男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした   作:晴口 丸

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自己紹介が一段落し、教壇の担任がパンパンと手を叩いて事務的な声を響かせた。

 

「はい、静かに。自己紹介も終わったところで、次は今年度の『クラス委員長』を決めます。これは、本学園の生徒会役員を兼任する、クラス代表の生徒会役員であり、重要な仕事です。だれか他薦、自薦はありますか?」

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、一人の女子生徒が迷いのない足取りで立ち上がった。 冷泉院 麗華。 新入生代表として完璧な答辞を述べた彼女は、ここでも一切の躊躇なく、凜とした声を響かせる。

 

「先生、私、冷泉院 麗華が生徒会役員を志願いたします。この由緒正しき学園の規律を維持するため、身を粉にして尽力する所存です」

 

その毅然とした態度に、教室内からは「さすが冷泉院の娘ね……」「彼女なら間違いなく完璧にこなすわ」と、納得の囁きが漏れる。 すると、その麗華の斜め後ろから、弾かれたように立ち上がる影があった。鋭利な刃物のような雰囲気を纏った少女――桐生 梓だ。彼女は俺を強烈に牽制するような視線を一瞬だけ寄越した後、教壇へと向き直った。

 

「先生! 桐生 梓も、生徒会役員の補佐を立候補いたします。冷泉院様の、いえ、麗華役員の活動を一番近くでお支えしたく存じます」

 

麗華というお姫様を守る、忠実な騎士。梓の立候補の理由は、あまりにも分かりやすかった。

 

「反対意見はなさそうですね。では生徒会役員は冷泉院さん、その補佐は桐生さん。よろしくお願いします」

「謹んで拝命いたします」

 

 

放課後を告げるチャイムが鳴ると同時に、俺はサオリを引き連れて早々に教室を後にした。まだ俺の「毒」に当てられて熱っぽい視線を送ってくるクラスの女どもや、自分は王であると錯覚して引き連れた女に偉そうにふるまう道明寺など、今の俺にはどうでもいい。

学園の重厚な門をくぐると、のんびりと帰路に就く。

 

「お疲れ様でした、お兄様」

 

完全に二人きりになった瞬間、サオリの纏う空気が、クラスで見せていた冷徹なものから、俺の体温だけを求めるような酷く甘く、昏いものへと一変した。

彼女は俺のすぐ隣へ寄ると、当然のような所作で俺の腕を抱きかかえ、その細い指先を俺の指の隙間へと滑り込ませてくる。

 

「今日のホームルーム、本当に素晴らしい立ち振る舞いでしたわ。あの道明寺とかいう羽虫の品性の無さを完璧に利用し、教室の有象無象を味方につける手腕……さすがは私のお兄様です」

「ありがとう、サオリ。でも、君がいてくれたからこそだよ。俺が一番欲しいタイミングで、一ノ瀬の『格』を完璧に提示してくれた。本当に助かったよ」

 

俺が少し声を低くし、彼女の耳元で囁くように微笑みかける。すると、サオリの白い頬が、喜びと興奮でボッと赤く染まった。抱きついている腕にさらに力がこもり、彼女の豊かな胸の感触が俺の腕にダイレクトに伝わってくる。

 

「お、お兄様にそう言っていただけるなんて……光栄の至りですわ。私はお兄様の影、お兄様の所有物。これからも、お兄様の邪魔をする害虫は、この私がすべて排除して差し上げます」

 

サオリの瞳に宿る、この世の何よりも重く、独占欲に満ちた熱。 前世のトップホストとして数々の修羅場をくぐり抜けてきた俺の直感が告げている。この妹の愛は、一歩間違えればすぐにでも俺を心中へと導くほどの『猛毒』だ。だが、今の俺には、これほど頼もしく、御しやすい手駒はいない。

眼前を流れていく都心の景色を眺めながら、俺は今日一日の出来事を脳内で整理していた。

新入生代表にして、高貴なプライドの塊である冷泉院麗華。 そして、その麗華を狂信的に崇拝する、鋭利な刃物のような騎士、桐生梓。

 

(あの二人、今はまだ完璧な主従を気取っているが……その綻びを突くのは、そう難しくはないな)

 

麗華のあのストイックすぎる生真面目さは、いずれ周囲との間に決定的な溝を作る。そして、主を心配するあまり視野が狭くなっている梓の歪んだ忠誠心。これらはすべて、俺が彼女たちの心の最奥へと侵入するための、格好の『鍵』になる。

 

「お兄様? ……また、あの冷泉院の小娘のことを考えていらっしゃるのですか?」

 

不意に、抱きついているサオリの声が、氷のように冷たく張り詰めた。 俺の微かな視線の動きや思考の機微を、この鋭敏な妹は見逃してくれない。彼女の瞳には、俺を他の女に奪われることへの、狂気的な焦燥が揺らめいている。

 

「まさか。これからの学園生活を、どうやって『俺たち』の庭にしていくか考えていただけだよ。俺にとって、サオリ以上に信頼できる女の子なんて、世界中のどこを探してもいないんだから」

 

俺は空いた方の手で、サオリの艶やかな黒髪を優しく、愛おしそうになぞった。

 

「――っ、あ……」

 

サオリの喉から、甘い吐息が漏れる。俺のたった一言の嘘で、彼女の脳は一瞬で快楽の物質に満たされ、先ほどまでの嫉妬の炎は嘘のように鎮火していく。

 

「はい……はい、お兄様。私は、お兄様のためだけに存在しておりますわ……」

 

今日から始まった、学園という名の新しい猟場。 クラスの主導権を握り、サオリという最強の共犯者を従え、俺の仕掛ける美しい罠の最初の歯車は、完璧な形で回り始めた。

ここから数週間、あるいは数ヶ月。 あの完璧なお嬢様が孤独に擦り切れ、その騎士が絶望に惑うその時まで、じっくりと時間をかけて、罠の精度を上げていくとしよう。

 

一ノ瀬家の門をくぐり、玄関口へと足を踏み入れた、その時だった。

 

「――湊! 大丈夫だったの!?」

 

扉が開くのとほぼ同時に、悲鳴のような声を上げて駆け寄ってきたのは、母親だった。 普段の気品ある佇まいはどこへやら、その表情は我が身が千切れるほどの不安に満ちており、俺の姿を視界に収めた瞬間にボロボロと大粒の涙を流し始めた。

 

「母さん……? ああ、ただいま。見ての通り、何も問題ないよ」

「本当にお怪我はないのね? 変な虫は寄ってこなかった? ああ、神様……一時はどうなることかと……っ」

 

母は俺の肩や腕を、まるで壊れやすいガラス細工でも確かめるように何度も愛おしそうに撫でさする。奥のリビングからは、姉も張り詰めた顔でこちらの様子をうかがっていた。

 俺が病床に伏せっていたからからこその、過保護ゆえの心配。今の俺には、彼らの狼狽がそれだけの理由に見えていた。

 

「心配しすぎだよ。サオリもずっと隣にいてくれたし、僕なら、学園の皆様と良好な関係を築けそうだよ」

 

俺がいつものように優美に微笑んでみせると、母は一瞬だけ、救われたような、同時にどこか怯えるような奇妙な表情を浮かべた。

 

「そう……あなたがそう言うなら、いいの。でも、無理だけは絶対にしないでね、湊。何かあれば、私も美月も、その……『相応の手段』を講じる用意はあるのだから」

 

母の口から漏れた、穏やかでない言葉。 この家族は、少しお金を持っているだけの一般家庭にしては、どうにも言葉の端々に漂う「重さ」が違う。前世のホストとしての鋭い直感が、彼らの背後にある得体の知れない闇の輪郭を微かに捉えようとしていたが、俺はそれを「貞操逆転世界特有の過保護」として脳の隅へと追いやった。

 

「お母様、お姉様。お兄様は私が完璧に守護しております。一ノ瀬の血を汚すような不届き者は、護衛として私がすべて排除いたしますわ」

 

後ろに控えていたサオリが、両親に向けて冷徹に言い放つ。 その言葉を聞いて、両親は深く、深く得心のいったように深く頷いていた。

 

「ええ……サオリ、湊を頼んだわよ。あの子は、私の……」

「わかっています。お兄様は、私だけのお兄様ですから」

 

家族の間で、俺の知らない何らかの『了解』が交わされているような、奇妙な静けさ。 だが、今の俺にとってそれはどうでもいいことだった。重要なのは、サオリという狂信的な手駒が、俺の学園掌握のために完璧に機能しているという事実だけだ。

夜の帳が下りる一ノ瀬邸の自室で、俺は鏡に映る自分の、酷く冷徹で、美しい笑みを静かに見つめていた。

じっくりと時間をかけて、罠の精度を上げていくとしよう。

 

――それから、数週間が経過した。

 

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