男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした   作:晴口 丸

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3章
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あの日、夕闇に沈んだ生徒会室で冷泉院麗華を完全に解体し、俺の『依存』へと回収してから二日。 学園における俺たちの距離感は、目に見えて、けれど周囲に決定的な破綻を悟らせない絶妙な形で変化していた。

人前では、お互いに「麗華さん」「湊さん」と名前+さん付けで呼び合う。それだけでも周囲の生徒からすれば、あの孤高の令嬢が一般人の俺を「特別扱い」しているように映るには十分だった。

だが、真の毒はそこではない。二人きりになった瞬間、その境界線は容易く消え失せ、互いを「麗華」「湊」と呼び捨てる――その二重の秘密が、彼女の自尊心を際限なく満たしていくのだった。

 

一方で、別室へと追いやられ、俺の都合のいい「共犯者」へと調教された桐生梓もまた、俺が与える次のご褒美への飢餓感で限界を迎えていた。

 

そんな歪な関係性のまま、学園は中間試験の一週間前を迎えた。 放課後の生徒会室は、三人だけの緊迫した自習室と化していた。

 

「少し、お茶のお代わりを用意してくるわね、湊さん」

「うん、ありがとう、麗華さん。楽しみにしてるよ」

 

麗華が優雅に席を外した瞬間、それまで室内に漂っていた静謐な空気は、一瞬にして密度の高い「何か」へと変質した。

梓は、麗華が去った扉を睨みつけるように見つめ、自分を落ち着かせるように鋭い口調で言い放つ。

 

「……ふん。麗華様が直々にお茶を淹れてくださるなんて、あなたには勿体なすぎる光栄だわ。大人しく座っていなさいよ、この軟弱男」

「……梓さん」

「――っ!?」

 

不意に、すぐ耳元で名前を呼ばれ、梓の肩が大きく跳ねた。 いつの間に動いたのか、俺は隣の席から梓のすぐ真横まで身を乗り出し、彼女の逃げ場を塞ぐように机に手をついていた。

 

「な……っ!? 近いって言ってるでしょ! 離れなさ――」

「静かに。……麗華さんに聞こえちゃうよ?」

 

俺は人差し指を自分の唇に当て、妖艶に目を細めた。その仕草一つで、梓の言葉が喉に張り付く。

 

「麗華さんの前では、俺は『可愛い弟分』でいなきゃいけないから……。でも、梓さんと二人きりの時は、そんなの、なんだか疲れちゃうんだ」

 

梓の耳たぶに触れるか触れないかの距離まで顔を近づけ、熱い吐息を吹きかける。

 

「ねぇ、梓さん。麗華さんには絶対に見せない、俺の『悪いところ』……君だけには、もっと知ってほしいな」

 

俺の指先が、梓の膝の上にある拳を、そっとなぞるように解いていく。梓の頭の中は、今や大洪水状態だった。

主を裏切っている、その興奮が表出するように、彼女は瞳を大きく揺らしつつも俺から目を離さない。

 

「……だめ、こんなの……っ。私は麗華様を……」

「……麗華さんは知らないよ。俺が今、こんなふうに従者様とねんごろになってること」

 

俺は、梓の指の隙間に自分の指を滑り込ませ、恋人のようにしっかりと「恋人繋ぎ」を作った。

 

「これ、僕たちの秘密だね。……梓さん。君、麗華さんよりも僕のこと、詳しくなっちゃうんじゃない?」

 

その時、廊下から麗華の軽やかな足音が近づいてきた。 俺は瞬時に身を引き、何事もなかったかのように自分の席へ戻り、いつもの「守ってあげたい少年」の無垢な表情で麗華を出迎える。

 

「お待たせ。二人とも、仲良くお話しできていたかしら?」

麗華が優雅に部屋に戻ってくると、梓は返事もできず、ただ熱を持った自分の手を見つめて体を震わせ、顔を真っ赤にして逃げるように生徒会室を後にした。

 

「あ、梓ったら……。湊さんに何か失礼なことでも言ったのかしら」

 

麗華が困ったように微笑み、俺にお茶を差し出す。その瞬間、俺は先ほど梓に向けていた「攻め」の気配を一変させた。 

俺は、麗華が差し出したカップを受け取らず、代わりに彼女の細い手首をそっと掴んだ。そして、力なく笑って見せる。

 

「……麗華。実は、さっきは梓さんに少し厳しいことを言われちゃって。……麗華以外の前では、僕、無理して『しっかりしなきゃ』って強がっちゃうんだ」

 

俺は、麗華の手のひらに自分の頬を寄せるようにして、甘えるように上目遣いで彼女を見つめた。

 

「でも、麗華の前だと……なんだか、全部の力が抜けちゃう。……他の人には絶対に見せられないような、こんな情けない僕を許してくれるのは、世界中で君だけだよ」

「――っ!」

 

麗華の心臓が、鐘のように鳴り響いた。

他の人に見せている「凛とした優しい男」は、湊にとっての武装。そして今、自分にだけ見せている「弱くて、甘えん坊な姿」こそが、彼の真実。そう誤解するだろう。

自分の前でだけ、一人のか弱い男性に戻ってくれる、その特別扱いに溺れていく麗華は、自分自身の状況すら正確に把握できていない。

麗華は俺を慈しむように引き寄せ、その頭を自分の胸元へ抱き込んだ。そして、俺の耳元でだけ、誰にも聞こえない甘い吐息を漏らす。

 

「……いいのよ、湊。私の前では、何も隠さなくていいわ。……あの子には分からないあなたの本当の価値を、私が全部受け止めてあげる」

 

彼女の脳内では、自分こそが湊の「絶対的な支配者」であり、梓はただ、湊が気を張るための「踏み台」に過ぎないという歪んだ確信が刻まれる。

 

そこへ、顔の火照りを鎮めた梓が部屋に戻ってきた。

 

「……失礼します。麗華様、お待たせして――」

 

梓が目にしたのは、先ほど自分を翻弄した「悪い男」ではなく、麗華の腕の中で、小犬のように従順に、そして儚げに寄り添う俺の姿だった。

 衝撃だろう。先ほどまで自分を翻弄していた男が、打って変わって従順にふるまっているのだから。

 余りの落差に目を見開く梓。だが俺は麗華の腕に抱かれながら、梓の方に少し顔を向け、人差し指を口元で立てる。

 目が合った梓は驚くままに小さく首肯し、複雑そうな顔をして自分の席に戻った。

 

「さあ、湊さん。この数式の解法、私がもっと『深く』教えてあげるわ」

「……私も、ここら辺の歴史の暗記なら得意よ。麗華様の手を煩わせるまでもないわ。私が教えてあげる!」

 

再開された勉強会。表面上は平和な光景だが、机の上と下では、二人の少女による熾烈な「アピール合戦」が繰り広げられていた。

麗華は、俺のノートを覗き込むふりをして、俺と肩が触れ合うほどの距離まで身を寄せ、梓に見えない角度で肌の熱を伝えてくる。

 

「湊……」

 

蚊の鳴くような声で俺の名を呼び、俺はわざと挙動不審気味に肩をはねさせた。少し目線を大きく動かし、ペンを止めておけば、麗華は満足そうに今一度肩をこすりつけるようにして、体を押し付けた後、何食わぬ顔で勉強に戻った。

一方の梓は、消しゴムを拾うふりをして机の下で、俺の膝に自分の拳をこつんと当ててきた。

 こっちを見てよ、と言わんばかりの可愛らしいアピールにさりげなく笑顔を向けてやると、それだけで尻尾を揺らすように文字を書く手が早くなった。

俺は二人の熱い視線と、密かな接触をすべて把握しながら、ペンを走らせる手を止めない。そして、二人が「今、自分だけが彼と繋がっている」と確信できる絶妙なタイミングで、個別に『毒』を注ぐ。

まず、麗華がノートを指し示した瞬間。 俺は麗華の指に、自分の指をわざと重ね、そのまま数秒間動かさなかった。そして、ノートの余白に、梓には見えない角度で、素早くペンを走らせる。

 

『ありがとう、麗華。君が一番頼りになるよ』

「――っ、あ」

 

自分だけに向けられた「呼び捨ての文字」に、麗華の顔がみるみる朱に染まる。

次に、梓が机の下で膝を寄せてきた瞬間。

俺は避けるどころか、逆に梓の脚を自分の脚で優しく、しかし力強くそれを絡めとった。また、、麗華が参考書をめくった一瞬の隙に、梓の目をまっすぐに見つめ、唇の端を少しだけ上げて「もっと」と誘うように笑ったのだ。

 

「っ……ぁ……」

 

梓は、麗華の目の前で俺と「不貞な合図」を交わしている背徳感に背筋が震えるのを感じていた。

勉強会が終わり、図書室を後にする頃。麗華と梓は、互いに心の中で勝利を噛み締め、同時に「親友への裏切り」を愉悦に変えていた。

各々が抱える、『私だけの一ノ瀬湊』。今しがた交流を重ねていた男性を自分こそが特別な存在であると思い込み、各々は満足して帰路に就いた。

 

「湊さん、明日の自習も生徒会室で一緒にやりましょう。数学以外でもなんでも私に頼ってね」

「一ノ瀬! 明日も覚悟しときなさいよ、みっちり、教えてあげる!」

 

 二人の「特別」を抱えた視線が俺の背中に突き刺さるなか、俺はいつものように柔和な微笑みを振りまいて、彼女たちを見送った。

 次の勉強会が今から楽しみで仕方がなかった。

 

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