ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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05.ヘイズ・ベルベットを尾行せよ

『"怪物祭"ですか?……まあ、いいですけど。何の偶然かその日は予定がすっからかんですし、珍しく』

 

 

『〜〜〜っ!!!!』

 

 

 

 シルによる根回しは大成功、忙しい身である彼女の予定から何故かバッチリ空けられた空白の数日。特に理由が説明されることもなく怪物祭前後は館での闘争が禁止となり、平穏穏やかな休日が約束されたフレイヤ・ファミリア。

 その事実に困惑しながらも喜んでいたのは、ヘイズだけに留まらない。少なくとも"満たす煤者達"に所属する者達は久しぶりの休暇に両手をあげて感謝していた。

 

 ……まあだからと言って怪物祭に行くのかと言われればまた別の話であるし、実際に大半の団員はこの機会にダンジョンに潜ったり武器の整備に行ったりなどを予定しているらしい。そこは流石にフレイヤ・ファミリア、真面目なことである。

 

 だがその一方で。

 

 まあそういうのを見てみるのも一興だろうと承諾してくれたヘイズは、果たして何を思っていたのか。相変わらず表情に色を出してはくれなかったのでそこは分からないが、それでも明らかなデートに付き合ってくれるというのは事実。彼は素直に喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 ――さて、まず常識の話として。

 

 デートは30分前に待ち合わせ場所へ行くのが基本、そんな当たり前のことを超越して1時間前に来るというのもまた良くあること。それは相手を待たせるという絶対に避けたいシチュエーションを回避するためであり、同時に楽しみ故に待ちきれない衝動と緊張を少しでも解消するための行動と言える。

 互いに30分前に集合場所に着いてしまって、予定よりも早くデートが始まってしまう。なんてこともよくある話だ。

 

 

 ……しかし、それは間違いであると彼女は言う。

 

 

『デートの初対面が一番大事なんですよ?自分の最高の姿を相手に見せるべきです。となると最善は30分前、そしてギリギリまで見た目をセットしておくんです!何もしなくても髪型なんかは崩れますからね!遅れることより、最高の姿を相手に見せることに全力を出しましょう!どうしても心配なら1時間前に現地の様子を見に行くのもよしです!工夫のための下見と下準備は、こういうことも想定しておきましょう!』

 

 

 流石はシル大先生、その助言は素晴らしいものだった。

 彼女の恋愛歴についてはよくわからないが、それでも繰り出される助言の数々は確かなもの。それに何度か転がされたことはあるけども、それより救われたことの方が何倍も多い。転がされたことはあるけども。

 

 今回だっておかげで待ち合わせ場所近くで美容院を探し出すことが出来たし、そこの店主が気前の良い人で、デート用のコーディネートから当日の衣服の保管まで協力してくれることになった。

 時間をかけて決めたデート服、実際に下見をして歩きながら構築したデートプラン。その最中で力を貸してくれた、美容院の店主のような優しい人達。

 

 この出会いも含めて感謝しかない。

 それがただのデートだとしても、昼中の祭デートというあまりロマンチックではない平凡なものだとしても、全身全霊で望むと決めている。絶対に失敗させたくないし、これを機にもっと関係を進展させたい。少なくとも彼女の笑顔だけは必ず見たい。

 その決意と願いだけはしっかりと心に刻んで、その日のために計画を積み重ねた。

 

 

 

 

 ――だが当日、彼は自分が本当にシル恋愛大先生に感謝すべきはそこでは無かったことを思い知る。

 

 

 

 

 本当に……もし彼女の助言を素直に聞いていなかったら、それを考えるだけでも恐ろしい。もし彼女からその提案が無かったら、現実を知ることも絶望することも出来なかった。自分の知り得ないところで好感度が下がっていたかもしれないし、少なくともその事実を後から知ってしまったら、自分は自分を殴り殺していただろう。

 

 

 ――なぜなら。

 

 

 一応それなりに準備をして、助言通り1時間前に待ち合わせ場所を見に行った、その結果……

 

 

 

 

『ヘイズさんもう居るじゃん!?!?!?』

 

 

 

 

 ……ということが起きたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『〜♪〜〜♪』

 

 

 

 "女神の黄金(ヴァナ・マルデル)":ヘイズ・ベルベット。

 

 フレイヤ・ファミリアの治療師と薬師で構成される治療部隊『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の筆頭格であり、ステイタスはLv.4。

 アミッド・テアサナーレと並ぶ『オラリオ二大治癒師』の一人であり、『黄金の魔女』とも呼ばれている実力者。

 

 そんな彼女は薄紅色の長髪と赤い看護衣が特徴的な美少女であり、しかしその治療能力を基本的にファミリア内では酷使されているため、常に目の下に隈を携えているようなオラリオ屈指の苦労人……であったはずだ。

 

 

 

「ヘイズが、普通の美少女になってる……!」

 

「ヘルンさん!声が大きいです!」

 

 

 物陰から姿を現す複数の影、それは彼女と同じフレイヤ・ファミリアに所属する女性達。ヘルンを含めたヘイズの恋愛模様が気になるお姉様方である。

 

 

「だって……だって……!」

 

「確かに隈がありませんね、休みということでよく眠れたからでしょうか。それとも化粧で隠している?」

 

「しかもお洒落!お洒落してます!なんですかあの格好!破廉恥ですよ!」

 

「いやエルフ基準で言われても……普通のブラウスとフリルスカートですよ?ハイソックスも含めて、基本は普段の服装と変わりはない……はず、よね?」

 

「……ねぇ、ヘイズってあんなに胸大きかった?」

 

「尻も兵器みたいになってません?なにあのデカさ」

 

「まあ普段は看護服着てるので、分かり難いですけど……」

 

「ヘルンどう思う?」

 

 

「あんなに大きいはずがない……!!」

 

 

「落ち着きなさい」

 

「確定ね」

 

 

 生地の薄い白ブラウスと、ブラウンのフリルスカート、そして背の高いハイソックス。シンプルではあるけれど、お洒落であるし、大胆でもある。

 短いスカートとハイソックスの間に生まれた絶対領域、その最高のスタイルを際立たせる腰部分で窄むような形のブラウスに、頸から胸元まで肌が見えてしまうような少し高めな露出。

 

 なによりヘルンが思わず冷静さを失いかけるほどに、久々に認識したヘイズ・ベルベットの身体は成長していた。若しくは肥えていた。

 

 ……もちろんそれを単に"太った"と言葉にすることは可能だろう。しかしその明確な"くびれ"を見て"太った"と言うことなど、同じ女として出来る筈がない。それを口にしてしまえば、負けた気分になるからだ。

 だが本当にどうしたらそんな上手い具合に脂肪が付くのかわからない。医療者というのはそこまで自分の身体を好き勝手に作り変えることが出来るとでもいうのか。不思議で仕方ないし、羨ましくて仕方ない。その秘密が全くもってわからない。

 

 

『〜♪〜〜♪』

 

 

 機嫌良さそうにベンチに座りながら本を読んでいる彼女、周囲からは当然に視線が集まっている。だがそんなことも気にしていないのか、彼女はただ時間を潰す。

 

 なんだろう、こうして待っている時間さえも楽しいというやつなのか。それとも普通に休みの時間を満喫しているだけなのか。読んでいるのが医療書というのがまた彼女の生真面目さを表しているようで、なんだか負けた気分になる。

 

 

「あ、彼も来ましたね」

 

「え、早くない?待ち合わせ時間は10時のはずだけど、なんで2人して9時に来てんの?」

 

「……いやまあ私達としては好都合なんだけど。あと1時間もヘイズが本読んでる姿見てても仕方ないし」

 

「そもそも貴重な休日に私達は何をしているんだろう……」

 

 

 慌てたように走ってきた彼、しかしその必要は本来ない。なんならその姿にヘイズもまた少し驚いているようで、どうやら彼女は最初から1時間を待つつもりでここに来ていたことが窺える。

 ……そして彼もまた、しっかりとお洒落をしてきていた。

 

 

「あ、その服装最高……うわぁ、羨ましいです!私もあの人とデートしたいです!ほんとに羨ましい!」

 

「はいはい、身を乗り出さない」

 

「露出が少なければなんでもいいのか、この馬鹿エルフ……まあでも、確かにシンプルだけど落ち着いた良い感じよね。少し明るめの灰色を上手く使いこなしてるわ」

 

 

 全体的に暗めのコーディネート、そして余裕のある服装。けれど彼は良く分かっている、夏であっても男性はデートに上着が必要。それは自分のためではなく、女性の体温のコントロールのため。

 そして相手の女性が明るめのコーデをしてくるのなら、男性側は暗めのコーデをしてくるという意識も大切だ。敢えて対比となる色合いにすることで、互いに互いを強調させ、意識させることに繋がる。彼は良く考えていた。というかシルはよく考えていた。

 

 

『ヘイズさん!お待たせしてすみません!』

 

『?……早くないですか?』

 

『こっちの台詞ですよ!?念の為に様子を見に来てよかっ……あ、いや!なんでもないです!』

 

『……偶には外で読書をしてみたいと思っただけですから。まあ来てしまったものは仕方ないですねー、行きましょうか』

 

『は、はい!』

 

 

 胸元がチラッと見えるその服で、椅子に座ったまま見上げるその姿勢。果たして彼の目線からはどのように映っているのか、真っ赤になった顔を見れば容易く思い至る。

 しかも口元だけとは言え、若干の弧を描いているような微笑を、少しだけ首を傾けながら真っ直ぐに返されて。きっと彼の心拍数は現在とんでもないことになっているだろう。

 

 

『……というか、あの』

 

『?』

 

『私服、良過ぎます。めちゃくちゃ可愛いです。他の誰にも見せたくないくらい』

 

『そうですか?買ったままにしていた物を着てみただけですけどー』

 

『ヘイズさんの良さがバレてしまいそうで危機感感じてます。ちょっとオレの上着を着てて貰えません?気が気じゃないんで』

 

『……まあ、はい、それはどうも』

 

 

 

 

「嘘だ!!」

 

 

 ヘルンが小声で叫ぶ。

 

 

「ダウトです!ダウト!そんなに前に買った服だったら、急激に成長したあの胸を抑え切れる訳がない!あれは嘘です!大嘘ですよ!このデートのために買ってきた渾身の服に違いありません!」

 

「うわぁあ!男の人に上着貸して貰うやつ!男の人に上着貸して貰うやつです!生きてるうちに一回はやってみたいやつですよ!いいなぁ!羨ましいなぁ!あの自分より明らかに大きいサイズの上着に袖を通してみたいです!」

 

 

「……誰かこの馬鹿とエルフを取り押さえて、流石にそろそろバレる」

 

「はいはい……しかしヘイズさんの考えが読めませんねぇ。ヘルンの言う通りならデート準備くらいはしてきたみたいですけど、割と弟感覚だったりするんでしょうか」

 

「少しくらい顔を赤くしたりすれば分かりやすいんだけど、その兆候もないのよねぇ。ほんと何考えてんだか」

 

 

 流石に今の時点で手を繋ぐということはないのだが、2人はそのまま歩いて行く。

 そんな幼馴染とも言えるヘイズの恋愛模様にヘルンは冷静さを失いかけているが、しかし彼女の意見は現状の分析に非常に役立つ。取り敢えず現時点で、今回のデートについて彼女はそこそこ乗り気だということは確実だ。その理由については未だにハッキリとはしないが、嫌々渋々というわけでは決してない。

 

 

『それで、何処に行くんです?まだ怪物祭が始まるまで時間はありますけどー』

 

『今日はお祭りですから屋台が出てるのは当然なんですけど、普通のお店も普段見ないような物を売っていたり、安くしてたりするんですよ。ヘイズさんお腹空いてます?』

 

『いえ、まだそれほど』

 

『それなら少し見て回りましょう。限定のアクセサリーなんかもありますし、きっとヘイズさんが気に入る物もありますよ!』

 

 

『……!』

 

 

 

 

「「「手を取ったぁぁぁぁあ!!!!!」」」

 

 

 

「なんでそれでも無表情なのよ!ヘイズ!!」

 

 

 自然な流れでヘイズの手を取った彼のことは、素直に賞賛すべきだろう。

 これから祭の喧騒の中に突入するのだから、はぐれることのないように手と手を繋ぐのは自然!決しておかしなことではない!そしてそのタイミングを見逃さずに勇気を出した!そこは1人のお姉様として褒めてやりたいところ。

 

 しかし一方で、やはりヘイズの顔は変わらない。せめてもう少しくらい、言葉での反応くらいしてあげてもいいのではないだろうか!自分だったらもう少し可愛い反応を……そこまで考えて、多分無理だろうなぁと想像する。そんな無邪気な反応が出来る気がしない、ここに居る女の大半はもう擦れているのだ。こっちのエルフはともかく。

 

 

『え、素材がいつもより安い……うわ、ディアンケヒト・ファミリアが妙な形の回復薬を売ってますよ。これ中身変わらないじゃないですか、詐欺なのでは?』

 

『なんか贈り物やお土産用で買う人が多いらしいですよ。オラリオの外では高級回復薬は御守りのようなものですし、家宝のように家に置いておくことも多いですから。家具として見た目も重要視されるみたいです』

 

『なるほど……確かに可能なら家庭に1本はエリクサーを常備しておきたいですからねー、私は不要ですけど』

 

『まあオレとしては祭の最中に堂々と精力剤とかの立札を出す男神ディアンケヒトの感覚の方が分からないんすけど……」

 

『避妊具、精力剤、性病治療薬、妊娠検査薬……まあ確かに、こういう日だからこそ売れるんでしょう。売っている薬師達は今にも引き剥がしたいような顔をしてますが……』

 

 

『……』

 

『……』

 

『……』

 

『……』

 

 

『……あの、あっちのアクセサリー店に行ってもいいすか?せっかくなので記念に何か贈らせてください』

 

『あー、アクセサリーですか。……まあ、大きくない髪留めとかがいいですねー。仕事柄、ピアスとかネックレスとかは使い辛いので』

 

 

 一瞬微妙な雰囲気にはなったものの、2人はそのままアクセサリーを選びに行く。

 

 

 

 

「そこ!!」

 

 

 しかし、ヘルンは見逃さなかった。聞き逃さなかった。何事もないようにヘイズが口にした、その一言を。決してそのままスルーしたりはしなかった。

 

 

「いま!"普段使いするような物が欲しい"って言いました!言いましたよね!?言ったも同然ですよね!?」

 

「まあ、言われてみれば確かに……」

 

「けどそれは普通に"変な物は要らない"ってことなのでは?」

 

「それも確かに……」

 

「何を言ってるんですか!あれは"貴方から貰った物は必ず使います"って言ってるのと同義なんですよ!?買って放っておいたりしない、大切に使う、っていう宣言なんです!大変なことですよこれは!!」

 

「暴走気味のアンタの言葉を何処まで鵜呑みにしていいのか正直迷ってる」

 

「普通に誠実なだけでは?」

 

「うわぁ!うわぁ!髪留め選んで貰えるのいいなぁ!私も色んな髪留めを髪に当てて貰いながら男の人に悩んで貰いたいです!!その顔を見上げて心の中でニヤニヤしたい!」

 

 

「「「そんなのみんなそうよ!!」」」

 

 

 結果として購入されたのは、ルビーを思わせるような紅昌のそれ……になりかけたのだが、その後にヘイズからの提案でもう1つ。対になるサファイアを思わせる蒼昌の髪留めまで買わされて、そのどちらも1人で持っていくという奇妙な行動を彼女は取った。

 ハサとしては一向に構わないのだが、ヘイズはその場で紅昌の髪留めだけを前髪に取り付けて、蒼昌の髪留めは鞄に仕舞い込む。

 

 こればかりは流石のヘルンも意図を計り兼ね、首を傾げるばかり。まあどちらにしても彼女は気に入った物を見つけて満足したようなので、問題ないだろう。もちろんそこまで安い買い物ではなかったが、その場で付けてくれるというサービスを含めればむしろプラス。

 気分はスーパースターが自分の選んだ靴を履いてくれた時さえも超えるだろう、それが恋心ブースト。

 

 

『そろそろ休憩がてら軽食なんてどうですか?良い店を見つけたんですよ』

 

『ん、そうですね。構いませんよー、行きましょうか』

 

 

 しかしそれでもなお崩れることのないヘイズの無表情、なんならコイツはこんなに情緒のない人間だったろうか?ぶっちゃけヘルンとしては、そこに何よりも奇妙さを感じている。

 

 デートはまだまだ序盤。恋愛とはかけ離れたどころか無縁な女子達によるこの尾行、そろそろ虚しさを感じはじめてきた頃合。なぜ私たちは女だけでこんなことをやっているんだろう、周りにはたくさんカップルが居るのに。

 いくら実力がありプライドでガッチガチに塗り固められた彼等と言えど、フレイヤ様だけを見る人生から、フレイヤ様以外を見られない人生になり始めたことについて。直視するのはなかなか甚大なダメージを負う作業であるのだ。

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