ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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06.偶然の隠れ見

 その店は2階のテラスから大通りを見渡す景色が売りで、繁忙期には多少の席料は発生するとしてもその価値がある場所であると巷では有名だった。

 ……とは言え、そういうシチュエーションなのだから基本的には夜がメイン。朝〜昼にかけては軽食を出す程度なので、わざわざ席料を支払ってまでテラスに出る客は少ない。安くはないが美味しい朝食目当てに来る者達ばかり。

 

 だからこそ、休憩をするならここだなと最初から決めていた。ここなら群衆から解放されて、見渡しの良い場所で伸び伸びと休憩することが出来る。予約制というのもまた良い、そこそこの見栄を張れる。

 

 

「ふぅ……改めて見るとすごい人数ですねー、体力とは違う部分を削られた気がします」

 

「そうですね、実はオレもあんまり人混みは得意じゃないので。ぶっちゃけ、こういう休憩地点を何箇所か用意してます」

 

「懸命ですね。ただそこまで苦手なら別に怪物祭でなくても良かったのでは?」

 

「……分かってて言ってますよね?別に怪物祭自体は割とどうでもいいですよ、オレはただヘイズさんを誘い出したかっただけなんですから」

 

「てっきり夜景の綺麗なレストランにでも連れて行かれるのかと思いましたー」

 

「そういう重いのは絶対断るじゃないすか……まあショーを見終わった後は個室の店を予約してますけど、それも気楽にして貰うためです。今日は全体的に軽めで」

 

「……流石に年下にお金を出させ過ぎですかねー」

 

「男の見栄ってやつですし、気にしないでいいですよ」

 

 

 運ばれて来た軽食を口に運びながら、そんななんてことのない会話をする。

 まあ普段はここまでの浪費ともなると頭を抱えるものだが、本気で好きになった相手のためとなれば急に安く見えてしまうのが男というもの。大丈夫大丈夫、ダンジョンに潜れば貯金残高は回復する。ちょうどフィンとも約束をしているのだし、何の心配もあるまい。

 

 

「……ほんと、お馬鹿ですねぇ」

 

「?」

 

「いえ。そこまで準備してくれているのですから、今日は最後まで付き合いますよ。これまで仕事か鍛錬ばかりでしたから、偶にはこういうのも悪くありません」

 

「なんだか妙に慣れて見えたので、もしかすればこういう経験があるのかと……」

 

「……7年くらい前から妙に迫ってくる男性が居るくらいですかねー」

 

「は、はは……」

 

 

 

「――まあ。休日を休日らしく過ごすなんて、それまでは考えられませんでしたし」

 

「?」

 

 

 ポツリと小さく溢れたそんな言葉は目の前の彼には届かず、彼女の手の内にある温かな飲み物の中へと消えていく。けれどその表情はむしろ穏やかで、彼女は素直にお茶の匂いを楽しんでいるよう。

 

 

「夢を盲目的に追っていられるのも若いうちだけ……うちの馬鹿な男共は死ぬまでああしてそうですけど、女はそうはいかないんですよー」

 

「そうなんですか?」

 

「閉経や適齢期のような明確な肉体的変化があるので、嫌でも現実を見させられるんです。高レベルの眷属であっても少し延長される程度の猶予。精神的にも成人近くなると自分の立ち位置とかもわかって来ますし、限界も見えて来ます。……というか、最近フレイヤ様からも女性団員達にさり気なく忠告がありまして」

 

「それはまた珍しいすね、どういう内容だったんすか?」

 

 

「"あなたたち、老後のことは考えてるの?"と一言」

 

 

「うわ、きっつ……」

 

 

 その日の夜、女性陣が阿鼻叫喚に包まれていたのは言うまでもない。

 無意識のうちに目を逸らしていた将来の自分の姿を、崇めている主神から突き付けられたのだ。直視せざるを得なくなる。そして当然に閉じた瞼の裏に映る未来の自分は、幼い頃に思い描いたそれとはかけ離れた、酷く碌でもないものだ。

 

 なんならフレイヤ直々に『そこまで面倒見るつもりはないわよ』と言われているも同然。ハサとヘイズの関係に妙に注目が集まっているのも、それが理由。なんならそうさせるために発言したまであるかもしれない。

 

 

「『強靭な勇士』に衰えた老兵は必要ない……残ったとしても、十分過ぎる実力のある今の幹部陣くらいでしょうから。他の大半は普通に居場所がなくなります。最後に手元に残るのはフレイヤ様からの少しの慈悲と、まあお金があればマシなくらいですかねー」

 

「フレイヤ・ファミリアの人達、社会復帰とかキツそうですからね……」

 

「そういう訳で、私も少しは人間らしいことをしておこうと思いまして。――まあ私がクビになるようなことは考え難いですけど、アミッドのような眷属が3人くらい入って来たら流石に心が折れますから。こうやって回復薬作りを本格的に学び始めたのも、見識を広げるために外に出るようにし始めたのも、自分の価値を高めるためです」

 

「用済みになった後のためじゃなくて、用済みにならないための努力ってことですか。流石にヘイズさんは覚悟決まってますね」

 

「当然です、私は死ぬまでフレイヤ様にお仕えすると決めていますので。ただ、馬鹿達のバカにいつまでも付き合っていられないと思い直しただけです」

 

 

 そもそも死んでも治してもらえると無茶をするのは、普通にこちらに対する甘えである。なぜそんな甘えに毎日毎日付き合わされなくてはならないのか。本来自身が背負うべき負担なのだから、それを自覚すべきだろう。

 これまではそれが女神フレイヤのためになると思って続けていたが、それは自分の時間を浪費しているということでもあると思い至ったのだ。やりようは他にあるのではないかと。

 

 ――ということで、最近は作成した回復薬を投げ付けるだけの体制に移行しようとヘイズは考えていたりする。自分が回復するのは本当に死にそうな奴だけでいいだろう、ついでに研究費のために金まで請求してやろうか……と考えたりして。

 

 

「ふむふむ、洗礼の改革ですか……良いと思いますよ、オレも。それにヘイズさんはもう少し我儘になっていいと思ってましたから」

 

「……自分で言いたくないですけど、割と我儘な方なのでは?」

 

「オレだったら普通にオッタルさんの部屋を起爆してると思いますし」

 

「……考えなかったと言えば嘘になりますが」

 

「まあ『洗礼』なんて言いつつ同じ環境で殴り合ってるだけすからね。日々パターン回してるだけなんで、上がってるのはステイタスだけですし」

 

「っ」

 

「教える人もなしに放置してたら、こうなって当然です。死に癖が付きますし、致命傷を受けることが無意識に選択肢に入っちゃいます。フレイヤ様のためにも方針を変えた方が良いってヘイズさんの主張は、至極真っ当なものだとオレも思いますよ。これまでの努力を否定するようで言い出し辛いってことも分かりますけど、人格的にまともな指導者でもいるといいんですけどね」

 

「……」

 

 

 自分だけが我慢していればいいからと強くは言ってこなかったが。実際に結果は出ているので言い出し辛かったが。こうして自分の状況を変えるためだとしても立ち上がろうとしているヘイズを彼は称賛する。それは言ってもいい我儘で、むしろフレイヤのためにもなる考えだと。

 

 

「別に私もそこまで考えてたわけではないんですけどねー……」

 

 

 ……まあ問題は、ヘイズ自身は本当は『毎日がキツイので人員を増やすくらいして欲しい』くらいしか考えていなかったことか。特に『パターン回してるだけ』という指摘は過去の自分にも深く突き刺さったりとか。なんなら彼等に『死に癖』を付けているのは紛れもなく自分なのだし。

 この男は自分達の"洗礼"に付き合いながらも、頭の中ではそう感じていたということだ。ステイタスを伸ばしているだけの行為。利だけではない、害が確かに存在する鍛錬方法。実際フレイヤ・ファミリア眷属のダンジョン内での事故率はそこそこ高かったりする。

 

 

「……まともな指導者がいれば、私も可能性あったりしたんですかねー。今までほぼ洗礼ばかりしていたので、もっと他の方法を取れば、もしかしたら」

 

「そこはちょっと、無責任には言えないです。ヘイズさんもヘイズさんなりに考えて出した今の結論でしょうし、オレの方が理解してるなんて訳もありませんから」

 

「まあ、そうですね……」

 

 

 一度は諦めた『強靭な勇士』としての自分、確かに彼の言うとおりそれは悩んで悩んで苦しんで、その末に出した結論。それは自分の夢を諦めることと同じで、あの瞬間にヘイズは女神フレイヤの1番という憧れを捨てた。彼はその決断を否定せず、尊重している。

 ヘイズだってそうだ、あの時に夢を捨てる選択をした自分が間違っていたとは思わない。確かに本音を言えばもう一度だけ確かめたいという欲はあるけれど、ずっとあり続けているけれど。それでも……なりたい別の自分は、もう定めた後なのだ。それをもう一度曲げるというのは、あの時にあの場所で自分を見てくれた女神の視線を裏切るということ。そしてあの時の自分の絶望と意思を踏み躙るということ。

 

 

「……………………ヘイズさん。もし良かったら、今度また一緒にダンジョンに行きませんか?その、ファミリアがこの前の遠征で火の車でして、少し稼ぎに行こうかなと」

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

「えっと、やっぱり駄目です……?」

 

「……あまり深い層にはいかないということなら」

 

「そ、それはもちろん!もう迷惑はかけませんし……!」

 

「なら、まあ、いいですよ、付き合います。私も色々と考えたいこともありますから」

 

「やった……!」

 

 

 こうして次のデート、と言ってもいいのかは分からないが。少なくとも2人で出かける約束ができた。本当はこういう話はディナーの時にすべきなのかもしれないが、早めに決まるに越したことはない。こういうのは雰囲気で纏めるのが一番成功率が高いのだから、時には大胆な予定の変更も必要。

 

 

 

 ――さて、そんな会話をしている2人であるが。

 

 

 実のところここには、そんな彼等を盗み見している者達が居る。具体的にはテラスから一番離れた席で、反対側の窓際を陣取っている怪しい集団。マスクとメガネ、そして外套でしっかりと姿を隠している、一瞬"闇派閥かな?"と思ってしまうような装いをしている彼等のこと。

 

 

「いや、なんでウチらまでこないコソコソせなアカンねん……!」

 

「なあにロキ?貴女あの雰囲気の2人の前に姿を出せるの?正気?」

 

「そらキツいけど……!ならせめて店を変えろや!」

 

「嫌よ、こんな面白いところを見逃せる訳ないじゃない」

 

 

 

「まさかフレイヤ様に捕まるとは……」

 

「というか何故また脱走してるんですか?まさかこれ私たちが幹部陣に説明させられるんですか?」

 

 

「わ、剣姫もいる……!」

 

「どうも……」

 

 

 アイズを連れたロキとフレイヤの密会、偶然にもその場所が2人の休憩場所と重なってしまったことによるこの惨状。

 この日にデートが行われることは一応両者共に知っていたことではあるのだが。親として、友人として。流石に今回ばかりは介入することなく、後の報告を待とうと思っていたのに。こんな偶然が起きてしまったのなら仕方がない。覗き込むしかない。

 

 この距離なのでぶっちゃけ会話は半分くらいしか聞き取れないが、そこを読唇術でカバーする。まあそんなことができるのはフレイヤとロキくらいなのだが、メインで楽しんでいるのもこの2人なので問題あるまい。

 

 

「……にしても、自分とこの眷属になんちゅうエグいこと言うとんねん。フレイヤ」

 

「あら、言ってあげるだけ優しいくらいじゃないかしら。現実から目を逸らさなければ生きていけないような弱い子なんて、『強靭な勇士』には要らないわ」

 

 

「「「かふっ」」」

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 

「その点、ヘイズもその兆候はあったけれど……あの子の存在が支えになったのかしら。悪い言い方をすれば、彼という保険があるもの。冷静に考え直す余裕が出来たのね」

 

「カスみたいな話やな、マジで……せやけど、なんやそれだけには見えん落ち着き方やんけ、あの子」

 

「そこは私も知らないわ。そもそも今の時点でヘイズが彼に何を思っているのかなんて、私だって聞いていないのだし」

 

「聞かんのか?」

 

「私が聞いたら尋問になってしまうでしょう?」

 

「まあな」

 

「どうなるにせよ、成り行きを見守るだけよ。私も学べることが多いのだし」

 

 

 正直なことを言ってしまえば、ヘイズの考えに関してはフレイヤ自身もよく分からない。こうしてデートをしているのだから憎からず思っていそうではあるが、果たしてそこに恋愛的な意図があるかどうかは測りかねる。単に利用しているだけという可能性もあるし、ヘイズ本人も困惑していたり、混乱していたりしている可能性もある。

 

 フレイヤとしては『まだ決めかねている、自分の気持ちや状況を整理している段階』だと踏んではいるのだが、その末に彼の想いが成就するかどうかはまた別の話だ。良い関係性のまま、けれどヘイズ自身の考えや信念で破綻してしまう可能性だってあるだろう。むしろその可能性の方が高いのではないかとも睨んでいる。

 

 

「……ま、そういう不確定さが恋愛の肝みたいなもんやからな。外野と親は頼られるまでは見守るに限るか」

 

「仮に完全に破綻してしまっても、死ぬ訳ではないのだもの。そういう失敗を繰り返して成長していくものなのでしょう?うけうりだけど」

 

「ええこと言うやんけ」

 

 

 だからこのままでいい、このまま2人が歩いている姿を見ているだけでいい。この見ているだけでも胸が縮むような甘酸っぱさを、ただ少しだけお裾分けさせて貰うだけ。

 

 

 

「……それにしても!この組み合わせになった理由が全く分からんのやけどな!ハサは馴れ初めとかマジでなーんにも教えてくれへんし!」

 

「あら、さっきヘイズが『7年くらい前から迫ってくる』と言っていなかったじゃない」

 

「ハサを拾ったのが7年前や」

 

「丁度その頃、私もヘイズを動かしていたのだけど」

 

「まさかウチより先に会っとったんか?」

 

「そう考えるのが自然ね」

 

 

「………?」

 

 

 ちなみに当時、そのヘイズと共に行動していたのが何を隠そう今現在この場所にいるヘルンである。しかしヘルンにそのような記憶は一切ないので、何の役にも立たない。恐らくこの件とは関係がない。故に2柱に見つめられても?マークを浮かべるしかないヘルンは、直後に同時に溜息を吐かれた。

 

 

『ヘイズさん、そろそろ行きましょうか。一応席は取ってもらっているので、時間ギリギリに行っても問題ないんですけど』

 

『予約制なんです?ショーの席は』

 

『いえ、普通に席取りをお願いしました。金の力です』

 

『……あまり言わない方がいいと思いますよー、そういうの』

 

『せっかくの日ですから、お金で解決できることはそうしてしまおうかと。ここの会計も事前に雑に払ってありますから、このまま出られますよ』

 

『……はぁ、本当にお馬鹿ですねぇ』

 

 

 なんて会話をしながら席を立つ2人、フレイヤ達はその背中を見送る。

 どれだけ気合を入れてきたのかと思うような発言が聞き取れたが、ここに来て初めてヘイズが明確に笑みを見せたことにもフレイヤは見逃さなかった。しかしそんな笑みを彼だけは背中を向けていて見られなかったのだから、可哀想に。それともヘイズが意図的に見せていないのか、それは分からないが。

 

 

「あれだけ薄汚れていた魂がここまで輝くのだもの、恋っていうのは面白いのね」

 

 

 その可能性にこそ、女神は惹かれていた。

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