男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
リビングに漂う重苦しい沈黙を破ったのは、カツカツという小気味いいヒールの音だった。
「ただいまー……あら、湊。お客様?」
大学から帰宅した姉の美月は、ソファで石像のように固まっている麗華、梓、クラリスの三人を見て、すぐに状況を察した。彼女たちの顔には、サオリの「日常マウント」によってズタズタにされたプライドと、情報過多による知恵熱が浮かんでいる。
「一ノ瀬さんの、お姉様……」
「お、お邪魔しております……っ」
三人が虚ろな目で挨拶する中、美月はバッグを放り投げ、当然のように湊の隣――サオリとは反対側の僅かな隙間――に滑り込んだ。
足を組み、睥睨するように三人を見つめる。
「ああ、護衛官の皆ね。湊がいつもお世話になってるわ。……でも、そんなに驚かなくてもいいじゃない。家でのコイツなんて、ただの『だらしない弟』よ?」
美月はそう言いながら、俺の髪をグシャグシャとかき回した。
学園の乙女たちが「神聖な宝石」のように崇め、触れることすら躊躇うその髪を、美月はまるで飼い犬を愛でるように雑に扱う。
(フフ……。この子たちが必死に守り、傅いている「完璧な王子様」なんて、私にとっては昔から知ってる生意気なガキんちょに過ぎないのよ。……最近はなんか雰囲気違うけど。この無防備なうなじも、寝起きの酷い顔も、私だけが独占してきた「財産」なんだから)
三人の視線が、美月の指先に集中する。美月は見せつけるように俺のうなじに顔を埋め思い切り堪能した。
「姉さん、ちょっとくすぐったいんだけど」
「あらいいじゃない、弟なんだから、素直に受け入れなさい」
「横暴だなぁ」
「ちょっと、湊。アンタさっきからボーッとして。お客さんが来てるんだから、もっとシャキッとしなさいよ。……ほら、お姉ちゃんの肩、凝ってるから揉んで。これ、姉弟の義務ね」
「……はいはい。姉さんは人使いが荒いなぁ」
困ったように苦笑しながらも、素直に美月の肩に手を置いた。その光景に、三人の脳内は再びショートする。特に、男性への免疫が低く、規律を重んじる梓の戦慄は凄まじかった。
(あ、あり得ないわ……! 男子に労働を強いるなんて、そんな不敬が許されるの⁉ ――でも、一ノ瀬が嫌がっていない……? むしろ、あの理不尽なワガママを当然のように受け入れている……⁉)
(そう。これこそが私だけの特権。外の女たちは湊に嫌われるのが怖くて、腫れ物に触れるように媚びるしかない。でも、私は違う。怒鳴っても、ワガママを言っても、湊はそれを「仕方ないなぁ」って怒りながらも許してくれる。……最近はニコニコしながら許してくれるし、好感度が上がった証拠ね。この「甘え」と「許容」のサイクルに、あんたたちは一生入れないのよ)
「湊、今夜の夕飯はアンタが担当なんだから、あんまり遅くまでお喋りしちゃダメよ? お姉ちゃん、お腹空いてるんだから」
「わかってるよ。あと少ししたら準備するから」
「よろしい。後お姉ちゃん呼びもして」
「分かったよ、姉さん」