男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
「お兄様! あの聖女モドキをこれ以上野放しにするのはおやめになってください!」
昼休み、いつもの屋上にサオリに呼び出され、クラリスをかわしながらやってくると、開口一番思い切り責められてしまった。
「ちゃんと聞いてるの⁉ 昨日も私のことおいて聖女モドキと逢瀬だなんて……もう、もう‼」
興奮のあまり敬語すら忘れてしまったのか、半ばつかみかかるように詰め寄り、目じりに涙をためている。
あの時の捨てられる恐怖を思い出してしまったのだろうか。クラリスという女は現状を荒らすのが得意技らしい。
俺はつかみかかってきたサオリの細い手首を優しく包み込み、そのまま彼女の身体を自分の胸元へと引き寄せた。
「ごめんね、サオリ。不安にさせて」
耳元で、低く、甘く、彼女の脳を直接揺らすようなトーンで囁く。 サオリの身体がビクッと跳ね、その瞳に一瞬で狂信的な熱が戻るのが分かった。
「お、お兄様……。私、私はただ、お兄様が変な泥棒猫に騙されているのが、その、悔しくて……」
「分かっているよ。サオリが俺を誰よりも心配してくれていることも、俺を誰にも渡したくないって思っていることもね。……でも、安心して。俺が本気で相手をしているのは、サオリ、君だけだから」
慣れ親しんだホスト時代の常套句。だが、捨てられる恐怖に震えていたサオリにとって、この「君だけ」という偽りの特別感は極上の精神安定剤だ。彼女は「ん……っ」と小さく熱い吐息を漏らし、俺の胸に完全に顔を埋めて大人しくなった。
サオリのトゲを綺麗に抜いて手懐けたところで、俺は屋上の陰に隠れていた二人の人影に視線を向けた。
「……随分と熱烈なご挨拶ね、湊さん」
「麗華様にまとわりつく男のくせに、サオリさんまでそんな風に丸め込むなんて……本当に最低の男。恥を知りなさい」
腕を組んでジト目を向ける麗華と、その後ろで顔を微かに赤くしながらも強気に睨みつけてくる梓だ。サオリが俺を呼び出すのについてきたらしい。人前を避けたはずの屋上で、「偶然にも」俺の護衛官が全員集結する形になっていた。
「二人とも、待たせてごめん。……麗華さんも、梓さんも、あのクラリスさんの我が物顔な態度には頭を悩ませているよね?」
俺が困ったような王子様の仮面を深く被り直して問いかけると、麗華は「そうなのよ!」と即座に食いついてきた。
「本当に忌々しいわ! 『主の資産管理』だなんて屁理屈を捏ねて、授業中も放課後も貴方の隣を独占して……! 学園の風紀的にも、私の、その、精神衛生的にも、これ以上の放置は断じて看過できないわ!」
「……そうよ。あの女、昨日の一ノ瀬との『検分』とやらから帰ってきてから、ずっとニヤニヤして気持ち悪いのよ。『男の扱いなんて簡単ですわ』とか教室で吹聴して……。一ノ瀬、あなた本当にあの女に手懐けられたわけじゃないでしょうね⁉」
梓がツンツンと激しい嫉妬を隠さないまま、詰め寄ってくる。 俺は彼女たちの焦りと独占欲を十分に煽り、収穫期を迎えた果実のように熟したのを見計らって、冷徹な本音を小さく漏らした。
「まさか。手懐けられているふりをしてあげているだけだよ。……だからさ、そろそろあのお転婆な聖女様にお灸をすえてあげたくない?」
その言葉に、三人の護衛官たちが息を呑んだ。
共通の敵を見出した時の女の結束は強い。聖女に標的を定めつつ、一度彼女たちを一つにまとめてしまうのもありだろう。
俺は携帯を取り出し、画面に昨日クラリスと行ったカフェのデータを表示させる。
「クラリスさんは自分のことを『男を支配する側のマエストロ』だと勘違いして調子に乗っている。一度成功したと思い込んでいるからこそ、次はもっと大胆な誘いに乗ってくるはずだ。……今週末、彼女を学園外の『最高の舞台』へ誘い出す。そこで、彼女が聖女として培ってきた全能感を、根底から叩き潰してあげようかと」
三人は神妙に頷く。蛇に睨まれた蛙のように完全に動きを停止させていた。
「サオリ、麗華さん、梓さん。君たちの力が必要だ。あの傲慢な聖女様が、二度と俺の隣で我が物顔をできないくらい、俺の愛に飢えて泣き叫ぶような素敵なデートを楽しもうか」
自分の愛のために、他の女を罠に陥れる作戦会議。 サオリは恍惚とした表情で俺を見上げ、麗華は自分の知略が湊のために使われることに頬を染め、梓は「不本意だけど、あの女を排除するためなら……」とツンとしながらも嬉しそうに拳を握りしめた。
表向きはただ護衛官と出かけるだけ。でも敏感なクラリスなら分かる。「一ノ瀬湊が他でもない私を放ってデートに行った」と。当然彼女は焦るだろう。不可解に思うかもしれない。どっちにせよ明確に俺を意識するようになる。
麗華や梓は「自慢してくる聖女にお前はその程度か」と笑いかえす、程度の可愛い作戦だと思っているだろう。
しかしサオリの方を見ると。納得したように頷き、どう料理してやろうかとにんまりと笑みを浮かべていた。
四人目の獲物を完全にハメるための、極上のマニピュレーションが、静かな屋上で幕を開けた――。
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