないだろうに。
「ちょっと、そっちはどうでもいいのよ!それより結婚ってどういうこと!?アンタいつの間にそんなことに……いや子供の方も!!」
「ハサ、どういうこと、知らない、結婚ならわかる、けど子供ってどういうこと、なんでそんなことになったの、教えて、意味わからない、ほんとに聞いてない」
「ア、アイズさん?目が怖いですよ……?大丈夫ですか?」
「結婚は分かる、それは素晴らしいことだ、先を越されたようで悔しい気持ちは正直あるがそれにしても良いことだ。……ただ、子供?子供??ハサが、子供???少し前までアイズより小さかったあの子が、子供????」
「リ、リヴェリアさま?大丈夫ですか?エルフはともかく、割とよくある話ですよ?落ち着きましょう?」
お付き合いするのは分かる、結婚するというのもまあ可能性として考えていたから覚悟のうちだ。いやまあ本当にそんなことになるとは思わなかったので実感はまた違うのだが。違うからこそ、アイズもリヴェリアもこんなことになっているのだが。
「いやあの、子供ができた経緯を話すのは流石に気不味いんすけど……」
「いいから教えなさいよ!参考にするから!!」
「えぇ……いやまあ、その、何と言いますか。ダンジョン内で"死体の王花(タイタン・アルム)"の強化種に襲われまして」
「「「!?!?」」」
「アホみたいな再生能力と群体でかなり不味い状況だったんですけど、何より花粉の興奮効果が厄介でして。オレはほら、耐異常があんまり高くないんで」
「あ、あ〜……」
「あとは察して下さい」
「…………使えるわね、それ」
「「「っ!?」」」
そんなポツリと呟かれたティオネの一言に、顔を真っ青にさせながら目を逸らすフィン。今日1番の恐ろしい発言に流石のハサも目を背ける。あんなモンスターが永久に現れることのないように、それをひたすらに祈るしかあるまい。
「チッ……で?テメェはこれからどうすんだ?ガキが出来たんならダンジョンには入らねぇんだろ?」
「ですね、ベートさん。自分も家庭の方を大事にしたいですし、今後は遠征からも身を引く予定です。幸いにも指導役として他のファミリアからも依頼を頂けるようですし、ヘイズさんの穴埋めを手伝うようにフレイヤ様からも言われちゃいましたし」
「穴埋め?」
「普通に指導役ですよ」
「敵対ファミリアの指導に行く奴がどこにいるのよ!!」
「敵対以前に妻の所属ですから」
「くっ、もう夫面してやがる……!」
「別にいいだろ、戦うつもりのない奴を連れて行っても足手纏いなだけだ。潔く身を引いただけ褒めてやるよ」
「ありがとうございます。もしベートさんが深層でやらかしても、ちゃんと助けに行くので安心してくださいね」
「殺す!!」
……なんて冗談めかしているけれど、それはどうしようもなく事実なので何とも言えない。
ロキ・ファミリアに何かあれば、彼は否が応でもその救出に向かわなければならないのだから。彼等の犠牲があるからこそ地上は平穏であり、彼等の破滅と地上の破滅は同義であるとハサは知っている。妻子を守るためと言うのなら、それは決して避けては通れない話だ。それには命をかける意味があり、命をかける必要がある。
「ということなので、これからは夫とお父さんとして頑張っていこうと思います。何かご用件があればフレイヤ・ファミリア近くに自宅を持つことになりましたので、そちらまで」
「家まで買ってる!?」
「フレイヤ様に貰いました」
「流石、太っ腹すぎる……」
「となるとロキ、僕達からも何かしら祝儀を出すべきなのかな」
「せやな、金庫はすっからかんなんやけどな」
「赤子用の道具とかはどうじゃ?」
「出産はまだ半年以上先ですよ」
「……新婚旅行とか?」
「あ、それめちゃくちゃ良いですね。実はオレも考えてたんですよ、どこに行くとかまでは全く考えていなくて思い付き程度だったんすけど」
「くうっ、羨ましすぎて頭おかしくなりそう……」
「ちなみにハサ、行くなら今のうちに行ったほうがいいよ。僕の勘だとこれから厄介なことが頻発する、子供のためにも今はオラリオから逃げておいた方がいい」
「え、それ大丈夫なんすか?帰ってきたらロキの最後の眷属になってるとか嫌っすよ?」
「安心してくれていいよ、その場合は彼女も女神フレイヤの最後の眷属だ。正に君達が人類最後の希望になる」
「やめてください、オレとヘイズさんの子にそんな過酷な運命を背負わせないでください……」
とは言え、"女神の黄金"と"殺戮の眷属"の間に生まれた子供が普通の運命を辿れるのかと問われれば誰しもが口を閉じるしかないのだが。それでもいざ親となると考えると、子供にそんなヤバ過ぎる人生を送って欲しくないと考えるのは当然というか。
なるべく平穏に、安らかに、幸せに……
「いや、無理だろこの世界で」
——という結論に行き着いてしまうのが、悲しいかな、この世界の真相を知ってしまった親達の結論である。それならまだ自分の命を守れる力を持っていた方が安心で、なんなら英雄と呼ばれる者達の側にいるのが実は1番安全だったりしないか?と一周回り過ぎて辿り着いてしまうのだから、あまりにも悲しい世界である。
「ま、まあ、そういうことであればお言葉に甘えたいです」
「わかった、まあその辺りはロキに任せた方がいいかな。遠征の間に新婚旅行先の選定どころか、そのまま行ってくるくらいの勢いで良いんじゃないかな」
「うーん、スピード感……」
「その方が長く楽しめるだろう?戻ってくるのはまあ、こっちから要請した時か、怪しい噂を聞きつけた時とかで構わないよ。代わりに定期的に便りは送ってほしいかな」
「……あの、もしかしてオレ達のことを便利な都市外戦力にしようとか考えてません?そういえば少し前にオラリオの外に使い勝手の良い戦力が欲しいとかボヤいてましたよね」
「こちらからも定期的に便りは送るよ。新たな新婚旅行先の提案や、資金調達の案だったりも一緒にね」
「完全に都市外の依頼や面倒ごとを押し付けるつもりだ……!せっかく新しい家を貰ったのに!?」
「なに、数ヶ月程度の話だよ。それに彼女の体調もあるだろう、強制するつもりもない。色々と言ったけれど、詳しいことは彼女とアミッドと相談した方が良い。僕達はそれに合わせるさ」
「まあ、確かにそれはそうですね」
なんならハサ以外は全員、明日から階層更新に向けた遠征に行くのだし。こんなことに時間を取られている場合じゃないというか、なんなら聞いている半分くらいは『はいはい、どうぞお幸せに』というような顔をしているし。
「あー……遠征後の飲み代くらい出しますので、あとはお願いします」
「要らねぇ」
「こっちに金使ってる余裕ないでしょ、あんた」
「そうッスよ、結婚した以上はこれまで通りに金を使えると思わない方がいいッス」
「その辺りは夫としての覚悟が出来てないわね」
「将来のためにも貯金はいくらしておいても無駄にはなりませんよ……!これだから男の人は!きっと彼女の方は自身の生活を削りながら貯蓄をたんまりと築いているに違いありません!」
「まさか"女神の黄金"がそんなことを……」
結局その日の夕食は、そんな形でポツポツと浮かんだ質問が出るたびにハサが呼びつけられ、どちらかと言えば酒の肴にされる形で進んでいった。……というか酒は飲んでいないので、単純に根掘り葉掘り遊ばれたと言うべきか。
——なお、その間もアイズとリヴェリアは呆然としていた。
似た者親娘である。
「いや、やっぱりそんな調子で遠征に向かわせられないから」
「……だって……ハサ、子供……」
「あの幼かった子が、父親……?」
「なんで2人とも思考がそこで止まってんの?一向に進まないの?一歩も動けないの?」
ということで、あまりに心配だったので彼女達とは場所を別にして話すことにした。ちなみに後ろではロキがニヤニヤと笑いながら酒を飲んでいる。これこそ酒の肴。なんて最低な主神なのか。
「言っときますけど、オレだってまだ冷静じゃないですからね?いや嬉し過ぎるっていうのはありますけど、当然に不安もあるわけで」
「ハサ、子供ってどうやって作るの……?」
「リヴェリアさん!!ちゃんと教育してる!?」
「ハサ、子供とはどう作るんだ……?」
「ダメだこの親子!?意味は違うのに言ってること同じだもん!」
自分と近しい立場の幼馴染という存在が子供を作ったことで、急に遠い場所に行ってしまった感覚に戸惑うアイズと。娘の友人くらいに思っていた子が急に子持ちになったことで、未だに独身である自分の身にあまりに大きな焦燥感を抱いてしまったリヴェリア。
まさかハサとて思うまい。自分が結婚して子供を作ることで、最もダメージを受けるのがこの2人だったとは。気持ちは分からなくもないけど。
「ハサ、恋愛ってどうやってするの……?」
「ハサ、どうすれば人を好きになれるんだ……?」
「やばいやばいやばい!特にリヴェリアさんがやばい!!なんならそれに対する答えなんてオレは持っていない!!リヴェリアさんに見合う相手とかオレも分からない!!」
「リヴェリアが結婚出来るような相手なんて、そらなぁ?同じエルフの王族か、なんや特殊な出自持っとる男くらいやろ。それ以外は周りのエルフが認めてくれんやろうし、その中からリヴェリア好みを探すとなると……」
「待て……もしかして私はアイズより不味い状況なのか?」
「「え、今更……?」」
「声を揃えて言うなぁ!!」
こちらもまた似た者親子、リヴェリアのそんな今更過ぎる発言に思わず声を揃えて言ってしまう。なんやかんやで機械のようだったハサの人格をここまで作り上げたのはロキであるのだから、こういうところはよく似ている。
「これあんまり言いたくなかったんですけど……リヴェリアさん、オラリオに来てから結構長いですよね。それなのにここまで男の気配がないのは、その、なかなか……馴染みの異性くらい居てもおかしくないとおもうんですけど」
「いやまあな、そこは暗黒期とかアイズの子育てとかもあったし仕方ない。仕方ないんやけど……流石に想い人の1人も出来たことないっちゅうのはなぁ」
「や、やめろ!そんな目で私を見るな!!お前まで本気で心配をするなロキ!!」
「それこそ同性が好きだったりするのかなとも思ったんですけど、別にそんなこともなさそうですし……かと言って男性に魅力を感じている姿も見たことないですし。よくある女性っぽい男性の方がいいんですかね、エルフの女性ってそういうところあるじゃないですか」
「今でさえ選択肢が少ないのにまだ絞るんか?言うて結婚したいのも外聞とか気にしてやろ?もうええんやないか、そろそろ。娘もアイズがおるんやし、ここまでオラリオの深部とズブズブになったら今更普通の結婚生活とか無理やって」
「やめろぉぉおお!!!」
「そろそろ覚悟を決めましょう、リヴェリアさん。リヴェリアさんにはロキ・ファミリアのみんなが居るじゃないですか!夫が居ないくらいなんですか!オレはリヴェリアさんのことも頼りになる家族の1人だと思ってますよ!それこそ叔母みたいな!」
「お、叔母………」
「アイズが手を離れても、今度はハサの子がおる。なんなら才能ある子供は世界中におる。まだまだ母親業は卒業できんで、リヴェリア!生涯ママでは居られるんや!やったな!ハサも子育てのこと色々聞きたいやろうし!」
「そうですよ!色々教えてください!」
「生涯、ママ……」
彼女にしては珍しく四つ足をついて項垂れるその姿、なぜトドメを刺したのか。ハサの方は善意であるが、ロキの方には明らかに悪意があるのだから最悪である。
「確かに私は一向にどのような男に対しても興味の湧いてこない自身を不安に思ったことはあるが、それでもいつか運命的な出会いが……それこそ私にだってヘイズ・ベルベットにとってのお前のような男が現れるとそう思って……」
「だめだ、フレイヤ・ファミリアのお姉さん方のことを言えなくなってきた。まさかロキ・ファミリアの中にもこの状態になってる女性が居ただなんて……しかもこんな身近に」
「まあ普通に考えて、ハサの存在は"女神の黄金"にとって都合が良過ぎるからなぁ。そんな現実を見てまった夢見る乙女達が夢を信じ過ぎてまうのもしゃあない……特にリヴェリアが伴侶を妥協するとかあり得んやろうし」
「王族の伴侶など御免だ……だがドワーフのような男も……」
「リヴェリアさん!そんな都合のいい人はいないんですよ!」
「お前が言うな!!」
自分の事を好いて欲しい、他の何より自分を1番だと言ってくれる人が欲しい、なんならその人はそれなりに良い容姿を持っていて周囲から羨まれる人であって欲しい、そんな可愛らしい乙女心。
けれど悲しいかな、そんな王子様が現れることなど滅多にないのだ。それこそ千人の女性が居たとしても、そんな理想に1人ありつけたら良い方。そうして数字上で見れば0.1%、だがその中には更に細かい区分けがあり、偏りがあり、実際には恐らくそれより1/10にも1/100にも……
そんな可能性に縋り付いているのが彼女達である。
持て囃される立場になったからこそ余計に。
可愛らしい乙女心が一気に落とし穴へと早変わり。
そんなだから高位の冒険者には既婚者が少ないのだ。
未来のオラリオがあまりにも心配である。
「ハサはリヴェリアより幼馴染の私のことを心配すべき」
「アイズはまだ17だから大丈夫だって、リヴェリアさんとは深刻さが100倍違うだろ」
「ぐふっ」
「なんでまた刺したん?」
流れ弾が突き刺さるリヴェリアはさておき、アイズについてはマジでコイツなにをそんなに焦っているんだ?案件である。
この件に関してはどちらかと言えば15で結婚&子供ありとなったハサの方が世間的に早過ぎる部類であり、アイズが焦る必要などこれっぽっちもない。ガネーシャ・ファミリア団長のシャクティ・ヴァルマなど、同じヒューマンなのに38歳独身だ。彼女の余裕を見習ったらどうだと言いたい。
「アイズはとにかく異性の友人を作るところからだろ……居ないの?気になる人とか1人くらい」
「……気になる人?」
「うん」
「……」
「……気になる人」
「……?」
「……」
「……アイズ?」
「…………………………少しだけ。気になる人、なら」
「「「!?!?」」」
リヴェリアとロキが後方へと吹き飛ぶ。
ハサも珍しく面食らう。
アイズは少し困ったような、けれど見たこともない穏やかな笑み。
——馬鹿な、そんなことがあるのか。
そんなことがあってもいいのか。
まさかあのアイズ・ヴァレンシュタインに、春が?
「ど、どこのどいつやアイズぅう!!?認めへん!絶対に認めへんで!!どんな男やってウチは絶対に……!!」
「ロキ!!ストップ!!それを否定しちゃいけない!!アイズまでリヴェリアさんみたいにするつもりか!?」
「おい!!それはどういう意味だ!!」
「さっきも見たでしょ!アイズはあまりにもリヴェリアさんの性質を受け継いでしまってる!このまま20代後半になったら本当にお一人様コース、オレはこんな絶望をアイズにも味合わせたくない!!」
「ぐ、ぐぬぅ……!」
「ハサ!?さっきからお前が1番ひどいからな!?」
「せやけど、せやけど……!!せめて、せめて相手の人格くらいは!」
「アイズやリヴェリアさんみたいな女性はこういう機会を手放しちゃいけないんだ!気持ちは分かるけど今はステイ!!変に手を出して関係をややこしくしたら本当に破綻する!」
「ぐぬぬぅ……!!」
「もっと私の心配もしろ!!」
なお、この件については色々と話し合った結果『アイズの未来のためにもこれ以上は触れないでおこう』ということになった。いつでも相談にはのると言っておくだけ。それ以降はアイズの不安も治ったようなので、まあいいだろう。
——リヴェリアの不安?
それは大人なので自分でなんとかして貰いたい。
2人は匙を投げた。