男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
林間学校のすべての行程を終え、一行を乗せた大型バスが学園へと向けて走り出す。 最大の焦点であった「湊の隣の席」を巡る争いは、サオリの従妹特権を、麗華が「生徒会長としての公平なジャンケン」という大義名分でねじ伏せ、見事に勝利を勝ち取っていた。
麗華は背筋をこれ以上ないほどピンと伸ばし、隣に座る俺を意識して緊張に震えている。
(勝ったわ……! ついに、湊さんと二人きりの、誰にも邪魔されない時間を手に入れたわ!)
そんな彼女の心の声が聞こえてきそうなほど、彼女の肩は強張っていた。だが、バスが高速道路に入り、一定のリズムで揺れ始めた頃――。
「……ふぅ……」
隣から、小さく、無防備な吐息を漏らしてみせる。 限界まで疲れ切ったようにまどろみ、俺はゆっくりと頭を彼女の方へ傾けた。
コト、と俺の頭が麗華の肩に預けられる。柔らかい髪の感触と、微かに漂う俺のシャンプーの香りが、彼女の鼻腔をダイレクトに突き抜けた。
「一ノ瀬、さん……?」
麗華の全身が、愛らしいほどに硬直した。 彼女の頭の中はおそらく、今頃こんなハッピーな聖母妄想で埋め尽くされているに違いない。
(湊さん、あんなに頑張って料理をして、みんなに気を遣って……相当疲れていたのね……っ。私なら、彼が安心して眠れる『唯一の女性』になれるって、本能で分かっているんだわ!)
そうでなければ、この静かな車内で、彼女の心臓がここまでうるさく警報を鳴らすはずがないのだ。麗華は俺を起こさないように全身を硬直させ、呼吸すら最小限に抑えながら、至福の「役得」と独占欲の熱に浮かされていた。
だが、そのすぐ後ろの席では、地獄のような狂気が渦巻いていた。
梓だ。 前の座席の隙間から、麗華の肩に頭を預けて眠る俺の姿を、彼女は息を荒くしながら見つめていた。その指先が、シートの布地を千切れんばかりに強く掴んでいる。彼女の瞳の奥で、嫉妬と背徳感がドロドロと溢れ出しているのが、俺にははっきりと分かった。
(ついさっきまで、麗華様に内緒で私にだけ特別な味を教えてくれたあの人が、今は麗華様の肩に触れている……っ。私の手を握ったあの指が……悔しい、悔しいけど、私は麗華様の従者……でも私は一ノ瀬の特別……)
「あ、梓ちゃーん……そんなに強く握っちゃダメだよー……」
「静かに。一ノ瀬が起きる」
「ひーん……」
同じ席の女子が怯えたような声を上げるが、梓はそれすら耳に入っていない。ただひたすらに、主君を裏切る快楽と独占欲の狭間でその身を震わせている。
そして、さらにその前の席からは、バックミラー越しに全てを冷徹に観察しているサオリの視線があった。
頬杖を突くサオリの微笑みの裏には、一切の動揺がない。他の女たちがどれほど「今の特別」に一喜一憂しようとも、彼女の脳内は冷酷な優越感で満たされている。
(せいぜい今のうちに、お兄様の可愛い寝顔(演技)に騙されていればいいわ。全部を分かって、夜の本当のお兄様を管理してあげられるのは、世界で私だけなんだから)
「せっかく隣になったんだしさ、一ノ瀬君について教えてよ! ……あれ、サオリさん? おーい……」
サオリは隣に座る女子の、いかにも年相応な世間話なんか一切気にも留めず、ただひたすらに俺の嘘の寝顔を狂ったように眺めているのだった。
麗華の絶対的な陶酔。梓の狂おしい背徳感。サオリの傲慢な独占欲。
俺は完全に寝入ったふりをして、麗華の腕に自分の手を少しだけ重ね、さらに深く寄りかかった。それだけで麗華が「ひっ」と小さな声を上げ、魂が抜けたような幸福な表情で固まる。
夕暮れ時のバスの車内。 カーテンの隙間から差し込むオレンジ色の光が、眠れる王子と、彼を独占していると信じ込む令嬢を照らし出していた。
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