男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
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学園に到着し、解散の喧騒を抜けて、ようやく見慣れた一ノ瀬家の玄関をくぐった。
「ただいま……」
俺が玄関で靴を脱ぎ、リビングのソファに倒れ込むように体を預けると、背後からサオリが音もなく近づき、甲斐甲斐しく荷物を受け取る。
「お疲れ様でした、お兄様。……ようやく、あの五月蝿い有象無象から解放されましたね」
サオリの声には、外では決して見せない「真の身内」としての安堵と、冷酷な独占欲が混じっていた。
「ああ……。やっぱり家が一番落ち着くな」
深くため息をつき、ネクタイを緩めて首筋をさらけ出す。外では常に「誰かの理想」であり続け、小悪魔的に立ち振る舞っていたが、家の中で見せるこの「少し毒気の抜けた、無防備な姿」こそが、家族にとっての最大の報酬だった。
「湊! おかえりなさい! ほら、お風呂沸いてるわよ。林間学校なんて、汚い女……じゃなかった、野蛮な環境で大変だったでしょ?」
母・華子が、俺の顔を見るなり弾んだ声で駆け寄ってくる。彼女の手には、俺が愛用している肌触りの良い部屋着が握られていた。
「母さん、ありがとう。……でも、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
「何言ってるの、あなたは一ノ瀬家の宝なんだから! さあ美月、何ボサッとしてるの。湊の着替え、手伝ってあげなさい!」
「わ、分かってるわよ! ……ちょっと、湊。アンタがいなくて、この家、火が消えたみたいに静かだったんだからね。……これ、アンタが好きな入浴剤。入れてあげたから」
姉の美月は、そっぽを向きながらも、俺の帰還を心底嬉しそうに(そして少しだけ潤んだ瞳で)見つめている。外では「クールな弟」として振る舞う俺が、家でだけ見せる「甘え上手な顔」を知っているのは自分たちだけ。その優越感が、彼女たちの疲れを吹き飛ばしていた。
「お母様、お姉様。お兄様は本当にお疲れなのです。……着替えもお風呂も、私が責任を持ってサポートしますから、お二人は美味しい夕食の仕上げをお願いしますね」
サオリが二人を優しく、しかし有無を言わさぬ圧力でキッチンへと促す。 再び二人きりになったリビングで、サオリはソファにうつ伏せで沈む俺の体に馬乗りになった。
「……お兄様。外では、麗華さんの肩に寄りかかったり、梓さんに手を握らせたり……。随分と、あの方たちに『偽りの安らぎ』を与えていたようですね」
サオリは俺に話しかけながら、肩のコリをほぐすようにマッサージしてくる。時折首元で匂いを嗅いできて少しくすぐったい。
「でも……こうして、誰にも見られない場所で、毒を吐きながら私の髪をなでてくれるのは、ここだけ。……やっぱり、家が一番ですよね?」
彼女はそのまま昨日つけたキス痕を俺のシャツをめくって確かめていく。
「……そうだね。外の連中は、僕の『一部』を見て恋をしてる。でも、ここには僕の『全部』を知っていて、それでも僕を飼い慣らしようとする奴らがいるから。……退屈しなくて済むよ」
俺が甘く少し支配的な雰囲気を出すと、サオリは「……んっ」と愛おしそうに目を細めた。
外では「私だけがあの人の良さを知っている」と信じ込ませる戦略家。 家では「家族だけが本当の彼を支えている」と確信させる愛されし者。
「湊、ご飯できたわよー!」
キッチンから聞こえる母の明るい声。 俺はサオリをどけ、ソファから立ち上がり、再び「完璧な息子・弟・従兄」の仮面を緩く被り直した。
「さあ、サオリ。……帰ろうか、僕たちの『聖域』へ」
夕食の香りと、家族の歪な愛情に包まれた一ノ瀬家の夜。 俺にとって、この家こそが次の「略奪」に向けた活力を養う、最も甘く、最も居心地の良い毒溜まりだった。
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