あの日見た炎を、僕は忘れない。
全てを奪われたあの日、僕の運命は変わってしまった。
愛する人も、土地も、何もかもを奪われた。
僕は忘れない。
あの日見た〈蛇〉の目を。
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈
開照歴1101年、照倭ノ国、天京。
この国の中心の都市である天京の街の一角。
そこに位置する遊郭の中の一つ、〈翡翠桃(ひすいとう)〉という店で、僕は働いている。
僕の名前は、慶(けい)。
貧しい村の出身の自分は、とある理由から、この店に引き取られ、己の体を売る仕事をしている。
奴隷商からこの店の主人に引き取られ、そのお眼鏡に叶った僕は、女物の化粧をつけ、花魁のような着物を着せられ、物好きな男たちの相手をしている毎日。
そんな日々を、僕は送っている。
今日も、一人の男を相手にし、はだけた衣装と髪を直しているところだった。
慶「はぁ・・・・・」
僕はため息をつく。
正直、この仕事はつらい。
生きていくためとはいえ、獣のような性欲を振りかざす男たちの世話をするのは、骨が折れる。
今すぐにでも、逃げ出したい気分だ。
慶「つらいなぁ・・・僕、どうなるんだろうな・・・」
度重なる性の交わりに、嫌気がさしている自分がいる。
仮に、ここを抜けたとしても、行くあてなんて無い。
自分の運命を呪うしかなかった。
「なに暗い顔してんだよ。慶。」
ふと、部屋の入り口から声がした。
慶「冷路・・・・」
彼の名前は、冷路(れいじ)。
この店で、僕と同じく、体を売って仕事をしている同僚の一人だ。
僕の一つ年上の先輩で、僕がこの店に来たばかりの頃からの付き合いだ。
冷路「また、派手にやられたみたいだな・・・・」
慶「うん・・・・」
冷路は、そっと僕のそばに来て、はだけた衣装や髪を直す手伝いをしてくれた。
冷路「お前は美人だからなぁ・・・ったく、ちったあ丁重に扱えよな、男どもも・・・」
冷路いわく、僕はこの店で、一二を争うくらいの美少年だという。
僕にそんな自覚はないが、物好きな客は、大層な金を僕に払って遊びに来てるらしい。
冷路「よし。終わり。直ったぜ。」
冷路は、僕の身だしなみを整え終わると、僕の横にあぐらをかいて座った。
彼の赤髪が、窓の外の提灯に照らされ、艶めいていた。
冷路「店の旦那から言伝だ。今日、もう一人だけ、お前に相手してほしい客がいるんだと。」
慶「え!?そんなの、僕の身がもたないって・・・!」
冷路「わかってるよ。だから、俺も一緒に相手することになってる。2人同時に遊ぶなんざ、景気の良い客じゃねえか。」
遊郭の中で、2人指名して遊べるのは、相当な太客で、金払いが良いか、〈天府〉の役人くらいのものだ。
この国の〈天府〉と呼ばれる、統治機関に属する役人は、階級の違いはあるものの、そこそこの権力を持っている。
商家から押し借りができたり、平民への無礼討ちもお構い無しの、おっかない連中だ。
そんな奴らの相手をすることが無いように祈ってきたが、ついに年貢の納め時が来たらしい。
冷路「そんな顔すんなって。まだ天府の役人って決まったわけじゃないし、これから来る客は、旦那いわく、かなりの良い男らしいぜ。」
慶「そんなの関係ないよ・・・はぁ・・・ついに僕も終わりか・・・」
遊郭で、身体が使い物にならなくなれば、つまみ出されるか、犬のエサにされるかの、おぞましい未来が待っている。
この世界に入ってから覚悟はしてたが、ついに僕にも、その順番が回ってきたみたいだ。
冷路「慶。」
慶「なに?」
冷路は、まっすぐに僕の瞳を見つめながら、肩に手を置く。
冷路「お前を畜生のエサになんかさせねぇ。いつでも俺がそばにいてやる。いいな?」
慶「冷路・・・・」
冷路は、面倒見の良い奴だ。
僕がここに来てからも、冷路には特に、世話を焼いてもらった。
その恩は、僕の中にいつだって刻まれている。
慶「わかった・・・・ありがとう、冷路。君がいなかったら、僕はとうの昔に壊れてたよ。」
冷路「お前をそうさせないために、俺がいるんだ。俺のことも信じてくれるか?」
慶「もちろんだよ。」
冷路の気持ちを僕は受け取り、互いに見つめ合い、結束を深めた。
僕らは、互いに信じ合い、次に来る客を、部屋の中で待つことにした。
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈
しばらくの時が過ぎ、いよいよ、その瞬間がやってきた。
冷路「来るぞ・・・」
階段を上がってくる音が聞こえる。
僕と冷路は、客を迎えるために、正座で座り、頭を下げる。
歩く音の主は、部屋の前まで来て、戸を静かに開け、僕らの目の前に立った。
「苦しくないぞ。面をあげてくれ。」
僕らに掛けられた男の声は、しっかりとした、腹の据わった声だった。
声の主にそう言われ、僕たちは頭を上げた。
頭を上げた先にいたのは、カミシモを着て、腰に刀を挿した武士。
〈天府〉の役人だった。
「よっこらせっと」
役人の男は、僕たちの前に座った。
冷路「ようこそいらっしゃいました。お役人様。今日は、俺たち2人が、あなた様のお相手を致します。俺の名前は、冷路といいます。」
慶「僕は、慶といいます。ようこそおいでくださいました。」
僕たちは、目の前の役人の男に、軽く自己紹介をした。
客を迎える時の、最低限の礼儀作法だ。
「冷路に慶か。よろしくな。俺は、将之進(しょうのしん)だ。」
将之進と名乗る男は、役人の身分でありながら、僕たちのような人間に対して、友好的に接してきた。
普通の客や役人には、ありえないことだ。
将之進「冷路に慶。今夜は、お前たちに会いにきた。お前たち二人は、この遊郭でも評判の美少年と聞く。これからの時間が楽しみだ。」
慶「もったいないお言葉です。」
冷路「その名誉に背くことのないよう、あなた様のご期待に沿ってみせましょう。」
将之進「ああ。期待している。」
天府の役人、将之進の声は、どこか安心するような雰囲気を醸し出していた。
僕たちの想像していた天府の役人とはかけ離れた印象の、将之進は、信頼できそうな人物に見えた。
将之進「んじゃ、さっそくだが・・・・・・・・・許せ。」
そんな希望を抱いた直後、全身に悪寒が走った。
目の前の将之進から、鬼氣にも勝る、殺気を感じた。
慶「冷路!!」
冷路「慶!!」
僕たちは、咄嗟に後ろへと飛び上がり、将之進の殺気を回避した。
殺気を回避した後、僕たちのいたところに置かれていたのは、刀の白刃だった。
冷路「てめぇ!!なんのつもりだ!!」
いきなりのことに、冷路は、接客の姿勢を忘れ、激昂していた。
将之進「・・・・・・やはりな。お前たちのその目・・・・」
将之進が、僕たちの瞳をまっすぐと見つめた。
慶「ッ・・・!やばい!冷路!目が!」
冷路「クソッ!こんな時に・・・!」
僕たちの目は、青く光っている。
そんな僕たちの目を見て、将之進は言い放つ。
将之進「〈半妖〉だな。」
〈半妖〉。
それは、あやかしの血を受け継いだ人間達の総称。
人間と人間の間に生まれた子の中に、何百年もの間に混じった遺伝から覚醒し、稀にこの世に生まれ落ちる存在。
この照倭ノ国には、悪鬼百鬼のあやかしたちが、跋扈している。
あやかしたちの性質は千差万別で、この国の内部の脅威であり、僕たちの身近にある生き物たちだった。
僕たち2人も、そんなあやかし達の血を引く人間に生まれた。
僕と冷路が半妖であることは、お互いにしか知らないことだ。
この店での、2人だけの秘密であり、引き取られてからの3年間、一度も片鱗を見せたことはなかった。
慶「冷路!!どうしよう!!」
冷路「見られたからには仕方ねぇ・・・!慶!ここを離れて・・・!」
将之進「待ってくれ!二人とも!」
将之進は、僕たちを諌めた。
そう言った彼は、刀を鞘に納め、姿勢を正座に正した。
将之進「悪かった。二人とも。どうか落ち着いてくれ。」
彼は、僕たちに謝罪し、刀を腰から抜き、自分の体の右側へと置いた。
もう僕たちに、危害を加えないという意思表示だろう。
僕たちは、彼のその姿勢を見て、そっと心が落ち着いていくのが感じられた。
冷路の目も、半妖の目から人間の目に戻っていた。
冷路「・・・・・・・おいオッサン。あんたナニモンだ?」
冷路は、将之進に対して、疑るような目と声色で聞いた。
将之進は、冷路からの質問に対して、こう答えた。
将之進「俺は、吾妻 将之進。天府直轄、〈妖伐隊〉の隊長だ。」
〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈〈