男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした   作:晴口 丸

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その夜、俺は寝る準備をしている母さんの元へ行き横に座った。

 

「母さん、今日はごめんね。心配する気持ちわかる……でもどうしても行きたかったんだ」

「湊……そうよね。これから行く聖マリアント学園は淑女がそろっていると聞くし、男の子の友達もできるかもしれない。きっとお母さんたちが心配しすぎてるのかもしれないわね」

「ううん、危機感は持っておかないと。母さんのおかげでちゃんとそれを理解できた。だから大丈夫」

 

 あえて子供らしい態度でふんと鼻息を漏らすと、母はくすくすと笑い始める。

 

「昔からちゃんと話を聞くいい子だから、お母さんも信じてるわ」

「ありがと」

 

 リビングを後にして自室に帰る。姿見に映った自分に先ほど使った甘ったるい視線を向けてやると、あまりの出来の良さに気味が悪かった。

 

 

 

翌日。 母さんが仕事で朝早くから出払った後、俺はさっそく次の布石を打つことにした。

狙いは姉の美月だ。 この世界の常識や歴史をさらに深く仕入れるため、そして一ノ瀬家という箱庭を完全に掌握するためには、彼女にも俺だけの『特別』を植え付けておく必要がある。

コンコン、と控えめに彼女の部屋のドアをノックする。

 

「……湊? どうしたの、急に」

 

部屋から顔を出した美月は、驚いたように瞬きをした。 俺はあえて、昨日サオリと買いに行ったあの首元の開いたサマーニットを緩く着こなし、少し困ったような、ひどく艶やかな上目遣いで姉を見つめた。

 

「ねえ、姉さん。少し、お願いがあるんだ」

「えっ……お、お願い?」

「うん。来週からの学園生活のために、この世界の歴史や、男としての正しいマナーをもう少し勉強しておきたくて。……でも、そんなこと他の人に聞くのは恥ずかしいし、僕が本当に頼れるのは、世界で姉さんしかいないんだ」

「っ――」

 

美月の顔が、一瞬で耳の裏まで真っ赤に染まった。 プライドの高い彼女にとって、傲慢であるはずの男の弟が、自分を「世界で唯一の頼り」として甘えてきたのだ。その独占欲を刺激する劇薬に、彼女の理性が耐えられるはずもなかった。

 

「も、もう、しょうがないわね! 湊は昔からちょっと抜けてるんだから。いいわよ、お姉ちゃんが徹底的に教えてあげる!」

 

美月はそわそわと嬉しさを隠せない様子で、俺を部屋の中へと招き入れた。

それからの一時間、俺たちはベッドの縁に並んで座り、ノートを広げた。 俺はわざと、美月が説明するたびに「さすが姉さんだね」

 

「姉さんがいなきゃ、俺は何もできないよ」と、耳元に顔を寄せて囁くように褒めちぎった。

美月は完全に上気し、『あの子が本当に心を開いて甘えられるのは私だけ』という至上の悦びに浸りきっている。

 

――だが。 甘い空気の漂う部屋の、少しだけ開いたドアの隙間。 その廊下の暗がりに、一対の濁った瞳が張り付いていることに、俺はまだ気づいていなかった。

 

「あ……」

 

サオリは、廊下の影で完全に硬直していた。

――それは、あのお買い物デートの日に、自分だけに向けられたはずの「特別」と、全く同じものだった。

 ほんの少しばかりの好奇心と嫉妬だった。朝から湊がずっと美月の部屋にこもっているのだ。当然気づかないわけがない。

 湊には経験が足りていなかった。同じ屋根の下で暮らす三人をそれぞれに気づかれないように同時攻略しようなど、できないのだ。

 美月一人に集中しすぎた結果がこれである。

 

(あ、あぁ……嘘、でしょう……?)

 

脳裏が真っ白になり、次いで、ドロドロとした漆黒の焦燥感が彼女の心臓を鷲掴みにした。普通の女なら、ここで「騙された」と冷めるのかもしれない。だが、今のサオリはもう、湊という名の極上の毒なしでは生きられない身体にされている。

 

(お兄様が、美月姉様に乗り換えちゃう……? 私は、捨てられるの? あの特別から、引きずり降ろされるの……っ⁉)

 

嫌だ。それだけは絶対に耐えられない。 恐怖と焦りが、津波のように彼女の精神を侵食していく。

 

 

姉に勉強を教えてもらった日の夜から、サオリの様子は突然おかしくなった。

 

「サオリ、どうしたんだい? 食べる手が止まってるね。調子悪い?」

「あ、えと……あはは」

「?」

「ちょっと、本当に大丈夫?」

「……」

 

 俺の問いかけに生返事、姉には敵意、か?

 明らかに平静じゃない状態だが、それでもいつも通り家事をこなそうとしている。

 流石に身に覚えのないことで調子を崩されちゃあ、話してくれないと何もわからない。でも焦って家事をこなしたり、俺や姉を特に見ながらぶつぶつとつぶやかれたら気分のいいものではない。

 

ガチャン、と派手な音が響いたのは、翌日の夕食の手伝い中だった。

 

「キャッ……!」

「ちょっとサオリちゃん! 何やってるの、お皿を割るなんて。あなた昨日からずっと上の空じゃない。ダメじゃないの、湊の補佐をやるならしっかりしなさい」

 

 母が眉をひそめて軽く注意する。いつも通りの他愛のない身内としての小言だ。

 だが、今のサオリはどんな反応をするか。姉と並んでテレビを見るふりをしながら様子をうかがう。

 彼女はうつむいたまま、何も言わずにただ一点を見つめている。俺の推測が正しければあそこの保管されているのは……。

 前髪の隙間から除くハイライトのない瞳に内心ゾクゾクしながら、胸中の興奮を収めるため、あえてサオリに見えるように姉の腕に抱きついた。

 姉は「あら、急にどうしたのよぉ」なんて頬を染めて浮かれているが、そんな無防備な彼女を睨みつけるサオリの視線には、もはや明確な殺意すら混じっている。

 

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