男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
「――おかしいわ。これ、どういうことですの?」
放課後。冷泉院家の二人は聖女の滞在する高級マンションの一室で、三人そろってそれぞれが持つ「最高峰の調査網」を使って、一ノ瀬家についての事前調査を行っていた。 冷泉院家の財力をもってすれば、大抵の権力者の素行など一日で丸裸にできる。マチカの諜報網も同様だ。
「サオリさんには悪いことをしたわね。あの時の写真の分の借りということで」
「気にすることはありませんわ。私たちには伴侶として知る権利がある。そうでしょう?」
「そ、そうかな?」
「梓は難しく考えすぎよ。一ノ瀬さんのことを知りたい。それだけじゃない」
「そ、そうですね!」
早速渡された資料に目を通す。いったいどんな素敵情報が眠っているのか、今から気分は最高潮だった。
しかし、彼女たちの前に提示された資料は、あまりにも「異常」だった。
「日頃の湊さんの行動や、休日のルーティンは完全に把握できる……。学生としての成績も完璧。けれど……それ以外の『ルーツ』が、何一つ出てこない……?」
「妙、ですわね。一ノ瀬家、という存在の歴史に関する情報がすっからかん」
「いえ、それ以外もですね。特に父方の方は。まあそれ自体は珍しくありません。精子センターで人工授精というのも昨今普通のことですから」
一ノ瀬家の家系図、過去の資産、父親の経歴。それら全てが、まるで国家レベル、あるいはそれ以上の超法規的な力によって、「最初から存在しなかった」かのように不気味な空白で満たされていたのだ。
さらに不気味だったのは、中学時代などの湊の評判だった。
断片的に引っかかった過去のデータには、『だらしのない、目立たない普通の少年』という、今の完璧で慈愛に満ちた「王子様」とは、似ても似つかない凡庸な記録しか残っていない。
「あり得ないわ……。あの湊さんが、昔はただの凡人だったなんて。……まさか、一ノ瀬家とは、世界の裏側を牛耳るような、表に出てはならない『本物の闇の権力』……⁉ 今の湊さんの完璧な姿は、その一族としての真の教育が覚醒した結果だというの⁉」
「麗華様、本の読みすぎです。最近は夜更かししてネット小説を読んでいることはわかっていますよ」
「……こほん。とにかく冷泉院とクラリスさんの情報網をもってしてもわからないとは……こちらは政治にも干渉できるほどの権力で探っているというのに、ですわ」
「亡命してきたどこぞの王子、あるいは雲隠れした歴史上の人物の末裔、というのは考えられませんか? 経歴がないこと、女性の扱いの慣れ具合、父親が現在いないこと、すべて説明できそうです」
「そうね、クラリスさん。それはいい着眼点だわ」
「一ノ瀬が王子様……私の王子様……えへへ」
「梓? ぼーっとしてるわ。疲れているのかしら?」
「他には何かありませんか?」
「そうね……湊はきっと高校前にやってきた転生者なのよ!」
「麗華様……バカ言わないでください」
「お労しい。よほどお疲れなのですね」
「……冗談じゃない」
彼女たちは勝手に深読みし、勝手に戦慄していた。 調べれば調べるほど、一ノ瀬家という存在の底知れなさと、その本拠地に突入することへの国家間交渉並みのプレッシャーが、彼女たちの精神をガチガチに追い詰めていく。
((――来週、私はあの深淵の門を叩くのね……))
己の「秘密の優越感」すらも吹き飛ばされそうなほどの緊張感を抱えながら、少女たちは一週間後の「地獄のティータイム」へと向かっていくのだった。
((なんにせよ、湊の本当の姿を知っているのは私だけだけど))
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