男女比1:10の世界で、俺は「私だけ」を作ることにした   作:晴口 丸

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大仰なパイプオルガンの音が響く入学式は、俺にとって退屈な数分間でしかなかった。 唯一、俺の目を引いたのは、新入生代表として檀上に上がったあの少女――冷泉院 麗華の姿だけだ。

寸分の狂いもなく整えられた黒髪に、背筋を凛と伸ばした立ち姿。全校生徒の視線を浴びながら、彼女は一言の淀みもなく、文字通り「完璧」な答辞を読み上げてみせた。男という存在を最初から計算に入れていないような、冷徹で高貴なスピーチ。 壇上から降りる彼女と視線が交差した瞬間、俺はあえて、彼女にしか見えない角度で優美に口元を綻ばせてやった。麗華がほんの一瞬、歩みを揺らがせたのを、俺の目は逃さなかった。

 

(なるほど。あのプライドの塊、突けばいい音が鳴りそうだ)

 

 

入学式が終わり、教室へと戻った最初のホームルーム。 担任の女教師が教壇に立ち、事務的な声で「では、出席番号順に自己紹介を」と告げる。

この世界の歪さを観察するには、絶好の機会だった。 女子生徒たちはどいつもこいつも、品性を気取りながらも、俺たちの席を盗み見るような熱を孕んだ視線を隠しきれていない。

 

「……次、道明寺 龍也」

担任に呼ばれ、俺の数席前に座る男――道明寺龍也が、だるそうに立ち上がった。 顎を突き出し、周囲の女どもを「かしずくのが当然の奴隷」とでも言うような傲慢な目で見下ろしている。

 

「あー……道明寺龍也。別に、お前らに期待してないから、俺の邪魔すんなよ」

 

それだけの、極めて不遜で中身のない挨拶。だが、周囲の女子生徒たちは「まぁ、なんて気高いお姿……」「あの我が儘な態度、さすが道明寺の一人息子」などと、信じられないことに好意的な溜息を漏らしている。法と常識に甘やかされた、価値のない石ころ。これがこの世界の『普通の男』のクオリティなのだ。

そんな中、俺の隣から、鼓膜を震わせるような冷たい、けれど俺にだけは極上に甘い声が響く。

 

「一ノ瀬 サオリです。……お兄様の補佐役を任されています。不作法な羽虫が我が一ノ瀬の本家に近づく場合、この私が相応の対処をいたしますので、お見知り置きを」

 

サオリの自己紹介は、教室中の女子生徒に対する明確な「宣戦布告」だった。

彼女の冷徹な瞳には、周囲への警戒と、俺という至高の果実を誰にも渡さないという絶対的な独占欲がぎらぎらと渦巻いている。教室の空気が、サオリの放つ威圧感でピリッと張り詰めた。

 

「次、一ノ瀬 湊さん」

 

いよいよ、俺の番だ。 俺は椅子の音を立てず、しなやかな所作で立ち上がった。

龍也のような傲慢さではない。かといって、この世界の男が時折見せるなよなよとした軟弱さでもない。前世のトップホストとして培った、一瞬で空間の空気を支配する「本物の気品」と「艶やかさ」を全身から立ち昇らせる。

 

「一ノ瀬 湊です。この間まで少し病に伏せっていたので、学園の皆様には色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが……よろしくお願いします」

 

ふっと、形の良い唇を優美に弧へと歪め、教室全体を慈しむような眼差しで見渡す。 ドサッ、と誰かの教科書が床に落ちる音がした。 龍也の粗野な態度に慣れていた女子生徒たちにとって、湊の放つ高貴な色気と、女性を対等(あるいはそれ以上)に尊重するような甘い響きは、完全に想定外の劇薬だった。

その中で、俺のレーダーが「二人の少女」を捉えた。

一人は、冷泉院 麗華。彼女は先ほどリボンを直された瞬間の動揺を隠すように、これみよがしにつんと顎を引いている。だが、その視線は机の上のノートに落ちているようで、実際には俺の立ち振る舞いを、息を呑んで凝視していた。

そして、もう一人。 麗華の斜め後ろの席に座る、鋭利な刃物のような雰囲気を纏った少女――桐生 梓。彼女は俺の挨拶が始まった瞬間から、あからさまに不快そうな、虫唾が走ると言わんばかりの猛烈な拒絶の視線を俺にぶつけてきていた。

だが、その視線の本質を、俺は見逃さない。 梓の視線は、俺を睨みつける合間に、何度も何度も「麗華の様子」を心配そうに窺っているのだ。

 

(あぁ、なるほど。あいつは男が嫌いなんじゃない。『冷泉院 麗華』というお姫様を守る、忠実な騎士気取りなわけだ)

 

自分の大切な主が、俺という未知の男によってほんの少し調子を狂わされている。それが許せなくて、ハリネズミのようにトゲを逆立てている。

 

(面白いな。主のために戦う従順な犬ほど、その主を裏切る『背徳の味』を教えてやった時、どんな顔で壊れるか……)

 

席に戻りながら、俺は背後からの梓の刺すような視線を心地よく受け止めていた。

ターゲットは決まった。冷泉院のプライド高き娘と、その娘を信仰する狂信的な騎士。

俺は隣で鋭い視線を配るサオリの緊張をほぐすように、手のひらに机の下でそっと自分の指先を滑らせた。サオリの呼吸が微かに跳ね上がり、その瞳に「承知いたしました」という暗い歓喜が灯る。

学園という名の広大な猟場。 俺の仕掛ける美しい罠の最初の歯車が、静かに、けれど確実に回り始めていた。

 

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