男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした 作:晴口 丸
ギィィ、と重い木製の扉が軋んだ音を立てて開いた。
扉が開いたことで、俺たちの背後――西の地平線へと沈みかけていた強烈な西日が、遮るもののない一本の光の矢となって礼拝堂の内部へとまっすぐに突き抜けた。
「薄暗くて不気味ね……クラリスさん、いるの?」
その赤い残光は、最奥の祭壇――東側に嵌め込まれた、巨大な女神のステンドグラスの『真裏』を内側から容赦なく照らし出す。
昼間、麗華のテラスから見えていた、そしてクラリスが「汚れなき輝かしいブロンド」と誇っていた女神の色彩が、西日のバックライトによって完全に透かされ、変質していく。
麗華が言っていた「二重のガラス」の仕掛け。表面の塗料が光で飛び、裏側の層に刻まれた意匠が浮かび上がる。
そこに現れたのは、ブロンドの髪の女神などでは断じてなかった。
夕闇の中にドス黒く、あまりにも鮮明に浮かび上がったのは、不気味なほど艶やかな「真っ黒な髪と瞳」を持つ、この国の女の輪郭。
「……あ」
俺の隣で、梓が小さく声を漏らす。だが彼女は、単に「夕方になると見え方が変わる、変わった意匠の建物」くらいにしか思っていないのだろう。
だが――その祭壇の前に立ち尽くしていたクラリスにとっては、それは文字通り「世界の崩壊」だった。
「……ああ、なんという、不徳。なんという……冒涜……っ」
クラリスは、黒髪の女神像を見上げたまま、自身の頭を掻きむしるようにして激しく呼吸を乱していた。 恐怖に怯えているのではない。激しい、身がよじれるほどの「拒絶」と「眩暈」だ。
彼女が命を懸けて仕え、その身に宿しているはずの神聖な教え。それが、この極東の、名前も知らないかつての華族によって、『別のナニカを神として祀るための、ただのカモフラージュ』として都合よく利用されていたのだ。自分の誇りが、信仰が、根底から踏みにじられたような衝撃。
カツ、と俺が一歩、礼拝堂の床を踏み鳴らす。
俺の体が西日を遮り、最奥の女神像に大きな黒い影が重なった瞬間、クラリスは弾かれたように振り返った。
「あ、あら……梓さん。それに、湊、さん……」
完璧だったはずの聖女の笑顔は完全に崩れ、額には冷や汗が浮かんでいる。
西日を背負って立つ一ノ瀬湊の姿が、背後の「黒髪の意匠」と一瞬だけ重なる。彼女の瞳が、怒りと、屈辱と、そして何かを必死に否定しようとするように激しく泳いだ。
彼女の指先は、自身の誇りであるはずのブロンドの髪を、まるでその「神聖な聖女としての記号」を確かめるかのように、何度も何度も引きちぎらんばかりの強さで弄り回している。
「何でもありませんわ……。ただ、少々、この建物の湿気に当てられてしまっただけのようです。……ええ、ただの気のせいですわ。私の誇りも、私の信仰も……ここでは、何もかもが……」
自分の信じてきた「世界の美しさ」に、あまりにも悪趣味な泥を塗られたような屈辱。
彼女はブツブツと呪詛のように呟きながら、俺たちの脇をすり抜け、這うような足取りで礼拝堂から逃げ出していった。
「な、何なのよ、一体……。急に体調でも悪くなったのかしら」
梓が、困惑した声で呟く。 俺は、クラリスが昼間にあれほど誇らしげに語っていた「ブロンドの女神」と、今、西日に照らされて黒く染まっているステンドグラスを見比べ――心の中で、小さく、けれど冷ややかに笑った。
(なるほど。前の持ち主は、ずいぶんと悪趣味な仕掛けを遺したものだ)
西洋の神聖な宗教の権威すら、自分の信じる「ナニカを隠すための盾」としてしか使わなかった、かつての華族の歪んだ執着。それが、時を超えて、本物の聖女様をここまで不愉快にさせている。
「……不思議な建物だね、梓さん。夕方になると、こんなに冷えるなんて」
「え、ええ……。なんだか、少し気味が悪いわ。早く戻りましょう、湊さん」
梓は俺のラッシュガードの袖をきゅっと掴み、促してくる。
俺は「そうだね」と優しく微笑み、彼女を安心させるように肩に手を添えて、闇に沈みゆく礼拝堂を後にした。
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