オヤジと映画と犬   作:木桜 春雨

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10 予想もつかない展開 インタビューが終わる

 外国人紳士が現れたことで、スタジオ内は、しんとなった。

 ボディガードのような二人の男女、だが、目を引いたのは、紳士の足元に寄り添っている黒豹の存在だ。

 紳士のそばにいた男性が丸川に近寄り、小声で囁く。

 「どうした」

 神崎が声をかけた。

 「記者が入口にいる」

 役者二人は、内心、やれやれと思った。

 「Je suis votre garde du corps.」

 お前たちの護衛だ。

 紳士が声をかけ、杖を床に打ち付けるように鳴らした。

 動いたのは犬だ、丸川の右隣にピタリとついた。

 ゲスト席の高瀬と長谷川の視線が釘付けになった。

まるで、合図を待っていたかのようだ。

 これは命令ではない。

 少なくとも「座れ」や「待て」の類ではない。

 丸川のそばにいた男は、神埼に近づき、声をかけた。

 「参ったな、スタジオの非常口にも記者がいるようだ」

 「一つじゃないぞ」

 丸川の言葉に神崎は頷きながら視線を紳士へと向けた。

 紳士は再び杖を鳴らした、

 黒豹が歩き出した、制御するリードをつけていない事にスタジオの人間は息を呑んだ。

 豹は神埼の隣にぴたりと寄り添うように立つ。

 紳士が微笑むと黒豹は、ゆっくりと尻尾を振った。

「C'est le meilleur garde du corps.」

最高のボディガードだ。

 神崎は、にっこりと笑った。

 

 犬と黒豹は専門家の目から見ても、信じられない行動だ。

 「野生ではないのか?」

 高瀬の口から思わず声が漏れたのは疑問だ。

 隣にいた長谷川、俳優の真田も、芸人の矢吹も驚いた顔だ。

 「どういうことです」

 真田が尋ねる。

 高瀬は黒豹から目を離さない。

 「野生の豹を飼い慣らして、あんな行動ができると思いますか」

 「できない、それは無理ということですか」

 矢吹が聞き返した、無理もない。

 高瀬は首を振った。

 「慣れることと従うことは違います」

 静かな声だった。

 「人間を恐れなくなる動物はいます。だが、これは」

 長谷川も頷いた。

 「理解している、わかっているんです」

 高瀬は呟くように言った。

 

 氷川は我に返った、今、カメラを回せば凄い映像が撮れる。

 インカムでカメラを回せと指示を出そうとした。

 高瀬が気づいた。

 「氷川さん」

 声をかける。

 「忠告の意味、あなたは、わからないんですか」

 氷川の表情が固まる。

 犬のこと、家族、プライベートな質問はするな。

 最初は理不尽だ、番組作りの邪魔だと思ったぐらいだ。

 氷川は言葉が出ない、スタジオ内を見回して気づいた。

 カメラ、スタッフ、皆、動こうとしない。

 撮れという指示が出れば、普段なら真っ先にカメラを向ける人間たちだ。

 誰も近づこうとはしない、レンズを向けることさえ。

 氷川は気付く、動けないのだ。

 白髪の紳士、護衛の男女、犬と黒豹。

 空気だけが張り詰めている。

 カメラを回せば撮れるかもしれない、だが、その先はどうなる。

 番組の映像として扱っていいものなのか。

 高瀬の言葉が頭をよぎる、弁護士の忠告。

 その時になって初めて、氷川は理解し始めていた。

 あれは取材を妨害するための言葉ではなかったと。

 

 非常口前に停まったのは外車だ。

 雑誌記者の藤堂は自分の勘は当たったと内心、ほっとした。

 自分以外の記者も数名、周りにいる。

 「ここでいいのか」

 「役者は二人だろ」

 「別々に出て来る可能生があるな」

 確かにと藤堂は思った。

 できたら丸川に突撃取材を申し込みたいと思っていた。

 藤堂は丸川という役者のことを詳しくは知らなかった。 

 役者や事情に詳しそうな芸能関係者に話を聞こうとしたこともある。

 ところが、口を閉ざす、中には、同名の別人じゃないかという人間もいた。

 「どうして映画に出られる」

 驚く者までいた。

 

 「おい、来たぞ」

 若い記者の声に藤堂は奥を覗き込もうとした。

 その時、外車の後部席のドアが開いた。

 助手席から出てきたのは長身のスーツを着た外国人、男だ。

 「おい、いいのか」 

 「写真、まずくないか」

 近くにいた記者らしき若い男たちの声は不安を感じているようだ。

役者は日本人だ、大丈夫だろう、そう思ったときだ。

 「おい、カメラ、気をつけろ」

 声をかけてきた男がいた、自分と同じ記者のようだ。

 「家庭犬だ。行動が読めない。訓練された犬じゃない」

 現れたのは白と黒の斑の大きな犬だ、藤堂は息を飲んだ。

犬は開いた後部席に乗り込む、続いてスーツの男が乗り込んだ。

 役者だ、藤堂は呆然とする。

 声をかける、シャッターをきることもできなかった。

 

 

 丸川がTVのインタビューに出るという話を川上が聞いたのは前日のことだ。

 多分、聞いても答えないだろう、それなら神埼だ。

 映画に出るというのは本当なのか、スポンサーは、どういう繋がりだ。

 昔のアイドルだった男を今更、映画に使う、無理がないか。

 自分が次の番組に使いたいと言えば、神崎は話すだろう。

 番組が終わった後、声をかければと思っていた。

 ところが、スタジオは部外者、関係者は立ち入り禁止だ。

 インタビューが終わった後と考えていた。

  

 「神崎はどこだ、正面口か、それとも」

 「駄目です、川上さん」

 スタッフが止める。

「なんだ」

 「犬じゃないんです」

スタッフの言葉と表情に川上は気づいた。

 「豹なんです」

 川上は言葉が出ない、何を言ってるんだと言いたげな目でスタッフを見た。

 ここはテレビ局だと言いたかった。

 「本当です」

 説明を聞いても状況が分からない。

 だが、この時気づいた、局内の通路が静かなことに。

 いつもなら、芸人、役者、スタッフたちの声が聞こえるのに。

 「どうした」

 すれ違うスタッフに声をかけるが返事がない。

 このとき気づいた。

 通路の向こうから歩いてくる影、白いスーツを着た男性。

 だが一人ではない、横を歩いている黒い生き物。

 「ああ、こっちが出口だ」

 神崎の言葉を理解したように、獣は角を曲がろうとする。

 その瞬間、獣が、こちらを見た。

 黄金色の瞳、光を飲み込むような黒い毛並み。

 川上は息を飲んだ、頭が理解を拒否したのだ。

 テレビ局の通路を歩いていていい生き物ではない。

 そんなはずがない、だが現実が目の前にあった。

 

TVインタビュー後、ネットのスレッドは大騒ぎになった。

 「雌なんですよね」

 「大きくないですか」

 「想像してた大型犬と違うんだけど」

 「女の子って聞いて二度見した」

 番組を見ていた視聴者たちは驚いていた。

 大きさだけではない、落ち着いているのだ。

 「スタジオなのに全然落ち着いてる」

 「照明も人もいるのに」

 「むしろ人間の方が緊張してた」

 笑いを誘う書き込みに反応がつく。

 だがすぐに別の話題へ移った。

 「断耳、断尾もしてなかった」

 「本当に家庭犬なんですね」

 そこへ犬好きらしい人物が書き込む。

 「躾だけで、あそこまで大人しくなるとは思えません」

 スレッドの流れが変わった。

 

 驚いたのはファンだけではない、

 芸能関係、役者たちもだ。

 丸川、神崎の服装を見て映画の衣裳だろうと思った。

 海外ブランドに見えるが、ロゴが無い。

 もし、あの映画に出ればという欲が役者たちの中に芽生えた。

 ゲストで出ていた真田は声をかけられた。

 「丸川と神崎って主役をやったことがないって、近くで見てどうだった」

 真田は返事ができなかった。

 理由があって、今まで日本の芸能界では活躍できなかった丸川。

 脇役ばかり、主役を演じたことのない神埼。

神崎は終始穏やか、丸川も必要以上に話さない。

 黙っているのに存在感があった。

 主役経験がない、人気もないという話を聞いていた。

 だが、実際に会った二人は違った。

 長年、主役を張ってきた俳優と言われた方が納得できる。

 少なくとも、そう見えた。

 自分の方が若いし、出演作も多いと思っていた。

 だが、スタジオでは自分は、どうだった。

 一つだけ確かなことがある。

 丸川と神崎は、自分が思っていたような役者ではなかった。

 

「犬に芸をさせろ、体をはった笑いをとれ」

 インタビューが終わった後、矢吹は上から言われた言葉を思い出していた。

 お手、お座り、多分、上の人間は、そんなことをさせてスタジオ内を笑わせろ。

 そんな風に思っていたのだろう。

 だが、そんな雰囲気ではなかった。

 もしあの犬に、大きな声で話しかけて、それで犬が驚いたら、怒ったりしたら。

 飛びかかったり、じゃれたりはしないと神崎は言った。

 そんなことをしたら、怪我どころか骨折してもおかしくはないとも。

 今なら分かる、最初からないのだ。

 「芸なんてしない」

 丸川の言葉が頭から離れなかった。

 

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