ヘイズさん、結婚してください!   作:ねをんゆう

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08.炎の中で

 舞い落ちる木の葉を斬る、ただそれだけの行為がどれほどの技量の上に成り立つものか分からない者はこのファミリアにはいない。

 アイズ・ヴァレンシュタインは自身の身体と武器の誤差修正を確認するために容易くそれを行い、まるで粉にでもするかの如く、粉々にしてしまう。単純な破壊力だけではなく鍛え上げられた技術、それが伴ってこその強さなのだ。

 

 

「――あの夜、オレは何をされたんだ」

 

 

 

「…………」

 

 

 なおその横で、全く同じことをボーッと空を見上げながらやっている馬鹿が居る。なんなら座ってナイフ一本で手慰み感覚でやっているし、その精度も本当に木の葉を粉にしてしまうようなもの。

 ジトっとした目で幼馴染に睨まれていることにも気付かず、酔い潰されたらしき夜の記憶を必死に思い出そうとしている彼。

 

 それはまあアイズだって刃物の扱いでコイツに勝てるとは思っていないが、それでも悔しさというものがある。なにせ彼は自分より1つレベルが低い、自分の方が強い筈なのだから。熱心にダンジョンに通っているという訳でもないのに、一体なにが違うというのか。

 

 

「あの、ハ……」

 

 

「おーう、ハサおるかー?久々にステイタス更新したるで〜」

 

 

「む……」

 

 

 ナイフの扱いについてコツを聞こうとした矢先、現れたのは瓶を片手に持ったロキ。

 これもまた不思議な話なのだが、彼は滅多にステイタスを更新しない。それこそアイズなんかは遠征の前後には必ずしているし、何か大きな戦闘があればその都度やっている。他の団員もアイズより少なくはあっても、必ず遠征の前後+1回くらいの頻度では行っているはずだ。

 

 しかし彼は遠征の前後でさえやらないし、やるのもこうしてロキから誘われた時だけ。だからアイズとしては『やる気がない』と思えてしまうし、まあ実際にやる気はないのだろう。

 彼にとってダンジョンやモンスターは二の次、彼の目的は他にあるのだから。アイズだってそれくらいは知っている。

 

 

「おう、聞いとるんかハサ」

 

「ん……あぁ、ステイタス?ありがとうロキ、ここでやっていいよ」

 

「恥じらいとかないんか、ほんま」

 

「男が恥じらっても一銭にもならないしなぁ」

 

「確かに、ならまあええか」

 

 

 ……どうやらこの中庭でステイタス更新をするらしい。

 

 まあ一応アイズがいることもロキは知っているので、プライバシーに配慮してロキは隠すように立ち振る舞うが。普通は考えられないことである。男であっても多少は気にするべきところではないだろうか。

 

 

「うおっ……流石に今回は溜め過ぎたなぁ、何ヶ月ぶりの更新や?えらいことになっとるで、自分」

 

「なに?レベル上がった?」

 

「おお、しかも余剰もたんまりや。Lv.5おめでとさん」

 

「ういうーい」

 

 

「!?」

 

 

 なんかすごく軽い感じで、とんでもない話をしてる。アイズは思わず木の葉を切ろうとした手を止めて表情を固める、なんなら身体が固まる。

 ……あまりにも反応が薄くないだろうか?Lv.5だ、とんでもない偉業だ。アイズはLv.5に上がった時、あまりの嬉しさに飛び跳ねるところだったくらいだ。それなのにこんな、世間話の延長みたいに。ロキだってもう少し喜んでいいだろうに。

 

 

「にしてもこれ……この前の遠征だけやないやろ、何倒したん?」

 

「あー、なんか少し前に変な強化種が出てきて。ヘイズさんの力を借りながら、かなり無理矢理倒したんだよね。それが偉業扱いになってるんじゃないかな」

 

「なるほどな、それ報告に上がってへんけど?」

 

「まあいいかなって」

 

 

「オルァ!」

 

 

「痛いっ!」

 

 

「お前ほんまええ加減にしとけやゴルァ、死にかけた時くらい報告しとけやカスゥ……!」

 

「だってロキ怒るじゃん……!」

 

「怒られてでも報告しろ言うとるんじゃボケェ!」

 

 

 ガスッガスッと瓶で殴りつけるロキ、流石に普通に痛そうである。

 しかし強化種の討伐をしていたというのなら、なるほど確かにレベルが上がっていてもおかしくはない。とは言え、それがあの彼女と一緒だとは……

 

 

「取り敢えずレベル上がったことはフィン達には伝えとくけど、公表はいつにするん?そこそこ話題にはなるで」

 

「ロキの好きな時でいいかな、別に拘りもないし。ヘイズさんには先に伝えておきたいけど」

 

「……ちなみに他にも隠しとることあらへんやろな?ぶっちゃけもうD評価のステイタスあるんやけど、強化種だけで説明つかんやろコレ」

 

 

「!?」

 

 

「それはまあ、その……フレイヤ・ファミリアの『洗礼』に無理矢理参加させられたり。なんか突然にアレンさんやオッタルさんに"味見"されたり、色々と」

 

 

「!?!?」

 

 

「そら上がるやろ……ようフレイヤも許したなぁ」

 

「どっちかと言えば、こっちの力量測られてた感があるし。まあ偵察の範囲内だったんでしょ」

 

「結果は?」

 

「勝てる要素isどこ」

 

「そらそうや」

 

「手加減どころか武器無しの『新感覚アトラクション』みたいな扱いされて遊ばれてた。楽しそうに玩具扱い。会うために都市最強を相手にしないといけないとか、ヘイズさんちょっと高嶺の花すぎる」

 

「ハサのレベルが上がって喜ぶのは案外そいつ等かもしれんなぁ……」

 

「辛過ぎる……こういう不安は全部アイズの方に行けばいいのに」

 

 

 

「……」

 

 

 私の幼馴染がいつの間にかとんでもない人脈を築いてる。

 

 幼馴染と言えるほど別に親しくない点についてはさておき、恋愛に現を抜かして強くなることを捨てた……ように見えていた彼が、何故か恋愛をすることで強くなっていた。

 

 気分はまるで、恋愛漬けの選手の方が圧倒的に強く育ってしまった時の野球ゲーム。一心不乱に毎日走り込んでいる選手より、女の子とデートしまくってる選手の方が何故か強くなってしまうというバグのような現象。

 

 しかしそれもそのはず、走り込んでいるだけでは猛者オッタルとの人脈など築けまい。視界にさえ入るまい。野球だけしていたら世界の危機に関われないのと同じことだ。ただ走り込んでいた選手より、世界の危機を乗り越えるためにパートナーと懸命に努力した選手の方があらゆる面で強くなるのは当然の話。……何の話?

 

 

「ところでデートはどうやったん?」

 

「……すごく良い思いをしたはずなのに、なぜか何も思い出せない」

 

「酒でも飲んだん?流石に羽目外しすぎやろ」

 

「ヘイズさんにアホみたいな量の酒を押し付けられたのは覚えてる、そこから先の記憶がない……」

 

「記憶からも記録からも消されたんか、悪い女やで」

 

「ヘイズさんのお胸がめちゃくちゃ大きかったことしか覚えてない……」

 

「うちの子はいつからこんな残念なことを言うようになったんや……」

 

「いや、何故か思い出そうとするとそれしか出て来なくて集中が途切れるんだよ……取り敢えず最近なぜか大きくなってるのはマジ」

 

「――まあ確かに久しぶりに見たら、記憶しとった以上にエッグい体型になっとったな。フレイヤは何も言わへんかったから遅めの成長期かストレスで太ったかと思っとったけど」

 

「あれを太ったとか言ったら世界中の女性に殺されると思う」

 

「謎過ぎる……なにをどうやったら短期間であそこまで成長するんや。ハサに好かれた女はナイスバディにでもなるんか?」

 

「なにそのクソ気持ち悪いスキル……」

 

「ほんまやったらモテモテやろなぁ」

 

「拉致されるくらいモテモテだろうね……」

 

 

 などというクソどうでもいい会話をし始めるハサとロキ、割とこんな適当な感じが彼等のデフォである。流石に親子、神々の扱う訳の分からない単語も使いこなしているし、アイズとリヴェリアの関係とはまた少し違った親しさがある。それを偶に少しだけ羨ましく思ってしまうというのは秘密。

 

 

「そんで?次のデートは決まっとるんか?」

 

「今日の午後から一緒にダンジョンに行く予定。うちの帳簿も火を吹いてるし、ついでに身体の調整もしてくるよ」

 

「ん、それがええわ。あの子がおるならよっぽど死ぬことはないやろ」

 

「なんか怪物祭で変なモンスターが出たんでしょ?そっちはいいの?」

 

「そっちの調査はウチの方でやるから、ハサは気にせんでええ。恋愛する冒険者はウチの中でも少ないし、そういう空気感作るためにも頑張ってくれや」

 

「意外、ロキそういうの反対しないんだ。特に女性団員」

 

「そらまあ相手の男に圧はかけるけどなぁ、本人達が決めたことに本気で反対したりせえへん。しても意味ないやろ。中年になるまで売れ残って後で恨みごと言われても困るし」

 

「それがアイズでも?」

 

「くっ……痛いところ突くやんけ」

 

「リヴェリアさんは本気で悩んでたよ。Lv.5の花屋の息子でも何処かにいないか、って」

 

「悩み過ぎて訳分からんこと言うとるやん」

 

「そもそもウチの大幹部3人が揃って中年独身ってどうなの、そりゃそのテンションで物事進めてたら他の団員達も恋愛してる暇なんてなくなるって」

 

「おうマジで痛いところ突くのやめろや、これ聞こえとったら3人とも啜り泣くぞ」

 

 

 そんな話をしつつ、2人は館の中へと入っていく。最後までアイズは鍛錬に勤しんで何も聞こえていないと思われていたらしい、こちらはずっと声をかけようとしていたのに。

 

 

「恋愛……恋愛すると、強くなれる?」

 

 

 そんな彼女がなんだかとんでもない勘違いをしそうになっていることには、まだ誰も気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟々と燃え盛るオラリオ、血飛沫が乱れ飛ぶ地獄の最中。7年前の暗黒期、その最悪の最盛期。どころかその中で類を見ないほどに英雄の都が破壊され、冒険者達が壊滅した、その瞬間。最強が失墜し、悪が躍動するその最中。

 

 彼と彼女が出会ったのは、とても恋愛などというものが存在するはずのない、そんな地獄の中心地。

 

 

『……きれいだね』

 

 

『え……?』

 

 

 死体と臓物の敷かれたこの廃墟で、少年は血塗れで立っている。

 

 同じファミリアの仲間が死んだ、先輩が死んだ、老人が死んだ。恐ろしいとさえ思っていた彼等は、暗殺を生業とする悪意に玩具のように殺された。

 肌を焼く熱も、鼻を突く悪臭も、身体を震わせる恐怖も、未だ幼さを捨て切れない年頃のヘイズ・ベルベットを追い詰める。女神への信仰は決して幼気を捨てさせるものではなく、だがそれ故に今の彼女は冒険者でも勇士でもない、ただの少女に成り下がっている。

 

 

『逃げないの?』

 

 

『……私が、逃げたら』

 

 

『うん』

 

 

『この人も、私も……殺されてしまう』

 

 

『そうだね』

 

 

 震える唇で何とか言葉にしたそれは、どうしようもない事実で、同時にみっともなくはあるが命を乞う側面があったことは否めない。

 共に行動していた団員達の中で、自分の他に唯一生き残った女性団員。それでも、そんな彼女は大怪我を負って意識がない。こんな状況で、自分1人で何ができるというのか。せめて彼女の怪我を治さなければ自分だって殺されてしまう、治療を続けているのはそんな理由。そうして治したところで、意識がいつ戻るかは分からない。

 

 

『……逃げたい?』

 

 

『私はまだ、こんなところで死ぬ訳にはいかない……!』

 

 

『戦うの?』

 

 

『生き残るためなら』

 

 

 治療を終え、それでもやはり目を覚さない団員に一瞬だけ顔を歪めるが、それでも直ぐに立ち上がり、立ち塞がる。大杖を拾い上げて、目の前の殺人鬼に相対する。

 勝てる保証はない、そもそも勝てる光景が思い浮かばない。だがそれは抗わない理由にはならない、ここで諦める理由にはなり得ない。必ず生きて帰るのだ、女神の待つあの館に。

 

 

『……いいよ、助けてあげる』

 

 

『!?』

 

 

 しかしそんな決意も虚しく、先に武器を下ろしたのは相手の方。それも出てきた言葉が『助ける』などという、到底信用できないようなもの。警戒は解かない、そうして背後から刃を向けて来るというのも常套手段だ。だから返す言葉は少ない、精々が時間稼ぎ目的。

 

 

『……その言葉を信用しろと?』

 

 

『信用できないの?』

 

 

『当たり前です!あなた"闇派閥"なんでしょう!?』

 

 

「知らない、殺せって言われただけだから』

 

 

『だったら尚更、その言葉を信用できる訳がない……!』

 

 

 そうだ、こいつ等は何も信用できない。そうして騙されて殺された者達が多く居る、多くの若い冒険者達がそうして殺されたのがこの時代。人と神の悪意の産物、だから決して武器は下ろさない。目の前の存在が確実に滅びるまで、絶対に。

 

 

『……じゃあ、何人殺せばいい?』

 

 

『は……?』

 

 

『あと何人殺したら、信用してくれる?』

 

 

『何を言って……』

 

 

『信用してくれるまで殺すよ、好きなだけ言って。何人でも何百人でも、ちゃんと殺すから』

 

 

『っ……!?』

 

 

 その瞬間、少年が凄まじい勢いでこちらに走り寄る。

 

 やはり闇派閥は信用できない、口ではこんなことを言っておきながらやはり攻撃してきた。警戒を緩めるような発言も含めて、やはり罠だったのだ。

 

 

 

 

 

 ……そう思ったのも束の間。

 

 

 次の瞬間に生じたのは、自身の背後で吹き上がる生温かな血飛沫。迫っていたはずの少年は自分を擦り抜けるかの如く背後に回っていて、その手に持っていたナイフを振り抜いていた……が、その対象は自分ではなかった。

 

 

 

『――あなたは、闇派閥ではないのですか?』

 

 

『さあ』

 

 

『……何も知らないんですね、本当に』

 

 

『必要ないって』

 

 

『……』

 

 

『ただ殺せばいいって』

 

 

 地面に倒れたのは、背後から奇襲を仕掛けようとしていたであろう闇派閥の一員……の胴体。その首は一瞬で刎ねられ、手に持っていた爆発物さえ接触と共に奪われる。時間差で落ちて転がる首はまだ生きているのか驚愕の表情を示しているが、それも数秒の話。

 

 ――どうやら彼は自分を襲おうとしていたのではなく、本当にただ助けてくれたらしい。少なくとも今の一瞬で、その気になれば彼は自分を殺せたのだから。それほどに戦闘技術という一点において、2人の間には隔絶した差があることが分かってしまった。彼はその気になれば、いつでもこちらの首だって刎ねることができる。

 

 

『……ほんとうに、助けてくれるんですか?』

 

 

『うん』

 

 

『……なら、お願いします。助けてください。ただ、絶対に私の前を歩いてください!背中を見せてください!私はまだ貴方を信用していませんから!』

 

 

『うん、いいよ』

 

 

 そうして本当に素直に自分の前を歩き始めた少年に、心底から困惑したのは言うまでもない。

 

 もちろんその後のことは言うまでもないだろう、彼が自分に襲いかかって来ることなど一度もなかった。

 

 なんならあの最悪の最中、この少年はずっと影から自分を守り続けていた。近付く闇派閥を殺害し、テイムされたモンスター達を1匹もこちらに寄せ付けない。最後の最後まで本当に、その言葉を違えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「ほんと、あの頃はどうしてそんなことをするのか分からなかったんですけど………」

 

 

「ん?なにか言いました?ヘイズさん」

 

 

「……あの頃からだったんですよね、まったく。当時の私は自分の進路の事とかで頭がいっぱいで気付きませんでしたけど」

 

 

「?」

 

 

 自分より少し前を歩く、あの頃よりずっと大きくなった背中を見て、思わず溜め息を吐く。変わったようで変わっていない、けれど今ではとても頼もしく感じてしまう年下の背中。未だにあの頃のあんな小さな約束事を律儀に守って先を歩くところは、なんとも言えない気持ちにさせられる。

 

 

「なんでもないですー。これ以上に身長を伸ばす必要はないです、と言いたかっただけなのでー」

 

「それオレの意思でどうにかなるんすかね……」

 

「頑張ってください」

 

「えぇ……」

 

 

 けどもう少しだけ小さくてもいい、そんなに早く大きくならなくてもいい。炎獄の中で得たあの出会いは、まあそれほど悪い思い出ではないのだから。

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