佐川と水川は役者達に相談したことで、TV出演のことを前向きに考えるようになった。
犬もだが役者も守る、準備をして望めけば、大丈夫なのではないか。
オーナーだけではない外国人スタッフに相談した。
プロモーションの為に撮影しているとき周りに人だかりができる。
だが、近くまで寄ってはこない。
役者だと二人は思った。
「TVでよく見る役者なら、寄って来るんでしょうね」
水川の言葉に佐川が確かにと頷いた。
「神埼さんはTVドラマに出ていましだか。今の役柄とは雰囲気が違います。気づいていないんだと思います」
佐川と水川はテレビ出演について考えていた。
断り続けることは簡単だ。
だが映画を観てもらうためには、それだけでは足りない。
撮影現場には人が集まるだけではない。ネットのスレッドも日々、増えている。
それでも誰も映画の全体像を知らない。
「そろそろ表に出るべきかもしれませんね」
佐川の言葉に水川は答えなかった。
川上は日々増えているネットのスレッドを見ていた。
映画の情報はほとんど出ていない。
それなのに話題だけは大きくなっていくので気になってしまう。
だが見ていることしかできない。
自分は監督、部外者として首を突っ込める立場ではない。
ある日、氷川というアナウンサーから声をかけられた。
報道番組でよく見る。
「この映画のこと知っているか」
スマホで公式サイトを見せられた。
「何かあったのか」
「映画紹介の特番の司会を頼まれたんだ」
氷川は苦い顔だ。
映画紹介というのが気に入らないのかもしれない。
「気が進まないようだな」
「最初は簡単だと思ったんだ」
そう言いながらスマホを机に置く。
「向こうの条件が面倒でな」
「条件?」
「犬のことには触れるなと言ってきた」
川上は眉をひそめた。
「どういう意味だ」
「飼い主、血統、過去の経歴。そういう話だ」
氷川は肩をすくめる。
「視聴者はそこを知りたいだろう」
確かにそうだ、映画を見る前に、まず犬が気になる。
ネットの反応を見ても分かる。
川上は頷いた。
「役者も同じだ」
氷川は続けた。
「作品の話はいい。だがプライベートは聞くなと言われた」
川上は黙った。
「断ったらどうだ」
「他の局も目をつけている」
川上は、すぐには返事ができなかった。
「役者、実は周りの人間に聞いたんだが、知ってる人間がいない」
川上は眉をひそめた。
氷川はスマホの画面を見せた。
犬の写真。
映画のポスター。
『動いているところが見たい』
『予告編まだ?』
『本編じゃなくてもいいから映像を出してくれ』
『あの犬、本当にいるんだよな?』
そんな言葉が並んでいた。
川上は黙った。
役者の話ではない、犬だ。
氷川は肩をすくめた。
「ファンはそういうものだろ」
そう言われても川上には分からなかった。
「氷川さん、乗り気しないですか」
映画紹介の番組の司会をしてくれなかと言われたとき、氷川は内心、何故、自分がと思った。
公式サイトを見ると映画の内容はわかった。
警察をやめた男が過去の事件に違和感を感じる。
だが、警察を辞めたのでツテがない。
だが、違和感を感じた人間が他にもいた、元同僚たちだ。
そして愛犬、だが警察犬ではない。
役者と犬の情報は最小限に抑えられている。
「駄目なら、無理にとはいいません」
スタッフの言葉に氷川は、すぐには返事ができない。
「上は期待していたと思います。でも無理なら」
氷川は苦笑した。
成功すればいい、だが、失敗すれば責任は自分だ。
押し付ける気だ、想像しなくてもわかる。嫌というほど見てきたからだ。
政治家、企業の不祥事、聞けないことを自分は突っ込んで聞く。
誰も踏み込まない場所へ踏み込む。
その役目を押し付けられてきた。
それを結果に変えてきた。
役者と犬の情報、隠す制作側。
普通なら断る、映画紹介など自分の専門ではない。
だが引っ掛かる、無視できない。
自分でも嫌になるほど、その性分は変わっていない。
知りたいと思った、隠されているものがあるなら見てみたい。
どうして隠すのか。誰が隠しているのか。
その先に何がある、氷川は視線を落とした。
若い頃なら認めない、いや自覚がなかった。
だが今は分かる、それは好奇心だけではない。
自分の名前を残したい気持ちもある。
結局、自分も業界の人間なのだと思った。
氷川は決めた、引き受けることに。
自分が引き受けたことで、時間、ゲストの出演者を上の人間が決め始めた。
高瀬 恒一(たかせ こういち) 58歳 男
大学教授。テレビ慣れしている。
長谷川 優子(はせがわ ゆうこ) 30歳 女性
保護犬施設の責任者。若いが知識の足りないところがある
真田 蓮(さなだ れん) アイドル俳優24歳
矢吹 恒一(やぶき こういち) お笑い芸人 28歳
ゲストが決まった。
「氷川さん、今いいですか」
声をかけられてのは明日が本番補控えた前日のことだ。
「実は先程、連絡がありました。番組進行についてです。犬の事についてはプロフィール、家族には触れるなと」
「制作側からか」
スタッフは首を振った。
「弁護士です」
氷川の表情が一瞬固まった。
「映画制作の佐川、作者の水川じゃ」
「違います。オーナーの弁護士だと」
「冗談じゃ……」
言いかけた氷川は口を閉じた。
相手は笑っていない。
いや、困惑していると思った、無理もない。
映画の宣伝をするだけのはずだった。
胸の奥に小さな違和感が沈殿していく。
隠したいのは何だ。
犬、いや、飼い主か。
「書面はあるのか」
氷川が尋ねると、スタッフはすぐに封筒を差し出した。
思った以上に本気らしい。
番組が始まる前、氷川は話したいことがあると、ゲスト全員を呼んた。
「実は昨日、あちら側から番組に関して、大事な話があると連絡がありました」
氷川はこれを全員が、どう受け止めるか気になった。
「なんですか」
長谷川優子は不思議そうな顔だ。
「犬の事、家族、プライベートな質問はしないでほしいという条件です」
ゲストたちは氷川を見た。
不思議というより分からないと言う顔だ。
無理もないと思った。
「それは制作側からかい」
高瀬の言葉に氷川は首を振った。
「オーナーから依頼された弁護士です」
氷川の言葉に全員が無言だ。
口を開いたのは高瀬だ。
「わかりました」
氷川は驚いた。
「理由が、わかるんですか、高瀬さん」
「血統を隠しているんでしょう」
あっさりとした高瀬の言葉に氷川だけではない、長谷川も顔を曇らせた。
「でもTV、映画に出るんですよ。納得できません」
高瀬は長谷川を見た。
「逆ですよ」
その言葉に長谷川はさらに困惑した。
高瀬は落ち着いた口調で続けた。
「有名になれば調べる人間が出てくる」
氷川は黙って聞いていた。
高瀬の言葉は理解できるようで、どこか理解できない。
「飼い主が困るということですか」
高瀬は少しだけ笑った。
「飼い主とは限りません」
長谷川が顔を上げる。
「どういう意味ですか」
「オーナーが飼い主でなければどうです」
部屋が静かになった。
氷川もすぐには返せなかった。
そんな答えが返って来るとは思わなかった、という顔だ。
犬のオーナーというのは飼い主ではないのか。
「繁殖者、犬舎。母犬の飼い主という可能生、別の立場の人間かもしれません」
氷川は驚き、思わず聞き返した。
「グレートデンは珍しい犬です。目立つ犬ですよ」
高瀬はそこで言葉を切った。
氷川は返事ができない。
長谷川も言葉が出ない。
保護施設で多くの犬を見てきた。
だが弁護士まで出てくる家庭犬の話など聞いたことがない。
高瀬は笑ったが、曖昧な笑顔だ。
「推測でしかありませんが」
だが、表情に軽さはなかった。