「落ちたか」
丸川二郎はスマホの連絡通知を見て、肩を落とした。
なんとなくだが、予感はしていた。
自分でも演技の出来は悪いとは思わなかった。
テレビドラマのオーディションというのが、まずかったのかもしれない。
舞台の募集を見れば良かったかもしれない、今更のように思った。
もしかしたら、自分のことを覚えている人間がいたかもしれないと思った。
過去のことだと割り切って、忘れているのは自分だけか。
面倒だと思う。
時間を確認して立ち上がる。
妻には三行半を突き付けられた。捨てられたのだ。
自分が仕事を干されたこと。
役を降ろされたこと。
詳しくは話さなかった。
無駄だと思ったのかもしれない。
説明しても納得しないかもしれない、相手がではない。
自分が、最初に、そう思ってしまったのだ。
芸能界に入ったときは遅かった。
アイドルなら十代。
いや、子役なら、もっと幼稚園からなんて普通だ。
だが、自分が、この世界に入ったのは、二十代の半ばだった。
それから数年、順調だったと思う。
ところが、スキャンダル。干されて、芸能界を追放。
珍しい話ではない。あれから、何年だ。
五年はあっという間だ。
最初は反論するつもりだった。
誰かが気づくと思っていた。
あの噂はおかしい、と。
疑う人間がでるのでは思った。
だが、出なかった。
役者の足の引っ張り合いなら簡単だ。
だが、丸川は途中で気づいた。
自分と同年代のアイドルが出たテレビドラマ。
視聴率が伸びる、雑誌油やTVでのインタビューへ。
(そういうことか)
相手が大きすぎた。
個人じゃないのだ。
バイトで、その日暮らし。
芸能界に未練がないと言えば嘘になる。
未練があった。オーディション、裏方、何でもやった。
大道具を運んだこともある。
地方公演のチケットもぎりをしたこともある。
名前のある役者に水を渡したこともある。
十年が過ぎた。
そして気がつけば、四十半ばだ。
気がつけばというのは、本当に便利な言葉だ。
気づかないふりをしていた時間も、そこにまとめて捨てられる。
スマホをポケットに入れる。
その前に、二郎はもう一度だけ通知を開いた。
このたびはご応募いただき、誠にありがとうございました。
今度は最後まで読んだ。
今後のご活躍をお祈りしております、とあった。
二郎は画面を消し、靴を履いた。
片方の靴紐がほどけかけていた。
ドアを開けると、廊下に昼の光が薄く伸びていた。
まぶしいほどではない。
ただ、逃げ場がない程度には明るかった。
数日後、丸川はまた別のオーディション会場へ向かっていた。
テレビドラマのオーディションだ。
落ちるために行くようなものだと思いながら、それでも足は会場へ向かっていた。
その日、丸川は会場に行こうとしたところで呼び止められた。
「あんた、丸川二郎だよな」
振り返ると、自分と同じくらいの年恰好の男性が立っていた。
「オーディションを受けるのか」
頷いた丸川は、男を見た。
自分を知っている人間だ、驚いたのは名前をことだ。
だが、記憶の中にはない。
「テレビドラマのオーディションだ。やめとけ」
どういう意味だ。
聞こうとしたとき、男がスマホを取り出した。
「これ、受けてみろ」
意味がわからず、スマホの画面を覗き込んだ。
役者募集、男。
相手役は当日会場で。
募集一人。
なんだ、これは。
オーディションの告知にしては、あまりにも曖昧だと思った。
普通は、もっと詳しく書かないか。
「昔、あんたの舞台を見た」
男の言葉に、すぐには返事ができなかった。
「TVってやつは、都合のいいシーンを切り抜くな」
その言葉にどきりとした。
「曖昧なんだよ。あんたはどうだ」
「俺は」
言葉が出てこない。
「切り抜かれた側か。あんたはどっち側だ?」
男は笑った。
「あんた、俺が誰か、わかるか」
丸川は首を振った。
「あんたと同じだよ」
それは立場が同じということか。
オーディションに受からないこと。
それとも、別の意味があるのか。
聞きたくても、言葉が出てこない。
「俺は演じている。今もな」
男の言葉に丸川は返事ができない。
「オーディションに来た人間に声をかけている」
どういうことだ。
丸川は、改めて男を見た。
「顔の良い、若手のアイドルや歌手。少しドラマに出て俳優だと言っている人間。そんな奴らじゃない。俺が探しているのは、役者だ」
言葉が出ない、探しているのは役者?どういう意味だ。
「相手役は当日会場でって、誰だ」
疎の言葉に食いついたなと言いたげに男は笑った。
「知らない方がいい。だが、他の奴らはな。化物と怪物だ」
男の笑いに丸川も、つられて笑いそうになった。
だが、何故か、口元は動かない、固まったままだ。
「本当にオーディションなのか。化物と怪物というのは」
「歳も性別も誤魔化す。そんな相手と、あんたは立てるか」
問いかけるように、男が一歩、丸川に近づいた。
丸川はぞくりとした。
このとき、男の顔を見ていた丸川は思った。
まさかと思う。
「変装、しているのか。あんた」
はっきりと分かったわけではない。
だが、何かが告げた。それは勘のようなものかもしれない。
一瞬、男の表情が変わった。
「ほうっ」
丸川は驚いた、いや、固まった。
声、思考、考えることを頭がやめろと本能的に拒絶したのかもしれない。
今のは、なんだ、聞き違い、錯覚。
男の声ではないと思った。
声色にしてはおかしい、違和感を感じた。
たった一言、それなのに。
男が笑う。
このとき、丸川は自分の足元が揺れた気がした。
他サイトにも投稿しています。
以前書いたものは少しライトでしたが、今回シリアスナ部分も多いです。