男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
病室に飛び込んできたのは二人の女性。普通じゃないほどに顔を歪ませ、俺の元へゆっくりと歩いてくる。
「……あ、あぁ……。湊、湊……! 目が覚めたのね!」
一ノ瀬華子――俺の「母親」だ。彼女は、本来なら厳格であるはずのその顔をぐしゃぐしゃにして、俺の手に縋り付いている。
……いや、なぜ俺はそれを知っている? そも、俺の母親は――――のはず。……うん? 思い出せない。困惑のままにもう一人の女性へ顔を向けると、まるで知っているのが当然であるかのように頭の中で彼女のことを思い出す。
一ノ瀬美月。どうやら俺の姉らしい。俺に姉はいないはずだが。
突然、前世の記憶と、この世界の「常識」が、濁流のように脳内に流れ込んできた。
男女比一:十。
男という存在は、もはや人間ではなく、国家が保護すべき「奇跡の資源」。
女が男に奉仕し、跪き、その機嫌ひとつで一喜一憂するのが、この世界の理。
(……なるほど、詳しいことはわからないが、今の俺にとっては都合がいい)
頭が痛くなるような話を反芻し、俺はゆっくりと上体を起こした。
本来なら、この世界の男は、彼女たちの献身を「当然の権利」として傲慢に受け取る。それが正解だ。だが、俺はあえて、前世で培った「最高効率の毒」を選択する。
「……母さん、ごめん。……心配、かけちゃったね」
俺は熱に浮かされたような弱々しい微笑みを浮かべ、縋り付く母の、シワひとつない白く細い手を、優しく両手で包み込んだ。
「ひっ……!?」
華子が、弾かれたように肩を震わせる。 驚愕。困惑。そして、生まれて初めて「男から向けられた、対等な、あるいはそれ以上の慈愛」に、彼女の魂そのものが激しく引き付けられていくのが分かった。
「湊……? 今、私の、手を……? そんな、滅相もないわ、あなたが謝るなんて……! あなたが無事なら、母さんはどうなったって……!」
「いいんだ。僕のために泣いてくれるのは、母さんと、美月姉さんだけだから。……ありがとう、大好きだよ」
俺は彼女の目を見つめ、あえて「息子」としてではなく、一人の「男」としての温度を込めて囁いた。 ついでに、一歩引いたところで固まっていた姉の美月にも、視線だけで極上の「特別」を投げかけるのを忘れない。
「っ……あ、アンタ、何を言って……っ」
美月が耳まで真っ赤にして絶句し、華子の瞳からは、さらに大粒の涙が溢れ出す。 だが、それは安堵の涙ではない。もっとドロドロとした、独占欲という名の劇薬が彼女たちの心臓に回った証拠だ。
(……一丁あがり。まずは家庭内から、俺なしでは呼吸もできない体にしてあげよう)
この世界の男がどれほど傲慢か、俺はまだ知らない。だが、「当たり前」に胡坐をかく男たちの中で、俺のこの「異常なまでの優しさ」がどれほどの破壊力を持つか。 前世の優子の、あの狂おしい眼を思い出す。この世界なら、あの極上の興奮を、いくらでも、何度でも、合法的に作り出せる。
胸の奥から湧き上がる愉悦を噛み締めながら、俺は数日後の退院手続きを待つことにした。
――そして。 退院の日、一ノ瀬家の玄関を開けた俺を待っていたのは、家族だけではなかった。
「おかえりなさいませ。お兄様」
リビングの隅。他の家族のように分かりやすく動揺していない、けれど、獲物を狙う獣のような目で見つめている一人の少女。 従妹の、サオリだ。