男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
クラスチャットがデートの写真でひとしきりお祭り騒ぎになり、夜も更けて日付が変わろうとしていた頃。 祭りの余韻も落ち着き、女子たちの書き込みがまばらになったその静寂を、サオリのたった一枚の投稿が完全に破壊した。
『あ、お兄様がお風呂から上がってきたので、私はここまでにしますね。おやすみなさい、皆さん 【写真】』
それは、これまでのどんなお洒落なデート写真よりも、生々しく、破壊的な一枚だった。
画面に写っているのは、一ノ瀬家のリビング。 お風呂上がりで少し髪が濡れたまま、着崩したパジャマ姿でリラックスしてテレビを見ている俺。そして――その俺の胡坐の間に当然のようにすっぽりと収まり、背中からあすなろ抱きされた状態のサオリだ。
サオリは内カメラを上目遣いで見つめ、トロンとした、完全に「男に愛されている牝の顔」で幸福そうに微笑んでいた。
背景に映る生活感。完全に無防備な俺のプライベートな姿。
それは、外でのデートのような「余所行きの関係」ではなく、夜の密室で二人の境界線が完全に溶け合っているという、圧倒的な『現実』の証明だった。
一瞬で、タイムラインの動きが完全に停止した。 あまりの破壊力に、クラスの女子たちすら冗談めかしたコメントを書き込むことすらできず、ただただ「本物の狂気」と「勝てない格差」を突きつけられて絶句している。
そして――。
「あ……、あ、あああ…………っ‼」
暗い自室のベッドの上で、スマホの光に照らされたクラリスの顔は、もはや人間としての形を保っていなかった。 蒼い瞳からは大粒の涙がボロボロと溢れ、スマホを握る指先は血が通わないほどに白く震えている。
映画館の写真までは、まだ「これはあの女たちが一ノ瀬さんを脅迫しているのだわ」と言い訳ができた。 だが、この写真は何だ。
一ノ瀬湊は、あの忌々しい偽妹の腕の中で、あんなにも優しく、あんなにも無防備に、リラックスした瞳をして夜を過ごしている。
自分がどれだけ契約を振りかざそうが、どれだけ「男の扱いなんて簡単」とドヤ顔をしようが、彼が本当に心を許し、その肉体と時間を捧げているのは、あの部屋の、あの胡坐の中なのだ。
「嫌……嫌ですわ……! どうして、どうして私がこんなにも胸を締め付けられなくてはなりませんの……!? 私は聖女……マエストロのはず……彼を、支配する側のはずなのに……っ!」
ポタポタとスマホの画面に涙が落ち、サオリの勝ち誇った笑顔を濡らしていく。 全能感の完全な崩壊。
クラリスの中で、これまで自分を支えていた「聖女としてのプライド」という最後の防壁が、音を立てて木っ端微塵に粉砕された。
残されたのは、ただ大好きな男の『夜』を他の女に独占され、嫉妬と絶望で頭がおかしくなりそうな、一人の惨めな等身大の女の子だけだった。
クラリス・フォン・マチカ――彼女が人生で初めて完全なる敗北を知った日であった。
彼女の脳内は、一ノ瀬湊という底なしの沼に、頭のてっぺんまで完全に沈められた。
――翌朝。 俺はリビングのソファで、サオリが「やっちゃいました」と悪戯っぽく見せてきたスマホの画面を確認した。
案の定、クラスチャットはあの写真以降、誰一人として発言していない。開いた口が塞がらないのか、現実を受け入れていないのか。
そしてクラリスのアカウントも、既読をつけたまま完全に沈黙している。
「もう、サオリ。これじゃあクラリスさん、今日学校に来づらくなっちゃうじゃないか」
俺は困ったように苦笑しながらも、サオリの頭をよしよしと撫でてあげる。
(あはは、最高だよサオリ。まさかここまで完璧なトドメを刺してくれるなんてね。これでクラリスのプライドはゼロ。次、俺の前に現れる時の彼女がどんな顔をしているか……本当に楽しみだ)
調律師の罠は、身内の暴走すらも最大の養分にして、傲慢な聖女を完全に折られた負け犬へと作り変えたのだった。
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