男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした   作:晴口 丸

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林間学校の二日目、昼食のメニューは定番の「カレー作り」だった。

この世界において、男が火の前に立って調理することなどまずあり得ない。重い腰を上げ、女たちが甲斐甲斐しく用意した食事を当然という顔で食べ、文句を言うのが普通であり、道明寺龍也に代表される男たちの本来の姿だ。

だが、俺は違った。

 

「麗華さん、ジャガイモの皮剥きは僕がやるよ。サオリはお米研ぎをお願いできるかな。梓さんは、申し訳ないけれど薪の調整をお願い」

 

俺が慣れた手つきで包丁を握ると、一ノ瀬班の空気は一瞬にして沸騰した。

 

「な、何を言っているの一ノ瀬さん! あなたの指に万が一のことがあったら……! 私が代わるわ、貸しなさい!」

 

麗華が慌てて割って入ろうとするが、俺の包丁さばきは淀みなかった。前世の一人暮らしで嫌というほど叩き込んだ自炊スキルだが、男が家事をしないこの世界では、それだけで「神の御業」に見えるらしい。

トントントン、と軽快なリズムを刻む俺の横顔を、麗華は頬を真っ赤に染めながら見つめていた。彼女の頭の中では、すでに都合のいい未来の食卓がレンダリングされている。

 

(信じられない……あんなに綺麗で、それでいて家庭的なのね。もし私が彼を婿に迎えたら、仕事から帰った私を、あんな風にエプロン姿で迎えてくれるのかしら……?)

冷泉院家の専業主夫として、自分を健気に待ってくれる湊。そんな聖母じみた独占欲と妄想に胸を高鳴らせ、彼女はウキウキとジャガイモを洗い始めた。隣でサオリが「フン、浅いわね。お兄様の料理を毎日食べられる特権があるのは私だけなのに」と暗い瞳で米を研いでいるのにも気づかずに。

だが、真の毒はそこではない。

麗華が具材を鍋に入れるために少し席を外し、サオリが水を汲みに向かった一瞬の隙。 俺は、火の前に立つ梓のすぐ背後へと音もなく忍び寄った。

 

「っ、一ノ瀬……!?」

 

気配に気づいた梓がビクリと肩を跳ね上げる。俺は彼女の逃げ場を塞ぐように、背後から大鍋を覗き込むふりをして距離を詰めた。 周囲の喧騒に紛れるほどの、蚊の鳴くような低い声。生徒会室で見せたあの「悪いオス」のトーンで、俺は彼女の顔に近づく。

 

「これ、味付け大丈夫かな? 梓、はい、あーん」

「な、な、な⁉」

 

 唐突な俺の「あーん」に完全に硬直する梓。それはそうだろう。この世界で男性から女性に食べさせる行為なんて、フィクションの向こう側の出来事なのだから。

 

「ほら、早くしないと、二人とも戻ってきちゃう」

「え、あ、あー……」

 

しどろもどろに口を開け、食べさせてやると、困惑の色そのままに、食べさせたカレーを嚥下する。

 

「お、おいしいわ……」

「ほんとぉ? ふふ、緊張して味分かってなかったり?」

「そ、そんなのじゃないし! 一ノ瀬相手に緊張しないし!」

「へぇー……」

 

顔を真っ赤にして反論する梓からは説得力を感じないが、面白いのでそのままにしておく。

 

「梓は辛めが好き?」

「そうね。ちょっと刺激があるくらいが好みよ」

「そうなんだ。じゃあ今日のカレーは梓の好みに合わせようか」

「え、そんな……みんなに悪いわよ」

 

 梓は驚き遠慮するものの、もはやこれは決定事項。ただのつまらないカレーよりかは便利に利用してやった方がいい。俺はもう一歩距離を詰め、彼女の耳元に唇を寄せた。

 

「……これ、麗華さんたちには内緒ね」

「あ、は、な……っ」

 

梓の呼吸が劇的に浅くなり、おたまを握る指先が小刻みに震えだした。 強気な従者の仮面を被りながらも、彼女の脳内は瞬時に極上の背徳感に支配されていく。

 

(麗華様が新妻気取りでいるすぐ真横で、私はまたこの人と裏切りを働いている……っ。麗華様の目を盗んで、私にだけ特別を押し付けて、私をどうするつもりなの……!)

 

主君の目の前で、自分だけが俺の「悪い部分」を共有し、所有されている。

その狂おしいほどの悦びに従属欲が悲鳴を上げ、彼女はスプーンを握りつぶしそうなほど力を込めていた。

 

「さあ、みんな、出来上がったよ」

 

再びいつもの「守ってあげたい少年」の無垢な笑顔に戻り、俺がカレーを盛り付けると、少女たちは一様にスプーンを口に運んだ。

 

「「「……美味しい…………」」」

 

全員の手が止まる。愛情という名の演出をこれでもかと仕込んだカレーは、彼女たちの胃袋ごと理性を鮮やかに切り刻んでいた。

 

「麗華さん、口元にルゥがついてるよ」

 

俺が指先でそっとそれを拭い、わざとらしく自分の口元へ運んで見せる。 一連の動作を何でもないことのようにこなし、すぐに視線を自分の皿に戻すことで、より特別感を煽る。

麗華がその場で溶け落ちそうになり、梓がそれを見て嫉妬と背徳感に胸を震わせ、サオリの瞳が暗く沈む。

俺は自分のカレーを一口食べ、満足げに目を細めた。 胃袋を掴むのは、基本中の基本だ。自分なしでは生きていけない「依存の食卓」へ、彼女たちは喜んで足を踏み入れていた。

 




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