男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした   作:晴口 丸

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ある日の放課後、静まり返った図書室。 夕日が長く差し込む窓際の席で、俺は一人、数学の参考書に目を通していた。……いや、正確には『集中しているフリ』をしていた。

周囲の書棚の陰から、複数の女子生徒たちがこちらを盗み見るような熱い視線を送ってきているのは、前世からの習慣で百も承知だ。

 

「……あの、一ノ瀬さん。ここ、隣に座ってもいいかしら。他の席が、少し騒がしくて」

 

見上げると、何冊もの重厚な参考書を胸に抱えた麗華が、どこか落ち着かない様子で立っていた。連日の孤独な書類仕事のせいか、その白い肌は少しだけ疲れて見える。

 

「ああ、麗華さん。もちろん。どうぞ」

 

俺は本から目を離さず、けれど拒絶を感じさせない絶妙な気だるさで、隣の椅子を静かに引いた。麗華はホッとしたように息を漏らして席に着き、資料を広げ始める。

 

ここからが、俺の時間だ。

俺はペンを握ったまま、少しだけ疲れたように小さく息を吐き、首元に手をやった。そして、勉強に集中しすぎて『無意識にやってしまった』という風を装い、制服の第一ボタン、そして第二ボタンを、しなやかな指先で滑らかに外す。

ふわりと、俺の体温と共に洗練された香水の残り香が、彼女の狭いパーソナルスペースへと流れ込んだ。 同時に露わになる、白い鎖骨と、首筋から胸元にかけての滑らかなライン。

そして――大きく開いたその胸元の奥、鎖骨から少し下がった位置にある、小さな、けれど妙に自己主張するような『黒いほくろ』。

隣の麗華が、息を呑んで完全に硬直するのが分かった。

 

「……どうかした? 麗華さん」

 

俺は本をめくる手を止め、少し首を傾げて彼女の顔を覗き込んだ。

 

「あ、いえ……! なんでも、ありませんわ。ただ、その……」

 

麗華は眼鏡の奥の目を泳がせ、俺の胸元から必死に視線を逸らそうとしている。だが、一度目に入ってしまった、あの白い肌にポツンと浮かぶ艶やかなほくろから、彼女の純潔な脳は完全に逃れられなくなっていた。 ただの肌の露出なら「はしたない」と一蹴できたかもしれない。けれど、その小さな黒い点が、まるで熱を帯びているかのように彼女の視線を吸い寄せて離さない。

周囲の書棚の陰から、他の女子生徒たちの視線がさらに熱を帯びて俺の肌に――そしてあのほくろに集中するのが分かったのだろう。麗華の眉間が、不快そうにピクリと跳ねた。

俺はさらに、上体を少しだけ彼女の側へと傾けた。 周囲から見れば、ただ隣の席の女子に勉強の質問をしているようにしか見えない自然な角度。だが、麗華にとっては、俺の熱い吐息が耳たぶをかすめるほどの至近距離だ。

 

「……ごめんね。少し、わからないところがあって。よければ教えてくれるかな?」

 

わざと少し掠れた、鼓膜を直接揺らすような低い声。

 

「麗華さん、グループワークのときとか、すごく説明が丁寧だし、教えるの得意だと思うんだ。だから、おねがい」

「――っ、あ」

 

麗華の顔が、一瞬で耳の裏まで真っ赤に染まった。 彼女は震える手で抱えていた本を机に叩きつけるように置くと、俺の胸元――あの呪わしいほどに魅力的なほくろを隠すように、自分の体で俺との境界線を塞いだ。そして、周囲で俺の肌を、あの男の印を盗み見ている「野次馬」たちを、普段の彼女からは想像もつかないほどの冷徹な瞳で睨みつけたのだ。

 

(優越感と強烈に刺激されるヨクボウ。芽生えたな、独占欲が)

 

男の身体を、それも自分だけが至近距離で見つめてしまったという背徳感。

生徒会役員として「学園の風紀を守る」という大義名分は、彼女の脳内で、ドロドロとした純粋な『独占欲』へと完全にすり替わっていた。

 

「そ、それで、どこを教えたらいいですか?」

 

上擦った声を必死に抑えながら、俺のノートを覗き込もうとする麗華。

その横顔を見つめながら、俺は脳内で冷酷にカウントダウンを始めていた。

 

 

図書室を出て、夕闇に染まり始めた廊下を歩く。角を曲がったところで、影のように静かに佇んでいたサオリが、俺の姿を見るなりすっと歩み寄ってきた。

彼女は俺の開いた胸元に目を留めた瞬間、その上気した顔から一切の感情を消し去り、底の知れない冷たい声を漏らした。

 

「お兄様。……どうされたのですか、そのはしたない格好は」

 

サオリは俺の前に立ちふさがると、周囲に他の生徒がいないことを確認し、凍りつくような手つきで俺の露出した胸板に指先を滑らせた。

 

「汚らわしい女たちの視線が、お兄様の肌を汚していましたわ。図書室の有象無象が、どのような目であなたを見ていたか……想像するだけで、あの女たちの目をすべて抉り出してしまいたくなります」

 

一見、完璧に冷静な妹。だが、俺のボタンを留める彼女の指先は、怒りと激しい嫉妬で微かに震えていた。 護衛という立場を超えた、兄に対する狂気的な管理願望。

俺は、ボタンを留める彼女の細い手首を、そっと掴んだ。 そのまま彼女の腰を引き寄せ、サオリの視線を俺の唇へと釘付けにする。

 

「ごめんごめん、サオリ。でも……」

 

彼女の耳たぶを唇でなぞるように、熱い吐息を吹きかける。

 

「サオリにしか、こんな姿見せたくないって思ってるよ。……でも、たまには、君がどれだけ俺を大切に思ってくれているか、確かめたくなっちゃうんだ。……俺が他の女に奪われないように、もっと、強く縛っておいてくれないか?」

「あ……っ、おに、さま……」

 

(単純で可愛い。俺を所有していると錯覚させることが、この妹を縛る一番の鎖だ)

 

サオリの瞳が完全に陶酔し、トロンと混濁した。

「私がこの人を管理しなければならない」という義務感は、俺の言葉によって、彼女の魂を縛り付ける狂おしいほどの『従属の悦び』へと書き換えられていく。

冷泉院麗華の独占欲を煽り、サオリの支配欲をさらに深い依存へと調律する。

すべては計算通り。

夕暮れの廊下で、俺は二人の少女の歪んでいく情緒を脳内で転がしながら、彼女を抱きしめた裏で次の計画に思案を巡らせるのだった。

 

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