男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
サオリと麗華がビーチバーレーを始めて一人残された俺は冷泉院のメイドが用意してくれたクーラーボックスから棒アイスを取り出し、二人のいきさつを眺める。
「こ、ここ……いいかしら?」
パラソルに入ってきた梓が恥ずかしそうに俺の横を指さす。状況は都合がいい。俺は快諾して彼女を横に座らせた。
「サオリも麗華もいないタイミングを狙ってわざわざ俺の側に来て……俺にいじめられに来たのかな?」
「な⁉ そんなわけないから! ちょっと涼もうと思っただけだし!」
「ふーん……」
彼女の話を聞き流し、横に座らせた彼女の肩を抱いて耳元にふっと息を吹きかけた。
余りに驚いたのか、座ったまま飛び跳ねる。
「ひゃっ、冷たっ!」
「あはは、アイス食べてたからね」
「もう、何なのよ!」
すっかり怒ってしまい、ツンと顔を背けた。耳元まで真っ赤になり、頬が少し緩んでいるのが見えているが。
「ごめんって。ほらアイス食べて機嫌なおして」
「もう、ほんと勘弁してよね……」
俺が手渡したアイスを何の疑いもなく咥え、体の力を抜いた。
「ふぅ……それにしても暑いわね。貴方も適度に休憩しなさいよ。熱中症になったら大変」
「そうだね。そこの箱の中にいろいろ入ってるから、適度に食べてるよ」
「そ。ならいいわ……向こうの試合ももうすぐ終わりそうだし、貴方もこの後海で泳がない? とっても気持ちいいわよ」
ビーチバレーでは麗華が鮮やかにスパイクを決めそれを取りこぼしたサオリが膝をついた。どうやら決したらしい。サオリの動きもよかったが、天は彼女に微笑まなかったらしい。
「私たちも行きましょうか。アイスのごみ、貰うわよ」
「ああ、大丈夫」
「大丈夫って?」
「俺の食べてたアイス、梓が咥えてるやつだから」
「……は?」
「じゃ、俺は泳いでこようかな」
完全に固まった梓をよそに俺は麗華のそばまで歩いて行った。
「湊さん! 見ていらっしゃいましたか⁉ 私の華麗なスパイクを!」
勝利の余韻に浸る麗華が、砂を跳ね上げながら満面の笑みで駆け寄ってくる。その背後では、サオリが膝についた砂をパパッと払いながら、この世の終わりかと思うほど忌々しげな視線を麗華の背中に突き刺していた。
「ああ、見ていたよ。お見事だったね、麗華。サオリも惜しかった」
「……お兄様、違います。あれは、風が急に吹いたせいで軌道がイレギュラーに変化しただけで、実力ではありません」
すたすたと歩み寄ってきたサオリが、俺の反対側の腕にそっと自分の体を滑り込ませ、服の裾をぎゅっと握りしめてくる。負けたのがよほど悔しかったのか、その瞳には微かに涙が浮かんでいるようにも見えた。俺は空いた手でサオリの頭を優しく撫で、その機嫌を直してやる。
「そうだね、風の悪戯だった。次はきっとサオリが勝つよ」
「……はい。お兄様がそうおっしゃるなら、次は一秒で沈めます」
事が収まったのを見届け、俺はふと振り返ってパラソルの下を見た。 そこには、手元のアイスの棒を凝視したまま、まるで時間が停止したかのように完全に硬直している梓の姿があった。
「あ、梓……? どうかしたのかしら?」
麗華が不思議そうに声をかけると、梓は弾かれたように肩を震わせ、顔を真っ赤に染め上げて立ち上がった。その手にあるアイスの棒がカタカタと小刻みに震えている。
「な、なんでもないですっ! ちょっと、暑さでぼーっとしてただけです!」
あからさまに動揺しながら、梓はアイスのごみを隠すようにポケットへ突っ込み、ツカツカとこちらへ歩いてくる。彼女のキャパシティは、間接キスというあまりにも初歩的で強烈な一撃によって、完全にオーバーヒートしているようだった。
「え、それは大変。大丈夫かい? 無理しないでちゃんと体を冷やすんだよ」
「一ノ瀬……え、ええ。ありがとう……」
恨みがましい梓の視線をスルーしながら笑いかけてやっても、彼女の機嫌は直らなかった。
「まあ、梓は体長が悪いみたいですし、安静にさせましょう。湊さん、この冷泉院のプライベートビーチ、そのすべてを案内して差し上げます!」
「そう? じゃあ今日は麗華が勝ったから、二人で回ろうか」
「……まあ、負けは負けです。今回は引き下がっておきましょう」
サオリはパラソルに入ってアイスを食べ始める。俺は腕に寄り添う麗華に、逆に甘えるように腕に体を寄せ、ラッシュガードのジッパーを少し下ろして胸板を彼女にだけ見えるようにした。
「じゃあ、二人きりだね……麗華」
「っ! そ、そうね……何でも欲しいものを言ってちょうだい、すぐに用意させるわ」
二人きり、という言葉にびくりと肩をはねさせ、俺の顔と胸元で視線を行き来させ鼻の下を伸ばしている。そんな慌てている彼女の目と鼻の先まで蛇のようにぬるりと接近する。
「ふふ、じゃあ、麗華が欲しいって言ったら?」
「⁉ そ、それは……」
目をそらせないように軽く顎を持ち上げると、押さえきれない高揚が彼女の内心で熱暴走を起こしていた。
パッと体を離し、いたずらっぽい笑みをみせた。
「バレーボールで勝ったからね。今の俺は麗華だけのものだよ」
「あ……ああ、そういう……」
麗華は落ち着きを取り戻し、軽く髪をかき上げ、深呼吸をした。そして、息を吸ったタイミングで俺はもう一度彼女の下へ急接近し、耳元で囁いた。
「麗華がどうしても俺が欲しいって言ったら……すごく嬉しいな」
「⁉ ゴホッゴホッ!」
麗華は派手に向せ返り、今度こそ完全にショートしてしまった。
顔どころか、首筋から鎖骨のあたりまでがみるみるうちに真っ赤に染まっていく。普段の「冷泉院の令嬢」としての威厳は木端微塵に吹き飛び、ただの恋する乙女として限界を迎えていた。
「み、湊さん、貴方という人は……っ! そういう不意打ちはいけませんわ!」
胸元を両手で押さえ、涙目で睨むように見上げてくる麗華。だが、その瞳には拒絶の色など微塵もなく、むしろこれ以上ないほどの歓喜と熱情が渦巻いている。
俺はそんな彼女の様子を愛おしげに眺めながら、そっと手を取って歩き出した。
「さあ、案内してくれるんだろう? 俺だけの、冷泉院麗華さん」
「ええ、ええ、もちろんですわ! この島のすべてを、私が貴方に捧げてみせます!」
すっかりテンションの壊れてしまった麗華は、俺の手をぎゅっと握り返し、ぐいぐいと引っ張るようにして砂浜を歩き出す。
後ろを振り返ると、パラソルの下でアイスを齧っているサオリが、まるで親の仇を見るような目で麗華の背中を睨みつけていたが……まあ、これくらいのご褒美は麗華に与えてもバチは当たらないだろう。
麗華は楽しそうに、このビーチがいかに特別な場所であるかを語り続けた。世界中から取り寄せた白い砂、完璧に管理された水質、そしてプライベートリゾートとしての絶対的な秘匿性。
「湊さん、こちらのテラスで一緒にお茶でもどうですか?」
洋館の中に設計された、礼拝堂とビーチを一望できるテラス。エメラルドグリーンの美しい海に反射した太陽光がここをより美しく飾り付けていた。
「素敵な景色……麗華と一緒だなんて光栄だよ」
「相変わらずお上手ですのね」
席に着くと、どこからともなく表れたメイドが二人分のお茶とパフェを運んできた。
「わあ、おいしそう。ありがとうございます」
「い。いえ。滅相もございません」
感謝をするだけでこの反応。いかに世の中の男たちが立場を正しく理解せず、損しているのかがわかる。そのおかげで得をしているともいえるが。
「――それでね、湊さん。あちらに見える古い礼拝堂も、我が家がこの島を買い取った際に、当時の美しい姿のまま修繕させたのですわ。歴史ある高貴な建物は、冷泉院にこそ相応しいでしょう?」
麗華が誇らしげに指差した先――高台の崖の上に、夕方を待たずともどこか陰鬱な影を落とす、西洋式の古い礼拝堂がそびえ立っていた。
「へえ……綺麗な建物だね」
「でしょう? 明治期の元の所有者の方が相当なこだわりを持っていらしたようで、わざわざ正確な【真東】に向けて祭壇が作られているのですわ。そのため、日の光の入り方が時間によってとてもドラマチックで……。あ、そうそう、修繕を担当した職人が不思議なことを言っていましたの。最奥にある女神様のステンドグラス、なぜかガラスの層が『二重』になっていて、裏側にもう一枚別のガラスが隠されるように嵌め込まれていたそうですわ。昔の職人の遊び心かしら?」
「へえ、二重のステンドグラスか。それは興味深いね」
「でしょう? クラリスさんも先ほど、挨拶に行くとおっしゃって向かわれましたわ。ふふ、聖女様のお眼鏡に敵うかしら?」
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