男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
翌日。 俺たちは駅前の大型ショッピングモールへと足を運んでいた。
街を行き交う人々を観察して、俺は改めてこの世界の歪さを確信していた。 すれ違う男どもは、どいつもこいつも首元までボタンを締め、体型を隠すようなダボついたロングコートを着込んでいる。まるで中世の修道士か、あるいは厳格な宗教の信者のようだ。
そんな中、俺は昨日サオリに選んでもらった、手持ちの中では一番まともな淡い色のシャツを着て歩いていた。 それだけでも、周囲の女たちの視線が痛いほどに突き刺さってくる。
「……お兄様、やっぱり何か羽織りませんか? その、そんなに薄着だと、目のやり場に困るというか、他の女たちが不躾にあなたを……っ」
隣を歩くサオリが、周囲の女たちを牽制するように鋭い視線を配りながら、焦った様子で俺の袖を引いた。
この世界の女にとって、男の肌や体型が少しでも露出しているのは、あまりに刺激が強すぎるらしい。だが、俺に言わせればそんなガードの固い服は、自分の魅力をアピールする上で邪魔以外の何物でもないのだ。
「そうなんだ。じゃあこうすれば狙われないかな?」
そうして恋人っぽく肩を寄せ、腕を絡ませると、サオリはわかりやすく肩をはねさせ、のぞき込む俺に顔をそらしてきた。
「い、いけません! まだ、本当の恋人じゃないのに」
「俺じゃサオリに釣り合わないかな?」
「そんなことは! うれしいに決まってます!」
まあ、そうだろうな。前世の俺に比べて年齢も若く、悔しいが顔も整っている。甘いマスクでもなよなよしてても色気を出そうと思えば簡単に出せてしまうこの容姿に、自分ながら少し嫉妬してしまう。
「まあ、いいんだよ、他の女の人は。サオリに見せるために、ちょっと頑張ってオシャレしてきたんだから」
「っ……あ、あなたって人は……っ」
サオリが耳まで真っ赤にして俯く。ちょっとほしそうなセリフを言ってやればすぐに好意を向けてくる。こんな簡単なこともないだろう。この子が最終的にどれほど大きな刃を俺に向けてくれるか。今から楽しみだ。
そのまま、俺たちはいくつかのメンズブランドのショップを回った。
この世界の「男物の服」はとにかく退屈だった。どれもこれも肌を隠すためのコンサバなものばかり。 その中から、俺はあえて首元が少し広めに開いたサマーニットや、体のラインが綺麗に出るタイトなスラックスを選び、試着室へ持ち込んだ。
――シャッ。
「サオリ、これどうかな?」
試着室のカーテンを開けて声をかけると、外で待っていたサオリは完全に硬直した。
鎖骨が覗く首元、きゃしゃながらもほど良く引き締まった体型が強調されるシルエット。正直、時代が違えばモデルでも十分に食っていけただろう。
この世界の男が絶対に着ない、絶妙な「色気」を放つ俺の姿に、彼女は無意識に息を荒げていた。すっかり見惚れてしまったようだ。
「すごく綺麗です……。お兄様」
「そう? うれしいな。でも他のものも試着したいな」
試着室の前で小さなファッションショーを楽しんでいると、店員や通りかかった一般の客が吸い寄せられるように俺たちの様子を見に来た。分かりやすくジロジロ見ているわけではないが、商品を確認するふりをして俺たちの方をちらちらと見ているのがまるわかりだ。
「お兄様、少し……」
「ん、何かな? ちょっと待って、次が最後のやつ……」
最後のやつはこの世界では珍しい七分袖のシャツ。多分これが男性にとっての「半そで」なのだろうが。首元も他のと比べかなり出ており、少しかがむと胸板が相手に見られてしまうだろう。好都合だ。
「どうかな? これ」
カーテンを開け、少し前かがみに挑発するように姿を見せると、サオリはすぐに俺に近寄りすぐにカーテンを閉めてしまった。
「お兄様⁉ いつの間にこのような服を! いけません、女性の前でそのような服は着てはいけません!」
「ええぇ? じゃあなんでこの服が売ってるのさ……」
今度はカーテンを全開にせず、サオリにだけ見えるように少しだけ開けた。
先ほどと同じように少し前かがみになり、胸元にある俺のほくろが色っぽく覗くようにしてやると、もう彼女の視線はそこにくぎ付けだった。
「お兄様のような、麗しい方がそのような服を着るのは……えっと……はれんちです!」
そういってから彼女の顔は真っ青になる。この世界で男性に性的な言葉を使ったり暴力的な行為などをするのは重罪で、それは彼女自身よくわかっている。
「お、お兄様……これは、その……」
「……あはは。そうだね。サオリの言うとおりだよ。じゃあサオリが好きそうなこれと、これだけ買って帰ろうか」
「あ……えっと、はい……」
自分の失言を咎めず、それどころか「サオリが好きそうなもの」を選んでくれた。その事実に、サオリは救われたような、同時にこれ以上ないほどの甘美な罪悪感に濡れた瞳で俺を見つめていた。
(チョロすぎるな。……よし、これで舞台装置はすべて揃った)
会計を済ませて店を出ると、サオリの両手には、俺が買い占めた服の入ったショップ袋がいくつも握られていた。 この世界の常識に従い、彼女は「奇跡の資源」である俺に指一本動かすまいと、すべての荷物を当然のように一人で抱え、健気に俺の後ろを歩いている。
しかし、それでは面白くない。罪悪感を抱え、俺の邪魔にならないようにしっかりと後ろを歩く彼女の方へ振りかえる。
「大丈夫、サオリ? それ、重そうだし俺が持とうか?」
声をかけると、サオリは雷に打たれたような顔をして立ち止まった。
「え……? い、今なんて?」
「いや、その買い物袋、結構パンパンだし。男の俺の方が力はあるだろうから」
そういって、俺がひょいと袋を奪うと、彼女は顔を真っ赤にして小刻みに震え始めた。
見たことない反応に様子をうかがっていると小さくポツリと漏らす。
「まさか男性であるお兄様がわざわざ私にやさしくしてくれるなんて」
なんだ、ただ男性からの優しさに慣れてないだけか、と気づき、これは今後も使えるだろうと考えながら歩きだすと、サオリに肩を掴んれる。
「だ、だめです、お兄様。やっぱり女である私が持つべきです!」
あくまでその態度は崩さないようで、折れる様子は見えない。常識もあるだろうが、世間体などもあるのだろう。そう思うと手放しに「男性である自分が代わりにやってあげる」は便利な道具ではないな。
「うーん、そっか。じゃあ一緒に持とう。そうすれば二人で話しながら帰れるよ」
「い、いいんですか?」
「もちろん。その方が楽しいからね」
まあ愉しくもあるけど。
横を歩く彼女を見て内心笑みがこぼれる。
(これだ。これだよ)
俺だけが彼女を「一人の女性」として扱い、優しくする。そうすれば、彼女はこう思うはずだ。『この人の本当の優しさを知っているのは世界中で私だけなんだ』と。
すっかり最初の警戒心を失い、半ば媚びるようなしぐさで俺に寄り添ってくる彼女の肩に寄りかかり、俺たちは岐路についた。