男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
あの悪夢のような週末と、深夜の爆撃から明けた月曜日。 学園でのクラリスは、目に見えて生気を失っていた。
いつもなら「おはようございます、湊さん」と我が物顔で割り込んでくるはずの朝、彼女は俺の姿を見るなりビクッと肩を揺らし、青ざめた顔で視線を逸らした。
その隣を陣取る麗華や梓、そしてサオリが、これみよがしに極上の優越感を浮かべて俺に甘えていても、クラリスは一言も反論できない。
ただ、震える指先でスマホを握りしめ、壊れた人形のようにじっと机を見つめているだけだった。
――そして、放課後。 俺のスマホに、クラリスから一件の短いメッセージが届いた。
『放課後、最初のあの教会でお待ちしています。……契約の履行を、求めますわ』
それが、泥水に溺れる彼女が必死に手繰り寄せた、最後の一本の俺との確かなつながり。
俺はサオリたちに「ちょっと用事があるから」と言い含め、一人で夕暮れの教会へと足を運んだ。麗華と梓は止めようとしつつも、サオリだけは俺のことを理解し、二人を説き伏せていた。
ギィ……と重い扉を開けると、ステンドグラスから差し込む血のような残照の中に、彼女はぽつんと佇んでいた。
かつて初めてここで対峙した時の、凛とした聖女の面影はどこにもない。肩を小さくすぼめ、今にも泣き出しそうな顔で祭壇を見上げている。
「待たせてごめんね、クラリスさん」
俺が声をかけると、彼女は弾かれたように振り返った。その蒼い瞳には、涙がなみなみと溜まっている。
「み、湊さん……っ。遅いですわ……私、私は……」
必死に「男を転がすマエストロ」の仮面を被り直そうとするクラリス。だが、その声は惨めに震えていた。
「週末……あんな、あんな破廉恥な写真をクラスの皆の前に晒して、何を考えていらっしゃいますの⁉ 貴方の所有者はこの私ですわ! 私という存在がありながら、他の有象無象の女たちにあんな……あんな蕩けた顔を見せるなんて、契約違反ですわ……っ!」
悔しさと、嫉妬と、独占欲。
誰にも相談できず、たった一人でその身を焼いていた孤独な毒が、堰を切ったように溢れ出す。
俺は何も言わず、ゆっくりと歩みを進め、彼女との距離を潰していく。
「き、来ないで……! 貴方は本当に、身の毛もよだつような化け物です……。誰よりも愛というものを歪んで認識して、周りの女たちを狂わせている、恐ろしい詐欺師……!」
クラリスは後退りし、背中が祭壇に当たって逃げ場をなくした。 彼女は気づいているのだ。俺がただの無能な男などではなく、自分の世界を裏から飼い慣らそうとしている「本物の魔王」であることに。
だが、他人に心を許せず、ずっと孤独だった彼女にとって、その魔王の圧倒的な強さと底なしの暗闇こそが、今や唯一の依存先になっていた。
俺は逃げられないように、クラリスの細い腰に手を回し、その身体を容赦なく引き寄せた。
「あ……くぅ……!」
至近距離で見下ろす。彼女の心臓は、壊れた時計のようにトクトクと激しく、早く脈打っている。
「君の言う通りだよ、クラリスさん。俺は歪んでいるし、愛に狂った化け物かもしれないね。……でも、そんな俺に本気で通用すると思って、最初にこの場所で傲慢な契約を持ちかけたのは、誰だったかな?」
耳元で囁く、低く冷酷な、だけど脳が蕩けるほどに甘い声。
「他の女たちと仲良くされて、そんなに寂しかった? 自分の手から俺が零れ落ちていくのが、そんなに怖かった?」
「いや……、私は、ただ……貴方を管理、して……」
「強がらなくていいんだよ。君にはもう、俺しかいないんでしょう?」
その言葉が、クラリスの心の最深部、誰にも触れさせなかった「民草に愛された孤独」を正確に貫いた。 クラリスの瞳から、ついに大粒の涙が溢れ落ちる。
「そうだよ、クラリス。君と俺は『契約』で結ばれている。……だったら、もうその不格好な聖女の仮面なんて捨てて、俺の『所有物』になりなよ」
俺は彼女の顎を優しく ── だけど拒絶を許さない力で上向かせた。
「俺の所有物として、俺の支配を受け入れるなら……これからも、君が狂ってしまいそうなほどの愛を、君だけに注いであげる。サオリたちには決して見せない、俺の本当の暗闇を、君のその綺麗な身体に刻み込んであげるよ。……ねえ、どうする? 聖女様」
「あ……、あう……っ」
クラリスは、過呼吸気味に小さな悲鳴を漏らした。
脳裏をよぎるのは、世界を騙す魔王の恐ろしさ。けれど、それ以上に、彼の腕の中で「所有される」という圧倒的な快楽と安心感が、彼女の理性を完全に焼き尽くしていく。
支配する側から、支配される側へ。
「湊、さん……っ。嫌、私を、私を置いていかないで……! 他の女のところへ行かないで……! 貴方の、貴方だけの所有物にして……私を、貴方の愛で、めちゃくちゃに調律してくださいませ……っ!」
クラリスはついに崩れ落ちるように俺の胸にしがみつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
マチカの傲慢な聖女が、一ノ瀬湊という底なしの沼に、魂まで完全に沈められた瞬間だった。
夕暮れの静かな教会で、俺は泣き続ける四人目の獲物を優しく抱きしめながら、その背越しに、冷徹極まりない勝利の笑みを浮かべるのだった――。
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