「それにしても!今日のヘイズさんマブいですね!金色のラインの入った真紅のローブにスリットから見える黒のタイツ!露出は少ないのに隠し切れない大人な雰囲気!最高にマブいです!」
「まぶい……?褒められてはいるんでしょうけど、相変わらず貴方の使う神々の言葉は分かりませんね。新しい戦闘服であることは否定しません」
「可愛い!綺麗!美しい!かっこいい!」
「はいはい」
「そろそろ結婚してください!」
「やーです」
なんて話ながら喋っている2人は、ダンジョンの中を進んでいる。30階層あたりまで行きたいとは考えているが、まあ今回の目的は金銭と慣らし。まだ浅い階層というこたもあるが、空気感はかなり軽い。
「それにしても……まさかヘイズさんまでレベルが上がってたなんて。まあ考えてみれば当然なんですけど」
「最近は更新してなかったんですけどねー、怪物祭の時の話を思い出してお願いしてみたら見事に上がってました。……まあだからと言って、特に方針は変えないことにしたんですけど」
「これからも治療師を?」
「ええ、今回の件は単なる偶然だと思って処理しようかと。フレイヤ様にもそう伝えました」
「……他の団員の方々の反応とかってどうでした?」
「まあ、『なんでコイツが』って顔はされましたねー。うちのファミリアLv.4から下が団子で、Lv.5以上は意外と少ないですから。幹部昇格の打診までありましたよ、断りましたけど」
「仕事が増えるだけですもんね」
「ええ、あれは絶対書類仕事押し付ける気でしたねー。あの甘言に飛び付かなかった自分を褒めたいくらいです。偶然得られただけの偉業で調子に乗るべきではないです」
念願のランクアップを果たしたヘイズ、しかし意外と彼女はそれについて大きな喜びを表すことはなかった。以前の彼女ならもっと大きく動揺していたであろうし、また空回りにも似た無茶や選択をしていたかもしれない。
だが今の彼女はこの昇格が過去の自分が望んでいた形のものではないと知っている。自分の何かが変わって、自分だけで成せた功績ではないと知っている。自分はなにも変われていないことを自覚している。そのことから目を逸らすことなく、淡々と処理している。だから目の前に吊るされた餌を断ったし、身の程を弁えた立ち位置を確保した。人によってはそれを向上心に欠けていると言うかもしれないが、同時に自分を正しく認識しているとも取れる。
「まあとは言え、せっかくの機会なので。また伸びが悪くなるまではぼちぼちステイタスを上げていこうかと。……だから、まあ、今後も付き合ってくださいよ。ダンジョン探索」
「……!それはもちろん!!オレでいいなら毎日でも付き合いますよ!」
「毎日は要らないでーす」
「それにオレもそこそこ強くなったんですよ?まあ新しいスキルとか魔法とかは特になかったんすけど。いきなりステイタス上がり過ぎて、走ることさえ不安なんですけど」
「全然駄目じゃないですか……」
「もう少し段階踏んで慣らさないと駄目ですよ、これ」
そうして一歩踏み出すと、そのまま壁際まで吹き飛んでいく残念な男。
……なるほど確かに、これは全く制御出来ていない。流石に経験値を溜め込み過ぎていたのだろう、身体と感覚のズレが酷いことになっている。通りでさっきから手を何度も閉じたり開いたりしていたのだ、身体を正常に動かすというだけでも苦戦中と言ったところなのだろう。
「まあ貴方なら直ぐに適応できると思いますよ、そういうところ器用ですから」
「そうですかね……取り敢えずしばらく五月蝿くしていいです?ジャンプあたりから始めようかと思うので」
「好きにしてください。どうせ先は長いんですから」
タンッ、タンッと跳躍を始める。少しでも力加減を間違えれば天井に激突するのだから、まあ感覚を取り戻すためには適しているのかもしれない。
しかし先も言った通り、ヘイズは彼が滅茶苦茶に器用なことをよく知っている。普通の人間なら数週間はかかるであろうズレだって、どうせ今日中には修正してしまうのだ。そこは素直に認めているし、羨ましいとさえ思っている。自分はやはり数週間はかかると見ているのだから、これも才能の差というものだろう。
――――――――パンッ!!
「おっ、いけた」
「………いま空中を蹴りませんでした?」
「そういう技術があるんすよ、コツは面を意識することですね。これまではステイタスが足りなくて水面くらいしか蹴れなかったんですけど、流石にLv.5ともなると出来ました」
「何を言ってるんです?」
「とは言え、教え通りに空中を走れるようになるにはLv.7は必要だと思います。今はまだ空中での瞬間的な回避くらいにしか使えないですね。風や温度の影響もありますから、実戦投入するにはもう少し練習したいです」
「本当に何を言っているんですか?」
「ちなみに教えてくれたのは武神タケミカヅチ様です、それが出来る才覚があると」
「武神の技術を再現しないでください」
意外な人脈であるが、小規模ファミリアの主神である武神タケミカヅチと彼は普通に友人関係である。街を歩いていたところ、偶然に目と目が合い、その瞬間に『おお』と握手をしたらしい。訳が分からない。そういう仲だ。
「……ねぇフィン、いまのなに?」
「……なんだろうね」
「そういう魔法、じゃないわよね」
「まさか空を蹴ったのか?アイツのレベルで出来ることじゃないだろうに……」
「ステイタス次第で出来ることなんですか、それ……?」
さて、そんな風にダンジョンを進んでいく2人を後ろの方から見ている集団がある。
しかし今回はフレイヤ・ファミリアの面々ではない、ロキ・ファミリアの面々である。しかも幹部陣が中心という異様なメンツで。それでもこれには理由がある、本当はこんなことをするつもりはなかったのだ。
「うーん、日程が被ってしまったから少し遅めに出発したのだけど……追い付いてしまったね」
「チンタラ歩いてるアイツ等が悪いんですよ!団長は何も悪くありません!」
「……それにしても、こうして見ると改めて分からないな。まさかあのヘイズ・ベルベットがここまで1人の男と親しくすることがあるとは」
「ねえねえ、あれもデートってことになるんだよね?ダンジョンだけど、男女のお出かけなんだし」
「そ、そうなんですかね?私もそこはよく……」
「恋愛、デート……私もデートしたら、強くなれる?」
「うん、アイズ?何をどうしたらその結論になるのかな?」
「ハサとロキが言ってた」
「あの2人の会話を間に受けるな」
話の流れでダンジョンに行くことになったロキ・ファミリアの面々は、そういえば今日はハサ達もダンジョンに行くことになっていたことを思い出した。そのために少しだけ時間ずらして出発したのだが、まあ軽く話をしながら歩いている2人に対して、ガンガン勢いよく進んでいる彼等が追いついてしまうのも当然のこと。
とは言え、この階層では追い抜くためにもかなりの遠回りが必要で、かと言って直接話をしに行くというのも非常に難しい。
「ヘイズさん、手をどうぞ。ここちょっと急なので」
「どうも。……貴方くらいです、自己治癒を持ってる私にこんな気を遣うのは」
「治るとしても、別に痛みが無い訳じゃないですから。好きな人に、なるべく苦しい思いをして欲しくないと思うのは普通のことでしょう?」
「……まあ、それは理解できます」
「本当ならダンジョンの中も抱えて歩いていきたいくらいですよ。ヘイズさんはもう少し自分のことを大切にしてください、また目の下にクマが出来ていますよ。せっかく綺麗な顔してるんですから」
「あなた、私の顔が好みだったんですか?まさか全部それが理由?」
「え?いや……好みもなにも、ヘイズさん以外の女性を恋愛的な意味で好きになったことなんてありませんし……もちろん別にクマがあってもヘイズさんが美しいことに変わりはないですけど、どうせなら元気に幸せそうに笑っていて欲しいっていうか」
「……そうですかー」
「笑ってくれる理由がオレだったら、より嬉しいですけどね。オレだってヘイズさんがいくら幸せでも、それが他の男の手によるものなら滅茶苦茶に嫉妬しますし」
「へぇ、それはそれで見てみたいですねー。まあ今のところその予定が無いことだけは残念です」
「そういう意味だと、冒険者なんて職業もいつまでやるべきかとも思うんです。オレはヘイズさんと一緒に居たいだけなのに、割と頻繁に死にかけるんで。……ダンジョンに潜る理由なんて、ヘイズさんに見合う強い男になることと、ロキへの恩返しくらいですから。死んだら元も子もないというか」
「…………えい」
「痛っ、痛いっ……なんで杖で頭叩くんですか」
「なんかムカついたので」
「なんで!?」
「人が頼んでもいないことで勝手に命を賭けないでください、迷惑です。やめるならやめればいいじゃないですか、それで私から貴方への印象なんて何も変わりはしません」
「あ〜……すいません」
「……いえ、まあ考えも分からなくはないですから。ただ別に遠征くらいは避けてもいいんじゃないですか?それだけでも随分と負担は変わりますし、少なくとも死にかける頻度は確実に減ります」
「そうですね、それは確かに…………あーでも、やっぱ駄目です。ヘイズさんのこと守るって約束したんで。そのためにもやっぱり遠征行ってレベル上げないと」
「い、いつまで続くんですか、その約束……」
「それはまあ一生、迷惑だと言われない限りは」
「………………好きにすればいいんじゃないですか。私は別にどうでもいいことなので」
「そうですか。ありがとうございます、ヘイズさん」
「なんで貴方がお礼を言うんですか……」
「「「「あまずっぱい……!!」」」」
なんかもう聞いてるだけで口の中で砂糖とレモンの汁が滲み出てくるかのような会話、これは特に青春時代を闘争に捧げてきた中年2人によく突き刺さる。
そしていくら無表情であったとしても、いくら聞いている人間に恋愛の経験がなくとも、言葉の節々から感じ取れるものはある。
「フィン、どう思う?私はヘイズ・ベルベットも満更ではなさそうに見えるのだが」
「落ち着こう、リヴェリア。確かに僕も彼女は満更ではなさそうに見えるけど、それは想いを交わらせることとはまた別の話だ。他者からの好意を嬉しく思っていたとしても、同じ好意を与える段階には至っていないように思う。彼女に関しては何よりそこが難しいところじゃないかな」
「そ、それってつまり、まだ彼女はハサさんのことを好きになった訳じゃないってことですか?あくまで好意は嬉しいと思っている程度……?」
「いや、それ割と普通に悪女じゃない。だってデートまでしてんのよ?相手の想いを知っていながら都合よく利用してるっていうか、保留してるっていうか……」
「ティオネ、気持ちは分かるがこういうものは清いばかりのものではない。なんならその指摘は誰よりもフィンに刺さる」
「……いやまあ、うん、弁明臭くなるけどね。それも必要な過程の一部だと思うよ。彼女は女神フレイヤの狂信者ともされる人物だ、そんな彼女にとって恋人を作るというのは強い精神的抵抗があるんだろう。全ての頂点に女神フレイヤを置いてきたこれまでから、どう足掻いても女神より上に誰かを置く人生になってしまう。彼女も今はまだ迷っていたり、 だりする時期なんじゃないかな。好意があるかどうかはともかく、先ずは自分自身を見つめ直さなければならない。そういう意味では彼女は前向きな方だと思うよ、可能性はかなりありそうだ」
フィンの考察が光る。
「そうだヘイズさん、今度なんですけど服を買わせて貰えないですか?」
「はあ、また急な話ですね。なぜ服なんです?」
「それはもちろん、オレがいろんな服を着たヘイズさんを見たいからですけど」
「……」
「何を着ても似合うのは分かるんですけど、やっぱこの前の私服を見ちゃうと、もっと色んな姿を見たくなってしまうというのが人間」
「着る機会のほぼ無いものを買っても仕方がない気もしますけど……まあ貴方がどうしても買いたいというなら好きにすればいいと思いますよ。ちなみにどういうものが御所望で?」
「バッチバチに可愛い系統とか良いと思うんですよ。露出は控えめで、ゆるふわっとした感じの。よくあるじゃないですか、ワンピース型の」
「ああ、今の私の寝巻きがそんな感じですよ。胸のせいで太って見えてしまうので、こう胸の下でリボンを結ぶようにしてるんですけど」
「え、めっちゃ見たいです……そんなの絶対に可愛いじゃないですか」
「……というか、案外普通な要望ですね。てっきり給仕服や水着でも着させられるのかと」
「それはもうなんか違う要望じゃないすか……」
「割となんというか、清楚な雰囲気が好きですよね。白のワンピースに麦和帽子とか好みでしょう」
「え、なんで要望しようとしてた切札が分かるんすか……」
「今日の真紅の衣装は食い付きがイマイチでしたから、やはり白が入っていた方がいいのかなと」
「滅茶苦茶食い付いてますけど!?」
「ふーん……ところでこの下は普通に白のインナーを着てまして」
「!?」
「ほら」
「い、いやっ!今のはズルいです!そんないきなり目の前で脱がれたらそりゃ驚きますよ!」
「ピンクも好きですよね」
「す、好きですけど……ほ、ほんとに今日の衣装も大好きなんすよ!?紅一色の中に金色のラインがあちこちにあってカッコいいですし、その金線がまたヘイズさんの美しい身体のラインを際立たせて!」
「はい、セクハラです」
「あっ!いや、違っ……!」
「罰として、当日は私も貴方を着せ替え人形にして遊びます。どんな衣装を着させられても文句を言う権利はありません、いいですね?」
「……女装とか以外なら」
「仕方ないですね、考えておきます」
「………普通にノリノリじゃないですか?団長」
「なんか僕も急に考察とかどうでもよくなってきた」
「聞いているとこう、来るものがあるな……イライラとしたものが」
「羨ましいです……私も服の着せ替えとかできる恋人が欲しくなってきました」
悪戯にニヤリと笑ったヘイズを見て、彼はまた抵抗することも出来ずに頷くしかないし。そんな2人の会話を聞いていると急に唾を吐きたくなる衝動に駆られてしまう者達。
不調な片思いのティオネ、嫁候補が見つからないフィン、耳年増なレフィーヤ、そろそろ適齢期がやばいリヴェリア。
悲しいかな、嫉妬はどこにでもある。
「ほらほら、素直に言ってください。本当はどんな服を私に着せたいんですか?素直になりなさい」
「うっ……じ、実はある神様から聞いた『アオザイ』という民族衣装がとても清楚でカッコよくて……!」
「……なんか腹立ってきたので、露出度マシマシなサンタ服かバニーガール衣装でも着てやりましょうか」
「なんで!?!?」
「露出の多い服を着ると途端に目が泳ぎ始めて挙動不審になるところ、あまりに情けなくて好きですよ」
「これっぽっちも嬉しくない!?」
まあ当人達は楽しそうなのであるが。