オヤジと映画と犬   作:木桜 春雨

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役者は揃った

 「驚かれたでしょう」

 ビルの最上階に案内された丸川は若い二人の男女に頭を下げられた。 

 「本当は直接、あなたに連絡をとるつもりでした」

 男性は佐川、女性は水川と名乗った。

 「僕は映像クリエイター、彼女は原作者の水川さんです」

 佐川の言葉に女性も頭を下げる。

 直接、連絡をとるつもりだった、まさか、丸川は疑問をぶつけた。

 「オーディションの話は嘘か」

 いいえと水川は首を振った。

 「嘘ではありません。三年前です」

 「どういうことだ」

 「主役が亡くなりました」 

 言葉が出なかった。

 「僕も水川さんも諦めようとしました。でも役者たちが動きました。あなたには相棒を演じてもらいます」

 丸川は驚いた。

 「挫折した男、ぴったりの役だ。頑張ってくれ」

 にやにやと笑いながら声をかけたのは神埼だ。

 老人の光石を追い詰めて殺しかけた男には見えない。

 「ところで、あんたフランス語はできるか」

 神埼の言葉に丸川は首を振った。

 「ドイツ、イタリア、韓国、いやあ、無理そうだな」

 「そのほうがいい」

 口を挟んだのは光石だ。

 「演技がわかりやすい。神崎君。教室に通った成果を見せてくれ」

 「俺はまだ、受けるとも言ってない」

 丸川の言葉に佐川が何か言おうとした。

 その前に、水川が小さく手を上げて止めた。

 「なんで合格なんだ」

 丸川は尋ねた。

 老人を苦しそうな人間を放っておけなかった。

 見捨てなかったからか。

 それだけで合格?

 理解できないと思った。

 「さっきの、あれだけで合格か」

 「十分です、納得できませんか」

 水川の言葉はシンプルだ。

 「親切な人は、たくさんいる。だが、時間を気にしていた。君は」

 光石の言葉に丸川は返事ができない。

 「演じること、飢えていたんじゃないか」

 「図星だろう。あんた」

 女の顔で野々原が口にしたのは男の声だ。

 返事ができないと丸川は思った。

 「丸川さん、オーディションの場所、どうして、こんなビルを選んだと思います」

 佐川の言葉に丸川は確かにと疑問を感じた。

 「余計な干渉、手を出されたくないんです。あなたもしかしてテレビドラマのオーディションと思っていましたか」

 頷きかけた丸川が違うのかと疑問を浮かべた。

 「映画だ」

 そう言ったのは神埼だ。

 丸川は言葉が出ない、驚いたのか、自分でもわからない。

 言葉が、喉の奥から飛び出しそうなのにだ。

 神埼は、丸川を見た。

「あんたがTVに出てなくて、ほっとした」

 丸川は眉を寄せた。

 普通は逆だろう。

 出ていない役者より、出ている役者の方がいい。

 そういう世界だったはずだ。

 「妙な繋がりがない」

 光石が頷いた。

 「プロダクション、昔の知り合い、スポンサー気取りの関係者」

 丸川は黙った。

 言葉だけが、妙に生々しかった。

 「有名じゃない方がいいってことか」

 光石は無言のまま笑った。

 「ところで主役は、どうした、水川さん」

 神埼の言葉に水川は頷いた、聞かれるのを待っていたようだ。

 「こちらに来ています。ただ、慣れてもらう為に、色々と準備が」

 「目立つんじゃないかしら」

 野々原の言葉に神埼と光石が頷いた。

 「その点は配慮しています。明日には映画の公式サイトを立ち上げます。原作とリンクして、皆さんの写真を撮ります。カメラマンは今日の夕方、スタッフも順次到着します」

 水川は丸川を見た。

 「通訳をつけようと思ったんですが。やめました、監督たちはクセのある人ばかりなので」

 その言葉に丸川は疑問を感じた。

 監督たち、一人じゃないのか、到着って遠方にいるのか。

 「丸川さん、周りは全て外国人です。会話は自国語で皆が勝手に喋ります。英語が共通なんてありません」

 「なんだ、それは」

 「わかる、お前の気持ちはわかるよ」

 神崎がニヤニヤと、俺も苦労したんだよと笑っている。

 「だが、君は役者だろう、そう言われたら」

 返事ができない。

 「やるしかないよな」

 その言葉が胸に響く。

 元アイドル、干された男、落ちた男でもない。

 役者だろう、久しぶりに聞いたと思った。

 丸川は神埼を睨んだ。

 「卑怯だな」

 「効いたか」

 「黙れ」

 「効いたな」

 丸川は返事をしなかった。

 言い返せば、認めることになる。

 黙っていても、同じだとわかっていたからだ。

 

 水川はアマチュアの作家だ。

 商業作家ではない、書籍化されたものがないのは無理もない。

 十代の頃から同人作家として活動していた。

 書き溜めたら同人活動、即売会に出ている。

 熱心に活動しているというわけではない。

 家族の介護があったからだ。

 だが、今は介護する父親もいなくなった。

 映像作家の佐川から、あなたの短編をドラマにしたいと言われたときは驚いた。

 てっきり、ショートドラマだと思ったからだ。

 「警察を辞めた男と愛犬の小説です」

 あれは父の愛犬をモデルにした話だ。

 「佐川さん、嬉しい申し出です。でもあの犬はグレートデンなんです」

 映像作家ならCGで犬を作ってドラマも作ることができる。

 だが、水川はそれはしたくなかった。

 父親が亡くなった数日後、愛犬も亡くなった。

 まるで後を追うようにだ。

 話はなくなった、水川はそう思っていた。

 あれから一年、いや、それ以上。

 それからしばらくの月日がたった。

 

 その夜、佐川から連絡が入った。

 突然だ、水川は驚いた。

 お久しぶりですと挨拶をするつもりだった。

 だが、佐川は挨拶の言葉もないまま、聞いてきた。

 「以前、あなたの小説を映像化したいと言ったこと、覚えてますか」

 「どうしたんです。佐川さん」

 「犬が見つかったとして。協力してくれますか」

 水川は意味がわからなかった。

 「僕は映像は作れます。だが小説は、あなたの書いた物語を形にしたい」

 「どういうことです」

 水川は意味がわからない。

 だが、佐川の話を聞いているうち、気持ちが高ぶってきた。

 自分の小説が、形になる、リアルに現実になる。

 胸の奥で、ずっと閉めていた窓が少しだけ開いた気がした。

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