あたち神様に幼女にされちった! 作:あるがままに在れる世界
綺麗な紋様が刻まれた椅子。周囲を囲う豪奢な洋風の家具の数々。あたりに漂う空気は優雅で心地よい。
その場の雰囲気は転生者の少女には合わないものだが、家主が歓迎してくれているからか、居心地の悪さは感じない。
碧眼の少女と転生者の少女は、そんな場所で対面していた。
「それで?戸籍はないけど特殊な生まれだから魔術を使える。それはわかったわ。でも戸籍とかの概念を知ってるのになんで役所とかに行かなかったの?もしかしたらそれで解決できたかもしれないでしょ?」
「うーん、言いにくいけど、警戒してたんだよ。あたしみたいな能力を持ってる人間がいたとして、そいつらはどんな奴らなのかなって。この魔術ってやつ。暗示とか治癒魔術とか言ってたけどいろいろできるんだろ?」
「なるほど。道理ね。そして同時に甘い。私を見て魔術師は安全だ。とか。ある程度信用できる、とか思ってるなら大間違いだわ。大半の魔術師は血も涙もない連中よ」
対面の椅子に座っていた碧眼の少女が、険しい顔で告げてくる。それは警戒を緩めていた転生者の少女にとって強く響いた。
どこか苛烈ながらも優しげな印象を受ける碧眼の少女をもってしても、魔術師は血も涙もないという。それはいかほどの言葉か。
嘘では無いだろう。となると役所などに行かなかったのは正解なのかもしれない。そんな連中だ。きっと少女の特異性をしれば何をしてくるかわかったものではない。
そう転生者の少女は碧眼の少女の言葉を真正面から受け止めると、その時、部屋の扉から音が響いた。コンコン、コンコン。と。繰り返すように。
想定していない来客に、転生者の少女の触覚はほんの僅かに警戒を帯びる。その転生者の少女の姿を見て、碧眼の少女は妖しく笑みを浮かべた。
「入っていいわよ。それと、赤毛のあなた。まだ名前は聞いていないけど、残念だったわね。私は魔術師としては優しいけど、あなたのような不審なものをなんの準備もなく迎えるほど聖人じゃないの。悪いわね」
攻撃的な気配は無い。だがなんとなく漂う嫌な予感。それを嗅ぎとった瞬間、転生者の少女は特有の動作で即座に能力を発動させた。
『
実体は残したままに、あらゆる認知から外れる!
暖かな雰囲気を醸し出す洋館。その中で、転生者の少女は一瞬にして姿を消した。それと同時に、入室の許可を出された来客が部屋の中へと入ってくる。
洋式の扉が押し開かれ、その人物が入れ替わるように姿を表した。神父服の、屈強な体つきをした胡散臭い男性。その男性は、完全に姿を消して部屋の隅に寄った転生者の少女を前に、口を開いた。
「おや、可愛らしい来客がいると聞いて来たのだが、誰もいないようだが。さては凛。私をからかいたかったのかね?君も存外性格が悪い」
「…………ッ〜!違うわよ!なんか分からないけどさっきまで一緒に部屋の中にいた女の子が消えたの!何よこれ!転移!?」
「それはありえないだろう。十中八九隠遁の部類。だが気配が見えないな。おそらくもうここにはいないのだろう。あるいは何らかの高速移動か」
部屋に新しく来た人物の予想はほとんど外れ。隠遁というのは正解。一周まわって冷静になった頭で、転生者の少女はそう評する。
とはいえここから逃げることは難しくないから、もうここにはいないというのも本来なら当たっている。ではなぜわざわざここに残っているのか。その答えは、部屋の隅から少し歩き、能力を解いたところで示された。
「ッなに!?」
「動かないで。あたしがその気になればこの凛って子の首をへし折れる。嘘だと思う?試してみるか?」
「…………わかった。ひとまずそれ以上手を動かさないでくれると助かる。まずは要求を聞こう。有数の魔術一家である遠坂家次期当主の首を対価に君は何を要求する?」
「ちょ!余計なこと言ってんじゃ…………ッ!?」
味方の神父の予想外の発言に、凛という少女が顔を跳ね上げさせる。だが動くなと言ったのは何も神父に対してだけではない。故に、転生者の少女は軽く凛の首にかけた手に力を込めた。
「うっ…………」
「下手に動かない方がいい。あたしもこの力を人に向けたことはないから。ふとした拍子に何か手違いが起きるかも」
「わ、わかった。私が悪かったからせめて手は添える程度にして。く、首が割れる…………ぐえ」
割と洒落にならない嗚咽に、転生者の少女は慌てて力を緩める。とはいえ気を抜けば何か凄まじい気配の神父が動きそうだったので、警戒は怠らなかった。その状態で、ひとまず場を掌握したのを確認する。
その後に、転生者の少女は語り出した。
「魔術師の危険性は、今のでわかった。あたしも特殊な力を持ってるからなんとなくわかる、そこの神父は強い。多分今のあたしじゃ勝てない」
「それは恐縮だな」
「どこまでも余裕だな。まあいいよ。魔術師の危険性はよくわかった。でも今の一連の流れから凛が悪い魔術師だとも思えない。だから頼みがある」
「ほう?」
神父が興味深そうに目を細める。それを横に、転生者の少女は誠意の証としてまず凛の首に置いていた手を離した。
「っけほ。っけほ…………いいの?あなた今言峰には勝てないって言ったじゃない。私を解放したら…………」
「それも含めての頼みだよ。それともこのあたしの誠意。無かったことにするかい?」
「いいえ。あなたがその気になればこの遠坂家の全てを支配できた、かもしれない。それを放棄したのですから私もそれに答えます」
「ありがとう」
僅かな応答を経て、場に対話の流れが漂い始める。ある意味でお互いがお互いに交互に命を握りあった現状。それは互いの立場をある種対等なものにした。
「なかなか、面白い茶番劇だ。さながら私は引き立て役と言ったところか?世知辛い世の中だ。真摯に生きる神父が割を食うとは」
「…………ちょっとあんたがいると話がややこしくなるから黙ってるか出てって、頼むから」
「おや、すまない。邪魔をしてしまったな。では私は黙るとしよう。主役はどう見ても君たち2人なのだから」
「はぁ。ごめんね。赤毛の。えーと。まずは自己紹介しない?」
頭を抑えた凛が、神父との応対を終えて転生者の少女の方を向く。この家に来るまでは、軽くしか話していなかったから自己紹介を忘れていた。確かにそれは必要だろう。
しかし名前。名前か。
「じゃあ、あたしは赤毛だからアンで。凛は遠坂凛でいいんだよな?というか今更だけど凛って呼んでいい?」
「あ、あー、いいわよ。それとあんたその反応からして名前なかったのね。そうよね。そういうこともあるわよね。なんか、さっきからグダグダでごめんね?」
「え、いや、いいよ。あたしもさっき首強く握りすぎたし」
どこか危険な雰囲気から一転。今度は謝り合戦のような状態になる。転生者の少女も凛もお互いが相手に非を抱いているが故に、妙な空気になった。
なんとも言えない、ぬるま湯のような微妙な空気。そこで、これでは先に進まないと転生者の少女は先んじて発言した。
「それで、頼みについてなんだけどて……まあ予想つくよね?」
「……ええ。まあね。あなたとしては戸籍を何とかしたいでしょうし、自身の生まれも上手いこと秘匿したい。魔術師界隈で奇跡の子なんて言葉が出てきたら、ろくな事にはならないのは目に見える」
「だよねぇ。何とかならないかな?ほら、後ろの言峰さんも遠坂家はすごい家なんだって言ってたし」
「んー、そうねぇ…………まっ、何とかできるわよ。そこらのおそらく魔術師でもない人間が奇跡の子と言っただけなら、どんな形にでも誤魔化せる。あんたのその透明化能力は十分厄ネタではあるけど」
最後にそう締めつつ、頼もしい結論を出してくれる凛。その姿に(仮称)アンは目を輝かせつつ、やっと住所不定無職生活から抜け出せるのだと安堵した。その姿に、凛も満更ではないのか鼻を高くする。
しかしここで、また口を挟んでくるものがいた。
「ところで凛。君の保護者は私な訳だが。つまり今回の件は最終的に私に預けるということでいいかね?いや、まったく子供のわがままを叶えるのは辛いものだ。やれやれ」
「うるさいわね。そりゃわがままなのは承知だけど、あなたも神父でしょ?アンのことを助けようとかないわけ?このエセ神父!」
「酷い言われようだ。無論、迷える子羊を救うのも神の使徒たる我が役目。喜んで引き受けよう。それが我が聖務なればこそ」
十字架を手に取り、言峰がさも聖人のごとく微笑む。その姿は、凛の横から眺めているアンの目にも、非常に様になって見えた。そして頼りになりそうだとすら思った。
これにて、遠坂凛とアンの会合は円満の結末を迎える事になる。ひいては、これからがアンにとっての本当の異世界生活の始まりなのかもしれなかった。
それは魔術師という要素を加味すれば今後も大変であろうが、同時にやっと異世界らしくなってきたというのも、アンの正直な感想だからだ。
そうして初めての会合も終わりを迎え、ひとまず遠坂邸にお世話になること数日。そこで過ごす日々にも慣れてきたところで、自身に与えられた居室の扉が荒々しく開けられた。
「アン!言峰が一晩で色々やってくれたわ!正式にはまだだけど、遠坂の養子としてならあなたの要望を叶えることができそうよ!」
喜ばしい事実が、騒がしさと共にやってくる。急に部屋を訊ねられたアンは、まだ朝早くの寝ぼけた目で答えた。
「あ、そ。良かったね」
「良かったねじゃないわよ!それでね!あなたの名前なんだけど、遠坂アンだと収まりが悪いし、
「うーん、いいんじゃない。俺まだ眠いから」
「眠気より名前よ!ていうか俺って!私知ってる!最近流行りのオレっ娘ってやつね!商店街のテレビで見たわ!」
「いつの流行りだよ……頼むから寝かせて……ネカセテ」
転生してから幾日かめのまともな寝床。自然とアン、ならぬ杏の眠りは深いものとなっていた。演技とかどうでもう良くなるほどに。
幸いだったのは性格を根本から変えていた演技ではないからなんか変なのとしか受け取られなかった事だろう。
これが性格が大幅に変わっているようでは少し面倒くさかった。それはともかくとして、ここまで騒がれればいやでも起きる。
ちょっとした演技の失敗などもそれと共に杏は自覚し、直後、まあいいかと体に力を込めてひょいと起きた。
「うわっ」
「おはよ。なんか色々進展あったんだって?」
「お、おはよ。急に起き上がらないでよね。びっくりして転けそうになったじゃない。それで、俺が一人称なの?また珍しいわね」
「うっせー。俺、あたしだって望んでこうなったわけじゃねーよ。それより凛、遠坂家の養子になったらあたしはどうなんだ?魔術師は血も涙もないって言ってたけど、まさか身内に対してそうはならないよな?」
「ふふ。別に俺でもいいわよ。ある意味似合ってるかも。それで魔術師の身内に対する対応ね?少なくとも一般のそれとはまったく異なるとは言っておくわ。でもまあ、あなたが希望するなら普通に扱うけど」
一応、凛の姿を見れば魔術師の身内に対する扱いはおおよそわかる。大人びた柔らかな微笑み。先日の魔術師の脅威をしらしめるかのような言峰の登場の演出。普通では無い。
しかし杏もまた普通では無い。そこも考えると、杏にも魔術の知識はあった方がいい。とはいえ、杏に魔術に対する適性があるのかは未知数だが。とりあえず一人称は「あたし」のままでいいだろう。
俺と言うとどうも仕草が外見に反して男による気がする。それは今後の生活を考えるとあまりプラスにはならない。少なくとも積極的に晒す意味はないだろう。
「とりあえず魔術は習いたいな。一人称は勘弁してくれ。事情もありつつ頑張って矯正してる最中なんだ。だいたい女の子が俺なんて違和感だらけだろ?」
「そう、私は似合ってると思うけど……まあそこは私が口を出すところではないわね。それと魔術についてはどうとも言えないわ。あなたのその魔術の腕は間違いない。でも真に魔術師を目指すならま魔術刻印というものがないといけない。でもあなたには多分それがない」
「だから魔術は習えない。と。道理だな。んで、あたしがその魔術刻印を作れるとしたら、どうする?あるいは複製できるとしたら?」
「まさか、出来るの?」
「……まさか♥」
実際普通にやるなら難しいだろう。魔術はなんとなく使える感覚があるが、だからと言ってその何か才能の源流とでも言えそうなものまで再現できるとは思えない。
でも杏には念能力がある。念能力は生命力、「オーラ」と呼ばれるものを様々な形で運用する技術。
その技術の中には「発」というものもあり、これを利用すれば魔術刻印を生やすことも複製することもおそらく可能だ。
どの程度のレベルでできるかは未知数だが。念能力者としての才能はこの世界の神様のお墨付き。念の理不尽さを思えば再現は不可能では無いだろう。
それはともかくとして、実際できるとは言わない。ただ世話になる以上、ある程度の情報を渡す義務はある。そして渡した結果凛がどうするかは、彼女が決めること。
それ以上は杏の知るところではない……ということでこのようにして、杏の遠坂家での日常は始まっていく。神様転生を思えばなんなら奇跡の子どころか神の子とも言えるのだが、それは言わないお約束だ。
杏ちゃん神の子不思議な子