男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
深夜の一ノ瀬家。
麗華たちが敗北感と共に去り、サオリとの濃密な「共犯者の時間」を終えた湊が、自室で静かに眠りについた頃。
一階の書斎では、未だにビジネススーツを纏ったままの華子が、デスクの上の高級なブランデーグラスを揺らしていた。月光だけが差し込む暗い部屋で、彼女の瞳は妖しく、愉悦に濡れている。
(麗華さん、梓さん、クラリスさん……あんなに必死に、湊がどれだけ完璧な王子様であるかを熱弁して。本当に滑稽で、愛らしい子たち)
一ノ瀬の血を引く者は、生まれながらにある種の『呪い』を宿している。
それは、誰かに絶対的に必要とされ、愛されたいという、脳を灼くほどの強烈な飢餓感――「渇愛」。
行き過ぎたその感情こそがトリガーとなり、一族の人間は脳のストッパーを破壊して、あらゆる分野の潜在能力を爆発的に開花させる。誰かに深く、狂おしく愛してもらうために、すべてを完璧にこなす怪物へと変貌するのだ。
(だからこそ、私はずっと心配していたのよ、湊)
華子は一口、琥珀色の液体を喉に流し込む。 中学時代までの湊は、家族以外の人間にふんわりとした恐怖を抱き、心を閉ざしていた。愛をぶつけるべき対象も、その熱量を受け止めてくれる場所も、彼の周りにはどこにもなかった。だからこそ、一族の血は眠ったまま、ただの「だらしない、目立たない少年」として燻っていた。
(それが、高校に上がる直前……貴方は突然、その『血』を完全に手懐けた)
華子の口角が、ゾクリと吊り上がる。
本来の一ノ瀬は、自分が愛した者を依存させるために、必死に愛を乞うように立ち回る。しかし、今の湊は違う。
彼は自分から愛を乞うのではない。学園の女たちに、彼女たちが最も欲しがる嘘の特別を与え、彼女たちの側から「湊のすべてを奪い尽くしたい」と、狂ったような愛を向けさせるように仕向けている。
一族の誰もが抗えなかった「愛されたい」という本能のシステムを、無意識のうちに完全に我が物とし、支配者として使いこなしているのだ。
「……ふふ、あははは……っ」
華子の喉から、サオリのそれと酷似した、湿った愉悦の笑いが漏れる。
「外ではあんなに完璧な王子様を演じて、女たちを檻に閉じ込めているのに。家では、お姉ちゃんに肩を揉まされて、サオリに甘えてみせる……。世界中を飢えさせて、愛を向けさせて。いったい何を目指しているのかしら。……流石は私の息子。一ノ瀬の血が生み出した、史上最高に美しい最高傑作(モンスター)だわ」
華子はグラスを置き、そっと立ち上がると、湊が眠る二階の自室へと足を進める。 母親である自分すらも、彼の変貌の本当の理由には辿り着けない。けれど、それでいい。
「いいわ、湊。貴方がその嘘の愛でどれだけ周囲を狂わせていくのか、母親として、一番の特等席で見守ってあげる――」
閉ざされたドアの向こう、静かに呼吸を繰り返す「愛しい息子」の気配を感じながら、華子は陶酔しきった目で、昏く微笑むのだった。