ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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04.都合のいい男

「聞いてくださいシルさん、またヘイズさんに振られたんです……これでもう385戦0勝385敗ですよ……うぅっ」

 

「あれ、ロキ・ファミリアさんの打ち上げはまだ2時間くらい後のはず……うん、まあそれはどうでもいいですね!それで昨日はどんな感じで振られたんですか!?なにやらえっちなことをしてたって聞きましたよ!」

 

「まあ、確かに見ようによっては指圧マッサージってえっちなことかもしれませんね。悲しいのはヘイズさんの柔らかな感触の記憶が、その後の拷問の痛みによって上書きされてしまったことで……」

 

 

「それは脈アリですね!」

 

 

「マジですか!?」

 

 

「間違いないです!」

 

 

「あれだけ口説いたのに!?無表情で徹底的に虐められたのにですか!?」

 

 

「照れ隠しというやつですよ!ですがやはりまだ断定は出来ません、細かい会話まで一言一句全部教えてください!その上で判断することにしましょう!前進してるのは間違いないです!」

 

 

「流石は恋愛教師シル先生……頼りになります!」

 

 

 

 

「……あいつらはまた」

 

「いつものことニャー」

 

 

 いつもの感じで盛り上がっている馬鹿2人を横目に溜め息を吐く、店主のミア。ついでに隣で手伝うクロエ。

 ここは"豊穣の女主人"という酒場、そこに定期的にやってくる馬鹿がいる。その馬鹿は店員の1人に恋愛相談を受けて貰っていて、その雰囲気とそれっぽい助言にしっかりと騙されていた。一方で店員の方もそれを心から楽しんでいて、あんな風にはしゃいでいる。

 

 ……一般店員:シル・フローヴァは、ハサ・ファーティマの恋愛を応援する黒幕である。そしてその恋愛模様を心から楽しんでいる娯楽者でもある。

 なおヘイズはそんなことは知らない。まさか身内どころじゃない立場の……彼女がそちら側に回っているなどとは夢にも思わないし、多分知ったら普通にショックを受ける。それも割と重めの。

 

 

「回復薬をプレゼントどころか、補充まで……!?そんなのもうお嫁さんじゃないですか!!」

 

「や、それはよく分からないすけど」

 

「いいえ!これはもうお嫁さんです!そうじゃなくても彼女気取りというやつです!遂にやりましたねハサさん!これはもう勝ち確ですよ!」

 

「そ、そうなんすかね?相変わらず普通に振られましたし、昨日だって笑顔さえ貰え……あ、いや、一回だけ笑い声が聞こえたような」

 

「笑顔まで引き出したんですか!?」

 

「……なんか急に気のせいな気がしてきた」

 

「急に弱気にならないでください!気のせいじゃないですよ!きっと!」

 

「いやだって、なんか……正直、身体の上に乗られてマッサージされてる時点で心臓バクバクで自分が何話してんのか半分くらい飛んでたんで。急なご褒美に魂が下界を離れかけました」

 

「あ、顔見えてなかったんですか」

 

「はい……」

 

 

 それは可能なら彼女の顔をずっと見つめていたいし、彼女の笑顔を正面から向けてもらえるようになりたい。デートとかしてみたいし、男女の交際というものだってしてみたい。

 ……まあ確かにデートと言うか、一緒にダンジョンに潜ったことはあるが。あれは杖を直すためにお金を必要ということで渋々同行を許してくれたのが切欠で。

 

 

「……?そんなに顔を赤くしてどうしたんですか?」

 

「や、なんでもないです。それよりシルさん、実は次の"怪物祭"にヘイズさんを誘ってみようと思ってるんですけど、どうですかね」

 

 

 

「それは素晴らしい考えだと思います!!」

 

 

 

「シル、いい加減に五月蝿いよ」

 

 

 

 ミアから飛んできた注意をガン無視して、デートのための作戦を練り始める2人。というかシル。

 そう、そろそろモンスターフィリアの時期である。その内容のことはさておき、とりあえずお祭りだ。祭と言えばデート、女性を誘い出して遊びに行くというの鉄板。この機会を逃す訳にはいくまい。

 

 

「ふむふむ。ファミリア内での根回しは私がしておきますから、取り敢えずお誘いは私の合図を待ってもらうとして」

 

「いつもありがとうございます……!」

 

「ここまで好感度が上がっていたら、流石に断らないはずです!ですから問題はデートの内容です!ここ重要ですよ!」

 

「やはり女性には理想のデートというものが……?」

 

「それはもちろんです!しっかり覚えてくださいね!」

 

 

 まあ当然の話だが、そうして教え込まれるのはシルの理想としているデートの話。こうこうこういうデートをしたい、こういう風にリードしてほしい。そういう話。

 しかしそれが女性にとっての普通だと思い込んだ男は1言1句を聞き逃さないように真剣に話を聞き、メモを取る。まあ別に変なことを吹き込まれるわけではないので問題はないのだろうけれど、それでもこの男の想い人に対する妙に甘い物言いは間違いなくこの黒幕の影響である。果たしてそれを知った時の彼女の心中や如何に……

 

 

「シル〜!なんか白い奴からご指名ニャ〜!」

 

 

「っ、ごめんなさいハサさん!今日はここまでで!」

 

「いえ、こちらこそ独占してしまってすいません。デートは絶対に成功させますので!また報告させてください!」

 

「是非!」

 

 

 しかし、どうやら今日は既に先約があったようだ。彼女にしては珍しく慌てて立ち上がると、言葉もそこそこに手を振りながら走っていく。

 彼女にそこまでさせるとは、果たしてどのような男だというのか。そこらのイケメン程度では彼女が靡くことなんてあり得ない、それこそ何処かの国の王族でさえも怪しいくらいだ。となると、まあ普通に同性の友人と約束でもしていたのだろうな……

 

 

 そう思って見ていたら、

 現れたのは如何にも無垢そうな純朴な少年。

 

 白いクルクルの髪と、真っ赤で弱気な瞳。

 

 こういう場に慣れていなさそうで、

 

 女性慣れなんて更にしていない。

 

 

 ……そう来たか!

 

 それなら分かる!

 

 それはあり得る!

 

 彼はこのまま食べられてしまうんだ!

 

 

「よし納得」

 

「納得、じゃないんだよ。店員1人を独占してたんだ、もう少しなんか注文しな」

 

「……なら、お茶と今日のデザートで」

 

「ここは喫茶店じゃないよ」

 

「これからファミリアで飲み会なのに、先に飲み食いするっていうのも違うじゃないすか……あ、それならミアさんに一杯奢りますよ。あんまり高いのはキツイですけど」

 

「そういうのは普通、シル相手にするもんだろ」

 

「いつもしてますし、今からするのは流石に空気読めてなさすぎません?」

 

「……なるほどね」

 

 

 自分とは逆側のカウンターに座った彼はまず間違いなく金銭的に余裕がないだろう動きをしていて、メニューの値段を一目見て一瞬表情が凍りついたのが窺える。とは言え男は見栄の生き物、そこに助け舟を出すなどという野暮な真似はすまい。

 ……というか、こっちだってミアが一番高い火酒を引っ張り出してきたので余裕はないのだ。いやまあ自分で言った手前、しっかり払いはするけども。あまりにも容赦がなさすぎる。

 

 

「さて、ロキ・ファミリアの連中もそろそろ来るかね。一緒に来なくて良かったのかい?」

 

「嫌ですよ、ロキの前で恋愛相談してる姿を見られるとか」

 

「はっはっは、それはそうだ。……まあ、シルだけじゃなくアタシだってアンタのことは応援してる。あの馬鹿共の集まりにも、偶にはそういうことだって必要だろうさ」

 

「そんなに珍しいすかね。上層部の幹部達はともかく、普通の団員達の間では珍しくはありますけど恋愛関係に至ることもあるんすよね?」

 

「そこが問題なのさ。幹部共がそういう姿勢だから、そうやって結ばれた奴等が白い目で見られる。女神以外に現を抜かした奴等、なんてバカな考えでね」

 

「あー……」

 

 

 女神が全て、女神こそ人生、そんな考えの者達があのファミリアを主導している。つまり女神以外にも自分の人生に据えてしまった者達は、どうしても居づらくなるという状況が生まれてしまう。

 だからあのファミリアには繋がるものがない。縦に繋がるものが、最低限のものしか存在しない。強者があっても、多様性が存在しない。

 

 

「だけどアンタの惚れてる女は幹部の中でも代えの効かない奴だ、排除なんかした日にゃ自分等の効率に関わる。その上でもう何年も通い詰めて、同じ闘争に何度も参加した男が相手と来た。……あの馬鹿共はね、そういう同じ馬鹿のことは否定しないんだよ。男の性ってやつかね、あいつ等なりに諦めないアンタのことは認めているのさ」

 

「…………」

 

 

 一見すれば間違いなく叶わない想い、それは彼等が女神フレイヤに対して抱いている想いと同じ性質のものだ。難易度の違いはあるかもしれないが、それでも大きくは変わらない。

 ならばその結果として成就したのなら、本当にそんなことが起きたのなら……彼等はむしろ奮起する。どころか既に無意識のうちに、それが成就することを願っているくらいだろう。

 

 

 自分達の願いより劣る、この男の願い。

 

 だがこの男は、そんな自分達以上に手を尽くしている。

 

 自分達が出来ないような、強さ以外のことまで。懸命に。

 

 ……それでも駄目なら。

 

 ……それでも無理なら。

 

 そんなことは考えたくもない。

 

 いくら表面上は利口なことを言っていたって、心の奥底で女神を求めていることは事実なのだ。その欲が消えることなど絶対にあり得ない。その可能性を捨て切れない。その夢を諦めきれない。

 

 だから小さくとも同じ奇跡を見たい。

 

 それが潰える瞬間を見たくはない。

 

 ヘイズ・ベルベットの信仰の有無など今更疑うべきことでもないし、それが削がれるのならむしろ好都合。そしてそんなことより、自分達の目の前で不愉快なものを見せるな。見せるのならせめて、あの狂信者でさえ努力次第で落とすことが出来るという奇跡の方にしろ。

 

 ……それが総意。それが現状。

 

 

「だからロキの眷属なのに最近普通に入れてたんすね……」

 

「シルの根回しがなかったら最初から普通に殺されてるよ」

 

「シル・フローヴァ大先生に頭が上がらない……」

 

「なんならあのファミリアの女連中は割と楽しんでるさ。あそこにゃ恋人なんざ諦めた女が大勢居るが、それでも女としての自分を完全に捨てられるわけでもない。……アンタみたいな突然現れて馬鹿みたいな熱意で好意を寄せてくる、それなりに強い男。本音を言えば羨ましく思ってるんじゃないかい?"そこまで言われたら"ってのが理想なんだろう」

 

「……なんか、男も女も意外とそういう感じなんすね」

 

「所詮はフレイヤに憧れただけの人間、一枚剥がせばそこらの人間と変わらないよ。集団で勢い付いているだけさね」

 

 

 "別に私はどうとも思っていないし、まあ嫌いじゃないくらいだけど?あなたがそこまで言うのなら?考えてあげなくもないし?利用価値もあるし?まあ?あくまでフレイヤ様の次でいいのならね?側においてあげることも吝かではないというか?私も後のことを考えると、子供を作っておくことも決して切り捨てるべき考えじゃないと思ってたっていうか?ほんと渋々だけどね?フレイヤ様のためだけどね?そこまで言うならね?仕方なくね?"

 

 ……というシチュエーションがお好みの、プライドの高いお姉様方が実はそこそこ居るということ。

 

 しかもそれが最近その頭角を現しつつある、年下の有望な冒険者で。容姿も悪くなく、同じファミリアの男達のような陰気臭いドロドロとした雰囲気と真逆の人物ともなれば。

 

 

 "羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい……なんで私じゃないの?私じゃ駄目なの?私でも良かったんじゃない?見えてないの?目が悪いの?乗り換えるなら今のうちよ?……いや仕方ない、ヘイズなら仕方ない。あの子は確かに美人で若いし有能だし、内面を見抜けない若い子が騙されるのも仕方ない。若さ故の間違いだから。あの狂信者っぷりを見たらいくらなんでも……………………え?内面分かってるの?それでもいいの?それでも好きなの?は?は??は???羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい、私も欲しい私も欲しい私も欲しい私も欲しい私も欲しい……ねぇ何処?何処にいるの?私の年下王子はどこ?もう私○○歳なんだけど?早く見つけてくれないと子供産んであげられないよ?ねえ?ヘイズを受け入れられるなら私だって受け入れられるよね?私の方がヘイズよりマシじゃない?ねぇ?"

 

 

 ……という完全な手遅れお姉様達が爆誕してしまっても仕方がないというか。

 

 うん、これは別に楽しんではいないか。あわよくば狙っているのだ。なんなら優しくしてたら誰か紹介してくれないかな、みたいな。どこまでも受け身の姿勢を崩すことが出来ずに、心の内では常に時間に焦りながら、鍛錬で目を逸らしている。

 

 悲しいかな、彼女達は祭日に外に出られない女性になってしまった。男女の組み合わせを見るだけで魔法を打ちたくなるようになってしまった。

 

 "振るならキッパリと振れや!私が貰ってやるから!本当は嬉しいんだろ!?本当は欲しいんだろ!?狂信者だって私達と同じ女なんだろ!?年下男子からの熱烈求婚アピに心ときめかせてんだろ!?おぉん!?"とヘイズに思うようになってしまった。

 

 ……その後に妙な自己嫌悪に苛まれるところまでがセットで。

 

 

 

「おーう、ハサはおるかぁ」

 

 

「あ、ようやく来た。それじゃあミアさん、オレの分の会計はここで。引き続き飲ませてもらいます」

 

「はいよ、あんまり騒ぐんじゃないよ」

 

「努力はします!」

 

 

 男も女もみんな馬鹿、あのファミリアには馬鹿しかいない。それをよく知っているミアは、これを機会にそういう馬鹿が少しでも減るといいと考えている。

 

 ……というかヘイズ・ベルベットもあと数年もすればその仲間入りになりかけていたので、これが最後のチャンスだと仄めかせば1発のような気もしている。

 

 なかなかに苦しいのだ、女というものは。

 

 これがなかなか簡単には捨てられない。

 

 捨てても容易く戻ってきてしまう。

 

 自身の酒場で娘として多くの従業員を引き取っているからこそ、それがよく分かる。

 

 

 そんな都合のいい男、私だって欲しかったよ。……と。

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