「丸川が映画に出る?」
突然、何を言い出すのか。
川上が声をかけたのは自分と同年代、業界のこともある程度は精通している人間だ。
最初から隠すつもりはなく、川上はスマホの画面を見せた。
「俺も知らなかったんだ。ネットでは噂になっているらしい。最初は犬の映画だってな」
「犬の映画?どれ」
映画の公式サイトを見せられた男は広告のポスター写真を丸川なのかと呟いた。
「オーディションを受けたとか話は、随分前に聞いたが」
「それに受かったってことか」
相手は首を振った後、落ちたみたいだなと呟いた。
「昔とはいえ、使おうなんて人間がいるのか?」
反対に質問されて川上はすぐには返事ができなかった。
公式サイトを見せられても相手は難しい顔だ。
「この写真だけじゃわからん」
そう言った後、男は視線を止めた。
「神崎じゃないか」
丸川ではない、写真の、もう一人の男を見て男は言った。
「神崎?知ってるのか」
ドラマの脇役が多いという言葉に連絡先、わかるかと川上は尋ねた。
「連絡をとるのか、やめとけ」
口調が少し変わった気がした。
「話さないってことか」
「制作サイトはどうなんだ」
話をそらされたと川上は思った。
だが、相手は気にする様子もなく、テーブルに置かれたスマホを顎で示した。
「隠してると思ってないか」
「いや、そんなことは」
言いながら、半分は見抜かれていると思った。
「神崎に連絡を取っても無駄だ」
言い切ったあと、少し間があいた。
口が固い男ということだろうか。
「公式が入口、連絡先をだしていないのに神崎が話すことはない」
「はっきり、言い切るんだな」
「そういうところは義理堅いというか。しっかりと線引きする」
公式サイトを見ながら男は呟いた。
「水川というのは作者か、佐川というのはどうなんだ。若手なら連絡とれるだろう」
川上は迷いながら連絡先は出ていないんだと言った。
「そうなのか。だったら無理に連絡とらなくても、そのうち、出てくるだろう。映画ならプロモーションとか。TV出演もするだろう」
川上は返事ができなかった。
「今日、街中で大好きな役者さんを見ました。野々原さん、だと思うんですが。確証がもてません」
それはネットの投稿だった。
「随分と昔、海外の舞台で騙されました。舞台に出てきた、おじいさん、配役も名前がなくてUnknown誰でもないと書かれていたんです」
「どういうことですか。
「カーテンコールで主役がおじいさんを舞台真ん中に引っ張ってきたんです。衣裳を撮って種明かし、ノノハラって紹介したんです」
どういうこと女性がおじいさんに化けていたってことですか」
「彼女は女優じゃないです。役者です。女優と呼ばれたくないって以前インタビューで話していたんです」
「日本ではどんなドラマや映画に出ているんですか」
「昔なら出ていたかもしれません。偽名の可能生があります。女性ですが、男や老人に化けるんです。海外の舞台が多いんじゃないでしょうか」
映画の公式サイトに問い合わせ先はなかった。
メールアドレスもなければ、制作会社の住所もない。
取材申請のフォームはない。
自主制作なら珍しくもないが、この映画は違うと思った。
海外スタッフ。ネットから消えたスレッド。
調べると情報は出てくる、だが、それだけだ。
その日、街なかのビル、雑踏で撮影をしている光景を見かけた
「あれだな」
川上は確信した。
「行くぞ。石川」
「はい」
若いスタッフに声をかけて、川上は撮影現場に近づく、すると、スタッフらしき外国人が近づいてきた。
「Avez-vous besoin de quelque chose ?」
何か、用ですか
てっきり英語だと思っていた川上は驚いた。
若い山下がとっさにスマホを出す翻訳アプリを出す為だ。
「フランス語です」
石川の声に川上は頷いた。
そのときだ。
バンッッ、何かを叩くような音が響いた。
周りが音のしたほうに注目する。
Er ist ein Schauspieler, nicht wahr?
役者だろう
何だ今の言葉、川上の表情に緊張が走った。
スマホを見ながらドイツ語?と隣の石川が呟いた。
その声には驚きより戸惑いが混じっていた。
若い石川は外国語に強い。取材先の資料を調べる時も翻訳サイトを使いこなし、海外の記事にも抵抗がない。そんな石川が眉を寄せていた。
英語なら分かる。海外スタッフがいる現場も珍しくはない。
言葉が違う、誰も誰も戸惑ってはいない。止まっていない。
動いている、撮影現場は回っている。
このとき、川上は男の姿を捉えた。
神埼だ、そして側にいる男、丸川か?
アイドル時代の頃しか覚えていない確証がもてない。
「川上さん、行きましょう」
石川の顔が曇っている。
数人のスタッフが、自分たちを見ている事に気づいたからだ。
明らかに部外者は邪魔と言いたげな顔だ。
言葉はない、だが視線だけで伝わってきた。
「TVに出ようと思います」
佐川の言葉に役者たちは驚いた。
「実は役者と犬の情報が出ていない。ファンのスレッド、要望が大きくて」
「確かにプロモーションは大切だ」
そう言ったのは光石だ。
「こちらから打診をするのかしら」
野々原の言葉に佐川は少し困った顔だ。
「僕も、水川さんも日本のテレビ局に知り合いもコネもありません」
「あったら驚くよ」
神崎が笑った。
「撮影中にテレビ局、関係社らしき人間が声をかけてきたんです。役者同士の繋がりもあると思います」
「何件か問い合わせが来ています。たぶん役者同士の繋がりもあるんでしょう」
業界は広いようで狭い。
名前が出れば誰かが反応する。
それは珍しい話ではなかった。
「条件は出したのか」
光石が尋ねると水川が口を開き頷く。
「出しました」
短い返事だが、役者たちは察した。
「厳しいんだろうな」
神崎が苦笑する。水川は否定しない。
「作品の話は構いません。ただ、役者と犬のプライベートについては質問しないこと。それが条件です」
部屋が静かになった。
野々原は少しだけ目を細めた。
光石は何も言わない。
だが反対する様子もなかった。
「局側は納得したのかしら」
「していないと思います」
佐川が即答した。
思わず神崎が吹き出す。
「正直だな」
「実際そうですから」
佐川は肩をすくめた。
「役者の過去や私生活の方が視聴率になる。それは向こうも分かっています。でも今回は作品を見てほしい」
その言葉に部屋は再び静かになった。
「映画の後、役者たちは次の仕事が決まっている。犬も家庭犬ではない、家族の元に戻る。アイドル犬みたいなメディア展開は考えていないと説明しました」
佐川の言葉に役者たちは顔を見合わせた。
次の仕事の話が出るとは思っていなかったのだろう。
ただ、光石と野々原は違う。
「おい、俺は次の仕事なんて」
丸川が眉をひそめる。
決まっていますと佐川はあっさり答えた。
「丸川さんは映画の撮影後はパリに、神崎さんはイタリアです」
間の抜けた声が丸川の口から、神崎の表情も変わった。
「今、撮影に参加している監督が、二人を連れて行くと」
佐川は資料をめくりながら続ける。
「ドイツ人、イタリア人の監督が共作でドラマを撮りたいそうです」
二人は驚いた。
「アクションではない頭脳戦です。二人は警察と悪の組織の親玉、若手俳優の親玉という設定です」
佐川は言葉を続けた。
「お二人の部下の役者は若手ですが。TVには出たことがないんです。舞台出身、丸川さんの部下は耳が聞こえない。神崎さんの部下は聾唖者です」
部屋が静かになる。
丸川と神埼の表情が変わった。
「監督は納得しているのか」
確認するような丸川の言葉に佐川は頷いた。
「世間から見れば障害のある人間かもしれません。ですが、子供の頃から舞台人として演じているんです」
「子供の頃からって、いつだ」
神埼の言葉に座側が手元の資料を見た。
「三歳と五歳の頃からですね」
「三歳?」
丸川の確認するような声に神埼の表情が変わった。
「どちらも舞台育ちですね」
丸川は思わず椅子にもたれた。
頭の中で計算している、その頃の自分はどうだった。
学校へ行き、遊び、芸能界へ入ったのは二十代半ばだ。
神崎も似たようなことを考えていたのだろう。
口元がわずかに引き締まる。
「若手じゃないじゃないか」
ぽつりと神崎が言った。
佐川は少しだけ首を傾げた。
「年齢は若いですよ」
「そういう意味じゃない」
今度は丸川だ、苦笑が混じっている。
芸歴だけなら、いや、比べること自体がおかしいのだ。
「日本の若手アイドル俳優とは違うと思ってください」
佐川の言葉は静かだった。
「監督たちも、そのつもりで起用しています」
若手という言葉から勝手な想像をしていたことに気付く。
経験の浅い役者、これから育てる側の人間。
そんな姿を思い浮かべていたが、違う。
相手はずっと前から舞台に立っている。
観客の前に立ち続けてきた。
場所が違うだけだ。
佐川が言葉を続けた。
「15歳と18歳です。二人も共演者がいなくて丸川さん、神崎さんを見て監督は二人ならできると思ったそうです」
どういう意味だ?丸河の顔が何かいいだけだ。
だが、それは神崎もだ。
「難しいぞ」
それは光石の声だ、表情は厳しい。
「障害があることじゃない。君たちより芸歴が長い」
その言葉に部屋の空気が変わった。
「油断してたら食われるわ」
野々原は丸川と神崎を見た。
実力だと光石の、はっきりとした言葉に丸川と神崎の表情が変わった。